8月1日(金) オーストラリア(フリーマントル→パース)→日本(成田) <機内泊>

  1. 2008/09/09(火) 16:33:14 
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今日がこの旅の最終日・・・。


7時頃目が覚めたので、少しだけ日記を書き進めることに。

そして、8時45分頃になり、荷物の片づけを開始しようと
ベットを降りていくと・・・
部屋の奥に住んでいる(泊まっているんではなくて、もはや住んでいる)名物おじいちゃんから
「Good Morning !!」と、笑顔で爽やかに挨拶された。

このおじいちゃんとは、深く話す機会を持てなかったから
結局、この宿に住みついて何をしているのか分からないままだったが、
こうして、爽やかに、しっかり挨拶が出来ることが素晴らしいし、尊敬出来る。

やっぱり、挨拶って、いいもんだな。


今日が最終日だから、僕は今夜、オーストラリアを発って日本に帰るのだけれど
何だか寂しい想いがあって、おじいちゃんにそのことを話すことが出来なかった。

もっと話したかったけれど・・・おじいちゃん、また会う日まで・・・。


その後は、荷物の最終詰め込みを開始。
ついに、この旅、最後となる。

後先考えず、びっしり荷物を詰め込めばいいだけだ。

・・・とはいえ、もう無駄なものは一切持っておらず、
既に、いつも通りの荷物詰め込みが一番効率的な状態になっているので、
普段通りのやり方でOKだということに気づくのだった(笑)


9時30分で荷物をまとめ、
その後、キッチンで朝食を作ることに。

残っている食材を持ち越したくなかったので
パスタとサラダを作ることに。

しかし・・・
サラダを作ることで野菜は全て使い切ったのだが、
パスタは使いきれず。

うーむ。

仕方ない、とりあえず持ち越して、
バックに詰め込んでおくことにした。

捨てたとしても、1〜2ドルの食材だから、
普通の人だったら面倒に感じて捨ててしまうだろうけど、
根っからの貧乏性&節約癖のある僕は、それが出来ない(笑)


さて、10時になると、チェックアウトの時間ということで
とりあえず入り口の受付でチェックアウトを。


その後は、建物の室内が中庭になっているスペースで
パソコンを開いて、日記を書き進めることに。

何で最終日になっても、まだ日記を書き進めているのか?という感じだが、
最後の最後まで、リアルタイムの更新にこだわりたい、という想いから
前日(7月31日)の分までの日記を、今日中に更新しようと決めたからだ。


そして、もくもくと日記を書いていると
一人の宿泊客(ヨーロッパ系?)が、
「このパソコン、小さいねー!!」と、話しかけてきた。

僕は、
「いやいや、これ、6年前に買ったパソコンだよー。全然新しくないんだ。」
と答えると、
彼は、
「俺は6年前に、こんな小さなパソコンを見たことがなかったよ。
 やっぱり、日本の技術はすごいね!」
と言ったのだった。

うーん、そう思うと、確かに日本の技術ってすごい。
ものづくり国家だね、間違いなく。


さて、その後ももくもくと日記を書き進め、
12時30分になり、日記を書き終えることが出来たので、
外に出て、市内観光を始めることにした。


と、ここで問題が一つ。

このフリーマントルのYHAは、
何と、チェックアウト後に荷物を預かってもらうと、
1時間で1ドル、5時間以降になると、5ドルで、1日預かってもらえる。

だが、問題は、そもそも荷物預かりにお金を取るんかい!!ということ。

確かに、ニュージーランドとオーストラリアの安宿(バックパッカー)では
1日、1ドル程度お金を取るところも見受けられたが、
1時間1ドルは高い。そんな宿、世界中回ってきても、初めてだった。


でも、この後、今日はフリーマントルの観光をするので、
さすがに荷物を抱えたままはしんどい。
どうしたものか・・・。


と、こんなところで、
「まぁ、旅の最後だし、今日は真面目にお金を払って荷物を預けよう。」なんていう僕じゃない。

「何とか無料で荷物を預ける方法は無いか・・・」と考えたのだが、
そこで、この宿の特徴でもある、広い中庭(室内)のスペースの脇に、
荷物を隠すことにした。

掃除道具などが雑然と置いてある、部屋の片隅は
誰からの視界にも入らないし、見つかったところで、
不気味で、誰の荷物か分からないものを盗むものもいないだろう。

そんな場所を見つけ、荷物を隠すことに成功。
ちなみに、ちゃんとチェーンロックで木の棚と固定しておいたから、万全。


荷物の問題が解決したところで、
外に出ることに。

もちろん、正面入り口から出ると、不自然というか
荷物を宿の中に隠していることが受付の人にバレてしまうので、
裏口から出ることにした(笑)


さて、晴れて市内観光の開始だが・・・
待ち歩きといっても、フリーマントルは小さな町。
半径数百メートルに、町の中心の機能が集まっている。

地図を見ても仕方ないので
とりあえず外に出た後、メイン通りっぽい道を歩き回ってみることにした。


ちょっと歩いてみると、その町並みの雰囲気の良さに感動する。
「イギリスって、こんな感じだったっけな?」と思いつつも、
理屈抜きに、こういう町は歩いていて楽しい。





◆フリーマントルの町並み。
 左右にびっしりと、歴史を感じさせられる建物が立ち並んでいる。



通りを抜けていくと、今度は歩行者天国となっている通りへ。
オーストラリアでは、こうした作りの通りを見かけることが多い。

何も無い土地から、計画的に作り上げられた町である証拠と言える。
でも、こういう場所が、市民同士の触れ合いの場所としては、非常に大切。

スペインのバルセロナでもそうだったけれど、やっぱり町を作っているのは、人。
交通網としては、もちろん車が走らないと不便ではあるけれど、
歩いて、その町の「人」を楽しめるような場所を作らないと、
コミュニケーションが遮断された、無機質な都市型の町になりかねないと、僕は思う。





◆天気が良く、レストランのテラス席も賑わっていた。
 大道芸人の姿もちらほら。





◆通りを抜けると、こうした美しい建物も。
 久々にヨーロッパを思い出す。



歩いていると、小さな小道もあって、
そこを抜けていくと、小さなアーケードに迷い込んだりと・・・なかなか楽しい町だ。

と、ここで、何だか見慣れない集団を目にしたのだった。
それは、日本の女子高生(笑)

おそらく、修学旅行なんだろうけど、
せっかくの町歩きの雰囲気が台無し(笑)

明日、日本に帰れば、町中に溢れている光景を
このフリーマントルで見てしまうとは・・・切ない。



気を取り直して、さらに道を進んでいくと
今度は、この町の見所でもある、カフェが建ち並ぶ通りへと出た。





◆カフェが建ち並ぶ通り。
 人気店だと、全ての席が埋まっていて座れない状態。





◆こうしたテラス席が当たり前のように広がっているというのが素晴らしい。
 日本だと、カフェといってもビルイン型がほとんどで
 テラス席なんて、ほとんど見かけないから。
 もちろん、規制などの問題もあるのだろうが・・・文化の違いと言える。



このフリーマントルは、カフェの町とも言われるほどらしいが、
確かに左右にびっしりとカフェが並んでいるのは、なかなかのもの。

こうして、カフェが生活の一部として溶け込んでいる背景には、
それ以外に目立った娯楽が存在していない、ということも意味していると考える。

でも、人と会って話すことは、全ての原点だと思うし
本来は、それが一番だと思うから、その場を提供するという意味で、
カフェが存在する価値は非常に大きいと思う。



さて、その通りをさらに奥へと進むと
毎週、金・土・日にマーケットが開催されている建物が見えてきた。

これを見るために、週末(今日は金曜日)にフリーマントル観光が出来るよう
スケジュールを調整してきたのだ。


そして、いざ、中に入ることに・・・。





◆これが、フリーマントルのマーケットの入り口。
 どんな場所かと思ったら、しっかりとした建物の中にマーケットが広がっていた。



中に入ってみると、
何だかごちゃごちゃしか感じで、賑やかな雰囲気。

いいねぇ、これでこそマーケット!という感じ。

それにしても、さっき見かけてしまった女子高生の軍団が、
このマーケットに、さらなる数が!!

日光か、はたまた、京都・奈良に来てしまったかのような錯覚に陥ってしまう。
「これ、超かわいくなーい!?」何て言いながら、
キャーキャー友達と騒ぎながら買い物をしていく姿を目の前にすると
何だか、自分が世界一周してきたことの意味を、振り返りたくもなる感じだ。





◆マーケットの入り口付近。
 女子高生の姿がちらほら・・・。



気を取り直して、建物の中を歩いて見ると、
置かれている物はそれほど目新しくないのだが、
全体としての雰囲気が楽しい。

個の集合体が、一つの空間を作り出そうとする意識を感じられる、
良い建物だと感じた。





◆こういう、ごちゃごちゃ感はお気に入り。
 とはいえ、お土産を買わない予定なので、楽しみは半減だけれど(笑)
 




◆派手な色使いをした玩具だけを取り扱っていたお店。
 いやぁ、ニッチだねぇ。
 でも、こういうお店って、何だか共感してしまう。
 これからも長く続けてほしい。



雰囲気が楽しいので、ビデオを撮りながら歩くことにした。
この雰囲気をまたいつか思い出すために。

そして、建物の奥に進んでいくと、
今度は八百屋が建ち並んでいた。

値段は、スーパーと同じか、物によっては安い、といった感じ。
でも、何よりこの昔ながらの雰囲気が良い。

これだけ建ち並んでしまうと、
目立った差別化といえば、値段ぐらいになってしまうのだが、
そうではなくて、きっと、地元の人とのつながりによって
バランス良く共存していっているように思う。

商売云々ではなく、彼らの生きがいの一つとして
これらの八百屋の存在意義があると、僕は思う。





◆八百屋が建ち並ぶ通り。





◆これに気づく人はわずか・・・
 このマーケットに行ったら、どこにあるか探してみて(笑)





◆マーケットの建物内の全体像。
 手前で歌っているストリートミュージシャンが歌っていたのは
 エリック・クラプトンの「チェンジ・ザ・ワールド」
 かっこいいねぇ。





◆こちらもなかなかのごちゃごちゃっぷり。
 売る過程を楽しむ、買う過程を楽しむ、
 そういう意味が、これを見ていると分かる気がする。



さて・・・建物内を一通り歩き終えると、
再び外へ出ることに。

そこで目にしたのは・・・入り口を取り囲むようにして佇む、
大勢の女子高生集団なわけだが、
ちょっと面白かったのが、
なぜか一人、現地の若者と思われる人が、案内役をしていたこと。

どういう関係なのかは分からないが(新手のナンパ??笑)
女子高生達との会話がうける。

なんといっても、英語が拙いから、
「You・・・go・・・restaurant ??」何て言いながら、
よく分からないけど、頑張って意思疎通しようとする姿が
印象に残った。

そういう、土壇場で何とかしようと発揮できる人って、強いと思う。



マーケットを後にすると、
また来た道を戻るようにして歩くことに。

歩いているとやっぱり、雰囲気の良さが楽しい。





◆町の中心の通り(1)





◆町の中心の通り(2)



歩いて通りを抜けて、今度はフリーマントルを走る鉄道の線路を隔てた反対側へ。





◆線路を渡りまーす。



ここには、「E−SHED」と呼ばれる、
こちらも週末に開いているマーケットがある。





◆「E−SHED MARKETS」の外観。
 雨が降り始めてしまい、テラス席は機能せず・・・。



倉庫を改装して造られたようなマーケットだが、
中に入ってみると、先ほどのマーケットよりも、整然とされていて
どちらかというと、日本で言うところの
高速道路のインターチェンジにある商店が入った建物、といった感じ。

なぜ、ここまで雰囲気の差があるんだろう?と思ってしまったが
大きく違うのは、建物内の骨組みや屋根の色使い。

E−SHEDでは、白を基調としているため、
清潔感はあるが、開放感がありすぎて、賑やかな印象がない。

そのため、閑散とした感じを受けてしまう。

一方で、先ほど訪れていたマーケットは、
黒や茶色を基調としていたため、
隠れ家的な雰囲気もあるし、照明をうまく使えば
商品を照らして目立たせることも出来、雰囲気作りが行いやすい。

たったそれだけの違いであっても、これだけ印象の差として残るものだと
驚いてしまった。



さて、その後は、再び線路を渡って戻り、
今度は近くの「難破船博物館(だっけな・・・?)」に行ってみることに。





◆博物館の建物。
 大きなイカリも展示されており、みんな興味津々。 



世界的にも、現存する難破船の展示物というのは珍しいようだが、
これがなかなかのスケールで迫力あり。





◆難破船の内側を撮影した写真。



展示物にも、難破船内から発見された硬貨などもあり
見ていて面白いのだが・・・何だか、眠くなってしまった。

疲れがたまっているのか、何なのかよく分からないが。

そんなわけで、15分ほどベンチに座って仮眠を・・・。


その後、博物館を出て帰ることにした。

しかし、外に出た直後、いきなりの豪雨に襲われ、急いで博物館に戻ることに!

天気が変わりやすいのは相変わらずで、困ってしまう。


しばらく雨宿りした後、雨が止んだのを見計らって、
宿に戻ることにした。

時間は15時30分頃になっていた。



出発前に隠しておいた荷物は無事で、一安心。

さて、今日はというと、パースから成田への飛行機は
23時発なので、まだ時間がある。

さて、どうしたものか。


そこで考えたのだが、
この宿の受付に聞いたところによると、
この宿からパースの国際空港への直行のシャトルバスは、
片道35ドルらしい。

それはあまりにも高いので、
一度、自力で鉄道に乗ってパースに戻り、
パースの何れかの宿からのシャトルバスに乗って、
お金を節約することにした。


というわけで、荷物を持ってパースに戻ることにした。

また裏口から出て、歩いてフリーマントルの駅へ。
5分ほどで駅に着くと、複数の電車が止まっていたので
近くのおばさんにパース行きの電車を聞いて教えてもらい、
それに乗ってパースへ。


約30分ほどでパースに到着すると、
先日泊まったYHAに向かうことにした。

途中、最後の大盤振る舞い(?)として、
マクドナルドに立ち寄って、ソフトクリームを2つ注文!(1個40セント×2)

さすがに2つ注文しているバカ者は周りにいなかったが、
アイス好きとして、旅の最後を締めくくるにふさわしい注文だった(笑)


その後、YHAへ行って、
受付に話して、国際空港へのシャトルバスの予約を依頼することに。

すると、出発の時間帯は、30〜1時間おきにあるので
自分の希望に合わせて予約できるのだが、
僕は、19時30分発のバスに乗ることにした。

で、料金はというと、片道20ドル。
あれ・・・?パースからは片道15ドルだったような・・・?

そう思ったのだが、瞬時に聞き返すことが出来ず・・・。
よく分からない予約手数料を取られたのか、
それとも単なる値上げがされていたのか
今となっては不明だが、ちょっと悲しい。


予約を終えると、インターネット(1時間・3ドル)の料金を支払い
2階に設置されたインターネットルームへ。

例え、宿泊しなくとも、
料金を支払えば、インターネットが出来てしまう。

しかし、僕の狙いはそこではなくて、
同じく2階に設置されている、キッチンを利用することが狙い(笑)


とりあえず、インターネットを使って
昨日までの日記を更新しておくことにした。

これが、旅の最中の最後の日記更新・・・
何だか寂しい感じもするが、不便なネット環境の中、
よくここまで更新し続けたものだと、自分でも思う。


さて・・・更新を終えると、キッチンで夕食を作ることに。

とはいえ、もう残っている食材はパスタのみ。


パスタを作り終えると、
キッチンの横にあるテーブル席へ。

そして・・・もう一つバックに詰めて残っていたもの、
ビール1本(750ml)を飲むことにした。

最後の乾杯(1人だけど)だ。


いやー、本当に良く頑張りました。
無事、生きて日本に帰ることが出来る、そのことへの祝杯だ。

うへー、ビールがうまい・・・パスタはいつも通りの味だけど・・・。


ビールに酔い始めると、
これまでの旅が走馬灯のように甦る・・・
なんてことはなく、ただ、疲れもあってか、
ボーっとしてしまった。

周りを眺めてみると、
テーブル席で食事をして会話をしている
世界中のバックパッカーの姿が目に入る。

見慣れた風景だ。


でも、この中で誰も
僕が世界一周の旅を終えて、
数時間後の飛行機に乗って日本に帰るなんて思う人はいないだろう。

そう思うと、「ああ、俺って1人何だな・・・」と、思わざるをえなかった。


食事を終えると、しばらく休憩してから、
19時30分前になったので、外に出ることにした。

外は雨。

5分ほど待っていると、空港へのシャトルバスが迎えに来たので
それに乗り込むことに。

さすが、日本行きの便があるということか、
同じシャトルバス内に、別に2人の日本人が乗っていた。

とはいえ、別に会話をする必要もないので、
静かに窓の外を眺めて、最後の風景を味わっていた。


30〜40分で、国際空港のターミナルへ到着した。
早速、チェックインを済ませることに。

その後、2時間30分ほど時間が余ってしまったのだが、
やることもないので、とりあえず搭乗ゲートまで進んでしまうことに。

お土産といっても、たいして珍しいものもなく、
あっという間にお店の見学も終えてしまったので、
ベンチに座って待つことに。

すると、幸運にも、柱に電源があったので、
そこにコンセントを差し込んで、パソコンを開くことにした。

何度も言うように、日本でこれをやったら、
窃盗罪か何かで捕まってしまうわけだが、オーストラリアではどうなのだろうか。

まぁ、知ったこっちゃないが。

そして、パソコンで今日撮った写真などを整理しておくことにした。


その後、22時頃になり、
パソコンを閉じて、搭乗ゲートの目の前に移動することにした。

すると、日本行きの飛行機は、その手前のフライトが遅れているようで
そもそも飛行機がまだパースに到着していないので、
ちょっと待ってくれ、というアナウンスが流れていた。

こらこら・・・。

さすがカンタス航空、緩々だ。
もう、二度とお世話になりたくないし、ならないと思うが・・・
さようなら、カンタス航空。





◆ついに最後のフライト。
 「Tokyo-Narita」の文字が目に入る。



結局、約30分遅れで飛行機の乗り込むことが出来たが、
飛行機が飛び立ったのは、約1時間遅れの、0時だった。


飛行機に乗り込むと、座席は2列の場所で、
かつ、前は通路を隔てている壁ということもあり、
スペース的には余裕あり、助かった。

離陸後・・・1時間ほどすると、機内食が運ばれて来た。

もちろん、飲み物はビールを頼んだけれど・・・これが最後の機内食&ビール。


乗客の大半は日本人ということもあり、
搭乗前は不気味に感じたが、機内に入ってみると
その多さに、いつしか自分も溶け込み始めてしまっていることに気づいた。

機内では、これまでの旅を思い出す・・・何てこともなく、
これまでの旅と同じ、数ある中の1フライト、という感覚だった。

不思議と、日本に帰るという実感が湧かなかった。


そして、夜中4時頃になり、やっと寝付くことが出来た。

7月31日(木) ロットネスト島観光 <フリーマントル泊>

  1. 2008/08/01(金) 18:26:19 
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夜中…トイレのために目が覚めたのだが、
外から聞こえて来るのは、ゴーゴーと吹き荒れる風と、
時おり強く打ち付ける雨の音。

まずい…こんな天気のまま、
今日、ロットネスト島に行って自転車で島巡りなんていうのは
きつすぎる。

頼むから、朝までに天気が回復しますように…と祈りつつ、
またベットに戻り、眠りについた。



そして、7時になり目が覚めたのだが、
聞こえてくるのは、むしろさらに強まった雨足…悲しすぎる…。

7時30分頃になり、やっと布団の外に出て準備を開始。

もう、今日のフェリー+自転車レンタルのチケットは購入済みなので、
行くしかない。


それにしても、こんな雨の中の自転車島巡りとは、過酷だ。

しかし、僕はベネズエラのロライマ山に登る際に
レインコートを持たずして登ったぐらいだから、あの経験があると何でも来いという感じでもある。

おそらく、プールに入ったかのようなびしょ濡れになる可能性もあるので、
着替えの服、履き替え用の靴、そしてそれらをしっかりビニールに包んでおくことにした。

また、ズボンはというと、中にジーンズを履くと、確実に濡れて乾かないので
ハーフパンツ+アディダスジュージという組み合わせで行くことにした。


バックはというと、ショルダーバックだと動きづらいので、
部屋にあったロッカーに電子機器などを詰め込んで置いておくことで、
小さなリュックサックを今日1日のために使うことにした。

準備は万端…その後は、朝食を作ることに。

さすがに、昨夜、大量の食事と、さらにビールを飲んだこともあり
確実に胃がもたれている。

やはり、腹8分がベスト…それを越えると、きつい。


当初、食材を余らせないように、今朝もパスタを作ろうと思っていたが、
とてもそんな気分にはならないので、
昼食用として買っていた小さなピザ(2個)をレンジで温め、
それにリンゴ2個を食べることにした。

もちろん、温かいお茶も入れたのだが、
ポットの周りがなぜか順番待ちの混雑。

そんなわけで、僕が注ぐタイミングが来ると、
ついでに周りにいた人にもお湯を注いであげることにした。

すると、みんな笑いながら「Thank you !」と返してくるわけだが、
こんなところからも、コミュニケーションのきっかけは、出来るものだ。


朝食を食べ終えると、もう時間は8時50分。

フェリーは9時30分出発だが、
30分前にチェックインする必要があると言われていたので、
急いで外に出ることに。

すると、その時、外を見て気付いたのだが…
おお、これは奇跡か?何と、先程まで嵐のようだった天気が嘘のように
雨があがり、晴れ間が見え始めて来ていたのだ。

このぐらいの天気なら、行ける!

ちょっとうれしくて、
軽い足取りでフェリー乗り場Cシェッドまで、5分ほど歩いた。


乗り場に着くと、小さなコンテナハウスがあって、そこに船会社のスタッフが2人。
1人は日本人で、「どうも、おはようございまーす!」なんて声をかけられて、
ちょっと拍子抜け(笑)

チェックインを済ませたはいいが、
他の乗客は1人しかまだ来ておらず、チェックインも何も、
何も無いただの埠頭…
正直、フェリーの出発直前に来ても全然問題なかったと思う。

その後は、吹きっさらしの場所で、冷たい風を受けながら
今か、今かと、フェリーの到着を待つことに。





◆フェリー埠頭から、空を眺めた様子。
 厚い雲の合間から、空も見え隠れする、微妙な天気。
 頼むから、せめて雨が降らずにもってほしいのだが…。
 


9時20分にはフェリーが到着すると聞いたのに
全然時間になっても来ない。

寒い…寒いんだってば…。

その後、結局フェリーが来たのは、9時47分。

こらこら、1時間近くも、
こんな何も無い外に放置されていたことになる。
ひどい話だ…。


フェリーとはいえ、中型のボートといった感じ。

それに乗り込んで、いざ、ロットネスト島へ。
ロットネスト島は、本土から沖合い19kmのところにある、周囲40kmの島。

フェリーが出発すると、予想通り、なかなか激しい揺れ。
酔わないように、僕は目を閉じて寝ることにした。

フェリーは「ロットネスト・エクスプレス」という会社なのだが、
日本人スタッフもいるようで、
船内の説明は、英語のあとに、日本語での説明が続くというもの。

それを聞いていると、東京の隅田川を観光ボートで下っている気分になってくる。


さて、激しい波を受けながらも、
約50分で、ロットネスト島へ到着。

天気はというと…最悪、雨が降り出していたのだった。

しかも、結構強い雨。

フェリーを降りたのはいいが、レンタル自転車はどこで受け取るんだと思い、
船会社のスタッフに聞いてみると、もう降りたすぐ脇に僕の自転車が置いてあった。

それはいいけど、雨で既に自転車がびしょびしょなんだけど…。

自転車には、ヘルメットも付いていたが、そんなのは必要ないので、
それは被らずに行くことに。


あああ…それにしても、雨が強いぞ、雨がー!!!

折り畳み傘をさす間に、既にかなりビショビショ。最悪。


とりあえず自転車をこいで、桟橋を抜けた先の観光案内所の軒下へ避難。

ふー…こんな調子で雨が1日続いたら、きついぞ、本当に…。

こんな状態だから、カメラとビデオもバックの中、さらにビニールの中に入れているので
わざわざ取り出すのも大変。

こりゃ不便だ…。


そうはいっても、既に時間は11時。帰りのフェリーは16時出発だから、
あと5時間しかない。

せっかく高いお金を払ってここまで来たんだから、気合で行くしかない。
そんなわけで、雨の中、出発することにした。

ところで、相変わらずレインコートを持っていない僕はというと
ロライマ山の登山の時に使っていた、大きなビニール袋に3箇所穴を開けて、
首と両手を出すだけの、超簡易レインコートを作って、それで挑むことにした。

まぁ、気休めにしかならないんだけど…。



自転車で走り始めると、このレンタル自転車が、なかなか快適。
というのも、8段階の変速ギアが付いているのだが、
さらに、ペダルの漕ぎ幅(というのかな?)も、3段階調整できる。

こんなの乗ったこと無かったのだが、
通常は、ギアを最速の「8」にして、ペダルは一番漕ぎやすい(回転幅が小さい)「1」に設定、
上り坂になると、ギアを「3」に落とす、
といった具合に、手元でギアを調整しながらいくことにした。



さて、走り始めると、すぐに「Garden Lake」と、
「Lake Herscel」という湖(見た目は大きな池)に着いたのだが、
その時、まず分かったのは、この島のスケール感。

島の周囲は40kmだが、僕が実際に走る道は、
約27km。

この旅で、距離を意識して自転車を走ったことは無かったので、
どれぐらいの時間がかかるのか実感が無かったのだが、
こうして走り始めてみると、意外と島のスケールが小さく感じることに気付いた。

楽勝じゃん、レンタル自転車での、ロットネスト島巡り!

ロットネスト島は、横長の楕円形のような形をしており、
フェリーはその右端から発着するのだが、
僕は、大きく左回り(反時計回り)に、島を回ることにした。





◆「Lake Herscel」の風景。
 既に、独特の景観と、人が全く視界に入らない状況に
 感動を覚えてしまった。
 これで快晴の日だったら、最高に気持ちのよいサイクリングが出来るだろう。



さて、写真を撮った後に再び自転車で走り始めたのだが、
ここで、急に雨が強くなってきた。

いきなり、台風のような状態に。

「うおおぉぉぉーーーやばいぞーーやばいってばーー!!」と、
でかい声で独り言を発しながらも、ギアを「3」に落として、
強風と雨に立ち向かって進むことに。

ギアを落としたので、ペダルはすごい勢いで回っているのだが、
スピードは5km以下のノロノロ。


それにしても、どこにも雨宿りするポイントが無いので、もうこのまま突き進むしかない。

うひゃー、こりゃきつい。ちょっと無謀だったか?こんな日にロットネスト島に来てしまったのは…
寒い…寒いぜ…。

どしゃ降りの中を突き進むこと、約1km。

すると、今度は雨足が急に弱くなった。

ふー…助かった…。

とはいえ、既に服はびしょ濡れになって、水が滴り落ちる状態なのだが、
今日はこんな感じの天候が続くのだろうか…。



さて、気付くと、島の北側に位置する、
「Longreach Bay」に到着したのだが、
砂浜に降り立つと、既にその雰囲気に飲まれてしまった。


そう…話に聞いていた通り、本当に綺麗なビーチなのだ。
その時は、残念ながら曇り空なので、水がくもって見えてしまったのだが、
それにしても、この綺麗な、そして静かなビーチは…素晴らしい。

ビーチ沿いには、小綺麗な小さな家が建っていたのだが、
人の気配は全くなく。

ここは別荘?それとも住んでいるのか?それは分からなかったが、
僕は、これを見て思った。


「そうだ、僕が探していたのは、こういう場所だった。
 いつか、こういう家に住みたい。これが僕の理想郷だ。」と。


そんな思いが湧き上がりながらビーチを眺めていると、
また雨が強くなってきたので、すぐ近くの木の下に入って雨宿りすることに。

そして、今日のために唯一持ってきた食料である
リンゴ2個を、もうその場で食べてしまうことにした。

もちろん、リンゴは皮など剥かずに、そのまま被りつくだけ。
いやぁ、雨が滴る中、自転車のそばでリンゴをかじるなんて、ワイルドだね、俺(笑)


ところで、雨宿り中に、ふと思ったのだが…

今、こうして、ロットネスト島という離れ小島で大自然に囲まれて過ごしているけれど、
そう、46時間後には、日本に帰国するんだなぁ…と。

全く信じられないのだが、
それでも、あとは自然の流れに身を任せるしかないわけで、
今さら、もっと旅を続けたいとか、帰りたくないとか、そういう想いはない。



さて、10分ほどすると、雨が少し止んで来たので、再出発を。

そして、すぐ隣のビーチである、「Geordie Bay」へ。


ここは…また素晴らしい場所で、
先程の「Longreach Bay」を超えるものだった。

このビーチに到着した時、
まるで空が僕の自転車の旅を演出してくれるかのように、一気に青空が広がり
眩しい太陽の光が差し込んで来た。

すると、それまで曇っていた水の色は鮮やかになり
砂浜も白く輝き、景色が一変した。


そして、僕はつい自然に言葉を発してしまった。

「ここは、まるで天国みたいな島だな!」





◆「Geordie Bay」の風景。
 若干、海草が砂浜に打ち寄せられているけど、それは愛嬌ということで(笑)
 隠れ家的な位置にあるビーチ。美しい海、そしてビーチ沿いに建てられた家…。
 これが僕の探していた理想郷のイメージ。
 ニュージーランドのパイヒアも良かったが、ここは、それを上回るものだった。
 まるで、無人島のようなこのロットネスト島。
 規模も大きすぎず、小さすぎず、ちょうど良い。
 こんなところに住んで、静かに暮らしたら、
 何もストレスを感じずに 喧騒など感じることもなく、
 毎日を生きられることだろう。
 でも、1人で暮らすのは、ちょっと寂しいかな。
 やっぱり、誰かと一緒に暮らしたい。



感動を味わいながら、砂浜をしばらく歩いて、思うままに写真を撮った。
そして、もっとここに滞在したい…と思いつつも、
全体の時間を考えると、コンスタントに回っていく必要があるので、
次に向かうことにした。


再び自転車を漕ぎ始めると、
これがまた、いろんな場所が写真を撮りたくなるような、素晴らしい風景。

そんなわけで、それこそ、5〜10m自転車を進めると
また一時停車して写真+ビデオ撮影…こんな調子で、ゆっくり先に進んでいった。





◆道の脇には、毎日吹く強風によって大きく形を変えた木も。
 まるで血管のように張り巡らされた木の枝。
 何か語りかけてくるような、この存在感は、圧倒されるものがある。





◆こちらも、風によって独特な形へと姿を変えた木。
 そして、先へと続く道を、僕はただ1人、自由に、自転車をこいだ。





◆足元には、こんな草も生えていた。
 曇っていると、色褪せて、気付かないまま通り過ぎてしまうような草。
 でも、ひとたび、青空が見えて太陽の光を受けると
 生き返ったかのような鮮やかな緑色を見せてくれる。
 まるで「僕たちを忘れないで!」と、草が問いかけてくるかのような、元気の良さを感じる。
 きっと、草も寂しいんだろうな、こんな島で毎日過ごしていたら。
 時おり通りかかる旅行者とも、会話をしたいのだろう。



そのまま道をひたすら進んでいくと、
続いて、「Little Parakeet Bay」に到着した。

既に、道路を走っている時に見え隠れして、
その素晴らしい景観に期待高まるものがあったのだが、
自転車を降りて、崖の先まで歩いて、そこに立ってみると、
むしろ、その期待さえ上回る、言葉を失うような素晴らしい景観が広がっていた。





◆「Little Parakeet Bay」。
 白い砂浜、透き通る青い海…。すごい…本当にこの島は、天国だ。





◆エメラルドグリーンの海の中には、珊瑚礁も見える。
 ケアンズでグレートバリアリーフは見ずに終わったけど、
 このロットネスト島でこんなに素晴らしい海が見られたら、十分満足。





◆太陽の光が、透明度の高い海の水面に映る。
 躍動感に満ち溢れた、自然の力強さを感じる光景だ。



一つのビーチに降り立ち、その風景を写真とビデオに収め、
そして、名残惜しみながらも、また自転車に戻って走り出し
ビーチを示す看板を見つけたら、またそれを頼りに進路を変えて、
そのビーチへ…

ひたすら、その繰り返しで、当ての無い、ビーチ巡りを続けたのだった。





◆「Ricey Beach」へと続く道。
 こんな雰囲気の良い道があったら、その先にあるビーチまで、つい走って行きたくなるよね!





◆「Ricey Beach」の砂浜。
 遠くの空は厚い雲に覆われているけれど、
 雲の合間から差し込む光で、砂浜は輝いている。
 太陽によって、ビーチの表情というのはこれほどまでに多彩なものかと、改めて驚いた。



ロットネスト島の北側に位置する小さな美しいビーチ群を駆け抜けると、
続いて、島の最西端まで行ってみることにした。

そこまでの道は、一本道で、帰りは同じ道を通ることになる。
ビーチ群が終わった場所から、島の最西端までは、約4.5km。
どんな風景が僕を待ち受けているのだろうか。

…と、その頃、一時的に止んでいた雨が、再び降り出してしまった。

またしても、激しい雨と、強風の中を、ひたすら自転車をこぐことに…。
しかも、完全な逆風、そして時おり姿を現す、緩やかな坂…

さっきまでは、ギアを「3」速にすれば、坂も上れたが、
ついに、一番低い「1」に下げて走ることも。

ここまでギアを下げると、まるで三輪車をこいでいるんじゃないかというぐらい、
ペダルの回転数は上がってしまい、その姿はかなり滑稽なんだけど
逆風だろうが坂だろうが、難なく上っていくパワーを得られる。

ギア付きの自転車って、面白いね、意外に。




◆島の最西端へ…延々と続く道を、自転車で、たった1人で進む…
 この時間、この瞬間が、僕にとってはとても幸せな時間。
 「ああ、俺って生きてる。息をして、足が動いて、
  自分の行きたい先に向かってるよな。」って、実感できる、それが幸せ。





◆なんてことのない植物のようだけれど、とても心惹かれるものがある。



約4.5kmという距離は、近いようで遠く、
まだか、まだかと、必死にペダルをこいだ。

そして、やっと…視界の先に、海が見えたのだった。

島の最西端に…辿りついた。






◆島の西側の海岸線。砂浜ではなく、ゴツゴツとした岩が並ぶ風景。
 ちょうど、それまで降っていた雨が止み、雲の合間から光が差し込んで、
 海が鮮やかに輝きを見せた。





◆これが、島の最西端。
 その一帯は、綺麗なウッド調の道が敷かれていた。
 ここを自転車で入っていいのか良く分からなかったが、入ってみたら楽しいの何の。
 カタカタ…と木の上を走る上が心地良い。





◆島の最西端の一角の岩場。
 激しく波が打ち付けて、噴き出すように、水しぶきが上がる。





◆こちらは、上の写真のもう一つ先の岩場。
 水の透明度が高くて、とても美しい。





◆今回使ったレンタル自転車と共に、
 記念写真を…と思っても、誰もいないので、
 1人でセルフタイマーを使っての撮影…。
 表情としては「冷たい日本海にマグロを獲りに行く前の猟師」をイメージ。
 (日本海でマグロ獲れるか知らんけど)
 この表情に台詞をつけるとしたら…自分の妻に向かって、こう言い聞かせる台詞だろう。
 「いやー、マグロさ獲りに行くっぺよ〜。んでなもんで、命がけさ。
  な〜に、心配いらねって。安心して待ってろ。な?」という感じだろうか…。
 そんなことはいいとして、このビニール袋の簡易レインコート姿、やばいね(笑)
 どこの道端で寝てたんだという感じ。明らかに不審。



島の最西端付近を自転車と徒歩の組み合わせで見て回った後は、
来た道を戻りながら、今度は島の南側の道を駆け抜けることにした。

この頃(14時頃)からは、雲は相変わらずだが、
雨は降ることもなく、快適に進むことが出来た。

坂道に差し掛かると、この自転車で疾走する視点、その瞬間を映像に収めたくて
ビデオカメラを右手に持ったまま、自転車でさーっと走り抜けてみたり。

このビデオ、おそらく10年後みたら、確実に泣くね、自分で。
「あの時の俺、若かったなぁ、青春してたなぁ…。」ってね。

そう、そうして自分を振り返って、
今という瞬間と、この先の未来との
立ち位置の違いを確認するために、僕は映像を残している。






◆ここは、「Wilson Bay」。
 気持ちよく太陽の光が差し込んで、素晴らしい景観。
 こんなところで時間と人の目を気にせずに
 思うままにスノーケリングしたら、最高に楽しいだろうなぁ。






◆この湾には、珊瑚礁(?)が岩場のようになっていて、
 そこを波が行き交うから、その度に、ザーッと海水が流れ込んで、
 また水が引いて…とても面白い風景画見られる。
 これはさすがに見たことのな風景だった。
 


道をハイスピードで走り抜けていると
先程通った「Rocky Bay」に。

太陽の光が差し込んで、砂浜が輝いているのが見え
思わず自転車を止めてしまった。





◆「Rocky Bay」の風景。



その後は、島の南を走る道に入り、ひたすら進むことに。

この辺りは、島の北側に比べ、ビーチが長い。

途中で、島の中央部に位置する「オリバーヒル展望台」に行く道との分岐点があったのだが、
もう時間も無いので、それはパスすることに。

でも、見た感じ高い丘陵地は、この島に無いから
そんなに広い展望が開けるような感じがしないんだけどね。






◆島の南側に位置する、「Fairbridge Bluff」。
 これが、島内で一番長い海岸。



そして…ひたすら走り続けると、島の南部、
フェリーの港(トムソンベイ)まで、残り4.3kmのところまで戻って来た。


そこには、島の南部で、ちょこっとだけ突き出した部分を周回する
1.5kmの長さの道があるのだが…
時間は、もう15時20分。

16時のフェリー出発を考えて、ちょっと立ち止まったが
「ええい、行ったれ〜!」ということで、その周回コースを右回り(時計回り)で
一回りすることに。



時間も無いので、急いで駆け抜けてしまおうと思ったのだが、
周回し始めたすぐのところで、これまたとんでもない存在感を感じる木々があったので
「ギギギィー!!」と音を立てて、思い切り急ブレーキをかけて、止まることにした。


その一帯だけ、地球上ではないとさえ思える、別世界。

これは、ジブリ映画で言うなら「風の谷のナウシカ」の世界か…??





◆複雑な線が延びて絡み合ったような枝を持つ木々に囲まれて
 一本の木が、横たわっていた。
 生きているような、死んでいるような、
 いや、ただ、眠っているかのような…そんなこの木との対面。
 短時間しかいられず、彼らの呼吸を感じるまでには至らなかったが…
 この場所に歩み寄った一瞬、理屈抜きに、鳥肌が立ってしまった。
 「まだ、こんな場所が、地球上にあるのか…」と。




◆周回中に通り吸った、「Little Salmon Bay」。
 こちらも鮮やかな海が美しい。



こうして、1.5kmの道を急いで周回したのだが、
途中で、デジカメのメモリがいっぱいになってしまって、
急遽、不要な画像データを消さなければいけないことに。

今日、そこまで写真を撮るとは自分でも予想していなかった。
それだけ、このロットネスト島が素晴らしいということなんだけど…

それはいいとして、もう時間が限られているのに
手元で写真データを選んで削除して
また写真を撮ってという繰り返しは、かなり焦った。


そして、周回を終えると、時間は15時40分。残り20分でフェリーが出発…
島内の宿は冬季だから全て閉まっているし、フェリーも最終だから
これを逃すと大変なことになる。

…やばい、急ぐっきゃない!!

そこからは残り4.3kmを激走。
もうそれこそ競輪選手並の状態(笑)

それでも、上り坂もあるから、きついの何の。
足がつりそうになりながら、息も切れまくりつつ、
気合で突っ走る。

しかし、一箇所だけ小さな池がポツポツと広がる場所があり
そこで急停車!





◆時間が無いのに、ついつい景色の良いところは 
 写真に収めたくなってしまう…。



で、時計を見ると、15時50分。
本当にやばい。

もうこの先は停まれないということで、そこから最後、猛ダッシュ。

やっと建物が見えてきたと思ったら、
フェリーの船場までは、そこからさらに0.9kmという看板が…まだかい!


そして、最後の力を振り絞って、自転車を走らせていくと
もう最後は意識も朦朧としたのだが、見覚えのある場所に戻ってきて
フェリーを発見。

そのままフェリーの前まで行って、何とか間に合ったのだった…。
時間は、15時57分。出発3分前…危なかった…。



もう足がフラフラ、超疲れた。
とりあえずフェリーに乗り込んで、席に座ると、もうぐったり…。

最後の激走で、汗だくになってしまったので、
フリースなどを脱いでTシャツになったのだが、
船が出発すると、燃え尽きたかのように、眠りについてしまった…。


そして、気付くと、16時50分になっており、
フリーマントルの町へフェリーが戻ってきていたのだった。

フェリーを降りると、一気に疲れが…本当に、良く頑張ったな、俺…。


でも、このロットネスト島を自転車で回るというのは、
旅の最後を飾る、素晴らしい体験になった。


歩いて5分ほどで宿に戻ると
疲れもあったが、キッチンで夕食を作ってしまうことに。

夕食は、パスタと、それに玉ねぎ×2個、にんにく×2個を茹でつつ、
さらにレタス4分の1も、ついでに茹でることに。

とにかく、最後にしては多くの食材を買い過ぎたため、
食事の量が多い…。

明らかに2人前の量なのだが、明日出発なので、食べるしかない。


それはそうと、チリで買ってから使い続けたセイロンティーの葉っぱが
ついに無くなったのだった!
いやー、250gって、使い切るのに一ヶ月半程度かかるんだね。


料理後は、食事をしつつも、
今日撮った写真をデジカメ上で整理していった。

そして、食後はシャワーを浴びることに。


そう、これがこの旅のラストシャワー(←なんか変な言葉だけど)

でも、特に実感が無いというか、いつも通り。

とりあえず、縁起を担いで(?)、
髪を丁寧に2回洗っておいた(笑)


さっぱりとシャワーを浴び終えると…さて、
昨日買ったビールの残り2本を飲まなければいけないので、
とりあえず冷蔵庫から1本取り出すことに。

なぜかキッチンでは、肉を大量に焼いている人がいて
その煙が建物中に広がってきて大変。

こんな煙たいところでは、とてもゆっくりビールを飲めないということで
結局、昨日と同様に、僕の2段ベットの上の段で
パソコンを開いて音楽を聴きつつ、ビールを飲むことに。


ちなみに、コップを探したら、まともなコップが
コーヒーカップしかなく、それでビールを飲むことに。

この旅の最後の晩餐にしちゃあ、何だか雰囲気でないけど(笑)





◆ビールをコーヒーカップで飲むことになるとは…(笑)



パソコン上では、今日の写真データを全てパソコンに流し込んで、
ブログ用の写真選定も終えてしまうことに。

とはいえ、あまりに素晴らしい風景ばかりで、
最初は、この旅で最高の42枚の写真となってしまった。

しかし、それではあまりにもブログの更新が大変なので、26枚に厳選。


…ところで、僕はパソコンを開くと、同時にBGMを流してヘッドフォンで聴き始めるのだが、
この日、ふと無意識のうちに、一番最初に選曲した曲は、この曲だった。



「テイク・ミー・ホーム・カントリーロード」



この曲は、みんな必ず聴いたことがあると思うが、
ジブリ映画では「耳のすませば」の主題歌として、流れていた曲だ。

僕のパソコンに入っているのは、
その主題歌のバージョンではなく、
「小野リサ」が歌う、英語の歌詞の、ボサノヴァ調のバージョンだけれど。


このタイミングで、やはりこの曲か…という感じだったのだが、
実感が湧いていなくとも、本能のどこかで、旅を終わりを感じているのかもしれない。

それでも、旅が終わることに対して焦りというのは無いし、
今、こうして1人、部屋で最後の夜を迎えていても
本当にいつもと変わらない雰囲気。

それはなぜだろうと考えたのだが、答えは簡単だった。


そう、今日という日は、
この1年間の世界一周の旅の最後だけれど、
でも、僕の、この先の長い人生においては、
「通過点」に過ぎないからだ。

僕は、この旅を終えても、まだまだ生きていく。
この旅という経験を元に、また新しい自分を切り開いていく。

だから、今日という日は、通過点、一区切りでしかない。

旅の最後だから何かをしなければと、焦る必要なんて、全くない。



そんなことを、ただ何となく、ビールの味に酔いしれながら考えた。

…そして、1時間30分ほどで、作業を終えると、
21時45分だったが、今日はもう寝ることにした。


部屋の外は、相変わらず、毎晩20時から始まる映画放映で
かなり騒がしかったが、おかまいなし…。


この旅最後の、宿で過ごす夜。
良く寝られますように。

おやすみなさい…。

7月30日(水) パース→フリーマントル <フリーマントル泊>

  1. 2008/08/01(金) 18:12:18 
  2. カテゴリー:オーストラリア Australia  
  3. コメント数:0
  4.  【コメントの閲覧・作成
昨夜は0時に寝たのに、3時45分に自然に目が覚めてしまった…
何か、精神的に気になることがあるのだろうか。

「起きなければいけない」、「何かしなければいけない」、
そういう深層心理がどこかで働いているのかもしれない。

しかしながら、こんな時間に起きても何もすることが無いので、
とりあえずもう一度眠りにつくことに…。


そして、次は、6時に目が覚めた。

ただ、今度は頭がとんでもなく重い。
やはり、二度寝すると、起きた時の感覚が悪い。

しかし、何だかだるい感じだったので活動開始できず、
再び寝ることに…。


そして、7時45分に、今日3度目の目覚め…。

さすがにそろそろ起きなければと思い、パソコンを開くことに。
昨夜まで気合で書き進めた日記のデータと、更新のお知らせの文章を作成し
USBメモリへ入れ込み、ブログのアップの準備完了。

それでも、8時5分頃だったのだが、
今日の予定を改めて考えてみることに。

今日はパースからフリーマントルへ移動し、
フリーマントルにあるYHAにチェックインする。

しかし、このYHAは13時チェックイン開始なので、
あまり早く着いても、部屋に入れないのだ。

そんなわけで、外に出かけるのは10時のチェックアウト後にすることにした。

そして、8時50分ぐらいまで、またベットに横になってゆっくりすることに…
それにしても、頭が重くて、何も行動する気が起きない。

昨日までの、怒涛の日記作成が終わったことで、ホッとしてしまったのだろうか。


9時前になって、やっと改めて動き始めることに。
まずは荷物のパッキングを。

2泊した、この謎の汚い宿ともお別れだ。

9時20分頃から、キッチンに行って
冷蔵庫に残っていた人参を洗って切って、食べてしまうことに。

人参をまな板の上で切っていると…後ろから
「Good Morning !!」と声をかけられたので、誰かと思ったら
先日、キッチンで僕が思い切り水をかけられた、
炭酸水・爆発事件(?)の犯人の中国人の女の子だった(笑)

もちろん、すぐに返事は返したのだけれど、
ここで…僕は、「挨拶」の意味について、この瞬間に考えさせられた。

単純に「挨拶って、いいものだな。」というのは感じたのだが、
でも、そもそも挨拶とは、どういう意味を持つのだろうか。


今回、彼女とは、別に目が合ったわけでもなく、
本当に後ろから声をかけられたのだが、
彼女からすると、その先日の出来事があったので、
僕のことを覚えて、それで挨拶をしてくれたのだろう。

僕がまず感じたのは、この挨拶によって
一瞬、それこそ0.5秒ぐらいだけれども、
その間は、「彼女と僕のコミュニケーションの空間(=時間)」が生まれたということだ。

これは、誰が介在するわけでもなく、2人だけの空間なわけだ。

それを生み出したのは、紛れもない、挨拶の力。

それに加えて僕が感じたのは、
もし、僕がそれに対して、挨拶を返すだけではなく、
そのまま、会話を切り出していたら、間違いなく会話は続いただろう。

それこそ、
「どこから来たの?どこに住んでいるの?どんな旅をしているの?
 今日はどんな予定なの?もし良かったら一緒に観光する?食事でもどう?」
なんて会話の展開を切り出せば、必ずその流れが生まれただろう。

その後、どういう展開になっていくかは分からないが、
それぐらいの流れは、僕が話しさえすれば、簡単に生み出せるものだろう。

そう考えると、「出会い」っていうものをコントロールする、
いや、プロデュースするというのは、意外と簡単なことなのかもしれない。

「プロデュース」という言葉は、今自分で書いていても、
ちょっとしっくり来ないのだが、
まぁ、自分次第で、いかようにも色をつけたり、
演出したり、展開したりすることが出来るという意味合いだ。


では、コミュニケーションが発生した後の展開は自分次第だとすると、
そもそも、そのコミュニケーション自体を生み出すことは、どうなのだろうか。

それは、意外と難しいというか、考えて出来るものではないように思う。

例えば、誰か話をしたい人がいたとして(分かりやすく、恋愛に置き換えるが)
それを自分の好きな人(付き合う前)と仮定すると、
話を切り出す際に
「どんな質問すればいいのかな?天気の話題?趣味の話題?今日の予定?」なんて、いろいろ考えることになるだろう。

それはそれで楽しいが、わざわざコミュニケーションを発生させるために
テーマを都度プレシンキングして切り出すというのは、
ちょっと面倒だし、負担もあるし、時間もかかるだろう。


そう考えると、わざわざ何か話しのテーマを設定して話を切り出すというのは
ちょっと大変なことに思える。

では、どうやったらもっと簡単に話を切り出せるのだろうか…


そう、そこで僕は気付いたのだが、
挨拶って、コミュニケーションを発生させるための、
「きっかけ」なんじゃないか?ということだ。

今回、挨拶をしてくれた中国人の彼女が、僕に対して何を想っていたかは分からないが
「Good Morning !!」と声をかけることで、確実に、コミュニケーションの原点としての
きっかけは生まれたと思うし、実際、その後の展開は、僕次第だったとも言える。

僕が次の返答で、より具体的に踏み込めば
おそらくもっと仲良くなっただろう。

そう思うと、挨拶っていうのは、とても簡単で、誰にでも出来ることなのに、
すごい力というか、出会いを生み出す力を秘めていると言える。

まさに、コミュニケーションの、そして出会いの「きっかけ」としては、
素晴らしい意味を持つものだと言える。


さらに深堀して考えてみると…
この「きっかけ」というものだが、
では、あまり深く関係を持たない、ビジネスライクな挨拶に状況を置き換えて考えてみると
どうなのだろうか。

例えば、職場で、出張帰りにオフィスに戻った時の、社内にいる人との挨拶、
他には、例えば、飛行機に乗る際に、フライトアテンダントが乗客に対して行う挨拶、
こういうものは、そこからわざわざ話を展開させようという程度のものではないだろうし、
そんな意図を毎回もって挨拶する類のものではない。


では、こういった状況における「挨拶」とは、どういう意味を持つのだろうか。

確かに、コミュニケーションの「きっかけ」としての意味を持つことは確かだが、
もっと簡単に、分かり易く考えてみると…

そう、僕が思ったのは、
挨拶というのは「関心があるか無いかの意思表示」ではないか、と考えた。


つまり、このビジネスライクな挨拶として考えても、
全く相手に関心が無ければ、挨拶はしなくてもよい。

しかし、挨拶をすることで、何となく、挨拶が無いよりも気分は良いものだ。

それは、「あなたに関心がありますよ」という合図として
挨拶を発しているから、挨拶の受けても、それを自然に感じとっているのだと思う。

だから、挨拶って、何だか気持ちのよいものだし、
声をかけられると、うれしく思うものなのだろう。


そう、挨拶とは「関心を示すための合図」だったのだ。


だから、話が戻ると、
中国人の彼女が僕に「Good Morning」と声をかけてきたのは、
どんな関心であるか、その質に関しては分からないが、
少なくとも、僕がキッチンにて、先日の出来事を思い出して
僕に「関心を持った」からこそ、挨拶をかけてきたわけだ。


なるほど…こう考えてみると、
「挨拶」というものが、より自分の中で鮮明に理解することが出来た。


日本社会に生きていると、よく挨拶の意味を理解しないままに
「元気な声で!!ハキハキと!!」なんていう貼り紙が貼ってあって
半ば強制的な義務感にかられながら、仕方なくするようなものに捉えがちにもある。

それはその通りで、挨拶の意味や価値について理解しないままだったら
「何で疲れているのに、そんなテンション高く挨拶しなきゃいけないの?」って話しになるのが
当然だと思う。

そういう、挨拶に関して、「こうしなさい」と、いきなりルール的に入ってしまうから
面倒、厄介なものに感じてしまうのだろう。


そういう、無駄に敷居を高くするようなことはせずに、
まずは、「挨拶」ってどういうものなのか、その理解することのほうが大切だと思う。

単純に「関心を示す合図」と考えれば、
確かに、職場で全く挨拶が交わされないとすれば、
お互いが無関心の集団組織と言えるわけで、
誰もそんな居心地の悪い状態で、一緒に仕事をしたいとは思わないだろう。

だから、僕らは「挨拶」というコミュニケーションの手段を使い、
関心を示す意思表示として、気軽にこれを使えるわけだ。



…そんなことを、僕は、この一瞬の出来事(中国人の彼女から挨拶されたこと)から、
考えたのだった。


さて、話が脱線したのだが、
冷蔵庫に余っていた人参を食べ終えると、
ホットティーを2杯ほど飲んでちょっと休憩した後、
チェックアウトをすることに。

チェックアウト後は、荷物を預けて、外に出かけることに。


まずは、インターネットカフェに行って、ブログの更新作業だ。

歩きながら探したのだが、どうも良いところが見つからず、
中には「USBメモリを使う場合、1ドル追加」なんていう、へんてこなネットカフェもあって、
結局、先日泊まっていたYHAまで行って、その宿の中にある
インターネットを1時間(3ドル)使うことにした。


で、いざ、ブログの更新をしようとしたら、
USBメモリに、全ての日記のデータが入っていないことに気付いた。

ただの僕のミスなんだけど…

というわけで、悲しくも、7月28日、29日の2日間だけの日記を更新しつつ、
その他は、画像データのアップをしたり、メール対応をしたりと、
1時間を終えたのだった。


その後は、近くの旅行代理店「ブルートラベル」へ。
先日、ここのスタッフの人に聞いておいた、
ロットネスト島へのフェリー+レンタル自転車のパックについて
予約をするかどうか判断するためだ。

というのも、このパースに来てからというもの、とにかく天気が悪い。
一日中雨が降るといったことはなく、雨が降ったり止んだり、という繰り返しだが、
あまりに天気が悪いのに、海が綺麗なロットネスト島に行ったとしても、台無しだし
何より、周囲40kmある島を、雨の中、自転車で周回するのはきつい。

そんなわけで、島に行くとしたら明日を考えていたのだが、
ぎりぎりまで待って、最新の天気予報を見てから判断しようと考えていた。


そして、先日も話した男性スタッフの人に声をかけて
天気予報を教えてもらうことに。

すると、明日の木曜日は、
「曇り時々晴れ」という、何とも微妙な天気予報…。

うーん…どうしたものか。

しかし、この時、パースの上空は晴れ間も見えていたのだが、
これぐらいの状態で保ってくれれば、何とか自転車による周遊はできなくもない。

うーん…旅の最後として、僕は静かな場所に身を置いて
1人になる時間が欲しくてしかたないのだが、そういう意味において、
ロットネスト島は、最適な場所であることは間違い無い。

…うーん、微妙…微妙なんだけど
「やらないで後悔するよりは、やって後悔したほうがいいっしょ!」ということと、
雨が降る中を自転車で突っ走るのも、良い思い出…
そう、「プロセスを楽もう」ということで、
明日のフェリーチケット+レンタル自転車のパッケージを申し込むことにした。
(通常69ドルのところ、この旅行代理店で現金支払いだと、
 10%オフで、63ドルになる)


行きは、9時30分、フリーマントル発、
帰りは、16時、ロットネスト島発、というチケット。

約45分ほどで島に到着するらしいから、
約5時間30分ほどの間、自転車で周囲40kmを疾走することになる。
気合あるのみ。


さて、代理店で申し込みを済ませたのだが、
やはり説明が丁寧。

それほど難しくはないのだが、
明日のフェリー乗り場までの行き方を、
フリーマントルの駅を降りてからの徒歩ルートを前提に、
手元にあるデスクトップのパソコン画面をこちらに向けて
歩いている人間の目線ということで、数枚の画像を連続して見せながら、
僕に説明をしてきたのだ。

なるほどね…これは手軽だけど、なかなか分かり易い。

さすが日本人が運営する旅行代理店というか
改めて、日本って優れた国だなぁと感じた。

これは、オージー(オーストラリア人)には見られない丁寧さだ。

やっぱり、日本が経済大国である理由は、間違いなくある。
全てにおける「きめ細やかさ」だ。


…そんなことを思いつつ、申し込み後は、
無料インターネットを15分ほど使わせてもらい、
この代理店を後にすることに。


そして次に、中心部から徒歩5分ほど歩いて
スワン川のフェリー桟橋まで行ってみることにした。

パースの町歩きといっても、この3日間、
あまりまともに観光していなかったのだが、
最後に、ちょっと歩いてみることにしたのだ。

スワン川のフェリー桟橋の途中には、スワンタワーという
ちょっと近代的な建築物もあるのだが、それを通り過ぎて
スワン川沿いへ。





◆スワンタワー。
 ガラス張りの面白い形。 
 


やはり、川というよりも、湖に見える広さなのだが、
天気が良く、それでいて風がとても強くて、何だか切ない感じの風景に見える。

気温は、日本で言うところの、秋にあたる感じだろうか。
僕にとっては、一番好きな具合の天候と気温で、気分よく散歩することが出来た。





◆フェリーの桟橋から見た、パース中心部の東側の町並み。
 川の水は茶色く濁っていた。
 強い風が吹き付けるため、桟橋はギシギシと音を立てていた。





◆桟橋に近い場所にある公園から、パース中心部の高層ビル群を望む。
 こうしてみると、パースもなかなか美しい町に見える。
 やはり、都市に緑は必要。町に色とゆとりを与える。





◆新旧の建物が融合している風景。
 ちょっと不思議で面白い。





◆これは、上の写真の向かって左端に写っている
 かわいらしいデザインの建物の入口を抜けた先にある通り。
 お洒落なお土産屋などが立ち並んでいる。
 ヨーロッパの町に迷い込んだような感じだ。
 スペインのトレド?またはフランスのモンサンミッシェルの町?そんなことを思い出す…。



こうして、ちょっとした散歩を終えると、宿に戻ることに。

そして、預けていた荷物を受け取ると、すぐ近くのパース駅まで行って、
電車に乗ってフリーマントルへ向かうことに。





◆パース駅の構内の風景。
 機能的な、近代的な駅と言える。



電車は、ロンドンの地下鉄を思わせる感じだったが、
この電車で素晴らしいと感じる点がすぐに見つかったのだが、
それは車内の座席スペースの配置。

両側のドアのすぐ脇の2席を「優先席」として定めてあり、
かつ、そこには、車椅子を置けるスペースも設けられており、
そこには据え置きの座席が配置されていない。

何とも、ハンディキャップのある方や、高齢の方に配慮された素晴らしい作りだ。


なぜ、そこにすぐに気付けるのだろうか、
それは、僕が、一昨年、アキレス腱を切ってしまった際に
10ヶ月の松葉杖生活をした体験があるからに他ならない。

その松葉杖生活の間にも、
もちろん会社に出勤する必要があったので
通勤に電車を利用していたのだが、
その時は、日本の電車は、本当にひどい車内の作りだと常々感じていたものだ。

日本の電車は、最近導入されている車両は改善傾向にあると思うが、
旧来のタイプの列車だと、優先席が、列車の端に設けられている。
そして、車椅子を置くためのスペースも存在しない。


ここで、優先席について考えてみるのだが、
仮に、自分が松葉杖を使っている人だとして
混雑した満員電車に乗ると想像してみてほしい。

どういうことが起きると思うだろうか…?

そう、ドアが開いて、まずは降りる人が大量にいるのだが、
その後、自分が乗り込もうとして、
電車とホームの隙間を注意しながら
慎重に時間をかけて列車に乗り込むと、
もうその時点で、足が健康な人が先に優先席を取ってしまっていて、
席は埋まっているのだ。

それはまだしも、そもそも、混雑した車内では
列車の端にある優先席まで、人の壁が出来てしまって、
到達できないことのほうが多い。

この現実は、僕が自分で松葉杖を使わざるをえなくなってから、
初めて知ることになったのだが、これが日本の電車の実情だ。


はっきり言って、これから高齢社会を迎えることが明確な国、日本において
この状態は意識が低すぎるというか、遅れすぎていると思う。


余談ではあるが、僕が松葉杖を使って過ごした10ヶ月間で、
いつも使っていた通勤電車で、周りの乗客から自発的に席を譲られたのは、
たったの「4回」だった。


そして、こんな現実があるのかという意味で、
驚くような事実をここに記しておきたいことがある。

それは、こんな出来事だ。


僕が電車に乗っていたとしよう。

そして、電車に乗った際に、全ての席が埋まっていたとして
座席の前で松葉杖で立っていたとする。

すると、どうなるかというと、周りの乗客は席を譲ることもしてこないのだが、
ひどい時には、電車が駅に到着し、僕の目の前の座席が空いた際に
僕は松葉杖だから、ゆっくりと体を反転させなければ席に座れないのだが、
なんと、その間に、他の乗客が僕の目の前の座席にさっと割り込んで座ってしまうのだ。


…これは、本当に実際に起きていた事実なのだが、
この現実を見た際に僕は、さすがに言葉を失った。

この時僕は、さすがに呆れてしまい、
その割り込んで座った乗客に声をかけることすら出来なかったのだが
もし声をかけたら、逆に、急に切れられて、それこそ突き飛ばされるような
暴力を振るわれる可能性もあると、僕は考えている。


最近の日本では、無差別殺人事件なども起きているようだが、
それぐらい、経済大国である日本において、その反動としての
歪(ひずみ)が生まれていることは、明確であると感じている。

毎日、激務に追われ、最先端の技術革新に追われ
それに付いていかないと、いつしか取り残されて、1人になる…

そんな見えない恐怖から必死に生き延びようとしている人が
たくさんいることも、事実だろう。

これは、彼らがということではなく、
そういう時代が、何か人間をおかしくさせているのだろう。


僕は、世界中を回ることで、
日本が優れている点を改めてたくさん感じたが、
逆に、遅れている点というか、歯車が狂っている点も、たくさん感じた。

このブログを見てくれている人達の中にも、
そうした日本のおかしい点に振り回されて、自分を見失っている人がいないか…
いないことを願っているが、もしいるとしたら、その人に手を差し伸べられればと思うが…。



…こうした話しが出来るということ、こうした点に気付けるということ、
それは僕がアキレス腱を2度も断裂し、
10ヶ月間の松葉杖生活をした「おかげさん」だと思っている。

もちろん、その間には、周りの人に本当にお世話になることで
何とか今、こうして歩けるようになっているわけで、感謝は尽きない。

僕は、今となっては「あの大怪我をして良かった」と思っている。

本当に得るものが多い経験だった。



もちろん、あの経験以降、僕は自分で電車やバスに乗る時は
優先席には決して座らないようにしているし、
ハンディキャップのある人や、高齢の人に気遣うよう意識しているし、
この先、何らかのビジネスに携わっていく上でも、
そうした視点を決して忘れないようにしようと考えている。

そういう意識を持たせてくれたのは、あの苦しい体験だった。


「苦労をしている人ほど、苦労する人の気持ちが分かる。
 そして、優しくなれる」というのは本当だと、僕は思う。



…さて、そんなことを、電車に乗りながら考えていたのだが、
30分ほどで、目的地のフリーマントルへ到着。

駅を降りると、歩いて5分ほどで、YHAに到着。

予約済みということもあり、
スムーズにチェックイン終了(8ベットのドミトリー、1泊24ドル)


部屋は、パースのYHAに比べれば、清潔感もあり、広さもあって良い。

ちなみに、最初に僕が案内された2段ベットの上の段(41号室のD)の下の段には
ここの泊まっているのではなく、「住んでいる」おじいちゃんがいたこともあり、
急遽、別のベット(同じ部屋のB)に変更された(笑)

この、住んでいるおじいちゃんのベットには、
大量の本やら荷物が詰まれていて、すごい様相。

蛍光灯も2段ベットの上の段の裏面を利用して付けられていたり、
すごい大きなタオルでベットの周りが覆われていて中は見えないし、すごい。

完全に、「部屋」になっている…(笑)





◆これが、ドミトリー部屋に「住んでいる」おじいさんのベット。
 荷物がありすぎて、寝る場所は4分の1ぐらいしかないけど、どうやって寝ているのだろうか。
 さすがに、このベットの上の段に寝るのは勘弁願いたい(笑)



さすがに、世界中を旅していても、
ドミトリー部屋のベットを、自分の部屋として使っている人は初めてみたのだが、
すごい人がいるもんだ。

いや、間違っても、僕がこのおじいさんと同じ年齢になった時に、
こんなことはしたくないし、しないけどね(笑)


でも、そんなおじいちゃん、人はとっても優しい。

部屋に入ると、この宿のことに関して教えてくれたり、
声をかけてくれた。

ちょっと聞いたところによると、小さい頃はカナダに住んでいたそうだが、
両親が離婚した経験を持つらしい。

その後、どういう経緯で今ここにいるのかまでは話が進まなかったが
きっと、いろいろ深い人生の過程があって、今に至るのだろう…。



さて、チェックインを済ませ、荷物を部屋に置いた後は、
外に買い物に出かけることに。

というのも、最後の3日間を過ごすための食材も買わなければいけないし、
何より、僕はこの3日間、いや、今日を利用して、やろうと決めていたことがあるのだ。

それは、旅のまとめとして、様々なテーマについて、
自分への問いかけをして、その考えを書き残そうと思っていたのだ。

いろいろ、考えてみたいテーマはあったのだが、
それを、この旅の最後でどう考えるのか、
それを今の自分の生きた過程として残したいと思った。


実は、そのために、昨日までに、
通常に日記をリアルタイムまで追いつかせた、という背景がある。

…そんなわけで、スーパーに買い物に行ったら、
ちょっとシラフでは、そんなテーマについて考えられないだろうから、
昼からビールでも飲んで、ほろ酔い気分で、一気に書き上げようと考えた。


ところで、宿を出る際には、まだ更新しきれていなかったブログに関して
この宿に設置されているネットで、15分(1ドル)だけ利用して更新をしようとしたのだが、
ウィンドウズの設定などが全く調整できないような状態になっており、
USBの中のデータを読み込めずに、断念。

添付ファイルとして、USB内のデータを読み出すことは出来たので、
自分のホットメールに添付ファイルを付けて送って、
そのファイルを開くという方法も試してみたのだが、ファイル自体が開けず…だめだこりゃ。

まぁ、セキュリティの意味も考えているのだろうけど、
全くもって時代錯誤な設定になっている、この宿のパソコン。

こんなところが、YHAの宿のしょぼいところ。
だから嫌いなんだけどね、YHAって。

ルールばっかり気にして、中身の自由性がないというか、時代遅れなところが多々ある。



それはいいとして、外に出ると、とりあえずインターネットカフェを探した。

すると、駅前の通りに、ネットが1分10セントで使えるところがあったので、
そこに入ることに。

8分で更新作業を終えて、一安心。


その後は、外に出て、駅前のスーパー「coles」に行くことにした。





◆スーパーに行く途中にあった、壁。
 これを写真に撮ろうとしていたら、駐車場の車から出てきたおじさんが、
 「君は何で壁を撮ってるんだ?」と言われたのだが、僕は、
 「だって、この壁、まるで日本の国旗みたいなんだもん(笑)」と返答すると
 「あー、そうかそうか、なるほどね!」と、おじさんも納得。





◆フリーマントルの町の中心部。
 かわいらしい建築でまとまっている。



スーパーに到着すると、
明日以降の食材として、パン、玉ねぎ、水、レタス、パスタ、トマトソース、
それに、ビール(1本750mlの瓶、3本で10ドル)を購入!

お酒を自分で買うのは本当に久々だが、旅の終盤として、
自分へのご褒美(笑)


買い物を終えると、そのまま宿に帰ることに。

宿に帰ると、16時だったのだが、
今朝からパンとコーラしか飲み食いしていなかったこともあり
お腹が空いていたので、早めの夕食を作ってしまうことに。

キッチンは比較的広く、使いやすかったので、
快適に料理が出来た。


米が若干余っていたので、それを炊きつつ、
玉ねぎを茹でつつ…

さらにパスタを茹でつつも、
レタスを洗ってちぎったり、もうごちゃごちゃ状態。



ちなみに、この宿、毎週水曜日は宿泊者が置き残した食材を整理する日のようで
どっさりとフリーフード(宿泊者が置き残した食材で、誰でも使ってよい食材)が
出ていたのだった。

その量が半端じゃなく、フリーフードを全部もらったら、
それだけで1週間は生きていけそうな量。

でも、もう腐っているようなものもあるのだが、
僕は、それらの食材に目を通して、唯一、「にんにく×4個」をもらうことにした。

にんにくって、自分で買うと結構高いもんね(笑)



さて、ついでに、にんにくも玉ねぎと一緒に茹でてしまうことに。
でも、にんにくって、茹でるとどうなるの?

そんな謎の料理だが、
無事、完成すると、以外においしい。

玉ねぎ+にんにくを茹でたものをパスタにかけて、トマトソースをかけたのだが、
まぁ、味の組み合わせとしてはおかしいんだけど、意外といける。

にんにくって、茹でると臭みがおさまって、食べやすくなるもんだね。


そんな食事を終えつつも、
この宿には広い中庭的なスペース(室内だけど)があるのだが、
そこには卓球台が置いてあって、宿泊者がそれで遊んでいるのを
ボーっと、しばらく眺めていた。

ああいうの、「1人旅だと無いなー」ってね。

2人で(男女のカップルか夫婦として)旅していたら、
絶対、あの卓球台を使って対戦なんかして
盛り上がるんだろうけど…。

エアーズロックに引き続き、またここでも、
意外なタイミングに「孤独」を感じてしまった…。





◆今回泊まった、フリーマントルのYHAの建物内の風景。
 ガレージの中を利用したような、広い空間が。
 手前が食事を食べたりするためのテーブル、向かって左奥には卓球台が。
 20時以降になると、向かって左の壁に立てかけてあるスクリーンで映画の放映が始まる。
 これがまた大音量でうるさいんだけど…。



さて、そんな時間を過ごした後は、
続いて、シャワーを浴びてしまうことに。

…そんなことを全て終えると、
時間は18時30分になっていた。


ここから、当初の予定では、ビールを飲みながら
熱く、「語り日記」を書こうと思っていたわけだが、何だか疲れがどっと出てしまった。

とても、日記を書くパワーが出てこない。

そこで、ちょっと仮眠することにした。

18時45分頃から、20時45分までの2時間、寝ることに…。


アラームで目が覚めると、先程までの頭の重さや眠気は、やや取れていた。

で、起きてみると気付いたのだが、
何やら外(中庭スペース)が騒がしい。

何かと思ったら、そこにはプロジェクター用のスクリーンが設置されているのだが、
映画が放映されていたのだ。

それはいいんだけど、音が大きすぎて、
思いっきり部屋に大音量が聞こえてきて、かなりうるさい。

ああ…全然集中できないよ、これじゃあ…。


全く、なんでどこの安宿も、静かに落ち着ける空間というのは無いんだろう。
僕が宿を経営したら、絶対違う作りにするんだけどね…
まぁ、それは秘密として、ここには書かないけど(笑)


そんなわけで、やはり、こうした安宿では、
落ち着いて、ものを書くという環境が整わないものだと、改めて悟ったのだった。

ブログを書きながら、単発的なテーマに関して深く書くことは出来るが、
改めて、普遍的なテーマを題材に、腰を据えて書くというのには、無理がある環境だ。


…そんなわけで、僕は当初、
旅を終える前に書こうと思っていたこと、
日本に帰ったらきっとそれに慣れてしまい、書けなくなると思われることについて、
日本に帰ってから、落ち着いた環境の中で書くことに考えを変えたのだった。

でも、どうなるか分からない、日本に帰ったら、
この旅の最中の感覚を、すぐに忘れてしまう可能性もあるから…。


ひとまず、考えを変更したわけだが、
ビールを3本買ってしまっていることには変わりないので、それは飲まなければ。

そこで、ビールを1本開けて、自分のベットの上で飲みつつも、
今日の日記を書くことにした。

これが、書き始めてみると、長いのなんの(笑)


結局、無駄に長すぎる日記になったように思うが、
約2時間30分かけて、この今日の日記を書きあげたのだった。

いやー、疲れた…。


今、耳を澄ましてみると、ゴーゴーと強い突風が外で吹いている音が聞こえる。

明日の、ロットネスト島の自転車による周遊、大丈夫だろうか…。
晴れますように、そして、風が治まりますように…。


そして、23時40分に、日記を書き終えて、今日は寝ることにした。

旅もあと、残り2日間か…。

7月29日(火) パース滞在 <パース泊>

  1. 2008/07/30(水) 11:57:19 
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  3. コメント数:0
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今朝は、5時頃、目が覚めたのだが
まだ誰もおきておらず、さすがにパソコンを開くのが微妙な空気だったので、
仕方なく二度寝を。

それにしても、睡眠時間が5時間ほどで、
すっきり目が覚めてしまうというのは、いいことなのだろうか。

もしや、この1年で一つ歳を取ったせいか?(笑)


その後は、7時頃に目が覚めたので
それからパソコンを開いて、また日記を書き進めることに。

9時頃になって、やっとみんな起き始めたのだが、
そんなことはおかまいなしに、僕はもくもくと日記を書き続ける。

やはり、1日記で、どんなに急いでも1時間30分かかる。

ちなみに、日記を書く際は、
ほとんど手を止めることが無い。

頭で考えながら書いているのではなくて、
既に頭の中で考えきった内容を、文字に落とすだけといった感じだ。

これは、おそらく普段の生活をしつつも、
自然に頭の中で考え事をしているためだと思う。

それがいいのか悪いのかは分からないが、
とにかく、日記を書く時は、手が止まることはない。

そんな感じなので、1つの日記を書き終えると、
頭というよりも、手が疲れてしまう。

腕に乳酸菌が溜まっている感じが、良く分かる。
長時間運動した時の、ふくらはぎや、太ももに感じる疲労感と同じ感覚だ。



そんな感じだが、僕は朝食や昼食を作る時間も
もったいないので、そのまま部屋に引きこもり状態で
自分のベットの上で、ひたすら集中して日記を書いた。

そして、気付けば、15時になっていた。

そこで区切りが良かったので、
着替えて、外に出かけることにした。

今日は、パースの北西20kmほどのところから続く、
サンセットコーストと呼ばれる海岸線の中で
一番人気のある「スカボロービーチ」に行くことにしていたのだ。

行き方は、バスターミナル(宿の目の前)から
400番のバスに乗れば、そこがもう、
スカボロービーチという、簡単な方法。


外に出てみると、朝から降っていた雨は、一時的に止んでいるようで
空には晴れ間も見えたので、
この勢いで、そのままバスに乗って行ってしまうことにした。

400番のバスは、時刻表を見ると
15分起きぐらいで頻発しているようだ。

しかも、平日で夜23時頃までバスがあるので、問題なし。


さて、15時18分発のバスに乗ると、
料金はたったの3.5ドルということに驚いた。

先日の空港からと同じ値段だったが、20km圏内だと、
そのぐらいで行けてしまうようだ。これは助かる。


バスに乗ると、約40分ほどで、スカボロービーチへ到着。

ちょっとお腹が減ったので、
目の前のスーパー「Coles」に入って、何か買うことに。

すると、パン屋がテナントに入っていて
そこで、昨日売れ残ったパンが安売りされていたのだが、
レーズン入りの食パンが1.5ドルと安かったので、それにすることに。

ベンチに座って食パンを食べていたのだが、
さすがに喉が渇いてきついので、
スーパーでペプシコーラ(1.5リットル、1ドル)を買って飲むことに。

その後、すぐ目の前に広がるビーチに向かうことにした。


空は分厚い雲に覆われていて、
これでは、せっかくのサンセットコーストであっても、
夕日が見られないので、ちょっと残念だ。

そして、砂浜まで行ってみると、砂はとても綺麗。

水も青くて綺麗に感じる。
しかし、曇っているせいもあって、透明度が伝わってこないのが残念だ。





◆スカボロービーチの風景。
 曇っているのが良く分かる。うーん、夕日が見たかったなぁ…。





◆こちらは、上の写真とは反対側の砂浜の風景。



きっと天気が良い日に来て、綺麗な夕日を見たら
このビーチの素晴らしさが分かるのだろうか、今日はちょっと天候に無理があった。

しかも、すぐに強い雨が降り始めてしまい、
僕は傘をさして、急いでスーパーの建物内に戻ることにした。

これは、今日はこれ以上いても、どうしようも無さそうなので、
もうバスに乗って帰ることにした。

せっかくここまで来たのに、ビーチにいたのは、わずか10分程度…
それでも、悪天候の中ここまで来たのは、
やはり、海が好きだからだろう。

海に呼び寄せられるように、来てしまったとも言える…。


帰りも、400番のバスに乗って戻ることに。
こちらも夜は23時頃まで、15分おきぐらいに頻発しているので、問題なし。

帰りは道が混んでいて
約1時間ほどかかってしまった。


中心部のバスターミナルに帰ってきたのは、18時ちょうど。
その後は、安くておいしいと、これまたケアンズで出会ったSさんからの情報を頼りに
日本料理屋「TAKA」に行ってみることにした。

いまさら、日本料理を食べる必要性は無いのだが、
まぁ、これも一つのネタとして…。





◆日本料理屋「TAKA」の外観。
 思ったより爽やかな印象。日本料理屋で、青色を使うというのも、珍しい。





◆店内には、パネル式の大きなメニューが。
 写真も載っていて、料金も明確。分かり易い。



僕はというと、「照り焼き豆腐」というセットを、Sサイズ5ドルで注文。

照り焼き豆腐って何だ?と思ったのだが、
何てことはない、揚げ豆腐だった(笑)

まぁ、さっき食パンでお腹一杯になってしまった僕には
適度な量で、かつ味もまぁまぁ。

店内の雰囲気といい、味といい、
何だか、大学の学生食堂を思い出す感じ(笑)


食後は、歩いて宿に戻ることに。

そして、まずはシャワーを浴びてしまい、
また部屋にこもって、パソコンで日記を書くことにした。

もう、とにかく誰にも話しかけられないように、もくもくと日記を書くのみ。

誰かに話しかけられると、そこから長くなると、
日記を書く時間が無くなる。

本当に、時間との戦い。
「別に、日本に帰ってから書けばいいんじゃないの?」という人もいるかもしれないが、
リアルタイムで日記を書き進めた状態で旅を終えるのは、自分への約束でもある。

絶対にやりきってみせる。


そんなわけで、とにかく日記を書くこと、5時間…。

19時から0時まで、集中して書き進めると
ついに…日記がリアルタイムに追いついたのだった。

つまり、今は、7月29日、今日の日記を書き終わった瞬間ということだ。

やったで…頑張ったで…俺…。


旅の残りは3日間、さて、何をしようかな(笑)

もう0時ということもあり、
インターネットを使ってのブログへの更新作業は明日に回すことにした。


もう、右手は筋肉痛状態…
今日だけで、何文字をキーボードに打ったのだろうか…(笑)

そんなわけで、達成感いっぱいに、今日は寝ることにします…
ただ今、0時。

部屋の電気も消えて、周りの宿泊者は全員寝ている。

その中で、僕のキーボードを叩く音だけが部屋に鳴り響く…異様な空間(笑)


それでは、おやすみなさい…。

7月28日(月) パース滞在 <パース泊>

  1. 2008/07/30(水) 11:57:02 
  2. カテゴリー:オーストラリア Australia  
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睡眠時間は9時間ほどと、ちょっと寝すぎ。反省…。


そして、8時30分に一旦作業をやめて、
部屋に荷物を置いてから、外に出ることに。


何をするかというと、これまたケアンズで出会ったSさんからの情報で
マレーストリート沿いにある「ブルートラブル」という
日本人スタッフが常駐している代理店は、親切に何でも教えてくれて
かつ、そこでインターネットも短時間であれば無料で使えるという話を聞いたためだ。

もし可能であれば、今日新しく探す宿の予約電話なども入れてもらえるなら
自分で公衆電話からかけずに済むし楽なので、行ってみることに。

YHAからごく近い場所にあったのだが、
まだ9時のオープン5分前だったので、ちょっと暇つぶしに
マクドナルドに行って、ソフトクリームを買ってしまった(笑)

そして9時過ぎに再び行ってみると、お店は開いていた。

早速、フロントデスクにいた男性スタッフの人に聞いてみると、
安宿の予約代行はやっていないようだが、僕が調べておいた宿以外にも
近くの宿を紹介してくれたので、そこも見てみることにした。

また、ロットネス島へ向かうフェリーチケットと
ロットネス島で借りるレンタル自転車のパッケージが、
船会社直接ではなく、この代理店を通して現金で購入すると10%オフという
お得な情報も教えてもらった。それは大きい。

また、パースの観光に関しても、
キングスパークへは、37番のバスに乗ればいけることや、
その路線バスも、パース中心部だと無料で乗れるゾーンというものがあるらしく、
キングスパークはその範囲内なので、そのバスを使うのがお得らしい。

また、サンセットコースの行き方に関しても、教えてもらった。

いやぁ、いろいろ助かるわ、やっぱり。
情報だね、全ては…。


いろいろ聞いた後は、インターネットを使わせてもらうことに。
USBやCDは使えないので、ブログの更新作業は出来ないのだが、
それでも、無料で使えるのはありがたい。

ちなみに、基本は1人15分だが、
午前中など、空いている時間帯で、後ろに誰も詰まっていなければ
もっと長い時間使っても良いという話をもらった。

しかも、何回でも訪れて使って良いとのこと。これはありがたい。

「ブルートラベル」、良いお店だ。


さて、10時前にYHAに戻って、チェックアウトを済ませると、
そのままカウンターで、次に向かうフリーマントルの町のYHAの予約を取ることにした。

パースは3泊で終えて、最後に2泊、
パースから南西20kmほどの位置にある、
フリーマントルという町で過ごすことにしたのだ。

ところで、フリーマントルのYHAは、
同じ8ベット部屋でも、1泊24ドルと、
パースのYHAよりも4ドル安い。


無事、予約を完了させると、YHAを出て、
先程の代理店で教わった、
「GLOBE BACKPACKERS」という宿に行ってみることに。

ここは、YHAと同じ通り沿いで、
パース駅の西側のバスターミナルの真向かい辺りにある宿。

無料バス(イエローキャット)に乗って、ちょっとだけ楽をして、その宿へ到着。

そして、中に入って値段を聞いてみると、
一番安いのは、10ベットで、1泊23ドルとのこと。

YHAより5ドル安いから、その分お得だ。


受付も、まぁまぁ清潔に保たれているので、
ここで決めてしまって良いかと思い、2泊することに決めて
クレジットカードで支払いをしてしまうことに。

その後、2階のドミトリー部屋「12号室」に案内されたのだが、
これがひどかった…YHAを超えるひどさ。

部屋が汚いのはまだしも、臭うのが痛い。

何か、男子校の学生寮みたいな感じ。
(男子校に通ったことないから、ただのイメージだけど)

あるいは、部活のロッカールームみたいな。

しかも部屋の中が暑い。


これまた、とんでもないところに来てしまったものだと、
自分の決断を悔やみつつ…

今更ながら気付いたのは、
パースのバックパッカー(安宿)は、
値段の割りに質が非常に低いということ。

世界中の安宿を回った感覚からすると、
適正価格は、昨夜泊まったYHAで、12〜15ドル。
今日の宿は、7〜10ドルぐらいなものだろう。

それぐらい、質と値段が噛み合わないのが、パースの安宿だ。

キッチンなどはまだしも、何より、この部屋の汚さは一体何なんだろうか。

おそらく、宿泊者の質もあるが、
宿側の部屋の管理状態が悪いのだと思う。

だから、誰か宿泊者が汚してしまうと、
そのまま割れ窓理論のように
どんどんと部屋が汚れてしまうのだろう。


…そんな、死にそうなほど居心地の悪い部屋は2分ほどで出ることにして、
宿の中を歩いてみることにした。

すると、パソコンを使って作業できると言えば、
キッチンの部屋しかないことが判明。

しかも、電源が一つしかなく、変な位置にしかない。
こりゃひどい。

でも、仕方ないので、そこを拠点にパソコンを開いて
日記を書き進めることにした。

ここのところ、ひたすら日記しか書いていないように思うが、
それはというと、僕がこの旅を終える時に、
日記もリアルタイムで書き終えたい、という考えがあるためだ。

だから、この最後の数日間、
目標としては、最後3日間を残して、リアルタイムに追いつきたいと思っている。

だから、今日と明日は、引きこもり状態で日記を書くことにしている。
パースも特に見所が無いし、
今更、忙しく動き回りたくもないので、
僕にとっては、ちょうど良い。


さて、キッチンで日記を書くことにしたのは良いが、
何だか部屋の中に熱気が充満して、蒸し暑い。

僕はすぐに、窓を全開にして、かつ、ドアにも紙を挟んで開いたまま固定して
外の空気を取り込むことに。

全く、この宿に泊まっている人の感覚はどうかしてるぞ…。


そして、日記を書くこと、3時間ほど。
13時過ぎになって、ちょっとお腹も空いたので、
米を炊いて、それに野菜を切って食べることに。

米には、ツナ缶をかけて、ぶっかけ飯にした。


食後、食器を洗おうとシンクに向かって歩くと…
「ブシューーーッ!!」と、水が僕に降りかかったのだが、
何かと思ったら、中国人の女の子が
テーブルで炭酸飲料を開けたら
その炭酸の威力がすごくて、周りに飛び散ったのだった。

まぁ、僕はアディダスジャージ上下なので、
別に水が降りかかろうが全く問題無いのだが、この中国人の子は
だいぶ慌てて、僕にもすごい勢いで謝って来た(笑)

そんなハプニングがありつつも、
その後、引き続き日記を書くこと、16時まで…。

それからは、外に出かけることに。





◆日中は、時おり、雨が降っていたのだが、
 外に出てみると…ちょうど晴れていた。
 パースの町は、このように、古い建物とビルがごちゃ混ぜになっている。
 


まずは、ネットでメールチェックだけしたかったので、
今朝行った「ブルートラベル」に立ち寄って、15分間だけネットを。

さすがに、午後からはワーキングホリデー中の学校帰りの人達が多く、
大混雑状態。

日本語が飛び交っていて、まるで日本にいるような状態。
でも、海外に慣れない人からしたら、
こういう駆け込み寺的な存在は心強いだろう。


その後は、ジョージストリートまで歩いて
37番のバス停を探して、そこからバスに乗ることに。

今日は、キングスパークに行って、夜景を眺めることにした。
ちょうど日が落ちる前に到着し、日が落ちる前と、日没後の夜景の
両方を見ようと考えた。

僕は、いつも眺望ポイントに行く時は、
この時間帯を選ぶようにしている。


バス停に到着したのは、17時だったのだが、
時刻表を見ると、次のバスは17時27分…あらら…。

そして、バスをひたすら待っていたのだが、
やっと来たと思ったら、
時間は17時40分…渋滞がひどく、時刻表は全く意味を持たないようだ。


バスに乗ると、約10分ほどで、キングスパークへ到着。





◆キングスパークは、綺麗な公園。
 昼間来ても、天気が良ければ気持ちよく散歩出来そうだ。





◆キングスパークの端から、パースの町並みの全景が見られる。
 そこには、記念碑のようなものも建っている。



僕は歩いてすぐ近くの、記念碑前の展望ポイントに行って、
日没前の町を撮ることに。





◆パースの中心部の風景。
 パースの人口は約150万人ということからも、
 かなりの大都市であることが分かる。
 イメージは、綺麗な歴史的建築物が多い小さな町だったのだが、
 実際は、そのイメージの正反対を行く、大都市だった…。



撮影していると、急に雨が降り出してきたので、
急いで記念碑の下のわずかなスペースに身を隠して、雨宿りを。

昨日もそうだが、雨が降ったり止んだり、
とにかく天気が悪い。

雨宿りしていると、だんだんと空が暗くなり、
6時15分頃には、ほぼ真っ暗になった。

そして、6時30分頃になると、
ちょうど雲の切れ間になり、雨が止んで、視界も良くなったので、
急いで写真を撮ることに…。

久々に綺麗な夜景を撮ることが出来た。
自称・夜景マニアとしては、満足(笑)





◆これがパースの夜景。
 湾が曲線を描いているのも美しい。
 (これ、実際はスワンリバーという川なんだけど、見た目は湾のような大きさ)





◆先程の風景の一部を、アップして撮影。
 それだけでも、全く写真の躍動感が変わってくる。
 こちらは、生きた大都市を見るかのような風景だ。



こうして、写真を撮っては雨宿り…そんな繰り返しだったが、
何とか無事、写真を撮れたので良かった。

それにしても、こんな夜の暗い中、雨も降っているのに
ジョギングをしている人が多数いたのだが、
何でこんな悪条件で走っているのだろうか、不思議だ。 


そして、37番の、町の中心部へ向かう最終バスは、
18時43分ということで、そろそろバス停に向かおうとしたのだが、
その頃、激しい雨が降り始めたのだった。

とはいえ、傘を持っていなかった僕は
仕方なくダッシュでバス停まで行くことに。

それでも、すぐにズブ濡れ状態に、最悪や…。

そして、バス停に到着すると、
バスが停まっていたので、急いでそれに乗ることに。

ふぅ…夜景を撮るのも、楽じゃないね。


10分ほどで中心部に戻ると、途中下車して歩いて宿に帰ることに。


そして、宿に戻ると、とりあえずシャワーを浴びるために、
荷物を取りに部屋に戻ったのだが…ここで、ハプニング発生。


僕のベットは、部屋に入って手前の2段ベットの上の段だったのだが、
そこには、2人の男性が勝手に座っていて
トランプをしていたのだ。

さすがに、人のベットの上に勝手に座りこむ奴は、
初めてだったのだが、
「降りろよ、これは俺のベットだ。」と、怒りを込めながらも
口調は穏やかに抑えて彼らに言うと、すぐにベットから降りたのだが、
それでも、床に座り込んで、トランプを続けている…何なんだ、こいつら…。


しかも、僕がベットの上に置いていた書類が
無くなっていて、どこにあるのかと探してみたら、
勝手にロッカーの上にどけてあったではないか。

こいつら…本当に頭がおかしいんじゃないか?


で、どこの国の奴なのかと思って見てみたのだが、
肌の色、顔の印象からしても、間違いなく「インド人」

やっぱりこいつらか…。


僕は、インドは二度と行きたくないほどムカついたし、
世界最高にクレイジーな国だと思っているのだが、
やっぱり、僕にとって、生涯における天敵のようだ。

しかも、ベットの下に降りた後も、床に座って悪びれることなく
無表情でトランプを続ける辺りが、またムカつく。

こんなこと言うのは嫌だが
僕は生理的に受け付けられない、インド人は…。


このハプニングに切れて、
僕は受付に行って、明日の予約をキャンセルすることにした。

こんな宿にいたら、こちらがおかしくなりそうだ。

そして、受付に行くと、スタッフは事情を理解してくれたのだが、
彼から提案を受けたのは、同じ10ベットで、
他の部屋に空きがあるようなので、そちらに移らないかということだ。

うーん…と考えつつも、とりあえず部屋を確認させてもらうことに。

部屋は、26号室だったのだが、
そこに入ってみると…まぁ、汚れた感じは、あまり大差ないのだが、
12号室に比べると、臭いは無い。

また、使えるベットは、2段ベットの下の段で便利そうだ。

部屋も、12号室に比べるとやや広い。

まぁ、ここなら何とかなりそうだ…。





◆これが26号室の風景。
 中央の2段ベットの下が、僕が使えるベットだ。
 床に落ちている雑誌はすぐにゴミ箱に捨てて、
 他に落ちている衣類などは、さっさと投げて、どかした。
 ちゃんとせぇよ、自分の荷物ぐらい…
 どうなってんだよ、宿泊者の奴らの感覚は…。



その後、荷物を12号室から動かすことにしたのだが、
同じ部屋にいた日本人の人からは、
「部屋を移ることにしたの…?そうか…また後で話したいから
 キッチンで会えたらいいね。」と言われたのだった。

この彼、今朝のチェックイン時に少し話したのだが、
ワーキングホリデー中らしい。

しかし、一味違ったのは、
彼から言われたのが、
「僕は日本語を使って話したくない…
 日本人同士であっても、英語で話したい。」ということ。


おお、ワーキングホリデー中の日本人にも、
こんな気概をもった若者がいるなんて、素晴らしい!

こういう彼のような人は、きっと伸びていくと思う。

まだこれから8ヶ月、オーストラリアに滞在するようだから
まだ序盤なのだろうけど、話してみると英語力はこれから。

それでも、頑張って言葉を考えて話すその姿は、カッコよかった。
頑張れ、若者よ!


さてさて、そんなわけで、とりあえず部屋を移動して事無きを得た僕は
シャワーを浴びることに…。

そして、部屋に戻った後は、パソコンを開いて日記を…。

というのも、部屋に1つだけ電源が見つかり、
何とか自分のベットにもコンセントが届く位置だったので、
これはラッキーということで、
自分のベットで、落ち着いて日記が書ける環境が整ったのだ。


21時まで日記を書くと、先程の日本人の彼が
もしかしたら待っているのではないかと思い、
一応、キッチンを覗いてみたのだが、いなかった。

それよりも、キッチンにはうるさいロックの音楽が流れていて、
酒を飲んでいる集団もいれば、キッチンも混雑していて、とにかく騒々しい。

もうこんな場所にはいられない、といった感じ。
一瞬でキッチンを後にして、部屋に戻ることに。

どうしようもないね、この宿は。


部屋に戻って日記を書き続けること、3時間…。

0時頃まで頑張っていると、他の宿泊者が部屋に戻ってきて
ほとんどの人が寝始めたので、僕もそれに合わせて、今日は寝ることに。

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