6月16日(月) バルパライソ、ビーニャ・デル・マール観光→サンティアゴ <空港泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:48:00 
  2. カテゴリー:チリ Chile 
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今日も睡眠時間は9時間程度、寝すぎ、そして健康的すぎ。

8時頃起きて、ひとまず、チェックアウトの時間を
宿のオーナーに確認。

すると、「チェックアウトの時間はありません。」という一言が…。

一応、昼前にはシーツを出してくれと言われたのだが
後は、何時まででも好きに過ごしていいらしい。

素晴らしい。


そんな話を聞きつつも、冷蔵庫に余ってしまっているレタスの残りを
さくっと食べてしまうことにした。

そして、部屋に戻ってしばらく日記を…。

23時30分頃になり、作業を終えて、
荷物の整理を始めた。

今日は何だか曇り空。

一昨日から干しておいた洗濯は、無事、乾いていたのだが、
昨夜から干したものは、全然乾いておらず乾く気配もない。


12時30分頃に、荷物整理が完了したので、
荷物を宿において、今日の町歩きをスタートすることにした。

もちろん、最初は宿から近い場所の
いつものインターネットカフェで30分だけメールチェックを。


今日は、ビーニャの町のビーチを歩いてみよう…と思ったのだが、
何となく、ただ何となくの思いつきで、
「やっぱり、バルパライソに行こう。」と、予定を変更することにした。

というわけで、近くの店で昼食がてら買ったフランスパンをかじりながら、
クルッと方向を反転して、宿の最寄のRECREO駅から
メトロでバルパライソの町に向かうことにした。


そして、先日も降り立ったPUERTO駅で下車し、
歩き始めたのだが、さすがに月曜(平日)ということもあって、
昨日に比べたら、人が多い。

これだけ人がいれば、突然襲われることも無いだろう。






◆バルパライソの町は、
 大衆色溢れる港町。
 ビーニャとは位置も近いが、似て非なる町。



この町には、小さなケーブルカーがたくさん丘の上まで走っているのだが、
そのどれかに乗ろうと思いつつ、町を歩いたのだが、全然見つからない。

乗り場が分かりづらくて、どこに行けば乗れるのか不明。

結局、20分ほど歩いた後、
一番無難な方法として、唯一場所を知っている
プエルト市場の奥にあるケーブルカーに乗ることにした。

とはいえ、そこまで15分ほど歩く必要があったので、
これだけで結構疲れてしまった。






◆バルパライソは湾を取り囲むように、丘になっている。
 だから、写真右手に見えるケーブルカーがたくさん設置されていて
 住民の足となっている。



さて、ケーブルカーの乗り場まで着くと、
ゴンドラが待機していたので、早速乗り込むことに(1回、250ペソ)
 
ゴトゴトと揺られながら、1分ほどで丘の上へ到着。






◆この小さなゴンドラみたいなものが、
 丘の上へと住民を運ぶ足となっている。
 それはいいんだけど、
 あまりにも簡素な木箱みたいなもので、
 今にも壊れそうで乗ってて恐かった…。



丘の上からは、町全体が見渡せ、良い眺望だった。
結局、この場所からが一番、全景が見られると感じたので、
良い選択だった。






◆丘の上から、バルパライソの町を展望した風景。



これが世界遺産の町並みか…と思いつつも、
確かに、ブエノスアイレスのカミニートと思わせるようなカラフルな建物があるが、
細部を見ると、ボロボロの建物ばかりで、
雑然とした感じの風景を見て、
「これで世界遺産になってしまうんだったら、何でもありだな…」とも思ってしまった。

世界遺産、ちょっと乱発気味なんじゃないかという気もする。



景色を眺めた後は、ケーブルカーの脇を通って
歩いて下まで行くことにした。






◆道を歩いていると、こんなユニークな壁絵にも出くわす。
 遊び心があって良いね。
 日本じゃ、こういうのって、まずお目にかかれない。






◆バルパライソの風景は、世界遺産にも登録されているが、
 近づいてみると、こういう貧民街の集まり。
 建物がカラフルなので、一見綺麗に見えるが、
 これが現実の姿。今にも崩れそうな、
 トタンを張り合わせただけの建物も見かけられる。



5分ほどで、丘の下まで辿りついたのだが、
何というか、途中から眺めた町並みは、
地元の人達の現実を表しているようで、重いものがあった。

この見学を終えた後は、PURETO駅に戻って、メトロに乗り込んで
一気にビーニャの町の中心、VINA駅まで行ってしまうことにした。

一回の乗車で400ペソなので、長い距離乗ったほうが特だし(笑)


20分ほどで駅に到着すると、そこから歩いて、
先日は閉まっていた両替所に立ち寄り、イースター島の滞在用も含めて
150ドルを両替。

両替レートは1ドル→491ペソと、先日より1ペソ悪くなっていた。


両替後は、そのまま通りを西側に歩いていって、
ビーチまで行ってみることにした。






◆ビーニャの町は、簡単に言ってしまえば、リゾート。
 高所所得者の集まり。



10分ほどで、ビーチ沿いに到着。
そこには、高級ホテル兼カジノの建物も建っていた。

海岸沿いを歩き始めると、
2人組みの現地のおばちゃんが「今、何時か分かる?」と言って来たので
時間を教えてあげたのだが、何かと思ったら、ただの物乞いだった。

その話題をきっかけに、ブワーっとスペイン語で話しかけて来たのだが、
「赤ちゃんがいるからミルクを買わなければいけない」だの何だのと言って、
お金をくれという。

うっとうしいので、「スペイン語は分からん!」とだけ言い放って
無視して立ち去ることに。


てか、いい歳して、2人組みで、こんなところで物乞いしてる場合か、全く…。
僕が通り過ぎる前までは、ボケーっとベンチに座っておしゃべりしていた姿を、僕は見ているんだぞ…。

お金が無いんだったら、まっとうに働く努力をしてほしい。

観光客からお金をもらう、
その姿勢を恥ずかしいと感じないのだろうか。

現地に住んでいるなら、まず、現地で地に足付けて、
生活できるだけの基盤ぐらい、作ってくれ。

どんな事情か分からないが、
もし赤ちゃんを育てる余力が無いまま赤ちゃんを産んだとしたら、
それはそれで、あなた達の判断自体に問題があったのではないかと、僕は言いたい。


こんな調子で…僕はことのほか、物乞いの人には厳しい。
この旅でも、一度も物乞いにお金をあげたことはない。

なぜなら、その物乞いが、どんな理由でそういう状況にあるのか、判断出来ないからだ。

中には、プロの物乞いというのもいるらしく、
本当は生活出来ていけるのに、自分を肥やすために、
あえて物乞いを演じている人もいるのだ。


インドのように、身分の差別もある国で、
また、手足が無いような老人達が道端でドロドロになりながら物乞いをしているのであれば、
それは僕は真実だと思うし、その人達が生きていくのは、本当に大変だと思う。

しかし、、このチリのビーニャの町で物乞いをするなんて、はなはだおかしな話だ。

もっと世界を見渡して欲しい。

世界中には、もっともっと過酷な環境で、生活すら間々ならず、
死を迎えている人達だって、無数に存在するのだから…。


この、物乞いのおばさん達との遭遇で、そんなことを感じたわけだが、
とりあえず、海岸線をしばらく眺めてみることに…。






◆ビーニャの町の海岸線。
 天気が悪かったこともあるが、都市部にあるリゾート地という雰囲気で、
 人口的なものを感じる、あまり綺麗とは思えない海岸線だった。



この先の海岸線を歩こうとも思ったが、天気も歩く、
水の色も褪せた感じなので、宿まで歩いて帰ることにした。

途中、川が海に流れ込む場所があり、
そこには小さな鳥達がたくさん止まっていたので、ついそこに降り立って、
しばらく鳥達のかわいらしいしぐさを眺めてしまった。






◆川と海がぶつかる場所で、
 こんな入江のような場所が。
 そこには無数の鳥が集まっていた。






◆近づいていってみると…
 鳥が一斉に飛び立っていった。
 その瞬間の風景。






◆鳥は、波が押し寄せると逃げるようにして
 行ったり来たりウロウロ忙しいの何の(笑)
 見ていると、その仕草が何ともかわいらしい。



やっぱり、鳥もそうだし、動物はいいね。
理屈なしに、かわいらしいし、そこに理屈が存在しないからこそ、
無心で楽しめるし、入り込める。

結局、心で感じられるものが、一番惹かれるんだね。
頭で捉えるものには、限界がある。

そこには、その人それぞれのフィルターがかかってしまうから…。



歩いて宿まで帰る途中には、先日も立ち寄ったサンドイッチ屋の、
今度は隣のサンドイッチ屋で、夕食を食べることに。

値段は同じ1000ペソだったが、こちらは2個も食べられて
ジュース付き。

隣とは大違い、先日もこっちで食べておけば良かった(笑)


食後は、コレクティーボが走るいつもの道を歩いていって、
宿に戻ったのだった。

時間は17時30分頃だったのだが、
出発までしばらくあるので、リビングルームでパソコンを開いて
カメラのバッテリーの充電をしつつ、時間を潰すことに。


そして、18時45分になり、荷物を持って宿を出ることにした。

たった3日間だったが、
いろいろ話してアドバイスをもらった日本人男性の方にも感謝を。

また、昨日イースター島についていろいろ聞いた女性の方は、
今夜の夜行バスで、チリのプエルトモンまで向かうということだったので、
一緒にバスターミナルへ向かうことにした。


「また来て下さいねー。」といって、宿のオーナーに見送られつつ宿を出ると、
歩いて坂を下ったところから、コレクティーボに乗ってセントロへ(1人、450ペソ)

バックを背負ったまま飛び乗った感じなので、結構きつきつ。


10分ほどで、「PLAZA J.F VERGARA」に到着したのでそこで降りて、
スーパー「Santa Isabel」に立ち寄って、イースター島用の食材を一気に買い込むことに。

背負っていたバック類は、カウンターで預かってもらえるので、
買い物中は持たなくても良いから大丈夫。


一緒に来た女性の人も、買い物に付き合ってくれるという話しになり、
イースター島に向けて何を買ったらいいのか、アドバイスをもらいながら買い物を。

当初は、いつもの、パスタだけでいいやと思っていたのだが、
この人についていくと、いろいろと自分には無い視点というか、
まぁ、これが普通なんだろうけど、
野菜や肉、香辛料、米、そしてワインも…
駆け足だったが、調理に関してもアドバイスをもらいつつ、
当初よりも大幅に内容が多彩な買い物になったのだった。

でも、これも旅の楽しみの一つ。
自分1人で行動していると、その枠を出ないけれど、
他の人と行動することで、また新しい発見が出来る。


結局、30分ほど買い物に付き合ってもらう形となり、
申し訳なかった…。






◆レジに行く前の買い物かごの様子。
 いやー、買ってしまった、大量に。
 


今回買ったのは、以下の通り。
(個数の記載が無いものは全て1つずつ)


米(1kg)×2個パスタ(1kg)
パスタ用のオイル(葡萄)
にんにく×2個
玉ねぎ(2kg)
ジャガイモ(3kg)
キャベツ
ひき肉(160g)×4個
ソーセージ(20本入り)
トマトピューレ(450g)
セイロンティーの葉っぱ(250g)
スープの素×4袋
ツナの缶詰

胡椒(3種類)
クラッカー(おつまみ用として)×2個
クリームチーズ(227g)
赤ワイン(紙パック入り・2リットル)
白ワイン(紙パック入り・2リットル)


…しめて、21030ペソ(約43ドル)なり!

6日間の滞在だから、1日辺り、約7ドル。
これって、自炊にしてはかなり高額。

まぁ、このうち、ワインだけで8ドルかかっているわけだけど、
それでも、かなり買ったなぁ…。


どうでもいい話だが、
お金の支払い時、21050ペソを出して、おつり20ペソをもらおうとしたら、
「30ペソの細かい硬貨は無いの?」と、レジのおばさんに言われたのは腹が立った。


買い物後は、品物に詰めるのも大変。
4つのビニール袋に詰め込んで、それらを持ってバスターミナルへ行くことに。

それにしても、重い…。

この重さは、北欧を旅していた際の地獄を思い出すほどだが、
とにかく重過ぎて、途中で休憩しないと歩いていられない。


何とかバスターミナルに付くと、サンティアゴ行きのバスはすぐに出るということで、
急いでバスに向かって乗り込んだ。

そして20時5分に、バスは出発。


ふえー、それにしてもこの荷物は大変。
座席は空いていたので、席に買い物袋を置いて、しばし休憩を…。

バスは1時間45分ほどで、サンティアゴのバスターミナルへ到着。

ここは、先日も降り立った場所だったので、一安心。
空港までの路線バスの乗り場は、1か2番から出ると聞いたので
そこで待つこと10分。

バスが来たので乗車(1300ペソ)


20分ほどで空港に到着したので、
中に入って、ベンチを探すことにした。

それにしても、話しには聞いていたが、サンティアゴの空港、本当に何も無い。
カフェが1軒あるだけぐらい。

これで時間を潰すのは、かなり困難。

でも、僕はもう眠かったので、別にベンチがあれば何でも良い。
ちなみに、電源を確保できる場所は見当たらなかった。


ベンチを発見すると、先程買った物の整理を。
LAN航空のイースター島行きは、
手荷物が8kg、預け荷物は40kgが制限らしいので、
出来るだけ、預ける大きなバックパックに、重い物を詰め込むことにした。

荷物の整理後は、
ベンチに荷物をチェーンロックで固定して、寝る体制を確保。


時間は23時頃だったが、とりあえず寝ることにした。






◆今日の寝床。
 空港のベンチを利用して…。
 柔らかいものが入ったビニール袋を枕代わりに、
 足を伸ばして横になって寝る。
 このストイックな環境がたまらない。

6月15日(日) バルパライソ観光 <ビーニャ・デル・マール泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:44:06 
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今朝も、8時頃起きたのだが、やはり寒い。

もっと日が昇って気温が上がった頃でないと、行動する気が起きない…。

というわけで、パソコンを開いて、
ブログをアップするための写真データを整理して、
USBメモリに保存するなどを作業を。

日記もついでに書いておいた。

その間、カメラのバッテリーの充電もしておいたのだが、
それらを終えると、11時に。


遅めのスタートだが、今日の町歩きをスタート。

外に出て、坂を下ったところで…一つ忘れていたことに気付く。

宿に置いてあるガイドブックで、
この町(ビーニャ・デル・マル)と、隣の町(バルパライソ)のページを
デジカメで撮影して、ガイドブック代わりに町歩きをしようと思っていたのだが、
その撮影を忘れていたのだ。

うーん、一度戻るのは面倒…と思いつつ、仕方ないので戻ることに。

写真撮影を終えて、再び出発。


ちなみに、町歩き前に、
1時間、ネットカフェに立ち寄ることにした。
ブログのアップも、コツコツ進めなければいけないので…。


そして、今日は、隣町のバルパライソに行くことにした。
この町は、その町並みの景観が特徴的で、
2003年に、ユネスコの世界遺産にも登録されたらしい。

バルパライソまでは、10kmも満たない距離なのだが、
バスとメトロの2つの移動手段がある。

しかし、分かりづらいバスはストレスが溜まるので、僕は嫌いだ。
極力、ストレスの溜まらない分かりやすい交通手段を、ということで
宿から徒歩3分ほどにある、メトロのRECREO駅から乗ることに。

チケット売り場で値段を聞くと、「1500ペソ(約300円)」と言われた。

ん?それは高すぎないか??と思い、聞き直してみると、
何やら白いカードを見せてきて、
「これを持っているか?」と言われたのだが、
「そんなん持ってないぞ。」と答えると、
「じゃあ、やっぱり1500ペソだ。」と言われたのだった。

良く分からないけど…しょうがねぇ、じゃあ1500ペソ払うよ…ということで、購入。

すると、この白いカードは、
日本で言うところのSUICA(関西だとICOCAだっけ?)みたいなもので、
乗車にはそれが必須となっているらしい。

このカード代が1000ペソで、乗車賃が500ペソということだったのだが、
このカード、問題は、返却が出来ないこと。

つまり、旅行者にはお荷物になるのだ…。悲しい…。






◆宿から徒歩3分のメトロの駅「RECREO」から見た風景。
 海岸沿いに、メトロの線路と道路が這うように走っている。



駅のホームで待っていると、数分して、列車がやってきた。
列車は綺麗で快適。

とはいえ、乗車時間は10分程度だから、
景色を眺めていると、あっという間にバルパライソのPUERTO駅まで到着した。


駅を降りると、右手に歩いていって、
プエルト市場を目指すことにした。

ここは、安い値段でシーフードが食べられる大衆食堂が入っているらしい。






◆メトロ「PUERTO」駅前には、
 こんな綺麗な建物も見かけられたりするのだが…
 どうも治安がよろしくない雰囲気。



道を歩いていると、いきなり陽気に客引きのおばさんが声をかけてきて
びっくりしたのだが、何かと思ったら、
これから行く市場の中に店を出している食堂の客引きらしい。

とりあえず店の名前だけ覚えつつ、
「たぶん行くわ!」とだけ言い残して、立ち去ることに。


そして、歩いて5分ほどで、プエルト市場へ到着。
とはいえ、どうもこの界隈は薄汚い感じで、治安は良くない雰囲気。

歩いている人の層も悪い。
服装と風貌、行動を見ていると、一瞬でそれらが分かる。

市場といっても、3階建て?の建物で、
今は市場として機能はしていないように思える。

2階部分には、食堂がいくつか入っているが、
それ以外の階は、全く使われていないような雰囲気。






◆市場は、こんな感じで2階部分に食堂がたくさんある。
 雑然としていて、治安が悪い雰囲気満載。



市場の内外では、とにかく食堂への客引きが多くて
僕は一目で観光客とばれるから、近寄って来てうっとうしい。

完全に、観光客用の施設になりつつある場所のようで、残念。


中に入ると、英語を話す客引きが寄ってきたので、
「分かった、分かったから、市場を普通に歩いて回らせてくれ!」と言って、
落ち着かせることに。

本当に、頭がおかしいんじゃないかと思うぐらい、
客引きはしつこい。

彼らにとっては、観光客の心情など何でも良いわけで、
とにかく自分の店に客をかきいれれば良い。

こういう、度が過ぎた客引き行為というのは、
その施設、または周辺の質を落とすものだと、肌で感じた。

そういった行為を禁止すれば、
この市場の雰囲気ももっと良くなると思うのだが…。


一応、この先、バルパライソに行く人がいるとしたら、その人達へのメッセージとして…。 

うっとうしい客引きが嫌いな人は(みんなそうだけど)
このプエルト市場には、行かないほうがいい。

ここでシーフードを食べる必然性もないし。


さて、一通り、2階を歩いたところで、
どこかの食堂で食べることに…と思ったけれど、
まともそうなのは、さっき英語で話しかけてきた客引きの店でもあったので、
相変わらずギャアギャアと英語でうるさいが、
とりあえず、そいつの店へ入ってあげることにした。






◆市場の中にある食堂。
 何か、場末の雰囲気満載。



2500ペソ(約500円)で、3種類の品と、
それに加えてワインが飲めると言われたので、
「んじゃ、それで。」と、注文を。

しばらくすると、最初は貝が入ったスープが出てきた。
味は、ボチボチ。

パンも出てきたので、食べまくっておいた。

その後は、魚のフライとライス、
それにサラダなどが順番に出てきたのだった。

ワインは赤(シーフードなのに何で?)
味は普通だったけど、なぜかグラスは、日本茶を飲む時に使うような陶器。
全然、ワインにふさわしくない。

だめだなぁ、こういうちょっとしたところで工夫というか、こだわりを持たないと…。



とりあえず、「シーフードを食べた」ということにはなったが、
このプエルト市場は、かなり微妙だった。

まぁ、ネタみたいなものか。


ところで、先程から何度も登場している、英語を話す客引きの彼だが
話している最中に何度もしつこく言われたのは、
「この辺りは治安が悪くて危険だから、
 カメラを持って歩くのは止めたほうがいい。」ということ。

あまりに何度も言うので、ほんとかよ…と思ってしまったのだが、
確かに、このプエルト市場の中でさえ、雰囲気は良くないのだが、
その外も、やはり人の質が悪く、危険なオーラに満ち溢れている。

彼の言うことも、あながち嘘じゃないらしい。


市場を出た後は、どうしようかと思ったのだが、
当初は、バルパライソの町を展望できる丘の上に行こうと思っていたのだが、
丘の上を見渡しても、とにかく人の気配が無い。

丘の下の町中を歩いていても、人がほとんどいない。

これは、今日が日曜日ということもあったのだが、
この危険オーラは、直感でやばいと感じた。


というわけで、丘の上に行くのは止めることにした。
こんなところで死にたくない。

そのまま、湾岸沿いをしばらく歩いてみることにした。

人が少ないので、一番、湾に近い、車が多い通りを歩くことに。

すると、交差点で信号待ちしていたら、
中学生ぐらいの年齢の女の子8人組が、いきなりスペイン語で話しかけて来た。

「スペイン語は分からん。」と言って突っぱねたのだが、
様子がおかしい。話しかけてくる理由が見つからない。


そして、交差点を渡って、1分ほどしてから、後ろを振り返ってみると、やはり。
この8人組みが、僕の後を歩いてついてきているではないか。

新手の強盗なのか何なのか分からないが、
うっとうしいので、思い切り睨んでやったら、
クルっと反転して、逃げ去っていったのだった。

一体何なんだ、この町は…。


その後、5分ほど歩いた後は、見通しの良い広い通りがあったので、
警戒しつつ、その通りに入ってみることに。






◆バルパライソの中心部を走る通り。
 雰囲気は良いが、日曜ということもあり、とにかく人通りが少ない。



この通りも、ホームレスの人がベンチで寝ていたりと、
雰囲気は良く無いのだが…。

さらに歩いて5分ほどすると、もう1本奥に、
人通りが多い場所を発見したので、そこに行ってみることに。

ここは「PEDRO MONTT」通りで、ビクトリア広場の付近だったのだが、
やっと、まともに人がいて、
治安が良さそうな場所に行きついたのでホッとしてしまった。






◆路上には、露店がたくさん。






◆こちらも路上に出ていた露店。
 お土産を探していたら、
 こういうお店を巡って見るもの楽しい時間の過ごし方だろう。



道を歩いていると、うっかり目に入ってしまったのは、アイス屋(笑)

値段を見ると、高い…エクアドルの後だから
数倍の値段。

うーん…と迷ったが、現地の人がどんどん買っている姿を見て、
だったら俺も買うぞ!と、買うことした。

で、800ペソで、チョコレートの2段重ね(かなり大盛り)のコーンを注文。

いやー、満足。味も美味しい。
やっぱり、とにもかくにも、アイスだね。


満足したところで、また町歩きを再会。

通りを北へと歩いて、長距離バスターミナルがある辺りまで行くことにした。

歩いていると感じるのは、
このバルパライソは、あくまで「港町」であるということ。

たった数キロ、湾が一つ違うだけなのだが、
隣のビーニャとは、全く違う質の町だ。

ビーニャは、高所得者が集まるリゾート。
バルパライソは、中〜低所得者が住む、地元に根付いた港町。


町をゆっくり歩いてみると、建物の壁の汚れ、道に落ちているゴミ、
人の服装、出ている露店の内容、
そういったもので、それが伝わってくる。

これだから、町歩きは楽しい。






◆バルパライソの町並みは、世界遺産に登録されているほどだが…
 こんな感じで、山並みにごちゃごちゃと、
 カラフルな建物が乱立している。



30分ほど歩いていくと、長距離バスターミナル付近へ到着。
この辺りで、今日の町歩きは終えることにして、
湾岸まで出て、メトロのBARON駅から、ビーニャに戻ることにした。

時間的な余裕があれば、ビーニャの町のビーチまで行こうと思ったが、
結構、歩くだけで時間がかかったので、
宿の最寄のRECREO駅で電車を降りることに。


そして、昨日見つけた、宿から近い海岸を見渡せる展望ポイントへ行って、
夕日を眺めることにした。

崖沿いの細い路地を上っていきながら、
その道に生えている植物と、それを照らす夕日の赤色を楽しみつつ。






◆道を歩いていると時おり見かけられた花(花なのかな?)
 独特の形が印象的。






◆フェンスに巻きつくようにして生えていた植物。



そして、3分ほどで、展望ポイントへ到着。
ここがやはり、一番見晴らしが良い。






◆展望ポイントの周辺に生えていた植物。
 夕日に照らされた植物は、何とも言えない美しい光景。
 映画のワンシーンのようだった。






◆ビーニャの海(太平洋)に沈んでいく夕日を静かに眺める。
 本当に綺麗だねぇ、夕日って。



結局、1時間近く、ずーっと、海の先に見える夕日を眺めていた。
天気も良く、輝く夕日の光は、100%の力で、海を照らしていた。

波に揺られてうごめく照らされた水面を、ただ無心に眺めているだけで、
本当に心地が良い。


この旅において、夕日を見る瞬間は、何度目になっただろうか。

こうして、腰を降ろして、ゆっくりと夕日を眺められるという時間は、
心を休める上でも、そして、また新鮮な気持ちを取り戻す意味でも、大切な時間。

僕にとっては、至福の時間でもある。


夕日は徐々に水平線に近づいていって、
最後は、あっという間に姿を消してしまった。

また明日まで、太陽とはお別れだ。
…さようなら、そして、また明日!


そんなことを思いながら、
展望ポイントを後にして、宿に戻ることにした。

にn
宿に戻ると、17時過ぎ。

昨日と同様、レタスをボリボリと食べて野菜を補給した後は
シャワーを浴びることに。

その後は、ちょうど今日、
イースター島から帰ってきたという宿泊客の日本人女性がいたので、
情報をもらうことにした。


この人は、日本人の友人5人でイースター島に向かったらしいが、
話を聞いていると、面白い話題が2つ。


1つ目は、町のメインストリートにあるスーパーの横のパブ(入場料3000ペソ、1ドリンク付)に
土曜日の夜行ったところ、23時30分頃から1時頃まで、
腰みのを付けたマッチョな男達による、ダンスショーが見られたというのだ(笑)

これは結構盛り上がるらしく、楽しかったようで、
この「マッチョダンサーズ」は、かなり熱いとのこと。



そして2つ目は、村の海岸沿い(モアイ付近)を歩いていたところ、
岩場で魚を捕っていた現地の男性がいたらしく、これがかなりワイルドだったらしい。

魚を手グスで刺して捕るらしいのだが、
それでも魚が跳ねていた時は、魚を岩に投げつけて気絶させるらしい。

そして、素手で魚をさばいて、
火で温めた石の上に魚を置いて焼く。

しかも、その魚を食べさせてくれるらしく、かつ、紳士のようで、
女性には魚の身を分け与え、
自分は魚の頭で良いからといって、頭を丸ごと食べてしまうらしい。

何とも、聞いただけでワイルドなこの男、
俗称「フィッシャーマン」も、かなり注目とのこと。

でも、海岸沿いを歩いても、
誰がフィッシャーマンなのか、全く見当が付かないのだが、
とりあえず、「あずき色の小さめのリュックサックを背負っている」という情報だけ教わった。


熱い…モアイとは全く関係ないこの情報だけで、
イースター島がかなり楽しみになってしまった(笑)

こんな話題を交わしつつも、
昨日買ってまだ残っているワインをちびちび飲んで
会話を楽しんだのだった。


22時過ぎまで飲んだのだが、その辺りで、今日はお開きに。
ワインも、無事、飲み終えることが出来た。

2日で、750mlを1本、ボチボチのペースか(笑)


部屋に戻ると、既にお酒のせいで眠気が襲ってきて、思考停止。
寝てしまうことにした…。

お酒には酔わないのだけど、とにかく眠くなってしまうのが問題。
これって、歳のせいか?(笑)


今日も健康的な時間に就寝…。
それにしても、何だか熟睡出来てしまう、汐見荘のベット…いい感じだ。

6月14日(土) ビーニャ・デル・マール観光 <ビーニャ・デル・マール泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:43:02 
  2. カテゴリー:チリ Chile 
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昨夜は熟睡出来て、9時頃、目が覚めた。
睡眠不足を一気に解消。

しかし、部屋は陽があまり当たらない角度ということもあり寒い…。

例のごとく、布団からなかなか出られず。
その間、パソコンでメール作成をすることに。
(メールを書き溜めて、ネットカフェで一気に送信するため)

そして、11時になって、やっと外に出ることに。
天気は快晴。


宿のオーナーがいたので、挨拶を交わしつつ、
この町の情報を聞いてみることにした。

一番良いレートの両替所、両替レート、スーパー、交通機関、見所など…
これらを聞いておけば、後は何とでもなる。

ちなみに、僕はこの町の情報と言えば、
観光案内所で配られているような、アバウトな地図1枚だけだった。


そして、いざ、町歩きを開始。






◆今回泊まった宿「汐見荘」の外観。
 完全に住宅。通りがかりで見つけることは不可能。
 ちなみに、近所にピストルを持った強盗が入った事件もあったらしく、
 なるべく、日本人が集まる宿ということを
 外部に知られないようにする必要があるらしい。



宿のすぐ裏手の階段を下っていき、緩やかな坂を50mほど下ると、
コレクティーボがたくさん走っている通りに出た。

宿のオーナーいわく、その車の流れについていけば、
町の中心であるセントロに辿りつくらしい。

と、ここで、ちょうどインターネットカフェがあったので、
料金を確かめてみることに。

すると、15分で100ペソ→1時間400ペソ(約80円)
まぁ、そんなものかと思いつつ、日本語が読めるかどうかをチェック。

すると、読むことは出来る(書くことは出来ないが)ので、
ちょっとメールチェックをすることにした。


30分だけネットを使い終えると、再び町歩き開始。
既に時間は12時30分。

今日は土曜日ということで、
13時には、両替所が閉まってしまうと聞いていたので、急がねば…。


歩き出してすぐに、パン屋があったので、
ここで250ペソで、フランスパンを購入して食べながら歩くことに。

フランスパンだけをかじるなんて、ちょっとヨーロッパを思い出す(笑)






◆ビーニャ・デル・マールの町は、
 海岸沿いから一歩住宅街に踏み込むと、
 マンションあり、一軒家ありで、
 しかもその建物の形も何だか日本みたい。



さて、早歩きで、もくもくとセントロを目指して住宅街を歩いていくと、
そのうち、教会が現れて、そこを左に曲がって歩くと、
かなり幅の広いメインロードに出た。

そういえば、昨夜、この通りを車で通ったことを覚えている。






◆ビーニャ・デル・マールの町の中心部を走る通り。
 ヨーロッパを思わせるほどの近代的な雰囲気が漂う。
 失礼ながら、ここがチリとは思えない。



通りに出た後は、もう1本裏手にある、
店舗が立ち並ぶほうの
メインストリート「VALPARAISO」通りを歩いてみることにした。





◆ビーニャ・デル・マールの町における
 一番賑やかな通り「VALPARAISO」
 両脇に、様々な業態の店舗が立ち並ぶ。



土曜日ということもあってか、多くの人で賑わっている。
それでも、規模は思ったよりも小さく、
小都市の商店街を眺めているかのような雰囲気さえ感じる。






◆セントロの中心に位置する「PLAZA J.F VERGALA」前の風景。
 ヤシの木が立ち並ぶ雰囲気が、リゾート地であることを思わせる。



そのまま歩くこと約10分、
ついに目的の「PLAZA J.F VERGALA」に到着した。





◆昨日の夜、通り過ぎた公園が、
 セントロの中心の「PLAZA J.F VERGALA」だったことに、今日気付いた。
 夜見ると恐ろしく感じたのだが、
 昼見てみたら、全然恐くない場所。



その脇を通り過ぎて、「LIBERTAD」の橋を渡ってすぐ左のところにある
CityBankの隣の両替所へ。

しかし…時間は13時5分だったのだが、
しっかり店舗は13時で閉められていて、一歩間に合わず…。

ここが一番レートが良いと聞いていたのだが、無念…。

とりあえず、張り出されているレート(1ドル→492ペソ)だけ確認しておき
「LIBERTAD」の橋を戻って、近くの両替所が多く立ち並ぶ界隈へ行ってみることに。

すると、6軒ほどの両替所がすぐに見つかったが、
開いているのは1軒だけ。

レートは、1ドル→490ペソということで、若干悪いが、
とはいえ現地通貨が無いと身動きが取れないので
ここで40ドルだけ、ひとまず両替をしておくことにした。


両替の後は、「PLAZA J.F VERGALA」のすぐ前にあるスーパー「Santa Isabel」の場所を確認しつつ、
小腹が空いたので、どこかレストランを探すことにした。

先程歩いた「VALPARAISO」通りをウロウロとしながら探していると
大衆食堂というのは全く見かけなかったが、
サンドイッチ屋みたいなのは数軒あって、そのうちの一軒に入ってしまうことにした。

ここで、990ペソ(約200円)の品を頼むと、
ハンバーガーのような中身の、大きなホットドックで
とにかくボリュームは満点。味も悪くない。

しかし、何でシーフードがうまいとされるチリ、しかも海岸沿いの都市で
ホットドックを食べているのか…(笑)


食後は、すぐ近くの民芸品マーケットに行ってみたのだが、
品揃えは全然良くなかった。






◆セントロにある、民芸品が売られているアーケード。



この町で何かあれば買おうと思ったが、見つからなそうだ…
というわけで、この時点で、僕は決心をした。

「この旅で、お土産は買わない」と。

みなさん、ごめんなさい…!(笑)

でも、正直、良いと思えるのが無く…

今思えば、ボリビアが一番民芸品が安く売られていて、
そこでどっさり買えば良かったのだろうけど、
そんな荷物を持ち歩くことも出来ず。

お土産といっても、渡したい人は無数にいて
きりがないので、今回は、お土産はなしということにした。

まぁ、このブログが土産話ということで、許して下さい(笑)



この後は、周辺をウロウロしつつ、
昨日降り立ったバスターミナルの位置をもう一度確認しておくことに。

道を歩いていると、この町をホームタウンとするサッカーチームだろうか、
サポーターが多く繰り出していて、賑やか。

何か、ボカジュニアーズと良く似たチームカラーだなぁ…。






◆ビーニャを本拠地とするチーム(だと思う)が
 今日は試合があるようで、昼過ぎになると、
 サポーターが町に繰り出していた。



「PLAZA J.F VERGALA」から徒歩3分ほどで、バスターミナルへ到着。
本当に、昨日は夜だったので恐ろしく見えた周辺の通りも、
今日、昼間歩いてみたら、ごく普通の通り。






◆どこの国でも見かけられる、路上に店を出す風景。
 こういう生活感溢れる姿を見るのが、僕は好きだ。



さて、ターミナルの場所も確認したところで…
今日はこの後、何をしようかと思ったのだが、

徒歩を中心として回る予定のこの町、
これ以上は、今日はルート的に効率よく回れないことと、
デジカメのバッテリーが残りわずかということもあり、
今日はもう帰ることにした。

そして、先程チェックしたスーパー「Santa Isabel」に入って、
買い物を。


イースター島は物価が本土の2倍〜3倍なので、
イースター島に行く前には、食材を大量に買い込もうと考えているが、
今買っても邪魔なだけなので、それは後日に置いておいて、
とりあえず、ジュース(1.5リットル、400チリペソ)と、
トイレットペーパー(6個)、それに安売りしていたレタス1個(350ペソ)、
加えて、赤ワイン1本(1300ペソ)を買ったのだった。

それを持って、今日来た道を、歩いて引き返すことにした。

コレクティーボを使えば、あっという間に帰れてしまうのだけれど、
こうして、自分の足でのんびりと歩いて町を眺めながら帰るのも、楽しい。

そういう、緩やかな時間を過ごせていること自体が幸せだし、
町とも、呼吸を合わせることが出来る。


歩いて20分ほどしたところで、
また、サンドイッチ屋が数軒並んでいたのだが、
まだお腹は空いていないものの、今日は何も食材を買い込んでいないので
ここを逃すと何も無い…と考え、
かなり早めの夕食だが、食べてしまうことにした。

1000ペソで、大きなハンバーガーみたいなものを注文したのだが、
味はさっき食べたのとほとんど変わらず。

これが、この町で言うところの、ファーストフードなのだろう。


無理に食べ過ぎて、ちょっと気持ち悪いぐらい。
歩いてカロリーを消費することに…。

そして、10分ほど歩くと、宿の近くまで戻って来たのだが、
ここで、ふと、太陽の光に惹かれるようにして、
道を反れて海岸沿いに出てみると、これがなかなか良い景色。

もし、自宅の近くにこんな展望ポイントがあったら、
毎日通ってしまいそうだ。

まだ日が沈む時間には少し早かったが、
また明日、時間を合わせて来ることにした。






◆宿に近い場所で、
 海が眺められる場所に出てみると、この通り。
 気持ちが良い。



その後は、また歩いて宿へ。

今朝行ったネットカフェは、
なぜか一時的に閉まっているようで、入れず。
また明日改めることにした。
(一応、インターネットは、汐見荘でも30分200ペソで出来るのだが、
 なぜか屋外にパソコンが設置されているので、寒いのだ…)



宿に戻ると、17時頃だった。

ちょっと早い時間だったので、気合を入れて、
手洗いで洗濯をしてしまうことにした。

ベネズエラのサンタエレナでランドリーサービスを利用して以来、
徐々に溜まっていた洗濯物、かつ、
キトの宿で洗いきれなかったものがあったので。

まだ着れないこともないが、
ちょっと臭いが気になる(笑)長袖Tシャツも、
面倒だが洗ってしまうことにした。

疲れたけれど、気分はさっぱり。


その後は、自分もシャワーを浴びることに。

そして、シャワーの後は、
この宿のキッチン兼リビングルームになっている部屋に行ってみることにした。

すると、今、この宿に泊まっている2人の日本人男性がいたので、
会話をすることに。


僕は野菜不足を解消するために、
先程買って来たレタスを洗って、
ちぎって塩やマヨネーズををかけただけのものを食べながら…。

1人は、明日、この町を発つということだったのだが、
南米を周遊するのに、ガイドブックを持たずして出発したようで
とにかく情報収集をコツコツしていきたいらしく、
いろいろ現地情報を伝えてあげることにした。

とりあえず僕が伝えたかったのは、
「ベネズエラのロライマ山が、南米では、ずば抜けて感動する」ということ。

しかし、彼はベネズエラに行かないらしい…もったいない…。
結構、南米を旅する人でも、ベネズエラは行きづらい場所にあるので、
パスしてしまう人が多いのだが、何とももったいない。


会話をしつつも、途中でワインが飲みたくなったので、
先程買った赤ワインを出して来て、ちびちび飲みながら会話を続けた。

そして、21時過ぎになると、今日は早めのおひらきに。

この宿には、日本語のガイドブックもいくつか置かれていたので、
部屋でそれを読んで情報収集することにした。


特に、次に向かうニュージーランドに関しては、
意外と観光ルートが組みづらいと感じている。

規模が大きく、かつ、見所が散らばっていて、
さらに、見所が多いのは南島だが、僕が飛行機で拠点とするのは
北島のオークランド。

あと問題は、物価が高いこと。
移動だけでも、バカにならない。


うーん、ニュージーランドとオーストラリアなんて、
観光する分には緩い国だから、楽勝でルートが組めると思っていたけど、
意外と面倒なことになりそうだ…。

いろいろ考えつつも、ワインを飲みながら、
23時頃まで調べていたのだが、今日はこのへんで寝ることにした。

お酒を飲むと、眠気に襲われるので、寝る分には楽だね…(笑)

6月13日(金) ベネズエラ(カラカス)→チリ(サンティアゴ→ビーニャ・デル・マール) <ビーニャ・デル・マール泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:41:41 
  2. カテゴリー:ベネズエラ Venezuela  
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夜中の3時まで日記を書いた後は、さすがに目がぼやけて頭が重くなって来たので、
6時まで仮眠を取ることに。

前回泊まった時と同様に、テーブルにうつ伏せになって寝る形を取ったのだが、
結局、全然熟睡出来なかった。

前回は、眠くて仕方ない状態だったので、強制的に寝られたのだが、
今日は、頭が重いものの、眠気が足りなかったようだ。

うつ伏せにしている手が痛くて、30分毎に目が覚めてしまう…。


そんな感じで、ほとんど寝られないまま、6時前に、もう起きてしまうことにした。
そして再びパソコンを開いて、日記の続きを…。

飛行機は10時35分発なので、両替の時間も考慮して、
8時に作業を終えてパソコンをしまい、動き始めることに。

本当に丸1日を、この空港で過ごしてしまったことになるのだが、
意外とあっという間だったような…。


まずはLAN航空のチェックインカウンターへ。
ここで、またいつもの問題発生。

いや、いつもよりもひどい。

というのが、カラカスの空港使用料以外にも、TAXを払えと言ってきたのだ。

しかも、その額は46ボリバル(闇レート換算で15ドル。公定レートで23ドル)


さすがにこれには頭に来たので、
「世界一周航空券の購入時に、
全てのTAXを払っているのに、なぜさらに払わなければいけないのか!?」と
強く抗議。

しかし、航空券の内容を理解していないようで、チケットに目を通しても、
「ダメだ、このチケットでは、TAXを払わなければいけない。」と、全く聞く耳を持とうとしない。

何てこった…これでは、どうにもこうにも話が先に進まない。

しかも、時間にもそれほど余裕があるわけではないし…。

とりあえず、このカウンター越しに言い合っても解決しないので、
後でレシートをもらって、最悪、日本に帰ってからLAN航空の日本支店に抗議して取り返そうと考えた。
__________________

※ちなみに、このTAXの問題に関しては、
 後日、日本の家族にメールを入れて日本国内でJALに連絡を入れてもらったのだが、
 世界一周航空券を発券したJAL側にも問題があったことが判明。

 というのも、支払ったはずのTAXに関する情報が、チケット上に表記されていなかったのだ。
 そんなの、素人の僕には分かるはずもないのだが、
 これにより、他の航空会社からすると、チケットを見てもTAXを支払っていないように見えるので、
 僕に対してTAXを払えと言って来るのだ…。

 ちなみに、南米に入る以前は一度も無かったが、
 南米に入ってから支払い続けてきた謎のTAXに関しては、僕は一切払う必要は無かったらしい…。
 てか、いつもながら「おかしい…」と感じていたわけだが、何てこった…。
 既に70ドル程度のTAXを支払ってきたように思うが、
 損害賠償もののトラブル。
 
 これは、追々、JALと交渉を進めることにした。
__________________



とりあえず、急遽、予想以上の両替が必要になったわけだが、
空港2階に行って、ウロウロしているブルーの服を着たおじさんに話しかけて、闇両替をもちかけることに。

すると、ちょっと男前で英語が話せるおじさんが、
1ドル→3ボリバルで良いということで、その人にお願いすることに。

ちなみに、他にも数人聞いたが、
1ドル→3ボリバルで替えてくれるという人は、このおじさんしかいなかった。

闇両替の相場において、
先日より、さらにドルの価値が下がっているようだ。


このおじさん、結構慎重な人で、
「ちょっとついてきて。」と言って、ついていくと、
建物の裏側で目に付きにくい(といっても見えまくってるけど)場所で、両替することに。


ここで、必要な分として、60ドル(→180ボリバル)を両替したのだった。

そして、再びLAN航空のカウンターに行って、とりあえずTAXを支払うことに。
すると、先程いた男性スタッフはいなくなっていて、女性スタッフがいたのだが、
その人に、改めて「何でTAXをチケット購入時に払っているのに、再度払う必要があるのか?」と問うてみると
チケットを眺めて、しばらく考え込んで出てきた返答が、
「じゃあ、30ボリバルだけでOK。」というものだった。


正直なところ、世界一周航空券について全く理解していないようだったが、
なぜかさっきの男性スタッフの言い値よりも安かったのでラッキーということで、
30ボリバル払ってしまうことに。

で、ここでさらにラッキーだったのは、
カラカスの空港使用料(115ボリバル)も、この30ボリバルの支払いに含まれて考えられたらしく、
LAN航空の言うところのTAXも含めて、計30ボリバルで済んでしまったのだ。


ただ、ちょっとおかしいと思ったのが、
チェックインカウンターの隣に位置する、空港使用料を払うための専用カウンターでもらえるはずの
支払済みの確認用シールを、LAN航空のスタッフも持っていて、ペタっとその場で貼ったことだ。


つまり、彼らからすると、何でもかんでも言い値で客に言えてしまうわけで、
不正に、個別の客に対して、カラカスの空港使用料(115ボリバル)以下の料金を請求する分には、
シールを使うことで、いくらでも取立てが出来てしまうわけだ。

LAN航空も、もうめちゃくちゃだ、はっきり言って。


航空会社って、一見まともだけど、スタッフのレベルは何でここまで低いのだろうか。

世界各地における雇用形態に関しては知らないが、
たいした従業員教育もしないまま、ルーティーンワークをこなすだけのスタッフが配置され
雇用も一定期間で更新、といった状態になっていると考えられる。

それでは、いつまで経っても従業員の質は向上しないわけだが…

まぁ、失礼ながら本音で言ってしまえば、
チェックインカウンターで業務をこなす程度の内容であれば、
高い質のスキルは必要ないので、
彼らにそれを求めるのも酷な話なのだろうが…。



とりあえず、意味不明のまま、当初よりも支払いが済んでしまったので、
今度は現地通貨のボリバルが余ってしまった。

しかも、135ボリバルも。

こんな現地通貨、ベネズエラを出たら紙くずみたいなもので、両替は出来ないだろうから、
持ち越しても仕方ない。

本当に面倒だなぁ、しかし!!


しょうがねぇ…もう一度、さっきのおじさんに駆け寄って、再両替するしかない…。

というわけで、急いで2階に上がって、さっきのおじさんに事情を説明して、
再両替してもらうお願いを。

しかし、このおじさん、英語力はそれほど無かったようで、事情が理解できず、
なぜか場所を移そうと言われたのだった。

ついていくと、1階のチェックインカウンターに到着したのだが、
何かと思ったら、ここに知り合いの従業員がいて、その人は英語が得意ということで、
通訳してもらうために、移動してきたのだった(笑)

で、その知り合いの従業員に、わけ分からないLAN航空の対応によって、
お金が当初より余ってしまったことを伝えると、
それを通訳してくれて、おじさんも事情を理解してくれたのだった。


予想では、ここで、さっきの一度目の両替よりも
悪いレートで再両替をもちかけられると思っていたのだが、
何と、さっきと同じレートで良いということで、結局、3ボリバル→1ドルということで
135ボリバル→45ドルを、戻してもらったことになったのだった。

ありがたい…。


その後、急いで出発ゲートへ。

先日の搭乗では、ここで無駄なトラブルで時間を食ったのだが、
今回は、思ったよりもスムーズ(というか、チェックが適当だっただけだが)に進み、
搭乗ゲートへ、時間前に問題なく到着したのだった。

いやー、ほんと、このカラカスの空港は何というか、
無駄に思い出深い空港になってしまった…。


飛行機は、予定通り、10時35分にカラカスの空港を離陸…。

さようなら、ベネズエラ…ギアナ高地に訪れるのでなければ、
もう二度と来ないだろう…というか来たくない…旅行するのにこれほど面倒な国は無い。


離陸後は、機内食が配られたので、それを食べ、
少し寝ることにした。

ところで、キトの宿で一緒だったTさんからは面白い話を聞いていたのだが、
彼は、いつも機内食を「おかわり」するらしい(笑)

そんなこと出来るのか!?と、驚いてしまったのだが、
どうやら、これが出来るらしい。

タイミングは、一度、機内食が配られてから、
片づけが始まる前のタイミングを利用して、スタッフを呼び寄せて、
「量が足りないから、もう一つ下さい。」と言うだけらしい。

さすがに、プレート全体をもう一つもらうことが厳しいこともあるらしく、
その場合は、メインの1品だけ、おかわりするといったことに切り替えれば、可能らしい。

すげぇ…機内食のおかわり、これは初耳だった。



とりあえず、LAN航空では、おかわりを失敗したことが無いとTさんが言っていたので、
ネタ作りの上でも、挑戦してみようかと思ったのだが、
廊下側に座っている、仙人みたいな中国人のオーラがすごくて、
その人越しにおかわりをスタッフに交渉する勇気が持てず、
今回のフライトでは断念することにした…。


食後、2時間ほど寝た後、
ふと目が覚めると、ちょうどペルー上空を飛行機が飛んでいるようだった。

窓側の席だったので、
外を眺めながら、写真を撮って楽しむことにした。


座席の画面で地図を確認すると、
ちょうど、リマとクスコの間辺りを飛んでいるではないか。

ということは、アンデス山脈が見えるのでは?と思ったら、余裕で見えてしまった。






◆リマ〜クスコ間の上空。白いのが、アンデス山脈。
 もっとアルプスっぽい風景かと思ったら、そうでも無く、
 土っぽい大地に、白い雪の部分は僅かだった。



場所的には、クスコもそうだし、下手をするとマチュピチュも視界に入るぐらいだったのだが、
それはさすがに発見出来ず…。

飛行機は進み、今度はクスコ〜プーノ間(アレキパ付近)を飛んでいった。

2ヶ月前には、この区間を、陸路を使って進んでいったわけで、
それを今、飛行機で飛び越えるというのは、何だか不思議というか、感慨深いものがあった。






◆これはもしやチチカカ湖??と思って興奮してしまったのだが、どうやら違った。
 この後、数分後に、遠くに巨大な湖が見えたので、それがたぶんチチカカ湖。






◆アレキパ上空付近で見られた渓谷。
 おそらく、視界の中には
 観光地として有名な「カニョン・デル・コルカ」もあったと思う。






◆火山湖のようなものも、多数見られた。






◆ウユニ塩湖ツアーで見たような、荒々しい山々も、上空から見ればこの通り。



飛行機は、あっという間にプーノ付近を通り越したのだが、
この辺りから、だんだんとコースが外れて、海沿いに近づいてしまった。残念…。

というのも、うまくいけば、ウユニ塩湖が上空から見えるのでは?と思っていたからだ。


しかし、地図で確認しながら粘って外を眺めていたのだが、
どうやら、それらしきものが、遠くに見えたのだった。

場所的にはウユニ塩湖があると思われる位置だったので…。

ああ…あそこに、2ヶ月前行ったんだなぁ…と思うと、何だか泣けてくる。

リマを基点に、ボリビアのウユニ塩湖までいって、またリマに戻っていった、
約3週間の行程を、飛行機でわずか1時間足らずで、飛び越えてしまったのだから。


飛行機は、チリの海岸線沿いをなぞるようにして、飛び続けたのだった。






◆海岸線沿いにも、時おり深い山脈が見られて、
 なかなか見ごたえがあった。






◆こんな大陸棚みたいな風景も。
 人間が到達しづらい場所にあるから、観光地にはなっていないのだろうが、
 実際に山頂に降り立ったら、とんでもなく素晴らしい景色だろう。
 それこそ、すぐに世界遺産に登録されてしまうような。
 まだまだ、人間が降り立っていない場所は、世界中にたくさんある。






◆雲が大陸に押し寄せている光景。
 雲って、意外と低い位置なんだと、何だか不思議に思えてしまう。






◆チリのサンティアゴに近づいた際の風景。
 雪を被った高い山々が延々と続いている。



ほとんど窓を眺め続けたまま、そのうち、飛行機はチリのサンティアゴに降り立ったのだった。
この時、時間は18時。

やっぱり、飛行機からの風景は壮大…。
飛行機でつなぐ旅は、そういう楽しみ方もある。


空港に降り立つと、入国審査を終えて、
到着ゲートを出て、さっそく移動開始。

今日は、サンティアゴからこのまま移動して、
ビーニャ・デル・マールに行きたいからだ。

パタゴニアに行った際に、小額の現地通貨(チリペソ)は持っていたので、
両替はしないで、そのまま行くことに。


行き方や値段の相場は事前に聞いていたが、
念のため、観光案内所の人にも確認してみようと思ったのだが、
ここで、うっとうしい客引きのタクシーの運転手が話しかけてきた。

どうでも良かったのだが、
「タクシーは高いから使わないんだけど、
 ビーニャ・デル・マールへ向かう長距離バス乗り場へ向かう、路線バス乗り場ってどこ?」と聞くと、
お決まりの通り、
「バスは高い、似たような値段でタクシーで行ける。」と言い始めたので、
いくらか聞いてみたら
「20(ベインテ)」という。

この、20というのは、中途半端な言い方で、
チリペソというのは、現在は、1ドルが約500チリペソだから、
20チリペソということは、ありえない。

つまり、正しくは20000チリペソ(約40ドル)で、
意味もなく、1000の単位を切り取って、言って来ているのだ。

くだらない…。



僕は「路線バスなら1500チリペソ程度で乗れるの知ってるよ。
バカじゃないの??高すぎるよ。」と言い放って、
笑って立ち去ろうとしたのだが、
彼らも「なーんだ、相場を知ってるのかぁ」といった素振りで
笑いながら立ち去っていったのだった。

本当に、腐ってるなぁ、タクシーの運転手。
かわいそうな人達だ…。

間違っても、僕はああいうタクシーの運転手にはなりたくないなぁ…。

あれで、家族を養っていっている父親というのが、
ますますかわいそうというか、悲しいというか…

息子に何ていうんだろうね。
子供に、自分の仕事を自信を持って話せない親って、つらいんだろうなぁ…。


そんなことを思いつつ、到着ゲートを出て右手にバス停があるということで、
行ってみると、青い車体の「centro puert」と書かれた路線バスがあったので、
運転手に行き先を確認して、1300チリペソで、乗車。


ちなみに、バスターミナルは、空港から20分ほどで、
地下鉄の駅も併設された、名前は「PATARITOS」というターミナル。

ほとんどの人がそこで降りるので、まず間違えることは無いが、
一応、バスの運転手に行き先を確認しておけば、降りる時に言ってくれるだろう。


バスは20分ほどでターミナルへ到着したので、そこで降りて早速チケットを購入することに。






◆南米のターミナルは、やっぱり、こんな感じで各社のカウンターが並んでいる。
 いつもながら、料金を確認するのが面倒。



キトで出会ったTさんから聞いていた最安のバス会社を探したのだが、どうも見当たらず、
結局、カウンターが並んでいるところを、片っ端から全て料金を聞いて言って、
一番安かった「Linea Azul」というバス会社で、片道で3000チリペソだったのだが、
往復チケット(5000チリペソ)を購入。

復路は、日時指定は無いので、自分で決められるらしい。


ビーニャ・デル・マール行きのバスは、数社が運行していて、
10分おきぐらいに、バンバン出ていた。

自分の乗るバスはどこに来るのかと、電光掲示板を眺めていたのだが、
同じバスに乗る現地の人が、声をかけてくれて教えてくれたので、そのバスに乗ることに。

バスに乗ると、約2時間、高速道路をひた走り、
湾岸と思われる夜景が視界に入り、ついにビーニャ・デル・マールの町に到着したのだった。


どこで降りればよいのか分からなかったので、
とりあえず終点の、バスターミナルで降りることにした。

話では、この町にある日本人宿「汐見荘」には、
コレクティーボの86番か、88番で行けると聞いていたので、
そのコレクティーボを探すことにした。

コレクティーボがたくさん走っている通りを見つけたら
そこに走っている該当する番号の車を停めて乗ればOKと言われていたので、
探してみるも、どうも見つからない。

既に外は暗く、人通りも少ないので
これはちょっと厄介な展開になった。


一応、住所は控えておいたので、最悪はタクシーで行こうと思ったのだが、
ここで、現地の人が、「何か困ってるの?」と言ってきたので、
住所を見せて、「ここに行くためのコレクティーボを探してるんだけど…。」と言うと、
一緒にコレクティーボを探してくれることになった。

彼は僕と同い年くらいだったのだが、
サンティアゴからやって来た親戚を案内するためにバスターミナルまでやってきたとのこと。

というわけで、親戚の人達もいるわけだが、
その人達もぞろぞろついてくる形で、なぜか僕を優先して助けてくれるという展開に。

親戚の人に悪いなぁ…と思いつつ、
歩くこと5分ほどで、公園がある広場に到着し、
そこで、この人も、他の現地人に聞いて回ってくれたのだが、
結構、現地の人でも、該当する番号のコレクティーボを見つけるのは難しいようで
何だか困っている様子。

僕は「もう大丈夫!これ以上は悪いから、タクシーで行くよ。」と言ったのだが、
彼は、それでもコレクティーボを探そうと頑張ってくれ、
しばらくして、タクシーのような車の運転手に話しかけて交渉し、僕はそれに乗ることになったのだった。

見た目は完全にタクシーなので、これって何?と思ったのだが、
とりあえず乗り込んでみると、同じくして、太ったおばさんが多数乗り込んできて、
乗り合いタクシー状態に。

ドア側に座っていた僕は、押されてつぶされそうになりながらも、
とりあえずなすがままに乗っていたのだが、10分ほど走ると、
運転手が「ここだ。」というので、そこを見てみると、確かに宿の住所の
Baquedano通りの「319」だった。

で、この謎の乗り合いタクシー、
後で宿のオーナーに聞いてみたら、この町では、これがコレクティーボらしい。

なーんだ、それを知ってたら苦労しなかったのだが、
僕はこれをタクシーだと思っていて、コレクティーボは少なくとも、
ワンボックスカーぐらいのサイズだと思っていたのだ。



タクシーを降りると、さっそく、インターホンを押すことに。
すると、中から日本人のオーナーが出て来て、
「どうぞどうぞ。」と言うので、中に入ることに。

毛布とシーツを受け取って、足早に部屋に案内され、
簡単に設備の説明を受けて、チェックインは完了。


ふー…とりあえず、無事、宿までたどり着けたので良かった…というか、疲れた…。

この時、既に22時30分になっていた。


疲れてはいたが、シャワーだけは浴びたかったので、早速浴びることに。
さすがに、赤道を通り越して、だいぶ南下してきたので、寒い。

夜の気温は、8度くらい。

これでお湯があまり出なかったら痛いな…と思っていたら、
これが何と、かなりの勢いでお湯が出るではないか!素晴らしい。

こんなにちゃんとお湯が出た宿は、かなり久々。
ちょっと感動してしまった。


快適にシャワーを終えると、部屋に戻って、今日はもう寝ることにした。
毛布は3枚もらっていたのだが、さすがに寒さを感じることはなく、寝られたのだった。

いやー、テーブルにうつ伏せという、きつい空港泊の後だったから、何というか、横になれるのが幸せ。
かなり熟睡してしまった…最高…。

6月12日(木) エクアドル(キト)→コロンビア(ボゴタ)→ベネズエラ(カラカス) <空港泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:40:02 
  2. カテゴリー:エクアドル Ecuador  
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  4.  【コメントの閲覧・作成
昨夜(というか今朝か)は、2時30分過ぎまで起きていたわけだが、
その後、部屋に戻ると、うっかり寝てしまっていたのだった。

幸い、アラームを4時10分にセットしていたので、
その音で起きた。

寝坊をしないように、ずっと起き続けていようと思っていたのだが…危ない危ない。


4時30分には、宿のオーナーのサンティアゴが車で迎えに来てくれ、
空港へ送ってもらう(5ドル)ことになっていたので、急いで荷物の詰め込みを。

とは言え、本当にこんな朝早くに、迎えに来てくれるのだろうか?
僕の中では、本当に来る可能性は50%程度と考えていて、
最悪は、自分でタクシーを探さなければと思っていた。

深夜に治安の悪い旧市街で、こんな早朝にタクシーを捕まえるというのも
危険な話しなので勘弁してほしいのだが…。



昨夜洗って屋上に干していた洗濯物を取り込んだが、
全く乾いて無い…仕方ないか。

荷物を詰め込んでいると、4時35分になってしまったのだが、
外から「プップププップ プップ!」と、リズミカルなクラクションの音が聞こえたのだった。

窓を開けて下を見ると、サンティアゴが車で来てくれていたのだった。

おお…すげぇ、本当に来てくれた!(笑)


「3分だけ待ってくれ!」と伝えて、
急いで荷物を詰め終えると、ダッシュで外に出ることに。

この時、スタッフのリカルドが起きてくれて鍵を開けてくれたのだが、
お礼を言ってお別れを。


そしてサンティアゴの車に乗り込むと、いざ、空港へ出発。
外はもちろん真っ暗。車も全然走ってない。

約15分ほど走ると、あっという間に空港へ到着。
すると、思ったよりも多くの人が既に空港内にいるではないか。

彼らは空港に泊まったのか?それとも、この早朝に集まってきたのか?ちょっと驚いた。


サンティアゴには、空港へのタクシー料5ドルと、
あとは、僕が宿泊日数を1泊分勘違いしていたので、
その分の3ドルを含めて8ドル払おう…と思ったら、
ちょうどぴったり払えなかったので、小銭を含めて、7ドル84セントで許してもらった。


「良い旅を続けてくれ!」という言葉をもらい、握手を交わしてサンティアゴとお別れを。

今回泊まった宿「スクレ」は、本当に良いスタッフばかりだった。
何とも人間味溢れる、印象深い宿だった。


空港に入る前に、今後の旅のために、
ATMでドルを引き出しておいた。

ドルで引き出すと、それを現地通貨にさらに両替しなければいけないので、
その再両替分、損をするとも考えられるが、
やはり、一定額のドル現金を持っていないと、何かあった時に面倒。

イースター島の旅に向けても、
このエクアドルでドルを補給しておきたかったので、ちょうど良かった。



そして、空港に入ってチェックインを。
アビアンカ航空のカウンターでチェックインを済ませたのだが、
一昨日、リコンファームの電話をしておいたので、予約自体が無いというトラブルは無かった。

が!やはり、別のトラブルが発生したのだった。


どうせそんなこともあるんだろうなと思い、
チェックインの際に、キトからカラカスに行く途中でワンストップする
ボゴタのフライト時間を確認したのだが、
これが、全然予約の電話の通りになっていなかったのだ。

今回のフライトは、
キト→ボゴタ、ボゴタ→カラカスという2回のフライトになるが、
僕は、この間を利用して、コロンビアのボゴタの観光を12時間ほどしようと思っていたので、
乗り継ぎ時間が一番長く確保できる、
7時50分ボゴタ着、21時30分ボゴタ発という組み合わせにしておいた。

しかし、チェックインしてみたら、なぜか乗り継ぎ時間が50分しかない、
8時40分ボゴタ発になっていたのだ。


こういうことを避けるために、先日、カラカスの空港でアビアンカ航空の予約電話の際も、
何度もフライト時間を確認して予約しておいたのに…やっぱり、という感じ。

しかし、予約番号はあるので、それでもう一度フライト時間を確認することと、
同時に、フライト時間の変更を願い出たのだが、
カウンターのスタッフからは、全くやる気を感じない返答が。


「システム上、このキトの空港では、
ボゴタからカラカスへの乗り継ぎ便のフライト時間が確認できない。」ということと、
「現状の予約内容では、ダイレクトフライト(乗り継ぎ時間50分)になっている。」ということ。

「いつの時代のシステムを使ってるんだ?」と、
思わず突っ込んでしまいそうになったが、
さらに追い討ちをかけるように、スタッフから、
「予約変更をしたいのなら、ボゴタで交渉してみてくれ。」と言われた。

しかも、謝る姿勢など全く無し。


アホか、こいつは…。

何で、アビアンカ航空側のミスなのに、
乗り継ぎ時間を利用して、客である僕が交渉しなきゃいけないんだっての。

本当に航空会社のスタッフというのは、世界中どこに行っても、
アホばっかりというか、応用が利かないスタッフが多くて頭に来るわけだが、
このアビアンカ航空は、群を抜いている。


バンコク→日本間で利用したエアインディアは、
ある意味でギャグなので許していたが、
一見、ハード(外見)はまともそうに見えて、中身が全く伴っていない
このアビアンカ(AVianca)航空は、最低だ。

自分の中でこの航空会社を二度と利用しないことは、この時点で決定したわけだが、
他の人にも利用しないことをお勧めする。

それぐらい、本当に対応レベルが低い航空会社。

まぁ、安かろう悪かろうを承知で、価格につられて乗らざるを得ない
貧乏バックパッカーという現在の立場が、悲しいのだが…。


呆れてしまい、言葉を投げかけることすら出来なかったのだが、
とりあえず搭乗ゲートへ向かうことにした。

早朝にも関わらず、空港は混んでいて、なかなか先に進めない。


しかも、またかよ、という感じだったのだが、
南米における空港の定番、「空港使用料(Airport Tax)」を、
このキトの空港でも払わなければいけないということで、
国際線だと、40.8ドルということで、近くのカウンターで支払ったのだった。

エクアドルの物価を考えると、
感覚的には、日本の約7分の1ぐらいに感じていたので、
40.8ドルだとすれば、彼らの現地の感覚からすれば、約285ドルだろう。

現地の人ではとても払えないレベルなわけだが、
それをあっさりと取られてしまうことが悲しい…。


しかも、エクアドルの現地通貨はドルだが、
硬貨は他国では両替出来ないことを考えると、おつりの20セントが、
意味なく余ってしまうではないか。

これはペルーでもそうだったが、
空港使用料を、意図的に端数となる金額設定をして、
おつりで小額の硬貨を旅行者の手元に残させて、
もう一度、同じ国に戻って来させようとしているのではないかと
僕は考えている。

旅行者にとっては、迷惑千万。


こうして、空港使用料を払っている時に決定したのだが、
コロンビアのボゴタに到着した際に、フライト時間の変更を願い出るのはやめた。

というのも、もし僕がボゴタで空港から出ると、
再度、ボゴタ→カラカスの便に乗る際に、ボゴタの空港使用料を払わなければいけないと
事前に聞いていたからだ。

話しによると、現在の空港使用料は50〜60ドルらしいから、
たった12時間の滞在で、それだけの高額を支払うのは、割りに合わない。

当初は、それでもコロンビアを覗いてみようと思ったが、
これ以上、こうした用途不明のボッタたくり空港使用料を彼らに払いたくもない。

それだったら、このまま乗り継いでカラカスまで行ってしまおうと思った。


しかも、先程のチェックイン時に、預け荷物は既にキト行きで預けてしまっているので、
下手にボゴタで降りたら、荷物だけキトに行ってしまい、紛失してしまうだろうし。


南米の各国には、早く国がまともになって、
ツーリストから法外な料金をふんだくるようなことが無い国になってほしい…。


さて、その後、出国審査や荷物検査を終えると、もうフライトの20分前。
急いで搭乗ゲートへ行って乗り込んだのだった。

飛行機に乗ると、眠気がきつかったが、
とりあえず離陸直後の車窓からの景色を撮るために起きていることにした。


ところで、この際にビデオカメラでも撮影しようとして、
新しいテープに入れ替えるために取り出そうとしたテープの中身が引っかかって、
テープの中身がぐしゃぐしゃに…。

それもさることながら、新しいテープをビデオカメラにセットしようとしたら、
テープが正しく入らなくなってしまったのだった。

どうやら、故障したらしい。

おいおい、ということは、残りの約1ヶ月半、ビデオ無しで旅を続けることになるのか?
最悪…。ビデオカメラは、Canonのカメラを使っているのだが、
頼むで…簡単に壊れ過ぎや…。



とりあえず、カメラだけで車窓からの風景を撮影したが、
朝からトラブル続きで、眠気もあるし、疲れて気付いた時には寝てしまっていた。






◆離陸直後のキトの風景。
 朝日が眩しい。






◆離陸から3分ほど。キトの全景が見えた。
 右手奥の太陽に照らされている辺りが、旧市街と新市街。
 左手奥には、富士山みたいに雪を被った綺麗な山も見えた。



フライト時間はたったの1時間なのだが、
離陸が近づいた頃に目が覚めると、何と既に機内食が片付けの段階に入っていた。

以前であれば、ここで諦めてしまっていただろうが、
スタッフを呼び止めて、機内食を持ってくるように伝えたのだった。

寝ていたらそのまま起こさないのも分かるが
「起きた際に、必要であれば声をおかけ下さい。」ぐらいの
立て札を席に置いておくとか、それぐらいの配慮ぐらいやってくれよ、本当に。


世界の航空会社のサービスレベルは、こんなものなのだろうか。
それとも、安い料金の航空会社だからなのか。

料金が高くて乗ったことが無いが、
シンガポール航空とか、ヴァージンアトランティック航空とかに乗って確かめたいものだ。






◆ボゴタの着陸前の風景。
 ボゴタ中心部はビルが乱立する大都市だが、
 ちょっと郊外に出るとこの通り、のどかな風景が広がる。



急いで機内食を食べ終えると、
間もなくして、飛行機はボゴタの空港へ7時50分に着陸。

乗り継ぎのために飛行機を降りて、コネクティングゲートへ。
待ち時間は、電子辞書を開いて、暇つぶしを。

そして、8時40分に、カラカス行きのフライトが離陸。






◆ボゴタを離陸した直後の風景。
 こちらは中心部の方向なので、大都市を感じさせる街並み。
 またいつか降り立つことがある…かも。



ここでの機内食は、パン2個のみ。

それはさておき、ちょっと気付いたんだが、
飲みもので配る際に封を開けているコーラ等のペットボトルは、
客に一巡で配り終えても、まだ余っているのが見えたのだが、
あれはそのまま捨ててしまうのだろうか?

そうだとすると、もったいない話しだ。

それとも、従業員が後で飲むのか?

余った機内食もそうだが…。

せめて飲み物に関しては、
二巡目で回って、もしおかわりが欲しい人がいたら配るなどすれば、
乗客の立場からすれば、満足度は上がるのだが…。






◆ボゴタ〜カラカス間のちょうど中間辺りで見かけた美しい山脈。
 これが地図に載っている、標高5001mのボリーバル山なのかな?






◆カラカスの着陸前の風景(1)
 火力発電所らしき建物からは、煙がもくもくと…
 公害対策は、まだまだこれからの発展途上国だ。






◆カラカスの着陸前の風景(2)
 ビルもあれば民家もあり、混沌としている。



ボゴタを発った飛行機は、約1時間でカラカスの空港へ到着。

もうこの空港へ訪れるのは3度目。
戻りたくない空港だが、次のサンティアゴ行きの便に乗るためには、仕方がない。


手続きを済ませて、到着ゲートを出ると、
待ってましたかというように、客引きが。

全くもって対応が面倒なのだが、
1人目に訪れた客引きに「サンティアゴに乗り継ぐために来ただけだから、何にも必要ない。」と言って
目も合わせずに、さっさと払い除けておいた。


そして、自動販売機で1ボリバルのお菓子を1つ買って、
先日も滞在した3階のファーストフード店「Church's Chicken」へ。

まだ時間は11時だったが、先日も長時間を過ごした電源に一番近い席を確保して、
そこで寝ることにした。

明日のサンティアゴのフライトまでは、約24時間ある。
本来は、コロンビアのボゴタのワンストップ滞在により、
この空港には23時30分頃来る予定だったが、12時間早まったので、
丸1日、この空港に滞在することになってしまった。

もちろん、カラカス市内に行くことも出来たが、
あんな治安の悪い町に荷物を持って行く必要も無いので、
空港に滞在することにしたのだ。


寝る際は、もちろん全ての荷物にロック+チェーンロックで固定を。

これでも、寝ている際にナイフでバックを切られてしまったら、
荷物の一部を盗まれるリスクも無くは無いが、
これだけ一目の多いファーストフード店の敷地内であれば、
それはまず起こり得ないだろう。


テーブルに伏せるようにして、眠りについたのだが、
体勢が悪く手や首が痛いので、
1時間ごとぐらいに、目が覚めてしまう。

それでも、昨夜がほぼ徹夜だったので眠気が勝り、また寝られる…。


そんな繰り返しで、結局、18時過ぎまでほとんど寝て過ごしたのだった。

ファーストフード店は、昼間はすごい混雑ぶりだったが、おかまいなし。
注意されたら移動すればいいや、という感じで、寝続けた。


18時過ぎに起きると、そろそろ行動開始を。

まずは、お腹が空いたので、夕食をこの店で買うことに。
どれも値段が高かったが、19.9ボリバルのコーラ+チキン2個+サラダのセットを注文。

ファーストフード店で食事をするのは、かなり久々に感じたのだが、
最低限、お腹は満たせられたので良しとすることに。






◆今日の夕食…です。
 


食後は、パソコンを取り出して、コンセントを挿して、作業開始。

やや溜まっている日記を書き進めつつも、
何より、ipodが故障した今、パソコンでしか音楽が聴けないので、それがうれしい。

キトで泊まった宿「スクレ」は、ほぼ日本人宿ということもあり
電源が取れる共有スペースにいると誰かしらと話すことになるので、
ゆっくり音楽を聴くことも出来なかったので…。

19時頃から日記を書き始めた。


本当に、このカラカスの空港で
このファーストフード店のこの席に座って
何時間過ごしたのだろう…。

回りを見ても、フライトまでの時間を潰す乗客の姿のみで
本当に変わったものはない。

ただ、ひたすら、ヘッドフォンをして好きな音楽を聴きながら、
目の前にあるパソコンに向かうだけ。

これでも旅…?
いやいや、これもまぎれもない旅の1ページ。



夜中1時頃になり、喉が乾いたので
自動販売機でコーラを購入(2.5ボリバル)

隣の自動販売機でスナック菓子も買おうとしたが
なぜか硬貨がうまく入らず、残念ながら買えず。


再び席に戻ると、また音楽を聴きながら日記を。

この時、ふと聴いた曲にぐっと来てしまったのだが、
それは、中島みゆきの「時代」という曲を
徳永英明がカバーしているバージョン。

現在、職業「旅人」の僕にとって、
何だか泣ける歌詞。

つい、何度も繰り返し聴いてしまった。


ここで、歌詞の一部を紹介…

_______________


旅を続ける人々は

いつか故郷に出会う日を

たとえ今夜は倒れても

きっと信じてドアを出る

たとえ今日は果てしもなく

冷たい雨が降っていても



巡る巡るよ 時代は巡る

別れと出会いを繰り返し

今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出す



回る回るよ 時代は回る

別れと出会いを繰り返し

今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出す


今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出す

_______________


この日は、結局、夜中の3時まで書き続けたのだった。

それでも、まだリアルタイムに追いつくには
3日分の日記を残してしまっているのだが…。



音楽を聴きながら、パソコンのタイピングの手を止めた際にふと思ったのは、
残り1ヶ月半となった旅について。

残り3ヶ月、2ヶ月前と、終わりが近づくにつれ、
そうした節目とも言えるタイミングで、
少なからず振り返るタイミングはあったのだが
改めて、じっくりと振り返り、そして残された時間を想う機会を
設けれていないことに気付く。


おそらくそれは、日記を書くことに
大幅に時間を取られていることも要因の一つ。

時間があれば、日記を書く、それの繰り返しでないと、
とても日記を書き残せない。

おそらく、日記も書かず、またカメラで写真も撮らない…という人は、
旅をしていたら、何もすることのない時間=考える時間は
いくらでもあるだろう。

これは、日記を書くことの弊害でもあるが、
僕は、日記によって旅の足跡を残すことを優先しているわけで…。


でも、慌しく旅を続ける僕にとって、
旅先というのは、腰を据えて熟考するには向いていない環境だと常々思う。

やはり、その環境変化、そして自分の居場所ではないという感覚において
本当の安心感は得られない。

おそらく、旅が終わるまでは、このまま走り続けていくことになるだろう。

考えなければいけないこと、考えたいこと、
それは、日本に帰ってから考えることにしよう…


…それで良い。それが僕の「旅」というものなんだろう。

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