5月15日(木) ブエノスアイレス滞在 <空港泊>

  1. 2008/05/29(木) 03:18:49 
  2. カテゴリー:アルゼンチン Argentina  
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10時に起きて、行動開始。

まずは宿の朝食として、パンと紅茶を。
その後、荷物をまとめ始める。

南米に入ってから、ブラジルは暑かったものの、
それ以降、ペルー、ボリビア、アルゼンチン、ウルグアイと、
今は比較的涼しい国を回ってきて、さらにパタゴニアに来ていたので、
完全な冬服になっていたが、次に行くベネズエラは、いきなり夏といった感じ。

そのため、昨夜、ランドリーで全ての服を洗っておいたので、
一気に服を入れ替えることにした。

それもあって、意外と整理に時間がかかり、
全て終了してチェックアウトしたのは、12時15分頃。


ひとまず、大きい荷物を宿に預けて、
サンマルティン広場にある、
15時には閉まってしまう(9時からオープン)
アメリカンエクスプレスのオフィスに行くことにした

昨日、トラベラーズチェックのUSドル現金化の手数料を確認しておいたのだが、
100ドルまでは、2%、101ドル以上だと、1.25%とのことだった。

通常、一般の両替屋などでは、
トラベラーズチェックのUSドルへの現金化というのは受け付けていないことも多く、
現地通貨での現金化であっても、2〜3%の手数料を取られることがほとんど。

しかし、トラベラーズチェックの強みは、
現地通貨で現金化するのではなく、USドルの現金化が出来るということなので、
こうして、アメリカンエクスプレスで安くそれが出来るというのはありがたい。

ちなみに、世界中を旅しているものの、
今だかつて、アメリカンエクスプレスのオフィス(または提携の代理店)で
手数料なしで現金化出来ると聞いたのは、
ギリシャのアテネと、イタリアのローマだけ。

他は一体どこで出来るのだろうか…。


地下鉄に乗って、サンマルティン広場駅まで行くことに。

ちなみに、駅に行く途中のスーパーで、
先日買ったビールの瓶を返却したのだが、
2ペソが返って来た。

瓶を返却すると返金されるシステム、ちょっとうれしい。





◆ブエノスアイレスを走る地下鉄の駅構内。
 安全、かつ安く(1回0.9ペソ=約35円)で乗れる。
 乗り方がわかりづらい乗り合いバスより便利。



アメリカンエクスプレスのオフィスは意外と混雑していていたが、
現金化は問題なく終えることが出来た。
これから行く、ベネズエラ、コロンビア、エクアドルは、
USドルの現金があると便利なので(ベネズエラ、コロンビアは、
現地のATMだと、現地通貨しか引き出せないと予測されるので)
やや多めに両替を。

その分、しっかり分散して、
各所に隠し持っておかなければいけないのだが…。


両替を終えて、またすぐに電車に乗って、宿の最寄り駅まで。
そして歩いて宿に戻ったのだった。

この時、既に15時頃になっていたのだが、
ここからは、宿のリビングルームから電源を借りて、
パソコンで日記を書くことと、写真データのバックアップ作業をすることにした。


本当は、まだ行っていない、
セントロの東寄りの湾岸に位置する、プエルトマデーロ地区に行こうと思っていたのだが、
結構歩かないといけないので、ややしんどいのと、
日記をリアルタイムでキープしておかないと、この先のベネズエラ以降では
なかなか更新が出来ないと思っていたので、休憩も兼ねて、そちらを優先することにした。


ところで、先日、いきなりデータが消えてしまったipodなのだが、
パソコンのデータをipodに同期してみようとするも、
同期が完了し終わったタイミングで、
なぜか「不明なエラーが発生しました -48」というエラー表示が出てしまい、
同期が出来ない状態に。

「-48」というのが意味不明で、なんやねん!?と思ってしまうのだが、
ipodの操作ソフト「i tune」のヘルプ機能も、
インターネットにつなげないと見ることが出来ないようで、諦めることにした。

またそのうち時間があればトライしてみようと思うが、
どうも、残りの旅の期間では、ipodが使えなくなってしまったようだ。

うーん、長距離バス移動の時などは、かなり重宝するアイテムなのだが…
まぁ、仕方ないか。


でも、パソコンからであれば音楽は聴けるので、
ヘッドフォンをしつつ、その後は、日記に集中して、19時30分まで作業を進めた。

それを終えると、早速、いつものインターネットカフェへ。





◆何度も足を運んだインターネットカフェ。
 立派な外観(これでも)で、1時間1.5ペソ(約50円)は安い。
 ネットのスピードもそこそこで、問題なし。



そして、30分程度で、ブログへのアップ作業を終えて、
残り30分は、ベネズエラのエンジェルフォールとギアナ高地の情報収集を。

そこでは、かなり具体的な日本語での体験談を載せたページを発見したので、
役に立ちそうなページを、全てデジカメで撮影しておいた。
これは助かった。

やはり、事前の情報収集って大事なんだな…と当たり前のことに気付いた。

おそらく、長距離旅行をする日本人は、
高い頻度で日本人宿と呼ばれる、日本人だけが集まる宿に各地で泊まり歩いて、
そこの人達や、また情報ノートと呼ばれる、旅行者が様々な情報を書き残していく
ノートを見て、情報を集めていくのだろう。

しかし、僕は全然日本人宿に泊まらない。

少人数で行動を共にするなどは楽しいのだが、
なんだか、海外で日本人が、同じ狭い空間に群がっているのは、
それほど好きではない。

必ずと言っていいほど、マンガが多数置いてあり、
必ずと言っていいほど、一日中マンガを読んでいる人がいるので、
どうも、あの沈没(行き先未定の長期放浪者)した感じが、僕は、どうもダメだ(笑)

海外でマンガを読むというのも、ある意味、面白い過ごし方だが、
僕は、「海外に来て、何してんねん??」と、突っ込みたくなる性質なので。


さらに、日記に時間投下を大きくかけていることにより、
それほど他の旅行者とのコミュニケーションも少な目、
かつ、インターネットカフェでも、メールやブログの対応に時間が取られることもあり、
なかなか情報収集に手が回っていないのが現実。


本当は、それが最優先事項なのだろうけど…
おそらく、情報収集不足で、損をしていることが多々ある。

でも、1年間の世界一周だと、常に国や都市が移り変わるから、
いちいち、きっちり情報収集しようとしてたら、時間がいくらあっても足りない。

ある程度、もう行き当たりバッタリで、現地で全て確認、
かつ、多少の損(5ドル〜10ドル)は気にせずに、
時間優先で、何事も、ガンガン決断していったほうが、全体効率は良い。


そんなことを考えつつも、インターネットを終えて、
今度はすぐにレストランへ行くことに。

今日は最後のブエノスアイレス、
かつ、何も食べていなかったので、豪勢に日本食レストランへ(笑)

先日、チェックしておいた、
Independencia通り沿いにある(Independencia駅から徒歩3分ほど)
日本人会館の1階にある、日本食レストラン「コメドール・ニッカイ」に行くことにした。

時間は20時頃だったのだが、日本人会館のドアも開いており、
普通に店内に入ることが出来た。





◆店内の風景。
 何だか、海鮮ものを得意とする居酒屋チェーンの店内みたい(笑)
 次々と外国人のお客さんが入って来ていた。結構、繁盛してるようだ。



いやー、ボリビアのラパスに引き続き、また来てしまった日本食レストラン。
もう、長らく海外にいることによる、禁断症状が出てしまっているのだろうか(笑)

店内に入ると、日本人と思われる男性が店員の1人だったのだが、
その彼の、いまにも消えてしまいそうな
小さな声で「ブエナスノチェス(こんばんわ)」と言われたのだった。

この彼、寝癖も大変なことになっていて、髪がボサボサなのだが、
あれは大丈夫なのだろうか。

無愛想かつ、声も小さく、髪もボサボサ。
店内での動きも遅いし、テレビばっかり見てるし。

ここに訪れる外国人客から、
これが日本男児の典型例であると思われたら、
ちょっと恐いのだが(笑)


それはさておきメニューを見て、店員に聞いてみると、
どうやら、セットメニュー(32ペソ)は、日中のみのようで、
夜の営業だと、セットメニューが、44ペソのようだ。


12ペソ=約400円も違うのは、ちょっといただけない。
というわけで、泣く泣くセットメニューを諦めて、単品にすることにした。

そして、決定したのが、「味噌ラーメン」(笑)



なぜラーメンなのか、という感じなのだが、
比較的安く、ボリュームがありそうだったので、それにしたのだった。

また、この旅で、ラーメンは一度も食べていないので…。





◆これが注文した味噌ラーメン(22ペソ=約770円)
 味は普通に味噌ラーメンで、
 決して偽者の味(笑)ではなく、美味しい。
 やっぱり、おしぼりがちゃんと付いてくる。
 これは外国にある日本食レストランの凡事。



味噌ラーメンは、
訳分からないものが出てくると思ったら、大間違い。

予想以上にしっかりしていて、
日本の下手なラーメン屋よりよっぽど美味しい。



このお店には、次々と外国人客が訪れてきて、
僕がお店を出る頃には、かなり賑わって来ていた。

お店の外観は、「福」と書かれた緑色のちょうちんがあるという
ちょっと不気味な装飾なのだが、それがまた、
遠い日本を思わせて(そんな日本は実際無いけど)、客をひきつけるのだろうか(笑)


満足に食事を終えると、すぐに宿に戻って荷物を受け取り、
宿のスタッフから聞いた通り、
近くのIndependencia通りと、peru通りの交差点から、
86番のコレクティーボ(乗り合いバス)で、空港に行くことにした。

レティーロ駅近くから出ているエアポートバスだと、
35ペソと高いのだが、コレクティーボなら、1.5ペソ。

時間に余裕があり、土地勘も備わった今、
コレクティーボを使って空港に行くのは、
バックパッカーとして、当然の道だろう。


そして、交差点でバスを待っていると、
86番と表示されたバスは多数通るのだが、
どのバスの運転手に聞いても、空港には行かないと言われてしまう。

あれれ?もうこの時間帯は、空港に行かないのか?と思ってしまったのだが、
ちょうど、その頃、隣に来たおじさんが、何やら話しかけて来た。

そこで、「空港に行きたいんだけど?」と聞いてみると、
スペイン語でダァーっと返答が来たのだが、何だか良く分からない。


しかし、ちょうどそこにまた86番のバスが来たのだが、
そのバスのフロントガラスの中腹にある、行き先の電光掲示板を指差して
ここを見て判断するんだ!と言わんばかりのジェスチャーをしてくれたのだった。

なーるほど、そういうことか。

フロントガラスの上部には、86番と、さらに6つほどの行き先が書いてあり、
その中には必ず「AEROPUERTO(空港)」と書いてあったので、
どうなってるんだ??と思っていたのだが…。

それは、この86番の路線全体における、
各路線の最終目的地が併記されているだけのようで、
実際には、86番の路線の中で、それぞれ別の目的地のバスがあり、
それは、フロントガラスの中腹に掲げてある電光掲示板で判断するということなのだ。


分かりづらいこと、この上なし。
違う行き先なら、違う番号にして書いてくれればいいのに、と思いつつも、
それが分かったので、あとはバスを待つだけだ。

結局、バスが来たのは、10時10分頃。
バスを待ち始めて30分頃だった。


本当にセントロから35km先の空港まで行くのか不安だったのだが、
運転手に行くと、どうやら行くらしい。

それにしても、35km先まで、
1.5ペソ(約50円)で行けてしまうというのも、
僕にとってはありがたいが、意味不明な料金体系だ。


そして、バスに乗り続けること、約2時間。

なぜか乗客は窓を開けたがって、風がガンガン吹き込んで来て、
寒くて凍えそうになりながらも、何とか頑張ったのだった。

終盤は、もう乗客が誰もいなくなり、
僕1人で貸切バス状態に。





◆市内から空港へ向かうバスの車内。
 (揺れでぶれているので、写真を見たら酔うかも)
 序盤は、座れない人もいるほど混む路線なのに、
 終盤は、僕1人だけだった。
 この通り、1人だけとなると、車内も不気味である。



と、ここで、バスの運転手の動きに気がついたのだが、
何と、彼は、運転中に携帯電話でメールを打っているではないか!!

メール作成に集中しているあまり、前方もあまり見ていない。

これは危険。


僕の前職の同期であるT中君(年末年始にヨーロッパで合流)は、
仕事の移動中の時間の合間を縫って、
お目当ての女の子に必死に携帯メールを送っていたが、
あれは、あくまで電車での移動の話し。

バスの運転中に携帯メールは、危ないから勘弁してほしい。

さすがに、これまで世界を旅していても、
運転中に携帯メールをする運転手は見たことが無かったのだが、恐るべし…。
アルゼンチン、仕事に対しての適当さは抜群だ。


そして、ぴったり2時間で、空港に到着したのだった。(この時、0時15分)

ごぶさたしてます!

  1. 2008/05/28(水) 08:35:29 
  2. カテゴリー:ベネズエラ Venezuela  
  3. コメント数:2
  4.  【コメントの閲覧・作成
ベネズエラの秘境、ギアナ高地に突入してから
全くインターネットに接続できない日々が続いていたのですが・・・

ベネズエラに入ってから、今日までの動きは以下の通りでした。

5月17日〜18日 シウダーボリバル滞在
5月19日〜21日 ギアナ高地(エンジェルフォール)ツアー
5月22日〜27日 ギアナ高地(ロライマ山)トレッキングツアー



今は、ベネズエラの現地時間で
5月27日、17時過ぎです。

3日間のエンジェルフォールツアーを終えた後、
シウダーボリバルの町にセスナフライトで戻って、
そのまま夜行バスで、サンタエレナ・デ・ウアイレンの町に移動し、
そのまま6日間のトレッキングツアーへ…

9日間、野性味溢れる環境で過ごし、
やっと、今はサンタエレナという町に戻って来て、ホッと一息ついているところです。

エンジェルフォール、そしてロライマ山…
文句なしの、素晴らしい景色でした!

また後日、ブログに写真をアップするので、お楽しみに!


コメント返信&メール返信も、追々していくので、しばしお待ちを…。

【ブログ更新】 (文章、画像) 5月11日〜5月14日

  1. 2008/05/16(金) 07:08:51 
  2. カテゴリー:★ブログに関する話 
  3. コメント数:3
  4.  【コメントの閲覧・作成
いやー、やってしまいましたよ。
ウシュアイアから、ブエノスアイレスまで、
計58時間のバス移動。

さすがにきつかったです。

もうバスは懲り懲り(でもまだ、旅の最中に何度も乗るけれど…)



ところで、明日の便で、
長かったアルゼンチンの旅を終えて、
一気に、南米の北端、ベネズエラに飛びます。

治安が悪いので、細心の注意が必要なのですが…
なんといっても、この国に行く目的は、「ギアナ高地」!!

そして、そこから流れ落ちる
世界一の落差の「エンジェルフォール」!!


ギアナ高地は、
小さい頃から一番憧れていた場所なので、
かなり楽しみです。

僕の中では、南米最大の山場です。


というわけで、ちょっとしばらく秘境に突撃するので、
ブログ更新が遅れると思いますが、しばらくお待ち下さいまし。


ところで、中国の四川では、凄まじい大地震があったそうですね…。
少しでも多くの方が生きて助けられることを願っているのですが…。

まさかの天災、こればかりは避けられないのですが、
僕も、生きて日本に帰れることを祈りつつ、気をつけて旅を続けたいと思います。

では!

5月14日(水) ブエノスアイレス観光 <ブエノスアイレス泊>

  1. 2008/05/16(金) 07:07:50 
  2. カテゴリー:アルゼンチン Argentina  
  3. コメント数:6
  4.  【コメントの閲覧・作成
朝9時に起きて、朝食を食べるためにリビングルームへ。

パンとジャム等がキッチンに置かれてあり、
後はお好きにどうぞ、という感じの朝食。

パンをいくつか食べて、朝食を終えることにした。


そして、今日はブエノスアイレスの中で
大きな公園のあるパレルモ地区へ行ってみることにした。

ここで、何とケニアの旅以来使っていなかった
超久々登場の、サッカーボールを持っていくことにした。


外に出ると、地下鉄に乗って、
「San Martin」駅へ。


駅の階段を上がって外に出ると、
なぜか、鼓笛隊(というのか?)の人達がたくさんいて、
準備を進めていたのだった。

何やら、式典のようなものが行われるらしい。

ちょっと見ていこうかな…と思っていたら、
100mほど遠くのほうで、
他の鼓笛隊がいて、演奏がスタートしたので、
まずはそちらを見てみることにした。





◆鼓笛隊。
 かなり熱い雰囲気。完全なる規律社会を感じさせる。
 どうやら、サンマルティン将軍に関わる式典のようだ。
 サンマルティン将軍とは、1812年にアルゼンチンに訪れて
 騎馬選抜隊を結成して、南米解放の戦いを導いた人らしい。



しばらく眺めた後は、サンマルティン将軍像の前で行われている式典を見ることに。
5分ほど待つとそれらは始まったのだが、
何やらパラグアイがどうのこうのとアナウンスされていたので、
まぁ、そういうことらしい(全然分からないのだが)





◆こちらもなかなか規律正しい雰囲気。
 でも見物客に対する警備はほとんど無し。
 通り行く人は、みんな携帯のカメラとかで気軽に撮影してた(笑)



式典をしばらく見学した後は、
パレルモ地区に向かって、「Libertador」通りを歩いていくことにした。

比較的高いビルも続いていて、
ブエノスアイレスが都会であることを感じさせる。

こんなに時間に余裕を持って、
かつあまり深い目的もなく町を歩くというのは久々なように思う。

こういう余裕が、全ての都市の訪問において持てたら
また新たなる町の一面が見られるのだろう。


歩いて20分ほどで、
アルベアール広場へ到着。

この近くには、レコレータ墓地という場所がある。

アルゼンチンは、墓地のある場所で階級を評価されるらしいのだが、
この墓地は、アルゼンチンの中でも一番高級な墓地であり
世界的にも、その美しさが有名な墓地らしい。

ちなみに、見学は無料で、誰が入っても良いようだ。


墓地を見学する…というのもどうかと思ったのだが、
歩き途中でもあることだし、見てみることにした。

しかし、入り口がどこなのか分かりづらく、
結局、墓地の周りをぐるっと一周してしまってから、
実はアルベアール広場のすぐ近くに入り口があったことを発見したのだった。


敷地内に入ってみると…確かに、墓地とは思えないような
一つ一つが大きな彫刻物にも思える、立派なものだった。





◆レコレータ墓地の風景。
 150m×150m程度の敷地内いっぱいに、
 このようなお墓がたくさん建てられている。



観光客もたくさん訪れていたのだが(ツアー客もいた)
その中を、実際に、葬儀の後だろうか、棺が運ばれて、
その後ろを参列者が歩く光景も見られた。

うーん、やはり、墓地を観光客が訪れるというのは、
いかがなものだろうか…(僕もその1人だが)
複雑な光景だった。


ちなみに、僕は自分のお墓を立派にしようなどとは全く思わず、
そもそも、その存在も自分にとっては必要ないと考えているような人間なので、
これほど立派なものを作る意味はあるのだろうかと、
ちょっと不思議にも感じてしまった。


墓地の見学を終えると、
「Libertador」通りに戻って、さらに北西に向かって歩くことにした。

道をただ歩いているだけなのだが、人を見ていたり、
街路樹を見ていたり、ものすごい勢いで走っている車を見ていたり、
ブエノスアイレスの一面を、肌で感じられて楽しい。





◆道にいた、だいぶ困った様子の犬。
 深く悩んでいらっしゃるようですな。
 何だろう。仕事のことかな、子供の育て方のこととかかな。





◆12車線ほどの一方通行の道路を、
 ものすごいスピードで走りまくる車の姿は、かなり異様。
 すごすぎる迫力。



歩くこと約20分、やっとのことで
パレルモ地区までやって来たのだが、
ここには、かなり広い敷地が公園となっており、
その一部に、日本庭園もあるというので、そこに立ち寄ってみることにした。

しかし、これまた入り口がどこにあるのか分からない。

塀沿いに、ほとんどグルっと一周した感じだったのだが、
やっとのことで入り口を発見。

この時点で、既に結構な距離を歩いているので、足がかなり疲れていた。





◆やっと到着した日本庭園の入り口。
 いやー、いい感じです。久々に日本を感じる。
 ちなみに入園料は5ペソ(約170円)



日本庭園内に入ると、これが何とも、普通に立派な日本庭園。
でも、案内板とかは、スペイン語。変な感じだ。





◆庭園の敷地内にあったお土産屋内の風景。
 日本の食材とか売ってあったり、折り紙で作られた鶴が置いてあったり…。
 それにしても、「寿司巻き」が売っていたのだが、これ、買う人いるの??(笑)



外国にある日本を感じるというのは、なかなか面白いもので、
何か違うなーという部分を見つける度に、その違いに笑ってしまう。

庭園内には、日本食レストランもあったので、
覗いてみることにした。

中はなかなか豪華な作りになっており、
値段が高そうで、焦る。

なぜ、日本人の僕が、
日本食レストランに入ることにビビッているのか分からないのだが(笑)

なかなか繁盛しているようだ。


ちなみに、メニューを見てみると、これがまた笑えた。





◆メニューの1ページ。
 言葉のちょっとした間違いなどは別に良いのだが、
 左ページの真ん中辺りに注目…。
 軍艦巻きのメニューの中に「結果は軍艦巻き」という品が!
 何が、結果的に軍艦巻きになってしまったのか…謎が謎を呼ぶ品だ…(笑)



ここで食事しても良かったのだが、
1品40ペソ程度(約1400円)と高いので、
やめておくことにした。

その後は、庭園のベンチに座って、しばらく何も考えず、休憩することにした。

都会の中のオアシス…そして日本庭園…。

まるで、東京の浜離宮にいるような感覚に陥るのだが、
何とも落ち着けてしまう。


ちょうど今は秋になっていく頃ということで、
ポプラの木が紅葉しかけており、その雰囲気がとても良い。

気持ちの良い風が吹いていて、
最高に落ち着ける時間だった。

ここでお弁当などを食べて、寝転がって昼寝でもしたら、
最高にのんびりした時間が過ごせるのだろうな…。

約30分ほど、ベンチに座って、何も考えずに過ごした。
頭の中をからっぽにするには、やっぱり公園が一番のように思う。


そして、再び歩き始めて、庭園内を歩くことに。





◆庭園内の池には、鯉もたくさんいる。
 近くで見ていると、餌を求めて、水面に上がってきて口をパクパクさせてくる。
 ちょっと恐い(笑)





◆庭園の風景。
 立派な作りで、間違った日本のイメージになっていない。
 素晴らしい。



庭園には、多くの外国人(現地在住の人も多そう)が訪れていて、
それを見ると、何だか微笑ましくなってしまった。

日本に関心を持っている人がこれだけいるということもそうだし、
何といっても、常に海外を旅行していると、
ずっとアウェイ(敵地)みたいなものだが、ここは、ホームだ…と(笑)



庭園の外側には、もみじも植えられていて、
ちょうど紅葉まっさかりで、あまりにも鮮やかな葉に、思わず写真を撮ってしまった。





◆燃えるような鮮やかな色に染まったもみじ。
 これは本当に美しかった。



こうして、大満足の日本庭園の散歩を終えたのだった。

庭園の外の露店で、ポップコーン(2ペソ)を買い、
さらに歩く途中でホットドック(2.5ペソ)を買いながら小腹を満たしつつ、
今度は、そこから北東の方向に約1.5kmほど歩いたところにある、
コスタネーラ大通りへ行ってみることに。

だいぶ歩きすぎで疲れていたのだが、
何とか大通りに到着。


どんなところかと思ったら、
本当にただの大通りで、車がビュンビュン通っているだけ。


ただ、そこは、アルゼンチンとウルグアイの間を流れるラ・プラタ川沿いでもあるため、
大きく広がる川も見ることが出来た。





◆ラ・プラタ川にある釣人会の建物。
 ガイドブックには、普通に「釣人会」って書いてあるけど、何なのそれ?(笑)
 ラ・プラタ川は、茶色く濁っている。ベトナムを思い出す。



通り沿いには何もないので、すぐに引き返すことに。

ただ、ここには、アルゼンチンの国内線を行き交う、
ホルヘ・ニューベリー空港があるのだが、
その脇を歩いていると、飛行機が目の前で離陸していったのだった。

かなり近い位置なので迫力満点。

というわけで、20分ほどフェンス沿いに待機して、
6機ほどの離陸&着陸シーンを、ビデオとカメラに収めたのだった。





◆かなり近い位置で見られるので、音もすごい。



なかなかの光景を見られて、意外な満足感に浸ってしまったのだが、
ここから、来た道を戻って公園に戻ることに。

パレルモ公園の中心に近づいたところで、
今度は、なぜか、普通に佇んでいるアヒル達に遭遇。





◆アヒルの集団。普通に歩道沿いにいた。
 人間が近づいても、全く逃げない。近い、近いぞ…。
 しかも、アヒルって結構大きいんだな。





◆5分ほど眺めていると、何と一斉に池に入り始めたのだった!
 ぞろぞろと続いて池に飛び込んでいく様は、かわいいのなんの。
 手前の2羽は、なぜか飛び込まず、眺めていただけ…。



このアヒル達、なんで飛び込んだのかなと思ったら、
対岸で、餌をやっている人がいたから、それに向かって泳ぎ始めたのだった。

どうやら、餌付けされていて、人間に馴れているようだ。
それにしても、餌を求める姿が必死。

陸に上がったり、また池に入ったりしながら、
必死に人間を追いかけている。
こんなアヒルの姿、初めてみた(笑)



そんなアヒル達の微笑ましい光景を見た後は再び歩くことに。

公園の中心まで戻ってくると、広いコンクリートの広場があり、
インラインスケートを楽しむ人達の姿も。

もうこれまでで、15km以上は歩いていただろうから、
足がパンパンで、しんどい状況だったのだが、せっかくサッカーボールを持ってきたことだし…
というわけで、ウロウロと場所を探して、ボールを蹴ることにした。



見通しが良く、人通りも適度に多い場所。

そして、近くに鉄柵があり、そこに鍵でバックを固定して、
さらに上着をかけて、カモフラージュ。

そのすぐ脇で、ボールを膨らまして、
やっと準備完了。

1人だと、ボールを蹴る場所を確保するだけで、こんな感じで大変。
ボールを蹴っている間に、襲われたり、
バックを盗まれたら困るので。


そして、いざ、ボールを使って、リフティングを開始。

いやー、体が鈍っているのなんの。
というか、やっぱり、右足のアキレス腱のハンデはきつい。


しばらく蹴っていると、ボールの感覚は戻って来るのだが、
やっぱり、右足首のアキレス腱が気になることもあり、
右足をグッと踏み込むようなテクニックは出来ない。

ヒールリフトとか、恐くて、とてもとても…。





◆1人でボールと戯れる。
 これは、浮いたボールを、ピタッと右足で止めた瞬間。
 こういうプレーは負担が無いから簡単に出来るんだけどね…。 



どうやら、本当に今後の人生において
サッカーのプレーの幅は狭まりそうだ。

フットサルはもちろんのこと、サッカーはもう出来ないだろう。
軽いプレーなら出来るだろうが、全力疾走は不可能だ。

また、リフティングを中心としたフリースタイルでも、
これだけ制限を受けるとは、今回、改めてボールを蹴ってみて、驚いてしまった。

常日頃から、しっかり柔軟をして、
入念に体を温めた上でプレーすれば、おそらく右足を踏み込んだところで
アキレス腱が切れるということは無いのだろうが、
もし、もう一度切れたらと思うと、恐くて踏み込めない。


こうして、ボールを蹴られること自体で、幸せなことなのだろうが、
まだ先の長い人生において、
サッカーという僕の生きがいの幅が現実として狭まっていることを痛感し、
どこか寂しいものがあった。

人間の肉体的に考えても、
もう28歳の年齢では、ピークを過ぎる頃だ。

つまり、僕のサッカーの一番ピークは、アキレス腱が切れる前、
もっと言えば、大学時代だったんだなぁと、今更ながらに思うのだった。

もう、二度と競技レベルのプレーには戻れないし、
当時のフットサル関東リーグの人達に混ざってガツガツとプレーしていた
あの頃の全力プレーが出来ないと思うと、
何だか人生のステージが確実に移り変わっているということを感じる。

寂しいものだ。



それでも、1年前の今頃は、
日本でスーツを着て仕事をしていた僕が、
今はブエノスアイレスの公園で1人ボールを蹴っているなんて、
本当に不思議なものだなと思った。

ところで、僕がボールを蹴っていると、
近くに停まっていたタクシーやバスの運転手などが、
窓を開けてずっとこちらを見ている。

確かに、アジア人が、
この場所でリフティングに興じている光景というのは、珍しいのだろう。


約30分ほどだろうか、
1人、ボールを蹴り続けて、汗を流したのだった。

そして、これ以上は足も限界だと感じて、
帰り始めることにした。


時間は17時30分頃だっただろうか、
夕暮れ時ということもあり、物寂しげな風景の中を、
地下鉄の最寄り駅に向かって歩いていった。

ボールは、しまうのも面倒だったので、
そのまま駅までドリブルをしながら帰った。





◆ボールと両足。
 まだこの足には、少なくとも60年は頑張ってもらわないと。
 頑張れよ、俺の両足!


さすがに、道をドリブルしている人は世界中を旅していてもいなかったのだが…
あれはやはり、キャプテン翼の世界だけなのだろうか(笑)

約1kmほどで、最寄り駅の「Plaza Italia」に到着し、
地下鉄に乗ることに。


駅の改札や、ホームでは、
物売りの少年達がいるのだが、彼らが、僕がボールを持っているのを見ると、
「オー!●×▲■…!!!」といった感じで、
スペイン語で陽気に話しかけてくる。

さすがサッカー大国アルゼンチン、ボールには敏感だ(笑)


満員電車の中を、ボールを持ったまま乗り継いで、
宿の最寄り駅まで戻り、そこから歩いて宿に戻ったのだが、
夕食は、昨日のピザ屋で食べることに。

途中で、日本人会館に立ち寄ってみると、ドアが開いたので中に入れたのだが、
どうやら日本食レストランは、15時で一度閉まり、
夜は19時30分からの営業とのこと。

この時、まだ18時40分だったので、
今日は諦めることにしたのだった。

ピザ屋では、テレビでボカジュニアーズの試合風景が流れていた。
どうやら、リベルタドーレスカップの決勝のようだ。


食後は、一度、宿に立ち寄って荷物を置いて、
また昨日のインターネットカフェに行くことに。

いつもながら、わが師Mさんに、ベネズエラについて質問メールを送っていたのだが、
ちゃんと返事をくれており、悩みが解決したのだった。

いやはや、本当にMさんの情報が無かったら、
かなり不安なままベネズエラ入りするところだった。


しかし、未だに今後の予定が確定出来ないのだが、
中米もそうだし、インドネシアのイリアンジャヤという、裸族がいるという秘境の話しも聞いて、
あと最低3ヶ月あれば、全部回ってから帰国したいのだが、
どれだけ頑張っても、約3週間程度しか、寄り道する時間が出来ないので、
悲しい。

帰りのチケット(オーストラリアのパースから成田へ)を捨ててしまえば、
別に1年間という制限は関係ないのだが、それもねぇ…。

うーん、旅をすればするほど、もっと見たい世界がたくさんあることに気付く。
もっと時間が欲しいぞ、自由な時間が!!


2時間でインターネットを終えて、宿に戻って、
シャワーを浴びて、この時、22時。

もう疲れて寝てしまいたいのだが、
宿のランドリーサービスで服を洗うことに。

何と、1回8ペソ(270円)という驚愕の安さで
何キロでも洗えてしまうのだから、感動してしまった。


ランドリーに服を預けている間は、
リビングルームのソファーに座って、パソコンを使って日記&写真整理を。

そして、夜中の1時過ぎになり、やっとランドリーの洗濯&乾燥も完了。
荷物を片付けて寝ることにした。

ちなみに今日は蚊がいなかった、助かった…。

5月13日(火) ブエノスアイレス <ブエノスアイレス泊>

  1. 2008/05/16(金) 06:42:04 
  2. カテゴリー:アルゼンチン Argentina  
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朝8時頃、目が覚めたのだが、
まだブエノスアイレスの到着までは、約6時間…。

もうさすがに寝続けることも出来ないので、
とりあえず窓の外を眺めてボーっとすることにした。

しかし、本当に変化の無い風景だ…。





◆ブエノスアイレス〜リオガジェゴス間(約36時間)、
 この風景が延々と続く。
 さすがに地平線とか見飽きた。



10時頃からは、また映画の放映が開始。
何となく画面を眺めていたのだが、何の映画だったか全く覚えてない。

長いバス移動で、放心状態となっていたようだ。


手帳を開く元気も無く、ガイドブックを見て考えるにも、
インターネットが無いと情報が足りないので、やることが無くなってしまった。

もう、到着を待つしかない。


そしてバスは走り続けること、3時間30分。

13時30分になっていたのだが、そろそろ計算上では、
ブエノスアイレスに到着するはずなのだが、
一向に景色に変化が無い。

これはどうやら、さらに遅れが出ているようだ。

ちらほらと、小さな町を通り過ぎるのだが、
大都市の風景にはなってこないので、まだ時間がかかりそうだ。

と、ここで、急に眠気が襲って来たので、
ここぞとばかりに、寝ることにした。


そして、起きると、15時頃になっていたのだが、
ついに、ビルが少しずつ見え始めた。

よしよし、近いぞ…。


そして、ついに見覚えのある風景になり、
ブエノスアイレスの町に到着したのだった。

バスターミナルに到着したのは、結局、15時30分。


リオガジェゴスから、43時間30分、
そして、ウシュアイアからの合計は、58時間という、
脅威の大移動になったことになる。

そういえば、昨日、トレレウの町に到着した時に外に出て以来、
20時間ぶりにバスの外に出た。


バスを降りた時には、足がヘロヘロの状態。
さすがに、エコノミー症候群になるんじゃないかと思った。
(いや、もうなっているんじゃないかと思うぐらいだ)





◆このブエノスアイレスのバスターミナル、
 何度訪れているのだろうか…。
 やっと着いた…。



バスの質はほどほどで清潔だから、
変な苦痛は無かったのだが、
この旅始まって以来最長の長時間移動は、一体なんだったのだろうか…。


さて…バスは到着したものの、
ここからさらに「宿探し」というミッションが、残されている。

いつもながら面倒だ…。


バスを降りて荷物を受け取り、
レティーロの地下鉄の駅に向かって歩いていると、
今回の長時間移動に関して、何だか悶々と考え込んでしまった。

確かに、バスを使うことで、
飛行機に比べて、約22000円程度の費用を抑えられたことになる。

しかし、結果的に58時間もかかってしまい、
丸2日と半日、移動に費やしてしまった。

「時は金なり」、1年間という制限のある旅の中で、
移動にこれだけの時間を費やす価値は、あったのだろうか。


僕はなぜ、今回バスの移動を選択したのか、
考えてみたのだが、
たぶん、自分自身に「資金的余力が無い」ということと同時に、
「資金を稼ぐ自信が無い」から、
バス移動を選択したのではないか、という気もしてきた。

その自信、または根拠があれば、
22000円を取り返すことなんて、日本に帰ってからいくらでも出来る。

でも、どこかでその自信が無いから、
バスに乗っているだけで費用が抑えられる、バス移動を選択したのではないだろうか。


おそらく、一生の中でも、
コストを抑えるために、これだけの長時間を費やす移動というのは
もう二度と無いかもしれない。

いや、二度としたくない。

やはり、資金的余力が無いということは、
僕にとっては常にストレスの要因になっているように感じる。

このリミッターを外すことは、
僕の心を解き放つためにも、一つのキーポイントになるように思う。

これは一生の中において。


しかし、一方で忘れてはならないのは、お金の大切さについてだ。

僕は元から、かなりの貧乏性ではあるのだが、
それは、お金を失うのが恐いというよりも、
お金の大切さを、頭のどこかで理解しているから、
無駄な浪費をしたくないのだろう。

だから今回も、バス移動を選択したとも言える。
これも決断の要因の一つだろう。


別に貯金が趣味ではないのだが、
僕は常に一定の貯蓄が必要であると、考えている。
(もちろん、貯蓄と同時に、
 自己投資も重要だから、ここに対しては
 臆せずして資金投下する必要があることは承知している)


それは、いつか突発的な問題が発生した時に
対応出来る力を蓄えておくという意味があるからだ。


もちろん、今回の旅においても、貯蓄が無ければ、
その被害のインパクトに負けて、旅を続けられなかっただろうし、
帰国後も、資金がゼロであれば、
それこそ日雇い状態で、何かをすぐに始めなければならなかっただろう。

また、仮に、家族の身に何かあって、
緊急で資金が必要になった場合にも、フォローが出来る状態を作っておかなければ、
そのまま見殺しにもなってしまうだろう。


思い出せば、約3年前には、我が家の愛犬シェルが、
癌になってしまっている事実を、動物病院の診察結果によって知るという出来事があった。

この時、医者からの話しでは、
「仮に手術をすれば、約1年間、命が延命できる可能性がある。」という話だった。

その手術費用は、確か50〜60万円だったと思うが、
僕はこの時、瞬時に「手術を選択する」ことを決断した。

この費用は、金額としては大きい。

しかし、僕は、自分の家族としての存在にもなっている犬の命、
これを少しでもいいから、延ばして、生きてほしいと願った。

そこの決断において、お金がいくらなど、関係の無い話だ。

ただ、もし仮に貯蓄の余力が無ければ、手術の決断は出来なかっただろう。


僕は、無駄な浪費を極力抑えることで、コツコツと貯蓄していたから、
すぐに決断できたが、こういったケースにおいて、
もし、決断する余力が無ければ、非常に精神的に苦しい状況になるだろう。

だから、僕は、お金は本当に大切だと思うし、
全く浪費する気にならないのだ。


僕は、お金は力であると考えている。
何をするのも、力が無ければ、立ち上がることも出来ないし、動くことも出来ない。

だから、いつでも動けるパワーを充電しておくという意味で、
僕はこれからも、一定の貯蓄を続けるだろう。
(ただし、仮に起業して経営者になった場合は、
 自己資本だけでは難しいから、大きな借り入れを起こすこともあり、
 貯蓄額を保つということは難しくなるだろうが…)



なお、上記の愛犬シェルの手術の話しだが、
結果的には、後日、手術の当日になって直前の診断をしたところ、
もう癌が体中に転移していて、手術をすることすら出来ない状態になっており、
手術は中止となってしまったのだが…。
(今思い出しても、その当日のことを思い出すと、涙が出てくる。
 あと1年間、一緒にいられると思ったのだが、
 それは叶わない夢として終わり、
 残り少ない命を一緒に過ごすことしか出来なくなってしまった。)


でも、今思えば、これは全て、
愛犬シェルからの、「手術の費用の分は、他のことに使ってね。」という
メッセージだったのかもしれない…。

その後、約3ヶ月間、シェルとは毎週末、ずっと時間を過ごしたし、
だんだんと癌の腫瘍が大きくなる中でも、
最後まで生きようと頑張り続ける姿は、本当に命の尊さと、
そしてその生きるという気持ちの強さを、教えてもらえたのだった。



この文章を書いているだけで、涙が止まらない状態になっているのだが、
本当に、シェルには、ありがとうと言いたい。

もちろん、ブログを読んでくれている友人の中にも、
シェルに会ったことのある人は多くいると思うが、そういうわけで、
今は天国にいるのです。



さてさて…
いつもながら、日記は、どんどんと話が脱線してしまうのだが、
元に戻すことにしよう。

ええと…
レティーロの地下鉄駅からは、Independencia駅まで移動して、
そこから歩いて、候補と考えている宿まで10分ほど歩いた。

そこは、「EL Hostal de San Telmo」という宿なのだが、
到着して、インターホンを押すと鍵が開けてもらえたので
中に入って部屋を見せてもらった。


部屋は狭くて散らかっているのだが、
浴室は比較的綺麗。

ただ、無料インターネットのはずが
パソコンが故障しているようで、今は使えないとのこと。

これは痛かったのだが、
もう他を探すのも面倒なので、ここで決めることにした。

ドミトリーで1泊25ペソ(朝食付き)





◆今回泊まったドミトリー部屋。
 いやー、かなり散らかってますな〜。
 どうやったらここまで散らかせるのかが理解出来ないのだが。
 でもまぁ、散らかっていることなど、別に今更、気にもならない。



チェックイン後は、とりあえずインターネットカフェを探すことと、
ついでに、近くにある「Buenos Aires International Hostel」に行ってみることにした。

歩いて10分弱で、その宿に到着して、中にいるスタッフに聞いてみたのだが、
値段は同じく1泊25ペソ。

でも、無料インターネットは無いとのことで、
であれば、明日、宿を移すこともないだろうと判断した。

ただ、この宿の向かい側に、
1時間1.5ペソというかなり安いインターネットカフェがあると聞いたので、
早速そこに行ってみることに。

パタゴニアでは、1時間5〜6ペソが標準だったから、これはうれしい。


インターネットカフェに入ってパソコンを使い始めたのだが、
日本語が読めなかったので、他のパソコンに変えてくれと頼むと、
何やら他のパソコンの設定をいじってくれて、
パソコンが読める状態にしれくれたのだった。

そして、1時間、メールのやり取りを初めとして、
ベネズエラの情報なども、インターネットで調べたのだった。


その後は、お腹も空いたので、食事をすることに。

時間は19時30分頃だったのだが、
近くに、日本人会館という所があり、
そこの1階に日本食レストランがあるとガイドブックに書いてあるので
行ってみたのだが、なぜかドア自体が閉まっていて、中に入れず。

良く分からないのだが、
諦めて他のレストランを探すことに。

と、ここで、Independencia通りと、
Peru通りとの交差点にある、Zapiというピザ屋が、
1枚で13.9ペソというキャンペーン価格を打ち出していたので、
そこで食べてしまうことにした。

久々の外食、やっぱり自炊よりも楽だなぁと思いつつも、
比較的大きなピザが出て来て、美味しく食べたのだった。





◆3日間、パンしか食べていなかったので、
 さすがにお腹が空いていたから、1枚、あっさり食べ終わってしまった。



そして、宿に帰る途中の商店で、
水とビールを買って帰ることに。

宿に戻ると、とりあえずシャワーを浴びることにした。

いやー、4日ぶりのシャワー、
気持ちいいもんですなぁ…。


シャワーを浴び終えると、時間は21時30分頃だったのだが、
この長距離バスの旅を労って、ビールを飲むことにした。

が、今回買った「Quilmes」というビールの
「STOUT」という黒ビールみたいなものだったのだが、
これ、何だか妙に甘くて、まずかった。

いつもと同じではつまらないと思って、これにしたのだが、
やっぱり普通の買っておけば良かった…。

たいてい、新しい味に挑戦すると失敗する。


結局、ビールは半分程度で捨てることにした。

また、長距離移動の疲れもあってか、とてもパソコンで作業を進める気力もなく、
今日は早めに寝ることにした。

それにしても、この宿も若い宿泊客が多いのか、
夜までみんなで飲んで盛り上がって、うるさいの何の。


まぁそれは0時頃納まったのだが、
それよりも、夜中、ずっと悩まされたのは、
何と「蚊」だった。

蚊に出会ったのは、一体いつ以来だろうと考えてしまったのだが、
なぜかこの宿には、蚊がいるのだった。

「ブーン」と、耳元を飛び回って、不快で仕方ない。
全然寝られない。

かといって、ドミトリー部屋はもう真っ暗だから、
蚊を退治することも出来ず…。

最後は、シーツを頭に被って寝ることにしたのだった。

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