4月22日(火) ウルグアイ(モンテビデオ)→アルゼンチン(ブエノスアイレス→リオガジェゴス) <車中泊>

  1. 2008/05/03(土) 11:17:48 
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結局、ほぼ徹夜のような状態で、8時頃作業を切り上げて、
荷物の整理をして、9時に宿を出ることに。

バスターミナルまでのバスは、
カガンチャ広場から、21、63、180、187、188の何れかに乗ればOKと聞いていたので、
広場からは簡単に乗ることが出来た。

そして、オベリスクのある交差点を過ぎて、ターミナル前で下車。

ターミナルに着くと、まずは余った通貨を再両替することにした。
(101ペソ→5ドル)

それでも端数となった13ペソに関しては、
ターミナル内の商店で、10ペソのスナックと、1つ1ペソのガムを買って使い切ったのだった。
ふー、通貨が余らずに良かった…。硬貨も余ると邪魔なものだから。


そして、10時15分に、バスが出発。
今回は、「CACCIOLA」という会社で
バスとフェリーによる、ブエノスアイレスまでの通しチケットを販売している会社で
チケットを買ったのだが、値段は629ペソ(約3200円)
昨日の夜行バスよりは、若干安い。

バスに乗ると、なかなかしょぼいバスで、値段相応、といった感じだった。

眠いのだが、いまいち寝られず、ひたすら続く草原をボーっと眺めながら
バスはウルグアイの国境際の町まで3時間ほど走り続けた。





◆バスからの風景は、ひたすら草原。後は何も無い。
 北海道を見ているかのような風景だ。



そして3時間でバスが到着すると、
国境の手続きとのことで、待つことに。

しかし、13時30分頃なのに、一向にゲートが開かない。というか誰もいない。

そしてチケットを改めてみると、次に乗り換えるフェリーは、
14時30分発。なーんだ、ここで1時間待ちぼうけということじゃないか…。

そして、ベンチに座って人間観察をしていると、
驚いたのが、昨日、僕がビールと思って誤って買った「MALTA」を
バスに乗っていた人達のほとんどが、近くの商店で買って来て、
美味しそうに飲んでいるではないか!

これはウルグアイの国民的な飲み物なのか?何なんだ?
あんなに甘い蜜みたいなものを、良くこのタイミングで飲めるものだ…。


そんなこともありながら、ずっと待ち続けて、やっと手続き開始。
そして、フェリー(というよりもボートか)に乗り込んだ。

船は思ったより快適で、席も広く空いているので、
3席分を使って横になり、寝ることにした。





◆ボートが出発すると、こんな川を抜けて広い湾に出て行った。
 この雰囲気、ベトナムに似ているのだけれど…。



ここでは快適に寝ることが出来て、
気付くともうアルゼンチン側の岸の目の前に到着していた。

ここは、ティグレという町で、
船が到着すると、16時30分頃になっていた。





◆細い川を進んでいくと、船が停まった。
 岸の周りには建物も建っていて、観光ボートも走っているようだ。



そこで入国手続きを済ませると、
そのまま停まっていたバスに乗り継いで、ブエノスアイレスまでさらに移動を。

ここで、なぜか僕だけ乗り継ぎのチケットを渡されていないことにより、
バスに乗り損ねそうになったのだが、
「そんなチケットもらってないがな!なんでねん!」とごねると、
一応、そのニュアンスが伝わったようで、バスに無事乗せてもらうことが出来たのだった。

バス会社側のミスなのに、
うっかり僕がチケットをなくしたのだと思われそうで焦った…危ない危ない。


バスに乗ると、高速道路を突っ走って、
約1時間でブエノスアイレスに到着。

バスターミナルに近いレティーロ駅前に着くのかと思ったら、
正反対の「Constisucion」駅が終着場所だった…。

仕方なく、そこから地下鉄で移動することに。

しかし、まだ時間的に余裕があったので、夕食を食べることに。
そこで、先日食べた国会議事堂前広場近くのビッフェの店へ行くことに。

「Saenzu Pena」駅で降りると目の前なのだが、
何と!…閉まっていた。

どうやら、夕方の時間帯は一時閉店し、
また19時頃から開くような雰囲気だ。

残念…わざわざ電車を乗り換えて来たのに…。


仕方なく、ガイドブックを見て、
歩いて7月9日大通りまで行って、そこの交差点の角にある
「グリル・オリエンテ」に行くことにした。





◆7月9日大通りに立っているオベリスコと、その周辺のビル。
 ブエノスアイレスは大都会。



この店は、特に特徴は無いのが、
比較的手ごろな値段で食べられるのだが、
23ペソでセットがあったので、それを注文することに。

前菜(シュウマイみたいなもの)、メイン(肉料理)、デザート(アイス)、
飲み物(コーラ)、それにパンだったのだが、量的には満腹。


そして間もなく、バスターミナルへ向けて出発。
地下鉄に乗ってレティーロ駅まで行って、歩いてターミナルへ。

時間は20時頃だったのだが、
さっそく、「El Pinguina」社のカウンターに行って、
21時発の夜行バスチケットを買うことに。

エルカラファテまでのチケットで、305ペソ(約10675円)

そして、バスまでまだ1時間あったので、近くのベンチで休んでいたら、
なぜかターミナルの警備員がやってきて、
そとのバス発車場所前で待つようにと指示されたのだった。

たぶん、バスに乗らないのに、
ターミナル内でうろついている人達と思ったのだろうか、
「お前はチケットを本当に持っているのか?」といった素振りで質問されたのが頭に来た。

アホか?お前は…と言いたかったのだが。


仕方なく、蒸し暑く、かつ排気ガスまみれになる、
バス発車場所前のベンチに移動を。





◆バスターミナルの風景。
 一直線に、バス乗車コーナーが続いているのだが、
 一番奥(80番ぐらい)まで行くまでは遠すぎ!
 一昨日のウルグアイ行きは、まさにその奥のコーナーだったから大変だったのだが。
 


そしてバスを待ったのだが、21時に無事出発したのだった。


しかし…しかしだ、
今回乗ったバスで、僕は長い行程を想定し、
35ペソ高い、セミリクライニングシートにしておいたのだが、
バスは2階建てで、2階がノーマルシート、1階がセミリクライニングシートだったのだ。

で!問題は1階の中央部にトイレがあるということ。

バスに乗り込んだ途端に「臭っ!!」と思わず言ってしまったのだが、
なぜか出発前に既に臭い。掃除がされていないようだ。最悪…。

幸い、僕は1階の一番奥の席だったから、トイレからは4席ほど離れているのだが、
それでも臭いがすごい。

これだったら、2階席のほうが全然良い環境じゃないか…
なんで1階に、良い座席を設置しているんだ?
トイレの臭いのことを全く考慮していない。意味不明だ…。

しかも、セミリクライニングシートと言いながら、
ちょっとしか倒れない。ノーマルシートと変わらないやんけ…やられた…。

さすがに値段が一番安いバス会社、安かろう、悪かろう、まさにそういうことだ。


ただ、唯一の救いが、僕の隣の座席が空いていたので、
2席分のスペースを使えたことだ。

なぜか1階席は荷物を置く棚すらないので、
手持ちで持ってきたリュックサックの置き場が無かったので、
隣の席にそれを置けたのは助かった。

電子機器類をリュックに入れているのだが、重さは7kg程度。
それを膝の上にかかえたまま36時間走ったら、さすがに体がおかしくなるところだった…。

バスが発車すると、とりあえずipodを取り出して、音楽で気分を紛らわせることに。
ううう…きつい、きついぞ、トイレの臭いが…。


でも不思議なもので、発車して2時間ぐらい経ったら、
もう鼻がおかしくなってしまったのか、だんだんその臭さを感じなくなっていったのだった。
慣れって恐いな…。

そのまま、23時過ぎになり、
やっとのことで寝られる体勢を見つけ(体を90度に曲げて足を隣の席に投げ出す)
いつの間にか眠りについていた…とりあえず寝られて良かった…。

4月21日(月) モンテビデオ観光 <モンテビデオ泊>

  1. 2008/05/03(土) 11:13:08 
  2. カテゴリー:ウルグアイ Uruguay  
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夜行バスでは、一度も起きることなく熟睡。
リクライニングが倒れ、かつ隣の席もない独立シートだったので、かなり快適に過ごせた。

気付くと9時頃で、既にモンテビデオの目の前まで来ていた。
そして9時30分頃にバスターミナルへ到着。

寝ている間にいつの間にか国境を越えていたので、
(パスポートは乗車時に預け、国境を越えると返される)
別の国に来たとは思えない感じだ。

ターミナルでは、まずはウルグアイの現地通貨を手に入れることに。
たった1泊2日の滞在だから、必要最小限をと思い、小額のみ両替
(レートは、1ドル→19.40ウルグアイペソ)

そして、市内中心部へ出るために、
コレクティーボ(乗り合いバス)のバス停の場所を聞いて、
ターミナル脇のバス停へ。

市内へいくバスはいくつかあるのだが、
その番号の表記がされたバスを待つこと約10分。

もう面倒だからタクシーにするかと思った矢先、バスが来たので乗り込むことに。
バスはすごい混んでいて、荷物を持ったまま乗るのは困難だったのだが、
運転手は嫌な顔せず小銭のお釣りも渡してくれたので良かった。

町の中心のカガンチャ広場までは4km。
降りる場所を見失わないために、ずっと外を眺めて、地図と照らし合わせていたのだが、
広場らしきところに到着したので、運転手に確認した上で、下車を。

その後は、宿探しを始めるために、歩くこと5分。
最寄りで、ガイドブックにも書いてある「ウインド ソル」という宿に到着。

外見が分かりづらかったのだが、ホテルの前に人が立っていて
どうやらその人が従業員のようで、中に案内された。

値段を聞くと、シングルルーム(トイレ・シャワー付)で、200ペソとのこと。
他の部屋は満室らしい。

ガイドブックには、160ソル(トイレ・シャワー共同)と書いてあるので、
それほど値段は高騰していないようなので、
ここに決めることにした。

部屋は至ってシンプル、というか質素。
古い建物だから何ともいえないノスタルジックな感じなのだが、
なぜか室内には扇風機(日本のメーカー製)が置いてあり、妙に親しみが湧いてしまう。

そしてスタッフの人は親切で、ちょっと英語も話せるので、
市内の地図を渡してくれて、両替所やスーパー、お勧めのレストラン、
またバスターミナルへの戻り方などを説明してくれた。

加えて、最寄りのビーチへのバスでの行き方も聞いておいた。

ウルグアイは、どちらかというと、
南米やヨーロッパからの観光客が訪れるリゾート的な存在にあるらしい。

説明を一通り聞き終えると、最後に、
スタッフが夜になると別の人に替わり、また翌朝は人が替わることを
わざわざ説明してくれたのだった。

何とも丁寧な対応をしてくれる、良い安宿だ。
(これは他のスタッフにも共通していた)


さて、無事宿が決まったので、いざ、市内観光へ。
時間は11時前になっていた。

天気が良いので、心地よい。
ウルグアイとは、どんなところなのだろうかと、全くイメージが湧かなかったのだが、
町は、小さくまとまっていて、かつ、ヨーロッパ調の建物も多い。

やはりポルトガル人が入ってきて作られた国ということもあるのか、
南米とは思えず、ヨーロッパのような雰囲気だ。

ポルトガルって、こういう町並みが広がっているかもしれない…と
勝手に想像してみるのだった。


さて、お腹が空いていたので、
近くのスーパーで水とお菓子を買うことに。

詳細の値段を記録するのを忘れていたのだが、
物価的には、アルゼンチンと同じか、それよりもやや高いぐらい。

それを持って、カガンチャ広場にあるベンチに座って、
とりあえず小腹を満たすことにした。
喉も渇いていたし…。


休憩後は、町歩きを開始。
カガンチャ広場から、7月18日通り沿いを歩いた。

通りには、たくさんの店や両替所もあり、賑やかな雰囲気。
ちなみに両替所は、なぜかバスターミナルの両替所のレートは結構良かったようで、
市内のほうが低いぐらいだ。

普通、バスターミナルのほうが高いのだけれど…
国によって違いがあるから、訳が分からない。

両替というのは、本当に毎回、面倒だ。


ファビーニ広場を抜けて、独立広場まで、歩いて20分ほど。





◆ファビーニ広場の遠く先には、国会議事堂が見える。
 人通りや車も多く、活気がある。



町行く人を見ながら、心地よい風を受けて歩いていくと、
独立広場へ到着。

広場脇には、すごい立派な建物が建っていたのだが、あれば一体なんだ?宇宙船みたいだ。
でも最上階辺りには、なぜか窓から洗濯物が干してあったりするけど…マンション?





◆独立広場から、建物を撮った写真。
 広場にはヤシの木も生えていて、南国ムード。
 気温も過ごしやすく、やや暑いぐらいだった。



独立広場を抜けると、そこからは旧市街の始まり(それまでは新市街)
石畳もところどころに見られる、こじんまりとして、趣のある雰囲気に切り替わった。

通り沿いには、おしゃれなレストランもあったりして、
中流層以上の人達が集っているように思えた。

ビジネスマンの姿も多い。






◆旧市街のメインストリート、サランディ通り沿いにあった、レストランのテラス席。
 ここが南米とは思えない。まさにヨーロッパを見ているかのようだ。
 こんなところで、ビジネスマンが昼食を…どんだけ贅沢な話だ。
 仕事の合間といったら、決まって定食屋じゃないか、日本だったら(笑)



そのまま通りを抜けていくと、通りの終わりが近づいたので、
進路を変えて、ザバラ通りを抜けて、ザバラ広場へ。

ここは、本当に小さな公園で、
悩み多いビジネスマンがひっそりと集まり、
お互いの愚痴話を聞き合う姿が見られた(笑)


そしてそこを抜けて海岸沿いに出ると、
市場へ到着。

この市場では新鮮な食材が安く手に入り、美味しい食事も食べられると
ガイドブックに書いてあったので、行ってみたのだが、
なんてことない、市場の跡地を利用した、
中は全てレストランで埋め尽くされた、観光客向けの場所だった。

バルセロナ市内の市場(市場とレストランが混同している)を想像していたので、
ちょっと拍子抜けしてしまったのだが、さすが観光客向けということもあり、
なかなかお洒落な作りにもなっており、それはそれで見ていて楽しかった。





◆市場の中の風景。
 座って食べるレストランもあれば、カウンター席もある。
 ここで大勢でビールを飲みながら焼肉を食べたら、それは美味しいんだろうなぁ…。



◆肉を焼いているところ。これが間近に見られるのだが、
 それにしても焼きすぎじゃないか??(笑)
 




そして、そこで食事を食べよう…と思ったのだが、
なかなか値段が高い。ウルグアイでは、焼肉が美味しいようなのだが、
まともに食べようと思ったら、3000円〜5000円はかかってしまいそうな雰囲気だ。

本当にヨーロッパのような状態なのだが、
さすがにそこまで払えないので、中でも一番大衆食堂っぽい、
小さな裏手のレストランで、肉料理を食べることに(120ペソ=約600円)

それでも手持ちの現金が足りなかったので、
近くの両替屋で10ドルだけ両替して、注文することにした。

いや、何とも寂しい感じだったのだが、僕らしいというか、
一応、この市場で食事をすることはしたので、満足ということで…。


市場での食事を終えると、歩いて独立広場まで戻り、
そこから7月18日通り沿いから出ているバスに乗って、
中心部に一番近い、ポシートス海岸に行くことに。

バスは、121か116と聞いていたのだが、全然現れないので、
結局、「POSITOS」と、行き先が表示された他の番号のバスに乗ってしまうことにした。

まぁ、無事着くだろう。


とはいえ、地図を見ながら、バスの方向を見ていたのだが、
どうやらビーチに向かっているらしい。

ちょっと眠いので、うたた寝をしてしまったのだが、
約20分ほどで、ポシートス海岸に到着。


約一ヶ月ぶりのビーチということもあり、ビールでも買ってゆっくり海を眺めようか…と思い、
まずは買い出しをすることに。

しかし、全然スーパーらしきものが存在せず、
グルグル歩き回って、やっと小さな商店を発見。

そこで、値段の異なるビールらしき瓶がいくつかあったのだが…
ここで、一番安いものを購入。
ついでにお菓子も。

実はこれ、ちょっと不安があったのだが…。


それを持って海岸に出て、腰掛けることに。
そこにはビーチサッカー用のコートもあり、中でボールを蹴っている人の姿も見られた。





◆ビーチサッカー用のコートがあるなんて、いかにも南米らしい。
 中で何気なくボールを蹴っている人も、見ているとやっぱりうまい。さすが。



そして、瓶の蓋を開けるために、道路わきの石にひっかけて無理やり蓋を開け、
いざ、先程買った飲み物を飲んでみると…

「甘い……これ、ビールじゃないじゃん……。」


この旅で、過去、バンコクの空港で、安いビールを買ったと思って飲んでみたら、
安い白ワインだったという衝撃事件があったのだが、
今回は、安い甘い飲み物(味は黒蜜みたい…)だったのだ。

名前は「MALTA」という飲み物。

外見は思いっきりビールに似ているので、
うっかり買ってしまったのだが…大失敗。

せっかく1リットルの瓶を買っていたのに、
蜜を飲んでいるような甘さで、気持ち悪くて一口で諦めた。
手もベタベタになるし、最悪。



しばらくビーチサッカーを眺めていると、どうやら帰り始めるようだったので
そこから離れて砂浜に行ってみることに。

既に夕方で、日暮れ近くだったのだが、ちらほらと人もいて、
静かなビーチだった。

思ったよりも小規模な砂浜。
ビーチリゾート、という感じではなく、市民が気軽に訪れるビーチのようだ。

そこで腰をおろして、しばらく海を眺めることに。





◆ポシートス海岸の風景。
 水はなぜか茶色く濁っていた。汚れというよりも、その下の砂に影響しているように思う。



たった1日だけのウルグアイ滞在で、かなり慌しいのだが
こうして静かにビーチを眺めていると、長く滞在しているかのような錯覚すら覚える。

砂浜で休憩する人達を見ていると、ここがウルグアイなんだか、
どこの国なんだか、分からなくなる感じもある。


多くの国を旅していると、いろいろ見すぎることもあるのだが、
だんだんと国の差が分からなくなってきている感じがする。

もちろん、生活に深く入り込めば文化の違いがあるのだろうが、
でも、結局人を眺めていると、「同じ人間でしょ?」と、思ってしまう。

国というのは、人間が決めたボーダーラインなわけであって、
別に、本質的には何ら意味を持たないもので、
同じ大陸続きの人間、もっと言えば、同じ星に住む人間なわけだけだから、
別に「国」という枠にとらわれて、人を見る必要も無いんじゃないかと、ふと思う。

そう考えると、だんだんと、どこの国に行って人を眺めていても、
その違いを捉えるのではなく、
1人の「人間」として捉えるようになってきている自分がいることに気付く。


ちょっと視点は異なるのだが、言葉だってそうで、
人間が決めた国境によって、
使われる言葉が違い、その中で多く使われている言語、
または経済的に豊かな国の言葉が、なぜか優れているように見えがちだが(英語とか)
それも、結局は「種類は違えど、同じ「言葉」というコミュニケーションの一つの手段でしょ?」と思う。

本来、言葉に優劣なんか無いわけで、
やれ、「英語を勉強しなければいけない」とか、
「これから先は中国語だとか」…はっきり言って、面倒な話だ。

もちろん、海外の人と仕事をしていく上では、
言葉というのはコミュニケーションにおいて重要だから
その学習の必要性もあるだろう。

しかし、どうも「言葉ありき」という考えが先行しているように思えて仕方ない。

「語学留学」なんていうのは、僕からしてみると、特にそう感じてしまうわけだが、
将来活用する仕事上のスキルとしての言葉を学ぶために留学するというのは、
いかがなものか…と、違和感を感じてしまう。

もちろん、将来、
その言語の教師であったり、翻訳家にになるためにより深く学ぶ、という志を持っている人や、
その国の言語を理解することで、よりその国の人たちを理解したい、
という想いを持っている人は、僕は大いに賛成だし、応援したいと思う。

だが、何となく「将来のために」語学を勉強するというのは、ちょっと違うと思う。

それは今の日本の英語教育にもあるのかもしれないのだが…
結局、僕らが学校で学んだのは、「受験」というものを突破するための
一つの「科目」としての英語だったわけで、
そこに何ら動機付けがされているものでもない。

中学校に入ったら(今は小学校から?)、
何となく自動的に「科目」としての英語が導入されて、学び始めるわけだ。

これでは、結局数年間学んだって、英語が話せる人が全く生まれないのは当然だ。


だって、「その言語を話したい」という想いからスタートしていないのだから…。

僕は、もともとあまり語学に対しては興味が無い人なのだが、
それでも、今回旅を始めてみると、自然と英語を独学で学んで、海外の人と話してみると、
やはりその喜びというか、楽しさを感じている。

「もっと話したい」または、
「ああ、もっと話しが出来れば…」と悔しい思いをすることで、
また勉強が繰り返されるわけだ。

これが自然なサイクルだと思う。


それこそ、例えば中学校で英語教育を始める際に、
生徒を半年間、英語圏の国に留学させれば、自然と英語なんて話せるようになるだろう。

その難しさや楽しさを、肌で感じれば、
勝手に「もっと話したい」という情熱なんて湧いてくる。

そこからだ、語学を学ぶことのスタートというのは…と思う。


全く話が脱線してきたのだが、
ここまで話しておいて何だが、僕は言葉に関しては
「世界共通語を一つ作ればいいのに。」と思っている。

そうすれば、今は同じ国、同じ言語の中でしかコミュニケーションが取れないところが、
世界60億人とコミュニケーションが取れるという、とんでもないことになる。

世界が一気に数十倍広がるようなものだ。

そうすれば、語学能力のあるなしによる優劣といったものも、
コミュニケーションの煩わしさもなくなるだろう。

極端に言えば、「語学が出来るから給料が高くもらえる」というのは、おかしな話なのだから…


まぁ、この「世界共通語」政策は、実現しないだろうけど…。

別に僕は日本語にこだわりがないから、いいのだけれど、
それこそ、スイスのように、4つの言語が1つの国に存在していて、
また、それぞれの言語に誇りを持っている人達などには、この話は通用しないように思う。

マルチリンガルな彼らには、
「そんなの、他の国の言葉も勉強すればいいんでしょ?」と言われてしまいそうだ。

でも、僕は、1つの言語を習得するのには約3000時間必要と言われているそうだが、
それだけの時間があったら、もっと他のことをすることに時間投下したほうが、
人間としても、いや、人それぞれの人生にとっても、より価値があると思うのだが…。



…ええと、ここまで書いておいて、どこで話が脱線したか忘れたのが、
そうそう、ポシートス海岸の話しの途中だった。

海岸で30分ほど休憩していると、日も暮れてきて、
日陰に入ってしまい、寒くなって来たので、早めに帰ることにした。

またバスに乗って、帰ることにしたのだが、
帰りは中心部の広場の名前や通りの名前が書いてあるバスなら
どれでもカガンチャ広場周辺を通ると聞いていたので、それに乗ることに。

そして20分ほどで、カガンチャ広場に到着したので、
バスを降りて宿に戻ることにした。

宿に戻ると、時間は18時過ぎ。
シャワーに入って、その後、日記を書き進めるかな…なんて思っていたのだが、
部屋に戻ってみると、もう疲れてしまって、そんな気力もなく、
そのまま、ベットで仮眠することにした。


…そして気付いたら、21時過ぎになっていた。
体がだるかったのだが、何とか起きて、シャワーを浴びることに。

ついでに、手洗いの洗濯もしておくことにした。

シャワーの後は、洗濯ロープを部屋に張って、
服を干しつつ、扇風機で風を当てて乾かすことに。


そこまでして、やっと準備が整ったわけだが、
次に、先日勝ったボカのユニフォームをブログで紹介するために、自分で写真撮影を。

扇風機にカメラを載せて、セルフタイマーで写真を撮るという
何とも馬鹿げた光景になってしまったのだが、
まぁ顔写真を載せるためには、こうもしないと出来ないわけで、これも愛嬌か。


撮影を終えると、やっと日記を書き始められることに…
もう時間は0時過ぎだったのだが、頑張らねばいつまでも先に進まない。

というわけで、眠い中能率が上がらないものの、頑張って日記を書いて…
またちょっとベットで寝て…という繰り返しで、朝まで日記を書き続けたのだった。

本当に夜中の作業というのは、能率が上がらないものだ…。

6時間ぐらいかけて、4日分ぐらいしか先に進まなかった…。


____というわけで、おまけ写真を掲載(笑)____







◆ボカジュニアーズのユニフォーム。
 試合前の緊張の面持ちをイメージして撮影。






◆ボカジュニアーズのジャージ。
 試合後の緊張が解けた面持ちをイメージして撮影。




そして、さらにおまけ…





◆これが、約1年前の、まだ働いていた頃の写真。
 いやー、ばっちりスーツ着て、働いてたね!
 上の写真の1年後の姿とのギャップが笑ってしまう(笑)

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