6月16日(月) バルパライソ、ビーニャ・デル・マール観光→サンティアゴ <空港泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:48:00 
  2. カテゴリー:チリ Chile 
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今日も睡眠時間は9時間程度、寝すぎ、そして健康的すぎ。

8時頃起きて、ひとまず、チェックアウトの時間を
宿のオーナーに確認。

すると、「チェックアウトの時間はありません。」という一言が…。

一応、昼前にはシーツを出してくれと言われたのだが
後は、何時まででも好きに過ごしていいらしい。

素晴らしい。


そんな話を聞きつつも、冷蔵庫に余ってしまっているレタスの残りを
さくっと食べてしまうことにした。

そして、部屋に戻ってしばらく日記を…。

23時30分頃になり、作業を終えて、
荷物の整理を始めた。

今日は何だか曇り空。

一昨日から干しておいた洗濯は、無事、乾いていたのだが、
昨夜から干したものは、全然乾いておらず乾く気配もない。


12時30分頃に、荷物整理が完了したので、
荷物を宿において、今日の町歩きをスタートすることにした。

もちろん、最初は宿から近い場所の
いつものインターネットカフェで30分だけメールチェックを。


今日は、ビーニャの町のビーチを歩いてみよう…と思ったのだが、
何となく、ただ何となくの思いつきで、
「やっぱり、バルパライソに行こう。」と、予定を変更することにした。

というわけで、近くの店で昼食がてら買ったフランスパンをかじりながら、
クルッと方向を反転して、宿の最寄のRECREO駅から
メトロでバルパライソの町に向かうことにした。


そして、先日も降り立ったPUERTO駅で下車し、
歩き始めたのだが、さすがに月曜(平日)ということもあって、
昨日に比べたら、人が多い。

これだけ人がいれば、突然襲われることも無いだろう。






◆バルパライソの町は、
 大衆色溢れる港町。
 ビーニャとは位置も近いが、似て非なる町。



この町には、小さなケーブルカーがたくさん丘の上まで走っているのだが、
そのどれかに乗ろうと思いつつ、町を歩いたのだが、全然見つからない。

乗り場が分かりづらくて、どこに行けば乗れるのか不明。

結局、20分ほど歩いた後、
一番無難な方法として、唯一場所を知っている
プエルト市場の奥にあるケーブルカーに乗ることにした。

とはいえ、そこまで15分ほど歩く必要があったので、
これだけで結構疲れてしまった。






◆バルパライソは湾を取り囲むように、丘になっている。
 だから、写真右手に見えるケーブルカーがたくさん設置されていて
 住民の足となっている。



さて、ケーブルカーの乗り場まで着くと、
ゴンドラが待機していたので、早速乗り込むことに(1回、250ペソ)
 
ゴトゴトと揺られながら、1分ほどで丘の上へ到着。






◆この小さなゴンドラみたいなものが、
 丘の上へと住民を運ぶ足となっている。
 それはいいんだけど、
 あまりにも簡素な木箱みたいなもので、
 今にも壊れそうで乗ってて恐かった…。



丘の上からは、町全体が見渡せ、良い眺望だった。
結局、この場所からが一番、全景が見られると感じたので、
良い選択だった。






◆丘の上から、バルパライソの町を展望した風景。



これが世界遺産の町並みか…と思いつつも、
確かに、ブエノスアイレスのカミニートと思わせるようなカラフルな建物があるが、
細部を見ると、ボロボロの建物ばかりで、
雑然とした感じの風景を見て、
「これで世界遺産になってしまうんだったら、何でもありだな…」とも思ってしまった。

世界遺産、ちょっと乱発気味なんじゃないかという気もする。



景色を眺めた後は、ケーブルカーの脇を通って
歩いて下まで行くことにした。






◆道を歩いていると、こんなユニークな壁絵にも出くわす。
 遊び心があって良いね。
 日本じゃ、こういうのって、まずお目にかかれない。






◆バルパライソの風景は、世界遺産にも登録されているが、
 近づいてみると、こういう貧民街の集まり。
 建物がカラフルなので、一見綺麗に見えるが、
 これが現実の姿。今にも崩れそうな、
 トタンを張り合わせただけの建物も見かけられる。



5分ほどで、丘の下まで辿りついたのだが、
何というか、途中から眺めた町並みは、
地元の人達の現実を表しているようで、重いものがあった。

この見学を終えた後は、PURETO駅に戻って、メトロに乗り込んで
一気にビーニャの町の中心、VINA駅まで行ってしまうことにした。

一回の乗車で400ペソなので、長い距離乗ったほうが特だし(笑)


20分ほどで駅に到着すると、そこから歩いて、
先日は閉まっていた両替所に立ち寄り、イースター島の滞在用も含めて
150ドルを両替。

両替レートは1ドル→491ペソと、先日より1ペソ悪くなっていた。


両替後は、そのまま通りを西側に歩いていって、
ビーチまで行ってみることにした。






◆ビーニャの町は、簡単に言ってしまえば、リゾート。
 高所所得者の集まり。



10分ほどで、ビーチ沿いに到着。
そこには、高級ホテル兼カジノの建物も建っていた。

海岸沿いを歩き始めると、
2人組みの現地のおばちゃんが「今、何時か分かる?」と言って来たので
時間を教えてあげたのだが、何かと思ったら、ただの物乞いだった。

その話題をきっかけに、ブワーっとスペイン語で話しかけて来たのだが、
「赤ちゃんがいるからミルクを買わなければいけない」だの何だのと言って、
お金をくれという。

うっとうしいので、「スペイン語は分からん!」とだけ言い放って
無視して立ち去ることに。


てか、いい歳して、2人組みで、こんなところで物乞いしてる場合か、全く…。
僕が通り過ぎる前までは、ボケーっとベンチに座っておしゃべりしていた姿を、僕は見ているんだぞ…。

お金が無いんだったら、まっとうに働く努力をしてほしい。

観光客からお金をもらう、
その姿勢を恥ずかしいと感じないのだろうか。

現地に住んでいるなら、まず、現地で地に足付けて、
生活できるだけの基盤ぐらい、作ってくれ。

どんな事情か分からないが、
もし赤ちゃんを育てる余力が無いまま赤ちゃんを産んだとしたら、
それはそれで、あなた達の判断自体に問題があったのではないかと、僕は言いたい。


こんな調子で…僕はことのほか、物乞いの人には厳しい。
この旅でも、一度も物乞いにお金をあげたことはない。

なぜなら、その物乞いが、どんな理由でそういう状況にあるのか、判断出来ないからだ。

中には、プロの物乞いというのもいるらしく、
本当は生活出来ていけるのに、自分を肥やすために、
あえて物乞いを演じている人もいるのだ。


インドのように、身分の差別もある国で、
また、手足が無いような老人達が道端でドロドロになりながら物乞いをしているのであれば、
それは僕は真実だと思うし、その人達が生きていくのは、本当に大変だと思う。

しかし、、このチリのビーニャの町で物乞いをするなんて、はなはだおかしな話だ。

もっと世界を見渡して欲しい。

世界中には、もっともっと過酷な環境で、生活すら間々ならず、
死を迎えている人達だって、無数に存在するのだから…。


この、物乞いのおばさん達との遭遇で、そんなことを感じたわけだが、
とりあえず、海岸線をしばらく眺めてみることに…。






◆ビーニャの町の海岸線。
 天気が悪かったこともあるが、都市部にあるリゾート地という雰囲気で、
 人口的なものを感じる、あまり綺麗とは思えない海岸線だった。



この先の海岸線を歩こうとも思ったが、天気も歩く、
水の色も褪せた感じなので、宿まで歩いて帰ることにした。

途中、川が海に流れ込む場所があり、
そこには小さな鳥達がたくさん止まっていたので、ついそこに降り立って、
しばらく鳥達のかわいらしいしぐさを眺めてしまった。






◆川と海がぶつかる場所で、
 こんな入江のような場所が。
 そこには無数の鳥が集まっていた。






◆近づいていってみると…
 鳥が一斉に飛び立っていった。
 その瞬間の風景。






◆鳥は、波が押し寄せると逃げるようにして
 行ったり来たりウロウロ忙しいの何の(笑)
 見ていると、その仕草が何ともかわいらしい。



やっぱり、鳥もそうだし、動物はいいね。
理屈なしに、かわいらしいし、そこに理屈が存在しないからこそ、
無心で楽しめるし、入り込める。

結局、心で感じられるものが、一番惹かれるんだね。
頭で捉えるものには、限界がある。

そこには、その人それぞれのフィルターがかかってしまうから…。



歩いて宿まで帰る途中には、先日も立ち寄ったサンドイッチ屋の、
今度は隣のサンドイッチ屋で、夕食を食べることに。

値段は同じ1000ペソだったが、こちらは2個も食べられて
ジュース付き。

隣とは大違い、先日もこっちで食べておけば良かった(笑)


食後は、コレクティーボが走るいつもの道を歩いていって、
宿に戻ったのだった。

時間は17時30分頃だったのだが、
出発までしばらくあるので、リビングルームでパソコンを開いて
カメラのバッテリーの充電をしつつ、時間を潰すことに。


そして、18時45分になり、荷物を持って宿を出ることにした。

たった3日間だったが、
いろいろ話してアドバイスをもらった日本人男性の方にも感謝を。

また、昨日イースター島についていろいろ聞いた女性の方は、
今夜の夜行バスで、チリのプエルトモンまで向かうということだったので、
一緒にバスターミナルへ向かうことにした。


「また来て下さいねー。」といって、宿のオーナーに見送られつつ宿を出ると、
歩いて坂を下ったところから、コレクティーボに乗ってセントロへ(1人、450ペソ)

バックを背負ったまま飛び乗った感じなので、結構きつきつ。


10分ほどで、「PLAZA J.F VERGARA」に到着したのでそこで降りて、
スーパー「Santa Isabel」に立ち寄って、イースター島用の食材を一気に買い込むことに。

背負っていたバック類は、カウンターで預かってもらえるので、
買い物中は持たなくても良いから大丈夫。


一緒に来た女性の人も、買い物に付き合ってくれるという話しになり、
イースター島に向けて何を買ったらいいのか、アドバイスをもらいながら買い物を。

当初は、いつもの、パスタだけでいいやと思っていたのだが、
この人についていくと、いろいろと自分には無い視点というか、
まぁ、これが普通なんだろうけど、
野菜や肉、香辛料、米、そしてワインも…
駆け足だったが、調理に関してもアドバイスをもらいつつ、
当初よりも大幅に内容が多彩な買い物になったのだった。

でも、これも旅の楽しみの一つ。
自分1人で行動していると、その枠を出ないけれど、
他の人と行動することで、また新しい発見が出来る。


結局、30分ほど買い物に付き合ってもらう形となり、
申し訳なかった…。






◆レジに行く前の買い物かごの様子。
 いやー、買ってしまった、大量に。
 


今回買ったのは、以下の通り。
(個数の記載が無いものは全て1つずつ)


米(1kg)×2個パスタ(1kg)
パスタ用のオイル(葡萄)
にんにく×2個
玉ねぎ(2kg)
ジャガイモ(3kg)
キャベツ
ひき肉(160g)×4個
ソーセージ(20本入り)
トマトピューレ(450g)
セイロンティーの葉っぱ(250g)
スープの素×4袋
ツナの缶詰

胡椒(3種類)
クラッカー(おつまみ用として)×2個
クリームチーズ(227g)
赤ワイン(紙パック入り・2リットル)
白ワイン(紙パック入り・2リットル)


…しめて、21030ペソ(約43ドル)なり!

6日間の滞在だから、1日辺り、約7ドル。
これって、自炊にしてはかなり高額。

まぁ、このうち、ワインだけで8ドルかかっているわけだけど、
それでも、かなり買ったなぁ…。


どうでもいい話だが、
お金の支払い時、21050ペソを出して、おつり20ペソをもらおうとしたら、
「30ペソの細かい硬貨は無いの?」と、レジのおばさんに言われたのは腹が立った。


買い物後は、品物に詰めるのも大変。
4つのビニール袋に詰め込んで、それらを持ってバスターミナルへ行くことに。

それにしても、重い…。

この重さは、北欧を旅していた際の地獄を思い出すほどだが、
とにかく重過ぎて、途中で休憩しないと歩いていられない。


何とかバスターミナルに付くと、サンティアゴ行きのバスはすぐに出るということで、
急いでバスに向かって乗り込んだ。

そして20時5分に、バスは出発。


ふえー、それにしてもこの荷物は大変。
座席は空いていたので、席に買い物袋を置いて、しばし休憩を…。

バスは1時間45分ほどで、サンティアゴのバスターミナルへ到着。

ここは、先日も降り立った場所だったので、一安心。
空港までの路線バスの乗り場は、1か2番から出ると聞いたので
そこで待つこと10分。

バスが来たので乗車(1300ペソ)


20分ほどで空港に到着したので、
中に入って、ベンチを探すことにした。

それにしても、話しには聞いていたが、サンティアゴの空港、本当に何も無い。
カフェが1軒あるだけぐらい。

これで時間を潰すのは、かなり困難。

でも、僕はもう眠かったので、別にベンチがあれば何でも良い。
ちなみに、電源を確保できる場所は見当たらなかった。


ベンチを発見すると、先程買った物の整理を。
LAN航空のイースター島行きは、
手荷物が8kg、預け荷物は40kgが制限らしいので、
出来るだけ、預ける大きなバックパックに、重い物を詰め込むことにした。

荷物の整理後は、
ベンチに荷物をチェーンロックで固定して、寝る体制を確保。


時間は23時頃だったが、とりあえず寝ることにした。






◆今日の寝床。
 空港のベンチを利用して…。
 柔らかいものが入ったビニール袋を枕代わりに、
 足を伸ばして横になって寝る。
 このストイックな環境がたまらない。

6月15日(日) バルパライソ観光 <ビーニャ・デル・マール泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:44:06 
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今朝も、8時頃起きたのだが、やはり寒い。

もっと日が昇って気温が上がった頃でないと、行動する気が起きない…。

というわけで、パソコンを開いて、
ブログをアップするための写真データを整理して、
USBメモリに保存するなどを作業を。

日記もついでに書いておいた。

その間、カメラのバッテリーの充電もしておいたのだが、
それらを終えると、11時に。


遅めのスタートだが、今日の町歩きをスタート。

外に出て、坂を下ったところで…一つ忘れていたことに気付く。

宿に置いてあるガイドブックで、
この町(ビーニャ・デル・マル)と、隣の町(バルパライソ)のページを
デジカメで撮影して、ガイドブック代わりに町歩きをしようと思っていたのだが、
その撮影を忘れていたのだ。

うーん、一度戻るのは面倒…と思いつつ、仕方ないので戻ることに。

写真撮影を終えて、再び出発。


ちなみに、町歩き前に、
1時間、ネットカフェに立ち寄ることにした。
ブログのアップも、コツコツ進めなければいけないので…。


そして、今日は、隣町のバルパライソに行くことにした。
この町は、その町並みの景観が特徴的で、
2003年に、ユネスコの世界遺産にも登録されたらしい。

バルパライソまでは、10kmも満たない距離なのだが、
バスとメトロの2つの移動手段がある。

しかし、分かりづらいバスはストレスが溜まるので、僕は嫌いだ。
極力、ストレスの溜まらない分かりやすい交通手段を、ということで
宿から徒歩3分ほどにある、メトロのRECREO駅から乗ることに。

チケット売り場で値段を聞くと、「1500ペソ(約300円)」と言われた。

ん?それは高すぎないか??と思い、聞き直してみると、
何やら白いカードを見せてきて、
「これを持っているか?」と言われたのだが、
「そんなん持ってないぞ。」と答えると、
「じゃあ、やっぱり1500ペソだ。」と言われたのだった。

良く分からないけど…しょうがねぇ、じゃあ1500ペソ払うよ…ということで、購入。

すると、この白いカードは、
日本で言うところのSUICA(関西だとICOCAだっけ?)みたいなもので、
乗車にはそれが必須となっているらしい。

このカード代が1000ペソで、乗車賃が500ペソということだったのだが、
このカード、問題は、返却が出来ないこと。

つまり、旅行者にはお荷物になるのだ…。悲しい…。






◆宿から徒歩3分のメトロの駅「RECREO」から見た風景。
 海岸沿いに、メトロの線路と道路が這うように走っている。



駅のホームで待っていると、数分して、列車がやってきた。
列車は綺麗で快適。

とはいえ、乗車時間は10分程度だから、
景色を眺めていると、あっという間にバルパライソのPUERTO駅まで到着した。


駅を降りると、右手に歩いていって、
プエルト市場を目指すことにした。

ここは、安い値段でシーフードが食べられる大衆食堂が入っているらしい。






◆メトロ「PUERTO」駅前には、
 こんな綺麗な建物も見かけられたりするのだが…
 どうも治安がよろしくない雰囲気。



道を歩いていると、いきなり陽気に客引きのおばさんが声をかけてきて
びっくりしたのだが、何かと思ったら、
これから行く市場の中に店を出している食堂の客引きらしい。

とりあえず店の名前だけ覚えつつ、
「たぶん行くわ!」とだけ言い残して、立ち去ることに。


そして、歩いて5分ほどで、プエルト市場へ到着。
とはいえ、どうもこの界隈は薄汚い感じで、治安は良くない雰囲気。

歩いている人の層も悪い。
服装と風貌、行動を見ていると、一瞬でそれらが分かる。

市場といっても、3階建て?の建物で、
今は市場として機能はしていないように思える。

2階部分には、食堂がいくつか入っているが、
それ以外の階は、全く使われていないような雰囲気。






◆市場は、こんな感じで2階部分に食堂がたくさんある。
 雑然としていて、治安が悪い雰囲気満載。



市場の内外では、とにかく食堂への客引きが多くて
僕は一目で観光客とばれるから、近寄って来てうっとうしい。

完全に、観光客用の施設になりつつある場所のようで、残念。


中に入ると、英語を話す客引きが寄ってきたので、
「分かった、分かったから、市場を普通に歩いて回らせてくれ!」と言って、
落ち着かせることに。

本当に、頭がおかしいんじゃないかと思うぐらい、
客引きはしつこい。

彼らにとっては、観光客の心情など何でも良いわけで、
とにかく自分の店に客をかきいれれば良い。

こういう、度が過ぎた客引き行為というのは、
その施設、または周辺の質を落とすものだと、肌で感じた。

そういった行為を禁止すれば、
この市場の雰囲気ももっと良くなると思うのだが…。


一応、この先、バルパライソに行く人がいるとしたら、その人達へのメッセージとして…。 

うっとうしい客引きが嫌いな人は(みんなそうだけど)
このプエルト市場には、行かないほうがいい。

ここでシーフードを食べる必然性もないし。


さて、一通り、2階を歩いたところで、
どこかの食堂で食べることに…と思ったけれど、
まともそうなのは、さっき英語で話しかけてきた客引きの店でもあったので、
相変わらずギャアギャアと英語でうるさいが、
とりあえず、そいつの店へ入ってあげることにした。






◆市場の中にある食堂。
 何か、場末の雰囲気満載。



2500ペソ(約500円)で、3種類の品と、
それに加えてワインが飲めると言われたので、
「んじゃ、それで。」と、注文を。

しばらくすると、最初は貝が入ったスープが出てきた。
味は、ボチボチ。

パンも出てきたので、食べまくっておいた。

その後は、魚のフライとライス、
それにサラダなどが順番に出てきたのだった。

ワインは赤(シーフードなのに何で?)
味は普通だったけど、なぜかグラスは、日本茶を飲む時に使うような陶器。
全然、ワインにふさわしくない。

だめだなぁ、こういうちょっとしたところで工夫というか、こだわりを持たないと…。



とりあえず、「シーフードを食べた」ということにはなったが、
このプエルト市場は、かなり微妙だった。

まぁ、ネタみたいなものか。


ところで、先程から何度も登場している、英語を話す客引きの彼だが
話している最中に何度もしつこく言われたのは、
「この辺りは治安が悪くて危険だから、
 カメラを持って歩くのは止めたほうがいい。」ということ。

あまりに何度も言うので、ほんとかよ…と思ってしまったのだが、
確かに、このプエルト市場の中でさえ、雰囲気は良くないのだが、
その外も、やはり人の質が悪く、危険なオーラに満ち溢れている。

彼の言うことも、あながち嘘じゃないらしい。


市場を出た後は、どうしようかと思ったのだが、
当初は、バルパライソの町を展望できる丘の上に行こうと思っていたのだが、
丘の上を見渡しても、とにかく人の気配が無い。

丘の下の町中を歩いていても、人がほとんどいない。

これは、今日が日曜日ということもあったのだが、
この危険オーラは、直感でやばいと感じた。


というわけで、丘の上に行くのは止めることにした。
こんなところで死にたくない。

そのまま、湾岸沿いをしばらく歩いてみることにした。

人が少ないので、一番、湾に近い、車が多い通りを歩くことに。

すると、交差点で信号待ちしていたら、
中学生ぐらいの年齢の女の子8人組が、いきなりスペイン語で話しかけて来た。

「スペイン語は分からん。」と言って突っぱねたのだが、
様子がおかしい。話しかけてくる理由が見つからない。


そして、交差点を渡って、1分ほどしてから、後ろを振り返ってみると、やはり。
この8人組みが、僕の後を歩いてついてきているではないか。

新手の強盗なのか何なのか分からないが、
うっとうしいので、思い切り睨んでやったら、
クルっと反転して、逃げ去っていったのだった。

一体何なんだ、この町は…。


その後、5分ほど歩いた後は、見通しの良い広い通りがあったので、
警戒しつつ、その通りに入ってみることに。






◆バルパライソの中心部を走る通り。
 雰囲気は良いが、日曜ということもあり、とにかく人通りが少ない。



この通りも、ホームレスの人がベンチで寝ていたりと、
雰囲気は良く無いのだが…。

さらに歩いて5分ほどすると、もう1本奥に、
人通りが多い場所を発見したので、そこに行ってみることに。

ここは「PEDRO MONTT」通りで、ビクトリア広場の付近だったのだが、
やっと、まともに人がいて、
治安が良さそうな場所に行きついたのでホッとしてしまった。






◆路上には、露店がたくさん。






◆こちらも路上に出ていた露店。
 お土産を探していたら、
 こういうお店を巡って見るもの楽しい時間の過ごし方だろう。



道を歩いていると、うっかり目に入ってしまったのは、アイス屋(笑)

値段を見ると、高い…エクアドルの後だから
数倍の値段。

うーん…と迷ったが、現地の人がどんどん買っている姿を見て、
だったら俺も買うぞ!と、買うことした。

で、800ペソで、チョコレートの2段重ね(かなり大盛り)のコーンを注文。

いやー、満足。味も美味しい。
やっぱり、とにもかくにも、アイスだね。


満足したところで、また町歩きを再会。

通りを北へと歩いて、長距離バスターミナルがある辺りまで行くことにした。

歩いていると感じるのは、
このバルパライソは、あくまで「港町」であるということ。

たった数キロ、湾が一つ違うだけなのだが、
隣のビーニャとは、全く違う質の町だ。

ビーニャは、高所得者が集まるリゾート。
バルパライソは、中〜低所得者が住む、地元に根付いた港町。


町をゆっくり歩いてみると、建物の壁の汚れ、道に落ちているゴミ、
人の服装、出ている露店の内容、
そういったもので、それが伝わってくる。

これだから、町歩きは楽しい。






◆バルパライソの町並みは、世界遺産に登録されているほどだが…
 こんな感じで、山並みにごちゃごちゃと、
 カラフルな建物が乱立している。



30分ほど歩いていくと、長距離バスターミナル付近へ到着。
この辺りで、今日の町歩きは終えることにして、
湾岸まで出て、メトロのBARON駅から、ビーニャに戻ることにした。

時間的な余裕があれば、ビーニャの町のビーチまで行こうと思ったが、
結構、歩くだけで時間がかかったので、
宿の最寄のRECREO駅で電車を降りることに。


そして、昨日見つけた、宿から近い海岸を見渡せる展望ポイントへ行って、
夕日を眺めることにした。

崖沿いの細い路地を上っていきながら、
その道に生えている植物と、それを照らす夕日の赤色を楽しみつつ。






◆道を歩いていると時おり見かけられた花(花なのかな?)
 独特の形が印象的。






◆フェンスに巻きつくようにして生えていた植物。



そして、3分ほどで、展望ポイントへ到着。
ここがやはり、一番見晴らしが良い。






◆展望ポイントの周辺に生えていた植物。
 夕日に照らされた植物は、何とも言えない美しい光景。
 映画のワンシーンのようだった。






◆ビーニャの海(太平洋)に沈んでいく夕日を静かに眺める。
 本当に綺麗だねぇ、夕日って。



結局、1時間近く、ずーっと、海の先に見える夕日を眺めていた。
天気も良く、輝く夕日の光は、100%の力で、海を照らしていた。

波に揺られてうごめく照らされた水面を、ただ無心に眺めているだけで、
本当に心地が良い。


この旅において、夕日を見る瞬間は、何度目になっただろうか。

こうして、腰を降ろして、ゆっくりと夕日を眺められるという時間は、
心を休める上でも、そして、また新鮮な気持ちを取り戻す意味でも、大切な時間。

僕にとっては、至福の時間でもある。


夕日は徐々に水平線に近づいていって、
最後は、あっという間に姿を消してしまった。

また明日まで、太陽とはお別れだ。
…さようなら、そして、また明日!


そんなことを思いながら、
展望ポイントを後にして、宿に戻ることにした。

にn
宿に戻ると、17時過ぎ。

昨日と同様、レタスをボリボリと食べて野菜を補給した後は
シャワーを浴びることに。

その後は、ちょうど今日、
イースター島から帰ってきたという宿泊客の日本人女性がいたので、
情報をもらうことにした。


この人は、日本人の友人5人でイースター島に向かったらしいが、
話を聞いていると、面白い話題が2つ。


1つ目は、町のメインストリートにあるスーパーの横のパブ(入場料3000ペソ、1ドリンク付)に
土曜日の夜行ったところ、23時30分頃から1時頃まで、
腰みのを付けたマッチョな男達による、ダンスショーが見られたというのだ(笑)

これは結構盛り上がるらしく、楽しかったようで、
この「マッチョダンサーズ」は、かなり熱いとのこと。



そして2つ目は、村の海岸沿い(モアイ付近)を歩いていたところ、
岩場で魚を捕っていた現地の男性がいたらしく、これがかなりワイルドだったらしい。

魚を手グスで刺して捕るらしいのだが、
それでも魚が跳ねていた時は、魚を岩に投げつけて気絶させるらしい。

そして、素手で魚をさばいて、
火で温めた石の上に魚を置いて焼く。

しかも、その魚を食べさせてくれるらしく、かつ、紳士のようで、
女性には魚の身を分け与え、
自分は魚の頭で良いからといって、頭を丸ごと食べてしまうらしい。

何とも、聞いただけでワイルドなこの男、
俗称「フィッシャーマン」も、かなり注目とのこと。

でも、海岸沿いを歩いても、
誰がフィッシャーマンなのか、全く見当が付かないのだが、
とりあえず、「あずき色の小さめのリュックサックを背負っている」という情報だけ教わった。


熱い…モアイとは全く関係ないこの情報だけで、
イースター島がかなり楽しみになってしまった(笑)

こんな話題を交わしつつも、
昨日買ってまだ残っているワインをちびちび飲んで
会話を楽しんだのだった。


22時過ぎまで飲んだのだが、その辺りで、今日はお開きに。
ワインも、無事、飲み終えることが出来た。

2日で、750mlを1本、ボチボチのペースか(笑)


部屋に戻ると、既にお酒のせいで眠気が襲ってきて、思考停止。
寝てしまうことにした…。

お酒には酔わないのだけど、とにかく眠くなってしまうのが問題。
これって、歳のせいか?(笑)


今日も健康的な時間に就寝…。
それにしても、何だか熟睡出来てしまう、汐見荘のベット…いい感じだ。

6月14日(土) ビーニャ・デル・マール観光 <ビーニャ・デル・マール泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:43:02 
  2. カテゴリー:チリ Chile 
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昨夜は熟睡出来て、9時頃、目が覚めた。
睡眠不足を一気に解消。

しかし、部屋は陽があまり当たらない角度ということもあり寒い…。

例のごとく、布団からなかなか出られず。
その間、パソコンでメール作成をすることに。
(メールを書き溜めて、ネットカフェで一気に送信するため)

そして、11時になって、やっと外に出ることに。
天気は快晴。


宿のオーナーがいたので、挨拶を交わしつつ、
この町の情報を聞いてみることにした。

一番良いレートの両替所、両替レート、スーパー、交通機関、見所など…
これらを聞いておけば、後は何とでもなる。

ちなみに、僕はこの町の情報と言えば、
観光案内所で配られているような、アバウトな地図1枚だけだった。


そして、いざ、町歩きを開始。






◆今回泊まった宿「汐見荘」の外観。
 完全に住宅。通りがかりで見つけることは不可能。
 ちなみに、近所にピストルを持った強盗が入った事件もあったらしく、
 なるべく、日本人が集まる宿ということを
 外部に知られないようにする必要があるらしい。



宿のすぐ裏手の階段を下っていき、緩やかな坂を50mほど下ると、
コレクティーボがたくさん走っている通りに出た。

宿のオーナーいわく、その車の流れについていけば、
町の中心であるセントロに辿りつくらしい。

と、ここで、ちょうどインターネットカフェがあったので、
料金を確かめてみることに。

すると、15分で100ペソ→1時間400ペソ(約80円)
まぁ、そんなものかと思いつつ、日本語が読めるかどうかをチェック。

すると、読むことは出来る(書くことは出来ないが)ので、
ちょっとメールチェックをすることにした。


30分だけネットを使い終えると、再び町歩き開始。
既に時間は12時30分。

今日は土曜日ということで、
13時には、両替所が閉まってしまうと聞いていたので、急がねば…。


歩き出してすぐに、パン屋があったので、
ここで250ペソで、フランスパンを購入して食べながら歩くことに。

フランスパンだけをかじるなんて、ちょっとヨーロッパを思い出す(笑)






◆ビーニャ・デル・マールの町は、
 海岸沿いから一歩住宅街に踏み込むと、
 マンションあり、一軒家ありで、
 しかもその建物の形も何だか日本みたい。



さて、早歩きで、もくもくとセントロを目指して住宅街を歩いていくと、
そのうち、教会が現れて、そこを左に曲がって歩くと、
かなり幅の広いメインロードに出た。

そういえば、昨夜、この通りを車で通ったことを覚えている。






◆ビーニャ・デル・マールの町の中心部を走る通り。
 ヨーロッパを思わせるほどの近代的な雰囲気が漂う。
 失礼ながら、ここがチリとは思えない。



通りに出た後は、もう1本裏手にある、
店舗が立ち並ぶほうの
メインストリート「VALPARAISO」通りを歩いてみることにした。





◆ビーニャ・デル・マールの町における
 一番賑やかな通り「VALPARAISO」
 両脇に、様々な業態の店舗が立ち並ぶ。



土曜日ということもあってか、多くの人で賑わっている。
それでも、規模は思ったよりも小さく、
小都市の商店街を眺めているかのような雰囲気さえ感じる。






◆セントロの中心に位置する「PLAZA J.F VERGALA」前の風景。
 ヤシの木が立ち並ぶ雰囲気が、リゾート地であることを思わせる。



そのまま歩くこと約10分、
ついに目的の「PLAZA J.F VERGALA」に到着した。





◆昨日の夜、通り過ぎた公園が、
 セントロの中心の「PLAZA J.F VERGALA」だったことに、今日気付いた。
 夜見ると恐ろしく感じたのだが、
 昼見てみたら、全然恐くない場所。



その脇を通り過ぎて、「LIBERTAD」の橋を渡ってすぐ左のところにある
CityBankの隣の両替所へ。

しかし…時間は13時5分だったのだが、
しっかり店舗は13時で閉められていて、一歩間に合わず…。

ここが一番レートが良いと聞いていたのだが、無念…。

とりあえず、張り出されているレート(1ドル→492ペソ)だけ確認しておき
「LIBERTAD」の橋を戻って、近くの両替所が多く立ち並ぶ界隈へ行ってみることに。

すると、6軒ほどの両替所がすぐに見つかったが、
開いているのは1軒だけ。

レートは、1ドル→490ペソということで、若干悪いが、
とはいえ現地通貨が無いと身動きが取れないので
ここで40ドルだけ、ひとまず両替をしておくことにした。


両替の後は、「PLAZA J.F VERGALA」のすぐ前にあるスーパー「Santa Isabel」の場所を確認しつつ、
小腹が空いたので、どこかレストランを探すことにした。

先程歩いた「VALPARAISO」通りをウロウロとしながら探していると
大衆食堂というのは全く見かけなかったが、
サンドイッチ屋みたいなのは数軒あって、そのうちの一軒に入ってしまうことにした。

ここで、990ペソ(約200円)の品を頼むと、
ハンバーガーのような中身の、大きなホットドックで
とにかくボリュームは満点。味も悪くない。

しかし、何でシーフードがうまいとされるチリ、しかも海岸沿いの都市で
ホットドックを食べているのか…(笑)


食後は、すぐ近くの民芸品マーケットに行ってみたのだが、
品揃えは全然良くなかった。






◆セントロにある、民芸品が売られているアーケード。



この町で何かあれば買おうと思ったが、見つからなそうだ…
というわけで、この時点で、僕は決心をした。

「この旅で、お土産は買わない」と。

みなさん、ごめんなさい…!(笑)

でも、正直、良いと思えるのが無く…

今思えば、ボリビアが一番民芸品が安く売られていて、
そこでどっさり買えば良かったのだろうけど、
そんな荷物を持ち歩くことも出来ず。

お土産といっても、渡したい人は無数にいて
きりがないので、今回は、お土産はなしということにした。

まぁ、このブログが土産話ということで、許して下さい(笑)



この後は、周辺をウロウロしつつ、
昨日降り立ったバスターミナルの位置をもう一度確認しておくことに。

道を歩いていると、この町をホームタウンとするサッカーチームだろうか、
サポーターが多く繰り出していて、賑やか。

何か、ボカジュニアーズと良く似たチームカラーだなぁ…。






◆ビーニャを本拠地とするチーム(だと思う)が
 今日は試合があるようで、昼過ぎになると、
 サポーターが町に繰り出していた。



「PLAZA J.F VERGALA」から徒歩3分ほどで、バスターミナルへ到着。
本当に、昨日は夜だったので恐ろしく見えた周辺の通りも、
今日、昼間歩いてみたら、ごく普通の通り。






◆どこの国でも見かけられる、路上に店を出す風景。
 こういう生活感溢れる姿を見るのが、僕は好きだ。



さて、ターミナルの場所も確認したところで…
今日はこの後、何をしようかと思ったのだが、

徒歩を中心として回る予定のこの町、
これ以上は、今日はルート的に効率よく回れないことと、
デジカメのバッテリーが残りわずかということもあり、
今日はもう帰ることにした。

そして、先程チェックしたスーパー「Santa Isabel」に入って、
買い物を。


イースター島は物価が本土の2倍〜3倍なので、
イースター島に行く前には、食材を大量に買い込もうと考えているが、
今買っても邪魔なだけなので、それは後日に置いておいて、
とりあえず、ジュース(1.5リットル、400チリペソ)と、
トイレットペーパー(6個)、それに安売りしていたレタス1個(350ペソ)、
加えて、赤ワイン1本(1300ペソ)を買ったのだった。

それを持って、今日来た道を、歩いて引き返すことにした。

コレクティーボを使えば、あっという間に帰れてしまうのだけれど、
こうして、自分の足でのんびりと歩いて町を眺めながら帰るのも、楽しい。

そういう、緩やかな時間を過ごせていること自体が幸せだし、
町とも、呼吸を合わせることが出来る。


歩いて20分ほどしたところで、
また、サンドイッチ屋が数軒並んでいたのだが、
まだお腹は空いていないものの、今日は何も食材を買い込んでいないので
ここを逃すと何も無い…と考え、
かなり早めの夕食だが、食べてしまうことにした。

1000ペソで、大きなハンバーガーみたいなものを注文したのだが、
味はさっき食べたのとほとんど変わらず。

これが、この町で言うところの、ファーストフードなのだろう。


無理に食べ過ぎて、ちょっと気持ち悪いぐらい。
歩いてカロリーを消費することに…。

そして、10分ほど歩くと、宿の近くまで戻って来たのだが、
ここで、ふと、太陽の光に惹かれるようにして、
道を反れて海岸沿いに出てみると、これがなかなか良い景色。

もし、自宅の近くにこんな展望ポイントがあったら、
毎日通ってしまいそうだ。

まだ日が沈む時間には少し早かったが、
また明日、時間を合わせて来ることにした。






◆宿に近い場所で、
 海が眺められる場所に出てみると、この通り。
 気持ちが良い。



その後は、また歩いて宿へ。

今朝行ったネットカフェは、
なぜか一時的に閉まっているようで、入れず。
また明日改めることにした。
(一応、インターネットは、汐見荘でも30分200ペソで出来るのだが、
 なぜか屋外にパソコンが設置されているので、寒いのだ…)



宿に戻ると、17時頃だった。

ちょっと早い時間だったので、気合を入れて、
手洗いで洗濯をしてしまうことにした。

ベネズエラのサンタエレナでランドリーサービスを利用して以来、
徐々に溜まっていた洗濯物、かつ、
キトの宿で洗いきれなかったものがあったので。

まだ着れないこともないが、
ちょっと臭いが気になる(笑)長袖Tシャツも、
面倒だが洗ってしまうことにした。

疲れたけれど、気分はさっぱり。


その後は、自分もシャワーを浴びることに。

そして、シャワーの後は、
この宿のキッチン兼リビングルームになっている部屋に行ってみることにした。

すると、今、この宿に泊まっている2人の日本人男性がいたので、
会話をすることに。


僕は野菜不足を解消するために、
先程買って来たレタスを洗って、
ちぎって塩やマヨネーズををかけただけのものを食べながら…。

1人は、明日、この町を発つということだったのだが、
南米を周遊するのに、ガイドブックを持たずして出発したようで
とにかく情報収集をコツコツしていきたいらしく、
いろいろ現地情報を伝えてあげることにした。

とりあえず僕が伝えたかったのは、
「ベネズエラのロライマ山が、南米では、ずば抜けて感動する」ということ。

しかし、彼はベネズエラに行かないらしい…もったいない…。
結構、南米を旅する人でも、ベネズエラは行きづらい場所にあるので、
パスしてしまう人が多いのだが、何とももったいない。


会話をしつつも、途中でワインが飲みたくなったので、
先程買った赤ワインを出して来て、ちびちび飲みながら会話を続けた。

そして、21時過ぎになると、今日は早めのおひらきに。

この宿には、日本語のガイドブックもいくつか置かれていたので、
部屋でそれを読んで情報収集することにした。


特に、次に向かうニュージーランドに関しては、
意外と観光ルートが組みづらいと感じている。

規模が大きく、かつ、見所が散らばっていて、
さらに、見所が多いのは南島だが、僕が飛行機で拠点とするのは
北島のオークランド。

あと問題は、物価が高いこと。
移動だけでも、バカにならない。


うーん、ニュージーランドとオーストラリアなんて、
観光する分には緩い国だから、楽勝でルートが組めると思っていたけど、
意外と面倒なことになりそうだ…。

いろいろ考えつつも、ワインを飲みながら、
23時頃まで調べていたのだが、今日はこのへんで寝ることにした。

お酒を飲むと、眠気に襲われるので、寝る分には楽だね…(笑)

5月5日(月) プンタ・アレーナス→ウシュアイア <ウシュアイア泊>

  1. 2008/05/09(金) 23:29:11 
  2. カテゴリー:チリ Chile 
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朝7時に起きる予定が…寒いので布団の中でゴロゴロとして
7時45分にやっと起き上がることに。

今日は、プンタ・アレーナスからウシュアイアへ、約10時間のバス移動の日。
この区間、夜行バスは無いとのことで、やむなく日中移動することになった。

出発の準備は前日の夜にほとんど終えておいたので、
8時5分には出発を。


しかし、宿のドアを閉めて歩き始めたと思ったら、
まだ食べきれていなかったキャベツを冷蔵庫に入れ忘れていたことに気付いたのだった。

ドアは外からは開けられない仕組みなので、インターホンを押して
宿のスタッフを起こさなければならない。

キャベツのためにスタッフを起こすとは…どうなのそれ…と、
一瞬考えたのだが、キャベツを置き忘れるのはもったいないので、
インターホンを押してドアを開けてもらうことに(笑)

しかし、まさかキャベツを次の町に持ち越すとは思わなかった…。


歩き始めると、15分ほどでバス会社に到着。
まだ時間がかなり余っていたので、中に入って椅子に座って、
パンを朝食代わりに食べながら待つことに。

そして9時前になってバスに乗り込んで、9時に出発。


バスの中は寝ようかなと思っていたのだが、
海岸沿いをずっと走り続け、ちょうど朝日が出て来てたタイミングでもあったので
車窓からの景色を楽しむことに。





◆海岸沿いを走り続けるバス。このような風景がずっと続いた。



そして、3時間ほど走ると、バスは小さな港で停車。
ここからどうするの?と思ったら、どうやら船にバスごと乗り込んで、
対岸まで渡るらしい。

しかもここは、マゼラン海峡だ。
1914年にパナマ運河が開通するまでは、
大西洋と太平洋を往来する船は全てこのマゼラン海峡を通過したというのだから、
信じられない感じだ。





◆この船にバスごと乗り込む。
 奥に見える海は、マゼラン海峡。



バスが船に乗り込み終えると、中で待ってても良いのだが、
フェリーにも降りられるようだったので、外に出て、甲板から海を眺めることに。

約30分間の短い時間だったが、久々の乗船を楽しんだのだった。

そして対岸に到着すると、
再びバスに乗り込んで出発。

ここからの風景は、まるでモンゴルのような、
延々と続く草原だった。

時折、小さな丘のような起伏もあり、
羊もたくさん見られるなど、本当にモンゴルに似ている景色。

久々にモンゴルを思い出してしまった。
やっぱりあの壮大な景色は、素晴らしかったよなぁ…。





◆とにかく羊がたくさん。
 ムクムクしてかわいい。たまにバスをじーっと見ている羊もいたり、愛らしい。





◆不思議な形の台地もあったりして、見ていて飽きない風景だ。





◆ごくたまに、小さな川が流れていることも。
 太陽がまぶしい。





◆陽が落ちてくると、草の小さな起伏が浮き立つように見えて、
 より景色に深みが出る。



こうして、結局一睡もせず、ずっと車窓を眺めていたのだが、
途中で、アルゼンチンとの国境に差し掛かり、
いつも通り、まずはチリ側の国境ゲートを、
その後、アルゼンチン側の国境ゲートを通過。

今回は、荷物検査もなく、ただパスポートを見せてスタンプを押されるだけ。
簡単に済んで良かった。

そして忘れずに時計を1時間進めておいた(時差が1時間あるので)


そのままバスは走り続けると、
17時頃になり、建物が見え始めたと思ったら、
バスは、リオグランデの町に到着したのだった。


ここからさらに4時間…まだ先は長い。

バスターミナルに到着すると、荷物を降ろしたので、
この後はどうすればいいのかと思ったら、なぜか小さなマイクロバスに乗り換えることになった。

マイクロバスは疲れるから嫌なんだけどなぁ…。


車内は狭く、満席状態だったので、かなり窮屈。
しかも、陽も落ちて、外は真っ暗に。

というわけで、ここからはひたすらipodを聞いて、時間を過ごしたのだった。


ふと聞いた、「ラブサイケデリコ」にハマってしまい、
ずっとそればかり聞いてしまった。

もちろん「ラブサイケデリコ」は、
楽曲もかっこいいし、前から好きなアーティスト。

でも、「今さら何で?」と自分でも思ったのだが、
何より、歌は半分以上が英語の歌詞だが、
ボーカルの人の発音が良い。

普通に英語が話せる人なのだろうけど、
改めて聞いてみると、楽曲の良さも相成って、
すごいかっこよく聴こえてしまったのだ。

いいねぇ、こんなに英語が話せるようになったら、本当にかっこいい。
憧れるなぁ…。

やっぱり、ネイティブに近い発音でないと、話していてダサいし、
聞いていても、何だか切ない感じになってくるし。

どうやったら、こんな発音になるんだろうか、
トレーニングでここまでいけるのか?わからんのだが…。


やっぱり、スペイン語でもなく、
中国語でもなく、英語をもっと極めないと、話しにならないな。

もっと旅の最中に勉強すれば良かったか?
でも日記を書いてたら時間は限られてくるから
付け焼刃では厳しいだろう。

日本に帰って、普通に過ごしていたら、ほとんど英語は話さないだろうし、
うーん、どうしたものか。

僕が思うに、日本で、日本語も出来る英語圏の外国人の友達を作るのが、
一番のような気がする…
そして、プライベートで接しながら、上達を目指す。

後は、とにかく英語を聞きまくることなのかな。
耳が慣れないと、ヒヤリングが追いつかない。

やっぱりネイティブの人が話していると、
平易な文章を話しているのだろうけど、
聞き取りが追いつかないし。

そんなことを考えつつ…


もちろん、音楽にも聴き入ったのだが、
ラブサイケデリコの、何だかビートルズっぽいこの楽曲の雰囲気は、
何なんだろうか、いい感じだ。

中でも「Freedom」とかは、シンプルなメロディー展開が
ラブサイケデリコっぽくない印象なんだけど、かっこいい。お気に入り。


さてさて、ひたすら音楽を聴き続けること4時間。
ついに、世界最南端の町、ウシュアイアに到着したのだった。

といっても、町に到着したと思ったら、いきなり降ろされたのだが、
ここがどこか全然分からない。

そこで、目の前にあった薬局に入って、
レジのお兄さんに地図を見せながら「ここはどこなの?」と聞いてみることに。


すると、「Gobernador Paz」通りと「9 de julio」通りの角らしい。
思ったよりも町の西寄りで降ろされてしまったのだが、
そこから、候補と考えていた宿まで、約7ブロック(600m程度)を歩くことに。


既に時間は21時過ぎ。
外は当然真っ暗で、人通りも少ない。

はぁ…いつもながら、夜の宿探しは気持ちが重い。荷物も重いけど。


そして歩くこと10分ほどで、宿「アルベルケ・ティエラス・フエギナス」に到着。
が、なぜか建物の中は薄っすらと明かりがついているだけで、
インターホンはならないし、ノックしても誰も出てこない。

宿としての看板も無いし、ここは潰れてしまって、一般宅になっているのか?
結局分からないまま、次の宿を当たってみることにした。

せっかく町の東端まで歩いてきたのに、
中心まで戻らなければいけないとは…きついぜ。


そして次の候補「ジャク・テミ」まで、10分弱歩いて、到着。
外見が綺麗な宿だったのだが、中に入って聞いてみると、
ドミトリーは満室とのことで、シングルだと1泊110ペソ(約36ドル)と、
とても泊まれない金額なので、断念。

すると、1ブロック北に、安宿があると教えてくれたので、
そこに行ってみることにした。


そして、1ブロック歩くと確かに「Cruz der sur」という宿を発見。
この名前、ペルーのバス会社であったな(笑)と、思い出しつつも中に入ってみることに。

ここはドミトリーのみで、1泊35ペソらしい。
室内は適度に清潔に保たれているようで、無料インターネットもあるということから、
もう疲れたので、今日はここに泊まることにした。

ただ、問題は、ドミトリー部屋の中に電源が無いということ。
これでは落ち着いて日記を書くことが出来ない。

明日、別の宿に移動するかな…と思いつつも、
荷物を置いて、ひとまずインターネットを使うことに。
しかし…日本語が読むことすら出来ないパソコンだった…。

アルゼンチン、チリともに、
日本語が読めないパソコンは始めてだったので、ショック…。

やっぱり、明日、宿を変えよう。


気分を取り直して、小腹を満たすために、
わざわざここまで持ってきたキャベツを、少し食べることにした。

何だか小動物みたいな気分だ。


食事を終えて部屋に戻ろうとすると、
宿泊客の女の子とがロウソクを灯したケーキを持ってきて、
とある女の子の前にそれを置き、
周りの人たちが、ハッピーバースデーの歌を何人かで歌い始めた。

どうやら、誕生日のお祝いケーキを、サプライズで作って用意しておいたみたいだ。

こういう友達が周りにいたら、楽しいだろうな。
とても微笑ましい雰囲気に、ちょっと癒されたのだった。


その後は、シャワーを浴びて、部屋に戻ると、
もう23時過ぎということもあったのだが、
部屋で電源が取れないのでは何も出来ないので、今日は寝ることに。

5月4日(日) プンタ・アレーナス滞在 <プンタ・アレーナス泊>

  1. 2008/05/09(金) 23:28:07 
  2. カテゴリー:チリ Chile 
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朝9時頃目が覚めて…

しばらくしてから、おもむろに、パソコンにバッテリーを挿して、
電源を入れてみることに。

昨日の衝撃のシャットダウン後、初のトライ。
果たして無事電源が入るのだろうか…。


すると、おお、入ったではないか!!パソコンが立ち上がった!!
…しかし、30秒後に、またいきなりシャットダウン。

なんだ…やっぱりだめなのか…と思っただが、
この時は、念のためパソコンの付属バッテリーは取り外して電源を入れていたので、
どうやら充電器の接続が悪いために、電源が落ちてしまっただけのようだ。

そして、付属バッテリーを装着して、再び電源を入れると、
無事立ち上がったのだった。

良かった…本当に良かった…パソコンが壊れてしまったら、
本当にどうしようかと思った。


原因を考えると、おそらく、
昨夜は、コードが断線寸前になってしまっている充電器のせいで
電圧が不安定になったために、一時的にパソコンがショートしてしまったようだ。

以前、仕事をしている頃にも、
一時的に電圧の違うバッテリーを使ったことがあるのだが、同じく急にシャットダウンして、
電源ランプすら付かなくなってしまったことがあった。

その時も、付属バッテリーを外して1日程度、放置しておくことしかない、と言われて、
それで復活したことがあったので、まさにそれと同じだ。

充電器も、そろそろ買い替えか…。
コードの根元は、昔のファミコンのアダプターのように、
既にセロテープでグルグル巻きなんだが…。


無事、パソコンが立ち上がったので、日記を書き始めることに。

今日は外にも出ないと決めた日。

先日(5月1日)からの風邪気味の状態は、相変わらず。
そういう意味では、安静も兼ねて、ちょうど良い休養日かもしれない。


しかし、ドミトリー部屋で一番やっかいなのは、机が無いこと。
共有スペースだと、いろいろ人が出入りして集中して日記が書けないので、
やはり1人の空間が欲しい。

そうなったときに、ドミトリー部屋でこもる場合、
二段ベットだと、寄りかかる場所が無くてこまってしまう。

結局、今日も壁に枕をたてかけて、そこを椅子の背もたれ代わりにすることに。
それでも体制はきついから、体が痛いのなんの…。


そして、日記を書き進めること、2時間。
12時を過ぎたので、宿のネットが使える時間ということで、
インターネットでメールチェックを。

昨夜、パソコンの不調が発生した直後に、
急いで日本の家族にも、万が一の場合は国内に置いてきた
もう一台のノートパソコンをブエノスアイレスに送って欲しいと、メールを送っておいたのだ。

ちなみに、日本からブエノスアイレスまで、2kg以下のノートパソコンだと、
航空便で、約3000円〜5000円で、3日〜7日で到着するらしい。すごいな。

また、先日まで海外にワーキングホリデーに行っていたKさんも、
海外におけるパソコンのトラブル対応方法についても聞いていた。

一応、パソコンは復活したというメールをそれぞれに送っていた。


そして、再び日記を書き進めることに。
部屋にこもっているから、掃除に来たおばさんも驚いていた(笑)

結局、19時頃まで、もくもくと書き進めて、
その後は、夕食を作るためにキッチンへ。


宿のキッチンは、なかなか汚れている過酷な環境なのだが、
まぁそういうのも、もう慣れた。

パスタを茹でつつ、昨日買ってしまった巨大なキャベツの一部をちぎってサラダ代わりに。
しかし、でかいのを買ってしまった。全然食べきれない。

キャベツって、こんなに減らないものなのか…。

キッチンは別棟になっているのだが、猫が中に入りたいようで、
僕がキッチンに入ったら、ドアの外でニャーニャーと鳴き続けている。

まぁまぁ…。君達が入ったら絶対に食べ物を散らかすから、ダメ!ということで中には入れず。


食事を終えると、シャワーを浴びることに。
これまた、浴室の壁がボロボロで、安宿感満点。

でも熱いお湯が出れば十分。


シャワーを浴び終えると、また日記を書くこと、数時間…。

23時30分になり、今日の分を全てアップすることにした。
アップしている最中に、ついでに外務省の安全情報ページを覗いてみたのだが…
この先行く、ベネズエラ、コロンビア、やばいな…これ。

「渡航の是非を検討して下さい」とか、
「渡航を延期して下さい」と表示された地域ばっかりやんけ…。

しかも、「3月1日にエクアドルとコロンビアの国境が閉鎖された」とか書いてあるし…。
どうなってんだ、これは。

ちゃんと情報収集して、最悪は、ベネズエラからエクアドルへ往復航空券で
コロンビアは飛ばして安全に移動してしまったほうが良さそうだ。
無理に危険なところに突撃しても仕方ないし。


0時にネットを使い終えると、部屋に戻って今日は寝ることに。
いやー、疲れた。日記も楽じゃない。

本当にすごい時間を投下しているなぁ…。

この分、他のことをしていたら、どんな旅になったんだろう?
でも、毎日分の日記を、これだけの分量書くのは、
人生において二度と出来ないだろうな。

それを世界一周の旅の最中に出来ているんだから、
きっと良い記念になるだろう。

…と自分に言い聞かせて、寝ることにした。

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