6月12日(木) エクアドル(キト)→コロンビア(ボゴタ)→ベネズエラ(カラカス) <空港泊>

  1. 2008/06/26(木) 08:40:02 
  2. カテゴリー:エクアドル Ecuador  
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昨夜(というか今朝か)は、2時30分過ぎまで起きていたわけだが、
その後、部屋に戻ると、うっかり寝てしまっていたのだった。

幸い、アラームを4時10分にセットしていたので、
その音で起きた。

寝坊をしないように、ずっと起き続けていようと思っていたのだが…危ない危ない。


4時30分には、宿のオーナーのサンティアゴが車で迎えに来てくれ、
空港へ送ってもらう(5ドル)ことになっていたので、急いで荷物の詰め込みを。

とは言え、本当にこんな朝早くに、迎えに来てくれるのだろうか?
僕の中では、本当に来る可能性は50%程度と考えていて、
最悪は、自分でタクシーを探さなければと思っていた。

深夜に治安の悪い旧市街で、こんな早朝にタクシーを捕まえるというのも
危険な話しなので勘弁してほしいのだが…。



昨夜洗って屋上に干していた洗濯物を取り込んだが、
全く乾いて無い…仕方ないか。

荷物を詰め込んでいると、4時35分になってしまったのだが、
外から「プップププップ プップ!」と、リズミカルなクラクションの音が聞こえたのだった。

窓を開けて下を見ると、サンティアゴが車で来てくれていたのだった。

おお…すげぇ、本当に来てくれた!(笑)


「3分だけ待ってくれ!」と伝えて、
急いで荷物を詰め終えると、ダッシュで外に出ることに。

この時、スタッフのリカルドが起きてくれて鍵を開けてくれたのだが、
お礼を言ってお別れを。


そしてサンティアゴの車に乗り込むと、いざ、空港へ出発。
外はもちろん真っ暗。車も全然走ってない。

約15分ほど走ると、あっという間に空港へ到着。
すると、思ったよりも多くの人が既に空港内にいるではないか。

彼らは空港に泊まったのか?それとも、この早朝に集まってきたのか?ちょっと驚いた。


サンティアゴには、空港へのタクシー料5ドルと、
あとは、僕が宿泊日数を1泊分勘違いしていたので、
その分の3ドルを含めて8ドル払おう…と思ったら、
ちょうどぴったり払えなかったので、小銭を含めて、7ドル84セントで許してもらった。


「良い旅を続けてくれ!」という言葉をもらい、握手を交わしてサンティアゴとお別れを。

今回泊まった宿「スクレ」は、本当に良いスタッフばかりだった。
何とも人間味溢れる、印象深い宿だった。


空港に入る前に、今後の旅のために、
ATMでドルを引き出しておいた。

ドルで引き出すと、それを現地通貨にさらに両替しなければいけないので、
その再両替分、損をするとも考えられるが、
やはり、一定額のドル現金を持っていないと、何かあった時に面倒。

イースター島の旅に向けても、
このエクアドルでドルを補給しておきたかったので、ちょうど良かった。



そして、空港に入ってチェックインを。
アビアンカ航空のカウンターでチェックインを済ませたのだが、
一昨日、リコンファームの電話をしておいたので、予約自体が無いというトラブルは無かった。

が!やはり、別のトラブルが発生したのだった。


どうせそんなこともあるんだろうなと思い、
チェックインの際に、キトからカラカスに行く途中でワンストップする
ボゴタのフライト時間を確認したのだが、
これが、全然予約の電話の通りになっていなかったのだ。

今回のフライトは、
キト→ボゴタ、ボゴタ→カラカスという2回のフライトになるが、
僕は、この間を利用して、コロンビアのボゴタの観光を12時間ほどしようと思っていたので、
乗り継ぎ時間が一番長く確保できる、
7時50分ボゴタ着、21時30分ボゴタ発という組み合わせにしておいた。

しかし、チェックインしてみたら、なぜか乗り継ぎ時間が50分しかない、
8時40分ボゴタ発になっていたのだ。


こういうことを避けるために、先日、カラカスの空港でアビアンカ航空の予約電話の際も、
何度もフライト時間を確認して予約しておいたのに…やっぱり、という感じ。

しかし、予約番号はあるので、それでもう一度フライト時間を確認することと、
同時に、フライト時間の変更を願い出たのだが、
カウンターのスタッフからは、全くやる気を感じない返答が。


「システム上、このキトの空港では、
ボゴタからカラカスへの乗り継ぎ便のフライト時間が確認できない。」ということと、
「現状の予約内容では、ダイレクトフライト(乗り継ぎ時間50分)になっている。」ということ。

「いつの時代のシステムを使ってるんだ?」と、
思わず突っ込んでしまいそうになったが、
さらに追い討ちをかけるように、スタッフから、
「予約変更をしたいのなら、ボゴタで交渉してみてくれ。」と言われた。

しかも、謝る姿勢など全く無し。


アホか、こいつは…。

何で、アビアンカ航空側のミスなのに、
乗り継ぎ時間を利用して、客である僕が交渉しなきゃいけないんだっての。

本当に航空会社のスタッフというのは、世界中どこに行っても、
アホばっかりというか、応用が利かないスタッフが多くて頭に来るわけだが、
このアビアンカ航空は、群を抜いている。


バンコク→日本間で利用したエアインディアは、
ある意味でギャグなので許していたが、
一見、ハード(外見)はまともそうに見えて、中身が全く伴っていない
このアビアンカ(AVianca)航空は、最低だ。

自分の中でこの航空会社を二度と利用しないことは、この時点で決定したわけだが、
他の人にも利用しないことをお勧めする。

それぐらい、本当に対応レベルが低い航空会社。

まぁ、安かろう悪かろうを承知で、価格につられて乗らざるを得ない
貧乏バックパッカーという現在の立場が、悲しいのだが…。


呆れてしまい、言葉を投げかけることすら出来なかったのだが、
とりあえず搭乗ゲートへ向かうことにした。

早朝にも関わらず、空港は混んでいて、なかなか先に進めない。


しかも、またかよ、という感じだったのだが、
南米における空港の定番、「空港使用料(Airport Tax)」を、
このキトの空港でも払わなければいけないということで、
国際線だと、40.8ドルということで、近くのカウンターで支払ったのだった。

エクアドルの物価を考えると、
感覚的には、日本の約7分の1ぐらいに感じていたので、
40.8ドルだとすれば、彼らの現地の感覚からすれば、約285ドルだろう。

現地の人ではとても払えないレベルなわけだが、
それをあっさりと取られてしまうことが悲しい…。


しかも、エクアドルの現地通貨はドルだが、
硬貨は他国では両替出来ないことを考えると、おつりの20セントが、
意味なく余ってしまうではないか。

これはペルーでもそうだったが、
空港使用料を、意図的に端数となる金額設定をして、
おつりで小額の硬貨を旅行者の手元に残させて、
もう一度、同じ国に戻って来させようとしているのではないかと
僕は考えている。

旅行者にとっては、迷惑千万。


こうして、空港使用料を払っている時に決定したのだが、
コロンビアのボゴタに到着した際に、フライト時間の変更を願い出るのはやめた。

というのも、もし僕がボゴタで空港から出ると、
再度、ボゴタ→カラカスの便に乗る際に、ボゴタの空港使用料を払わなければいけないと
事前に聞いていたからだ。

話しによると、現在の空港使用料は50〜60ドルらしいから、
たった12時間の滞在で、それだけの高額を支払うのは、割りに合わない。

当初は、それでもコロンビアを覗いてみようと思ったが、
これ以上、こうした用途不明のボッタたくり空港使用料を彼らに払いたくもない。

それだったら、このまま乗り継いでカラカスまで行ってしまおうと思った。


しかも、先程のチェックイン時に、預け荷物は既にキト行きで預けてしまっているので、
下手にボゴタで降りたら、荷物だけキトに行ってしまい、紛失してしまうだろうし。


南米の各国には、早く国がまともになって、
ツーリストから法外な料金をふんだくるようなことが無い国になってほしい…。


さて、その後、出国審査や荷物検査を終えると、もうフライトの20分前。
急いで搭乗ゲートへ行って乗り込んだのだった。

飛行機に乗ると、眠気がきつかったが、
とりあえず離陸直後の車窓からの景色を撮るために起きていることにした。


ところで、この際にビデオカメラでも撮影しようとして、
新しいテープに入れ替えるために取り出そうとしたテープの中身が引っかかって、
テープの中身がぐしゃぐしゃに…。

それもさることながら、新しいテープをビデオカメラにセットしようとしたら、
テープが正しく入らなくなってしまったのだった。

どうやら、故障したらしい。

おいおい、ということは、残りの約1ヶ月半、ビデオ無しで旅を続けることになるのか?
最悪…。ビデオカメラは、Canonのカメラを使っているのだが、
頼むで…簡単に壊れ過ぎや…。



とりあえず、カメラだけで車窓からの風景を撮影したが、
朝からトラブル続きで、眠気もあるし、疲れて気付いた時には寝てしまっていた。






◆離陸直後のキトの風景。
 朝日が眩しい。






◆離陸から3分ほど。キトの全景が見えた。
 右手奥の太陽に照らされている辺りが、旧市街と新市街。
 左手奥には、富士山みたいに雪を被った綺麗な山も見えた。



フライト時間はたったの1時間なのだが、
離陸が近づいた頃に目が覚めると、何と既に機内食が片付けの段階に入っていた。

以前であれば、ここで諦めてしまっていただろうが、
スタッフを呼び止めて、機内食を持ってくるように伝えたのだった。

寝ていたらそのまま起こさないのも分かるが
「起きた際に、必要であれば声をおかけ下さい。」ぐらいの
立て札を席に置いておくとか、それぐらいの配慮ぐらいやってくれよ、本当に。


世界の航空会社のサービスレベルは、こんなものなのだろうか。
それとも、安い料金の航空会社だからなのか。

料金が高くて乗ったことが無いが、
シンガポール航空とか、ヴァージンアトランティック航空とかに乗って確かめたいものだ。






◆ボゴタの着陸前の風景。
 ボゴタ中心部はビルが乱立する大都市だが、
 ちょっと郊外に出るとこの通り、のどかな風景が広がる。



急いで機内食を食べ終えると、
間もなくして、飛行機はボゴタの空港へ7時50分に着陸。

乗り継ぎのために飛行機を降りて、コネクティングゲートへ。
待ち時間は、電子辞書を開いて、暇つぶしを。

そして、8時40分に、カラカス行きのフライトが離陸。






◆ボゴタを離陸した直後の風景。
 こちらは中心部の方向なので、大都市を感じさせる街並み。
 またいつか降り立つことがある…かも。



ここでの機内食は、パン2個のみ。

それはさておき、ちょっと気付いたんだが、
飲みもので配る際に封を開けているコーラ等のペットボトルは、
客に一巡で配り終えても、まだ余っているのが見えたのだが、
あれはそのまま捨ててしまうのだろうか?

そうだとすると、もったいない話しだ。

それとも、従業員が後で飲むのか?

余った機内食もそうだが…。

せめて飲み物に関しては、
二巡目で回って、もしおかわりが欲しい人がいたら配るなどすれば、
乗客の立場からすれば、満足度は上がるのだが…。






◆ボゴタ〜カラカス間のちょうど中間辺りで見かけた美しい山脈。
 これが地図に載っている、標高5001mのボリーバル山なのかな?






◆カラカスの着陸前の風景(1)
 火力発電所らしき建物からは、煙がもくもくと…
 公害対策は、まだまだこれからの発展途上国だ。






◆カラカスの着陸前の風景(2)
 ビルもあれば民家もあり、混沌としている。



ボゴタを発った飛行機は、約1時間でカラカスの空港へ到着。

もうこの空港へ訪れるのは3度目。
戻りたくない空港だが、次のサンティアゴ行きの便に乗るためには、仕方がない。


手続きを済ませて、到着ゲートを出ると、
待ってましたかというように、客引きが。

全くもって対応が面倒なのだが、
1人目に訪れた客引きに「サンティアゴに乗り継ぐために来ただけだから、何にも必要ない。」と言って
目も合わせずに、さっさと払い除けておいた。


そして、自動販売機で1ボリバルのお菓子を1つ買って、
先日も滞在した3階のファーストフード店「Church's Chicken」へ。

まだ時間は11時だったが、先日も長時間を過ごした電源に一番近い席を確保して、
そこで寝ることにした。

明日のサンティアゴのフライトまでは、約24時間ある。
本来は、コロンビアのボゴタのワンストップ滞在により、
この空港には23時30分頃来る予定だったが、12時間早まったので、
丸1日、この空港に滞在することになってしまった。

もちろん、カラカス市内に行くことも出来たが、
あんな治安の悪い町に荷物を持って行く必要も無いので、
空港に滞在することにしたのだ。


寝る際は、もちろん全ての荷物にロック+チェーンロックで固定を。

これでも、寝ている際にナイフでバックを切られてしまったら、
荷物の一部を盗まれるリスクも無くは無いが、
これだけ一目の多いファーストフード店の敷地内であれば、
それはまず起こり得ないだろう。


テーブルに伏せるようにして、眠りについたのだが、
体勢が悪く手や首が痛いので、
1時間ごとぐらいに、目が覚めてしまう。

それでも、昨夜がほぼ徹夜だったので眠気が勝り、また寝られる…。


そんな繰り返しで、結局、18時過ぎまでほとんど寝て過ごしたのだった。

ファーストフード店は、昼間はすごい混雑ぶりだったが、おかまいなし。
注意されたら移動すればいいや、という感じで、寝続けた。


18時過ぎに起きると、そろそろ行動開始を。

まずは、お腹が空いたので、夕食をこの店で買うことに。
どれも値段が高かったが、19.9ボリバルのコーラ+チキン2個+サラダのセットを注文。

ファーストフード店で食事をするのは、かなり久々に感じたのだが、
最低限、お腹は満たせられたので良しとすることに。






◆今日の夕食…です。
 


食後は、パソコンを取り出して、コンセントを挿して、作業開始。

やや溜まっている日記を書き進めつつも、
何より、ipodが故障した今、パソコンでしか音楽が聴けないので、それがうれしい。

キトで泊まった宿「スクレ」は、ほぼ日本人宿ということもあり
電源が取れる共有スペースにいると誰かしらと話すことになるので、
ゆっくり音楽を聴くことも出来なかったので…。

19時頃から日記を書き始めた。


本当に、このカラカスの空港で
このファーストフード店のこの席に座って
何時間過ごしたのだろう…。

回りを見ても、フライトまでの時間を潰す乗客の姿のみで
本当に変わったものはない。

ただ、ひたすら、ヘッドフォンをして好きな音楽を聴きながら、
目の前にあるパソコンに向かうだけ。

これでも旅…?
いやいや、これもまぎれもない旅の1ページ。



夜中1時頃になり、喉が乾いたので
自動販売機でコーラを購入(2.5ボリバル)

隣の自動販売機でスナック菓子も買おうとしたが
なぜか硬貨がうまく入らず、残念ながら買えず。


再び席に戻ると、また音楽を聴きながら日記を。

この時、ふと聴いた曲にぐっと来てしまったのだが、
それは、中島みゆきの「時代」という曲を
徳永英明がカバーしているバージョン。

現在、職業「旅人」の僕にとって、
何だか泣ける歌詞。

つい、何度も繰り返し聴いてしまった。


ここで、歌詞の一部を紹介…

_______________


旅を続ける人々は

いつか故郷に出会う日を

たとえ今夜は倒れても

きっと信じてドアを出る

たとえ今日は果てしもなく

冷たい雨が降っていても



巡る巡るよ 時代は巡る

別れと出会いを繰り返し

今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出す



回る回るよ 時代は回る

別れと出会いを繰り返し

今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出す


今日は倒れた旅人たちも

生まれ変わって 歩き出す

_______________


この日は、結局、夜中の3時まで書き続けたのだった。

それでも、まだリアルタイムに追いつくには
3日分の日記を残してしまっているのだが…。



音楽を聴きながら、パソコンのタイピングの手を止めた際にふと思ったのは、
残り1ヶ月半となった旅について。

残り3ヶ月、2ヶ月前と、終わりが近づくにつれ、
そうした節目とも言えるタイミングで、
少なからず振り返るタイミングはあったのだが
改めて、じっくりと振り返り、そして残された時間を想う機会を
設けれていないことに気付く。


おそらくそれは、日記を書くことに
大幅に時間を取られていることも要因の一つ。

時間があれば、日記を書く、それの繰り返しでないと、
とても日記を書き残せない。

おそらく、日記も書かず、またカメラで写真も撮らない…という人は、
旅をしていたら、何もすることのない時間=考える時間は
いくらでもあるだろう。

これは、日記を書くことの弊害でもあるが、
僕は、日記によって旅の足跡を残すことを優先しているわけで…。


でも、慌しく旅を続ける僕にとって、
旅先というのは、腰を据えて熟考するには向いていない環境だと常々思う。

やはり、その環境変化、そして自分の居場所ではないという感覚において
本当の安心感は得られない。

おそらく、旅が終わるまでは、このまま走り続けていくことになるだろう。

考えなければいけないこと、考えたいこと、
それは、日本に帰ってから考えることにしよう…


…それで良い。それが僕の「旅」というものなんだろう。

6月11日(水) キト観光 <キト泊>

  1. 2008/06/25(水) 11:08:41 
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今日もぐっすり、8時間ほどの睡眠を確保し、
9時頃起きる。

パソコンを持って2階の共有スペースにいって、ソファに座って、
しばし写真の整理を…。

日記はまだしも、写真データを整理していかないと
すぐに2GBのSDカードがいっぱいになってしまうので。


すると、昨日、赤道記念館に行ったTさんが起きてきたので、
早速、具体的な行き方やポイントを聞いておくことに。

行き方はいくつかあるようだ。

また、施設周辺にはミュージアムと表記された看板が多数あるようだが、
本物のミュージアムは、赤道記念館の敷地外で、
入り口に向かって右手に100mほど歩いた先に看板があり
そこを左手に曲がって50mほどの場所にあるらしい。

ちなみに、赤道記念館は、入り口に向かって右隣(敷地外)のレストランから入って
通路を抜けていくと、レストランの裏口が敷地内に続いてるらしく、
チケットを買わずに、中にそのまま入れてしまうらしい…(笑)

それで、入場料の2ドルが浮いてしまうという。


さらに、赤道記念館以外にも、
既に行ってきたというイースター島の情報や、
サンティアゴから2時間ほどの、海岸沿いの町「ビーニャ・デル・マール」の情報も細かく教えてもらった。

いやはや、本当にありがたい生情報ばかりで、ありがたい。

ガイドブックには載っていないような具体的な情報は、
既にその場所に実際に足を踏み入れた人から聞くのが一番。


細かく話を教えてもらった後は、
Tさんと一緒に、小腹を満たすために外に出ることにした。

最初は、宿を出て左隣の食堂を当たってみたのだが、
値段が高いので止めることに。

ここで、Tさんがお勧めのパン屋があるから
そこに行ってみないかと言われたので、そうすることにした。

宿の南方向に1ブロック行って、坂を50mほど歩くと、そのパン屋はあった。


パン屋に向かう途中、面白い光景が見られたのだが、
警察官が5人ほど、大きな枝切りバサミみたいなものを持って、歩いているというもの。

何かと思ったら、店沿いに並ぶ商店が、歩道にはみ出すように
様々な装飾物や商品を展示していたのだが、はみ出すことは違反のようで、
そうしたものを、ジョキジョキとハサミで切り落としていっていたのだ。

普段は賑やかな商店街の通りも、こうして装飾物を切り落とされると、どこか殺風景(笑)
でもまた、数時間後には、すぐにまた元通りに戻るのだろうけど…イタチごっこだね。






◆宿の近くのパン屋。
 このローカルな雰囲気が良い。
 1個が15セント程度と安い。
 しかも美味しい。



パン屋での購入時もそうだったのだけれど、
Tさんを見ていて気付いたが、
積極的にスペイン語を使って現地の人とコミュニケーションを取っているという点。

もちろん、言葉もそうだけれど、
ガンガン話しかけていくその姿勢が、とても印象的。
これだけ話しかける人は、モロッコのフェズで出会ったカナダ人兄弟以来のように思う。

しかも、それを自然と楽しんで出来ている。

僕とは違うスタイルだなぁと、どこか感心して見てしまった。


ちなみに、このTさんとは、カンボジアのシェムリアップで、
僕が盗難事件で燃え尽きた際に
泊まっていた日本人宿「タケオ」で出会っていたのだ。

詳しく話を聞いてみると、彼も1年間の予定で、世界を西回りルートで、
ワンワールドの世界一周航空券を使って旅を始めたようで、
そのスタート時期も、去年の8月8日と、僕とわずか1週間違い。

これまでの行き先も被っているところが多く、
例えば、3月3日までは彼はバルセロナにいたようで、僕は3月4日にバルセロナに入ったから、
本当にわずかの時間差で、世界をお互い回りながら、
今、こうしてエクアドルのキトで出会ったと言う、
何だか偶然なようで、必然であるとさえ思える、再会だったのだ。

また、明日にはお互いキトを離れ、僕はベネズエラのカラカスへ、
そして彼はコロンビアのボゴタへ陸路で抜けていくという。

世界を回り…最終的には、日本に戻るわけで、
また日本で再会を果たしたいと思う。


さて、パン屋の帰りには、0.3ドルでソフトクリームを購入して、
宿へ一度戻ったのだった。

Tさんも、エクアドルの物価の安さは、ついつい何でも食べてしまうと感じているらしい(笑)



宿に戻ると、一昨日、
たくさん面白い話を聞かせてくれたMさんがいたので、
3人でいろいろな話を。

結局、パソコンでの作業は、全く進まないままだったのだが、
何といっても、こうして多くの人達と話が出来るのが、日本人宿の良いところ。

こうして何気なく会話をしていると、気付けば12時近くに。


すると、他の宿泊客の集団が、赤道記念館に行くということで
僕にも声がかかったので、一緒に行くことにした。(当初は1人で行く予定だったけど)

ぞろぞろと、5人で赤道記念館に向かうという、何だか不思議な光景。

日本人だけの大勢で行動するのは、本当に久しぶり。


彼らは、僕がTさんから聞いた方法とは違い、
トロリーバスで空港を越えた先の「Ofelia」まで行って、
そこのバスターミナルで赤道記念館行きのバスを乗り換える方法らしい。

到着すれば何でも良いので、何も考えずついていくことにした。
歩いて、サントドミンゴ広場まで行き、そこからトロリーバスに乗車(0.25ドル)

しかし、途中で一度乗り換えなければいけないので、
「Eatadio」で下車し、そこから歩いて3分ほどの、「La Y」から、青いバスに乗り換え(0.25ドル)


この乗り換えの間、道を歩いていると面白いものを発見。
それは「空手道」と書かれた看板を掲げた道場だったのだが、
ガラス越しに中を見ると、8人ぐらいの現地の人が、空手をしていた。

それはそれでいいのだが、このうちの1人が、サングラスをかけたまま、空手をしていたのだ。

空手にサングラスは、どう考えてもマイナスにしかならないと思うのだが、なぜ…??
このめちゃくちゃな感じが、さすがエクアドル(笑)


バスを乗り換えて、終点の「Ofelia」で下車すると、確かにそこがバスターミナルになっており、
「Mitad del Mund」行きのバス乗り場も看板が出ていたのですぐに発見。

そして、10分ほど待つとバスが来たので、それに乗車(0.15ドル)


バスに乗ると、意外と距離があるようで、だんだんと眠くなってきたので、
ちょっと眠りにそうに…なったところで、
一緒に乗車していた日本人の人達から、
「ここで降りるぞー!」と声がかかったので、急いで降りることに。


すると、そこは赤道記念館に近い場所の交差点だった。
バスの終点では無いので、注意していないとあっという間に通り過ぎてしまう。

本当に観光地なのかと思えてしまう、
旅行者にとって何とも行きづらいのが、この赤道記念館。


さて、バスを降りると、すぐに目の前に駐車場があったので、そこから中に入ってチケット売り場へ。

隣のレストランから入ればタダで入れてしまう…という話は知っていたが、
さすがに5人もいるとなると、見つかる可能性もあり微妙なのかなぁと思い、
その話はしないことに。

この辺りが、何とも真面目な日本人っぽいというか、
自分の真面目さに驚いてしまう(笑)


ちなみに、帰りはチケット売り場のすぐ横のレストランの裏口から
レストランの中を通り抜けて外に出たのだが
様子を伺っていると、誰も見て無いし、楽勝で通過できることが判明。

レストランは、若干、綺麗な作りなので中に入りづらい雰囲気だが、
誰もいないのでビビる必要なし。

何でこんな作りになっているのか分からないが
とりあえず、無料で入れてしまう、赤道記念館。

まぁ、後は個々人の判断にお任せします(笑)






◆赤道記念館の中央に建っている塔の前で記念撮影を。
 足元の赤い線が、赤道…と言われているが
 実際はこれは見せかけだけの嘘。
 GPSで計った正確な赤道は、
 赤道記念館の北100mにあるミュージアム内にある。
 それを知らないまま勘違いして帰ってしまう人がほとんどと思われる…。



赤道記念館は、広い塀に囲まれた敷地の中心には塔が立っており、そこを一度周回しつつ、
1人が、お土産もみたいということで、周辺にあるお土産屋をみんなで覗くことに。

そういえば、僕は全く忘れていたが、
お土産というものを買わなければいけない時期にさしかかっている。

この先は、イースター島に行くが、その後はニュージーランドとオーストラリア。

ここまで行ってしまうと、珍しいものが売っていないし、物価も高いから、
買うなら今がベストかもしれない…。


そんなことを思いつつ、ちょっと真面目にお土産を見始めたのだが、
どうもピンと来るものが無い。

一番良かったのは、パナマハットと呼ばれる帽子だが、
帽子も良いのだけど、その入れ物の箱が結構味があって良い。

でも、デカイ…これを持って歩くのはきつい。


結局、ここではお土産は買わなかった。

その後は、施設内を歩き回った後、ミュージアムに向かうことに。

赤道記念館の敷地を出て、左手に歩いていくと、100mほどで、
「egg」とか、「water」という文字が書かれた黄土色の看板を発見。

そこから左手に曲がって、50mほど中に入ると、ミュージアムを発見!

何でこんなわかりづらい位置に、
しかも、赤道記念館とは高い塀で隔たれた場所にミュージアムがあるのだろうか。

普通、敷地を同じにするか、別だとしても、
お互いの相乗効果を考慮して、案内はわかりづらく表記されるはずだが。

何か、裏側で、この施設間における確執がありそう…と、個人的には感じてしまったのだが。


内容だけ見たら、赤道記念館(2ドル)よりも、
このミュージアム(3ドル)のほうが、よっぽど楽しい。

しかも、GPSで正確に計測した赤道は、このミュージアム内を通っている。
しかし、それは大々的には歌われていない。

それを歌ってしまったら、誰も赤道記念館には行かないだろう。

嘘の赤道ライン、
しかも、塔が立っていて、お土産屋が並んでいるだけの赤道記念館に行く価値などないから…。

きっと、これが要因なんだろうな、お互いの施設がバラバラになっている理由は。






◆ミュージアムは、わかりづらい位置にあるが、
 赤道を体感する実験設備や先住民の展示などもあり、意外に楽しい。



ミュージアムの入場料は3ドル。
でも、少人数の各グループに対して、一人のガイドがついて、
30〜40分程度、施設内を回りながらガイドをしてくれるので、満足度は高い。
これで3ドルなら、本当に安い。

ちなみにガイドはスペイン語か英語が選べる。

僕ら5人+アメリカ人2人で、英語ガイドについて回って、説明を聞くことに。
前半は、様々な実験設備を通して、赤道を理解するパート。

これが楽しいのだが、
特に、水の渦を巻くものと、タマゴを立てるのが楽しい。


このミュージアムは、GPSで計測した正確な赤道ラインが走っているのだが、それが重要。






◆注目!
 赤道の真上では、水が渦を巻かないで落ちていくのだ!
 写真は、赤道の真上で水を流している光景。
 確かに、全く渦を巻かないで水が流れ落ちている…すごい。
 これを、赤道の2m程度、北と南の位置にずらして再度実験すると
 北では左回りに、南では右回りに渦を巻く。
 すごい、これはちょっと感動してしまった。






◆注目!
 赤道の真上に置かれたタマゴ。
 何と、釘の上に立ってる。
 北半球、南半球それぞれから引かれ合うことで
 ちょうどバランスが保てるようで、タマゴが立つらしい…。
 でも、タマゴを立てるのは結構難しかった。



この2つの実験以外にも、赤道の真上に立って、
目をつぶって歩くと、北半球と南半球の左右から引かれ合うことでバランスが保ちづらく
フラフラとして真っ直ぐ歩けないという実験や、
赤道の真上で、人差し指と親指で丸を作って力を入れても、
他の人にそれを簡単に解かれてしまう(これも左右から引かれ合うため)という実験であったり
なかなか楽しかった。

赤道、すごいな!(笑)

地球儀で赤道の真上にいることを示されると、
何だかすごい場所にいるということを実感してしまった。



実験を終えた後は、施設の奥にある、先住民(インディヘナ)の生活などを理解するパートへ。

ここでも、吹き矢を吹いてみたり、
戦いの後の見せしめ(?)として首を切られた人の
その首がミイラ化したもの(拳ぐらいの大きさになっていた)など…面白く回ることが出来た。






◆先住民の民家を再現した展示物。



ガイドの説明を聞いた後は、
みんなでタマゴを立てる場所に戻って、一人一人挑戦することに。

結局、タマゴを立てられたのは、5人中2人、結構難しいんだよね、これ。

ちなみに僕は1分ぐらいで立てちゃったけどね!(楽勝)


ミュージアム観光を終えると、また5人でバスに乗って帰ることに。

帰りのバスは、行きでバスを降りたところから出ていたのだが、
「キト〜!ミラフローレス〜!!」と、バスに乗った少年から声がかかったので
それに飛び乗る、といった感じ。

まともに、路線を確かめて…なんてことは不可能で、とりあえず勢いに任せて飛び乗って
後は運任せ、みたいな状態。キトのバスはすごい。

この時も「確かミラフローレスって、新市街のことじゃないっけ?」といった適当なノリで、
バスに飛び乗ってしまった5人(笑)


でも、45分ほどしたら、新市街に到着。
America通りの途中で、いきなり降ろされたのだが、
そこから歩いて、Colonのバス停近くまで5分ほど歩いて、
またバスに乗って旧市街へ…。

長旅中の猛者ども5人で、のらりくらり
「別に何とかなるでしょー」という感じで、無事、宿に戻って来たのだった。

この5人の情報があったら、世界どこでも行けそう(笑)


宿に戻ると、もう17時頃になっていた。

結局、赤道記念館だけで1日が終わってしまった(笑)

この何ともスローペースな過ごし方がいいねぇ、
ほんと、エクアドルって過ごし易い。

特にキトは、気温も暑くないから汗もかかないから、洗濯の必要性も少ないしね。


宿に戻ってしばらくした後は、
今日、一緒に赤道記念館に行った○○さんが知っている、
宿から5分ほどの、1ドルでセットが食べられるという食堂へ。

そこへ行くと、スープとプレート(ライス+サラダ+チキン)が、1ドル。確かに安い。


この○○さんは、今回は4ヶ月ほどの南米の旅のようだが、
過去、アジアのほうも旅したことがあるらしいが、今回で、長旅は卒業しようと考えているらしい。

その理由としては、ただ、旅をしているだけでも、得られるものにも限界があるというもの。

また、日本人宿で良く見かけられるのだが、
旅先で沈没してしまっている人達を見ていると、
「あれって、どこか現実逃避しているだけにしか見えない…」というもの。

なるほど、何ともストレートな感じ方。

でも、それはとてもよく分かる。


確かに、旅である程度世界を見て回ると、
だんだんと旅に馴れてしまうし、新鮮味が無くなって来てしまうから、
自分でも、何を吸収できているのか分からなくなる。

また、沈没している人達を見ていると、
先行き未定で、とにかく物価の安い国で、どこか気に入った町で、安宿で数ヶ月滞在しながら
何をするわけでもなく、毎日自炊して過ごす…という、ちょっと理解に苦しむものがある。

これもわかる。


こういう人は、また世界のどこかで、何かしら仕事をしたりして一定の貯金をしたら、
またお金が尽きるまで旅をして…という繰り返しで、気付けば30代後半、
もしくは40代とか、そういう人も多いのだろう。

現実的に考えれば、いかようにも生活費を安く抑えることは出来るし、
高度な知識・見識・技術を要求されない仕事であれば、世界のどこでも働くことが出来る。

就労ビザの取得とか、そういうのは取らずに、ブラックで働いている人もたくさんいるだろう。

これも生き方の一つではあるし、やろうと思えば誰でも出来る。


でも、僕も○○さんと同じく、
「その生き方はどうなの…?」と疑問に感じてしまう。

別に、その生き方は否定しないのだが、
うーん…何だか、旅をするために生きているだけであって、
それ以上のものになっていないというか、何というか…。

もちろん、厳しい言い方をすれば、日本社会での復帰は厳しいだろう。

ここで言う復帰というのは、一般的な意味で、優良企業に勤めて
その中で活躍していく…というものだ。


これは、履歴書に書くような情報もそうだけれど、
何より、旅をしている同じ期間中に、
忙しく仕事に追われながらも着実に力をつけているビジネスマンがいるということが、
一番の要因であると考える。

正直、そういう人達に追いつくのは、それなりの時間が必要。
例えば、3年とか、5年とか空いていたら、それを取り戻すには、相当な努力が必要。


しかも、旅をしている最中に年齢が上がってしまうと、体力もそうだけれど、
何より、自分の心が凝り固まってしまう(自分にプライドが出来てしまう)だろうか、
自分より年下の社員に、偉そうにあれやこれやと言われることに、耐えられなくもなるだろう。


長旅をしている人からすると、「日本に戻る気は無い。」という返答が帰ってきそうだが、
それでいいとしても、では、海外において
経済的な成功を収めるほどの仕事が出来るかというとそれは難しいと言える。

だから、結局は単純作業的な仕事について、わずかな貯金をしては、
また旅に出て…という繰り返しになってしまうわけだ。


これを、広義な意味で「ラットレース」と定義してしまうと、
日本を離れて自由に生きているようで、実は、「生きるために生きる」という
落とし穴にはまっているとも言えるだろう。


○○さんが、ふと話してくれた旅を卒業しようと思うという話から、
僕はそんなことを考えたのだった。

では、僕はこの先どうするのか?まぁ、それはまた考えるけれども、
生きる方向性は、旅を始める前に大筋描いているから、
旅に沈没する…ということは、間違いなくないけどね。



そんな会話を交わしつつも、食後は宿に戻ることに。

宿に戻った後は、シャワーを浴びて、明日の早朝に備えて荷物をある程度整理しておき、
その後は、パソコンを持って2階へ。

Tさんから、CDを1枚焼いてほしいという依頼を受けたので、
たくさんの情報をもらったこともあり、快く引き受けたので。


ところで、CDを焼いている最中には、
「DVDを焼きたいんですけど、どうすればいいですか?」という質問を
また別の人からもらったのだった。

何だか、僕がパソコンを開いていろいろな周辺機器を取り出しているものだから、
宿の中で一番、そういったものに詳しい人という認識になってしまっているらしい(笑)

とはいえ、僕のノートパソコンではDVDは焼けないので、
宿のネット用のパソコンでトライしてみたらどうかと伝えてみたのだが、
しばらくしてまた駆け寄ってきて、どうやら出来なかったとのこと。


うーん…これが出来るかどうか分からなかったのだが、
もし、宿に設置されているパソコンに、
外部ソフトのインストールに対してブロックがかかってなければ、
インターネットで日本の無料ダウンロードサイト(窓の杜、Vector等)を開いて、
そこでDVDを焼くソフトをダウンロードしてインストールしてしまってはどうかと伝えたのだった。

すると、20分ほどして、「ダウンロードが出来た!」と、また駆け寄ってきたのだが、
今度は、「ソフトの使い方が分からないので教えてください。」と来た。

さすがに僕もダウンロードしたばかりのソフトの使い方は分からないのだが…(笑)
ちなみに、画面を見てみると、ヘルプ機能も英語の解説で、何が何だか分からない。

が、少なくとも、バックアップしたいデータを参照して、それを焼くだけの話しなので、
ボタンをいろいろ見ていたら、簡単に出来てしまったのだった。

そして、この人からは、かなり感謝をされたのだった。
いやはや、昨日に引き続き、また無償で人助けをしてしまった(笑)


さて、そうしている間に、TさんのCDも焼き終えたので、
ここで作業は終了。

この後は、ソファに座っていたメンバーで、語らい合うことに。

Tさん、○○さん、それに加えてもう1人
映像関係の仕事をしていたが今は長旅中の人。

話すテーマは、それぞれの旅におけるトラブル話しであったり、
旅をする上での工夫であったりと、様々。

それにしても、トラブル話は、みんな持っているもので、
聞いていて、ある意味面白い。

でも、僕の被害額に勝る人は、たぶんこの先現れないだろう。
10万円以内の被害は、何だか小さく思える。

そんなのトラブルのうちに入らないというか、良い経験の一つ。
みんなトラブルに遭って、勉強していくもの。


そういえば、今日、一緒に赤道記念館に行った○○さんは、
パスポートを無くしてしまったらしい。
考えてみても、混雑したバスの中で盗難されたぐらいしか思い浮かばないらしいが。

しかし、こんなトラブルも、全然動じないのが、長旅の経験者の僕ら。

話としては、
「じゃあ、明日、日本大使館に行って再発行の手続きだね。
 キトだと、3日〜4日で再発行できるらしいよ。
 あ、俺も大使館を宛先にして、日本から郵送して受け取りたい荷物があるから、
 ついでに一緒についていくよ。」といった程度の、
あっさりとした会話で終わる(笑)


ガイドブックには、「命より大事なパスポート」なんて書かれているけど、
そんなこと、全く無い。

命が一番大事。

パスポートなんて、日本大使館に行って、
数千円払って、再発行するだけの話し。
全然痛くも痒くもない。

どうやったら「命より大事な」ものになり得るのか、理解できない。

これは、みんな同じ意見だった。
ガイドブックの記載内容いは、理解に苦しむ…。


パスポートを失うことよりも、
多額の現金を失うことのほうが恐いし、
もっと恐いのはクレジットカードの不正利用(ショッピングは問題ないが、キャッシング)だ。

トラベーラーズチェックの盗難は、
当然ながら何とでもなる話なので、
全く問題ない。

まぁ、日本大使館の無いような国で(どこの国か知らないけど)
パスポートを失ったら、ちょっと面倒だけど、
それは事前に旅行先の国を調べておいて、細心の注意を払えば良い。


とりあえず、今回の旅において、盗難で全てを失った僕に関しては、
盗難の代償として、全ての痛みが分かるという、
大きな特典をもらったと言えるか…。


必ず長旅をしていれば、一度は何かしらのトラブルに遭うだろうが、
命があれば、何とでもなる。

後になれば笑い話のようなもの。

どうせなら、トラブルにあったほうが、海外で必死にもがく良い経験になるし、
自分の弱さと向き合う経験にもなるから、良いと思う。


…みんなと話しながら、そんなことを考えたのだった。

ところで、僕は明日の早朝、4時30分に宿を出て
空港に行かなければいけないので、このまま寝ずに行くことにした。

僕の出発前ということもあっただろうか、
結局、みんな話しに付き合ってくれるような雰囲気もあり、
夜中2時頃まで話し続けたのだった。


たくさんの話題を話したので、細かい内容は覚えていないのだけれど…。
久々に、こうして日本人同士で語り合ったのだが、
やっぱりたまには、こういう時間も良いもの。

これは日本人宿だからこそ出来る特権。
改めて、その良さを見直したのだった。

たまには日本人宿も悪くない(笑)


そして、2時を過ぎて、
スタッフのホセが、「そろそろ寝たいから、解散してくれ…。」といった素振りをしてきたので、
みんな解散することに。

ここで、僕が約2時間後に宿を出て旅立つことをホセに伝えると
急に切なそうな感じになってしまったのだ。

というのも、ホセはなぜか僕のことが大好き。
息子みたいに見えているのだろうか。


挨拶を終えると、ホセのほうから
「記念写真を撮ろう!」と言ってきたのだった。






◆スクレで働いているホセと記念撮影を。
 (ホセが中央。
 向かって右はカンボジアのシェムリアップの宿「タケオ」で
 僕が盗難に遭って燃え尽きている時に出会い、
 今回、偶然再会したT君)




たった4日間の滞在で、ホセと交わした言葉はわずか。

しかも、ホセは英語が出来ないから、
いつも唯一話せる日本語「アリガトー!」しか言わない(笑)

そんなホセだけど、とても人情味があって、
子供心のある、良いおじさん。


スペイン語での会話だから、理解するのが大変なのだが、
最後まで残ってくれたTさんは、少しスペイン語が話せるので、
3人で、2時30分まで話していたのだった。

聞いてみると、ホセはもうこの宿で24年間も働いているらしい。
超ベテラン。

同じく宿で働いているスタッフのリカルドは、まだ勤務1年目らしい。

ちなみにホセの年齢は56歳。

聞けば、奥さんとは数年前に離婚してしまったらしいが、
今、14歳、18歳、20歳になる娘が3人いるらしい。

娘さんとは、時おり、会うことは出来る環境にあるようで、
服を買って欲しいといった要望があると、つい買ってあげちゃうらしい。

とにかく、娘さんがかわいくて仕方ないと、繰り返し言っていた。

ほんと、ホセはいい人。
曇りの無い笑顔でうれしそうに話す姿を見ていると、何だか泣けてくる。


そんなホセともお別れ。
ホセはとにかく悲しいようで、泣きそうな素振りを見せ、
ついでに、僕のメールアドレスも教えてくれとか、
ホセのアドレスを、メモするように言って来たりと、大変(笑)

とりあえず連絡先を交換すると、一段落。

ホセは、この旅で出会った現地の人の中で
一番人間味があって、人情深い人だったように思う。



最後には、○○さんもちょうど階段を下りてきて、
京都でのまたの再会を願いつつ、お別れの挨拶を。

久々に、泣ける出会いと別れだった。


そして、部屋に戻ると、最後に窓の外の夜景の写真を。

さようなら、キト。そしてエクアドル…。






◆サン・フランシスコ教会前の広場。
 キトの町は夜景も綺麗なのだが、旧市街は治安が悪いので
 夜は歩き回れないのが残念だった。

6月10日(火) キト観光 <キト泊>

  1. 2008/06/25(水) 11:06:24 
  2. カテゴリー:エクアドル Ecuador  
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朝、一度6時過ぎに目が覚める。
まだ、空も薄暗く、何より寒いので…二度寝。

そして、8時30分頃起きて、行動開始。
まずは宿のインターネットで、1時間、ブログの更新を。

さらに、屋上の洗い場を使って、洗濯をすることにした。

ガラパゴス諸島で過ごして以来、洗濯物が一部溜まっていたので、
がっつり洗っておいた。

洗濯後は、そのまま屋上のロープに洗濯物を干しておいた。
天気が良いので、すぐに乾きそうだ。


その後は、町に出てみることにした。
とはいえ、さすがに旧市街を歩き回るのは飽きてしまったので、
新しい行き先を見つけたい。

しかし、僕はキトのガイドブックのコピーは、自分のミスでほとんどコピーできておらず
見所の情報が載っていない。

そこで、宿に置いてある地球の歩き方を借りて、見てみることにした。
発行年度は古いものだったが、目を通してみると、
「赤道記念館」というのが、キトの中心から北へ約22kmの位置にあることが分かった。

行き先をメモして、いざ、そこへ向かって見ることにした。

外に出ると、定番となってしまったが、
まずは、約100m坂を下ったところにある、いつもの食堂へ。

1.4ドルで、朝食セットを食べる。


その後は歩いて、旧市街を抜けたところにある
America通りへ行き、バスを見つけることにした。

そして、歩き慣れた旧市街の道を、今日も歩く。






◆天気は快晴。
 空と白い建物のコントラストが美しい。






◆歩いていて、ふと見かけた問屋街のような通り。
 歩いてみたいけど、スリや強盗が多そうなのでパス。






◆未だに名前が分からないのだが、
 旧市街で一番大きくて立派な教会。
 アップで撮影してみた…それだけで絵になる。



歩いている途中で、教会近くの商店で、
バニラのアイスクリーム(0.3ドル)を購入。

ついついアイスを買ってしまう物価の安さがたまらない。

教会の脇の通りを抜けて、緩やかな坂道を、さらに10分ほど歩き進め…
やっと、America通りに差し掛かった。

ガイドブックによると、この通りから赤道記念館に向かう路線バスが
簡単に拾えるらしい。

とはいえ、キトのバスは、本当に分かりづらいので、うまくいくのかどうか。

バスはすごい勢いで走って来るのだが、
そのフロントガラスに書かれた無数の行き先の地名を瞬時に見て、
自分の行きたい行き先のバスであるか判断し、
もしそうだとしたら、手を挙げてバスを停めて乗り込むというもの。

とりあえず、見通しが良く、かつ信号手前の位置に立って
バスの様子を見てみることに。


しかし、全然、自分の思うバスが来ない。

もしかしたら、America通りから出るバスといっても、
もっと奥の場所から出るのではと考えて、200mほどさらに歩いて、
バスを待ってみることにした。

しかし…バスが来ない。


陽射しが段々強くなってきて、日陰に入っていないと暑くて立っていられない。
それでも、いつか来るんではないか…とバスを待ち続けたのだが、
結局、12時30分まで、45分ほど待ってもバスは現れなかった。

というわけで、赤道記念館に行くのは断念して、
今日はこのまま近くの新市街を歩いて帰ることにした。


南北に走るAmerica通りを、東の方向に曲がって歩いて5分ほど。
先日降り立った、エル・エヒド公園のバス停前に出た。

そして、先日と同じように、公園の脇を通るようにして、
新市街のメイン通り付近まで近づいたのだった。






◆新市街には高層ビルも並んでいる。
 旧市街とは全く異なる雰囲気。



先日は、新市街のアマソナス通りを歩いて、何も見所なく終わってしまったのだが、
今日は、その一本東の、メラ通りを歩いてみることにした。

とはいえ、何も無いだろうが…。

歩き始める前に、ちょっと疲れたこともあったので、
公園の片隅に腰を降ろして休憩することにした。





◆新市街と隣接しているエル・エヒド公園。
 この木の下に腰を降ろして休憩した。
 天気が良い日の公園はやっぱり気持ちが良い。



20分ほど休憩すると、メラ通りを歩き始めることにした。






◆新市街のメラ通りの風景。



メラ通りも…アマソネス通り同様、
まぁ、見所というものは何も無く、
欧米の観光客が集う、
ツーリスト向けに作られたこぎれいな通り。

まだ、アマソネス通りよりは
小さな店も時おり見かけられて雰囲気は良かったが、
10分ほどで通りを抜けて太い通りにぶつかったので、
そこを右に曲がって、4ブロックほど先に向かった。

そこの通りからは、旧市街に戻るトロリーバスが走っているので、
近くのバス停から乗って、旧市街に戻ることに。

あっという間の新市街散策、予想通り、何も無く終了。


バスで終点となる、旧市街の「LA MARIN」のバス停に戻ると、
歩いて宿に戻ることにした。
 





◆旧市街で見かけた服屋。
 この積み上げ方はすごい。クリーニング屋にも見えなくない(笑)



宿に戻ったのは、14時頃。

まだ1日は長い…のだが、何もしていないとはいえ、
比較的長い距離を歩いたので、ちょっと疲れた。

そして、なぜか眠い。

というわけで、今日もまた、昼寝をしてしまうことにした。

まぁ、ガラパゴス諸島の滞在を3日間前倒しして、
キトに戻って何をするかといったら
僕の目的は、プチ沈没(=目的無く過ごす)だったので、
この感じがたまらなく心地良い。

そして、昼寝すること1時間30分ほど…。

眠気は取れたので、パソコンで日記でも書くことにした。


僕の部屋は屋上に面した4階の部屋だったのだが、
荷物を持って、2階の共有スペースへ移動して、いざ、作業開始。

すると、しばらくして、宿泊客であるTさんがやってきて、
「今日はどこ回って来ました〜?」と話しかけられた。

僕の内容を話すと、彼は今日、赤道記念館に行って来たとのことだが、
どうやら、ガイドブックに載っている情報は違うらしく、
宿の情報ノートを見て書かれていた「LA MARIN」のバス停から出る方法で行ったらしい。

やっぱり、古い情報は役に立たないねぇ(笑)


赤道記念館の近くには、ミュージアムがあるらしく、そこが意外と楽しいらしい。
というわけで、明日、リベンジで行ってみることにした。

しばらく話した後は、今度は別の宿泊客の人がやってきて
その人に話しかけられたのだった。

さらに、他にも、パソコンを開いているのを見て
「CDが焼けるなら、2枚ほど焼いて欲しいんですけど…。」と話しかけてくる人もあり。


日本人宿で、共有スペースにいると、
こんな調子で次々と宿泊客と話すことになるから、
一向に落ち着いて作業が出来ない(笑)

もう、キト滞在中に日記を書き進めることは、半ば諦めた。


次に話した人と、しばらく旅のルートの話しなどをしていたのだが、
気付くと17時頃になったので、一緒に夕食に出かけることにした。

ちょっと違うものを食べてみたかったので、
先程話したTさんに、お勧めのレストランを聞くと、
宿の近くに中華料理屋があるらしく
そこへ行ってみることに。

さて、いざ出発!と思って、荷物を置くために部屋に戻ろうとしたら、
すごい勢いで雨が降っていることに気付いた。

いや、良く見ると、雨ではなく、雹。

やばい、そういえば午前中に干した洗濯物は…??と焦ったのだが、
宿のスタッフが、全員の洗濯物を取り込んでおいてくれたようで助かった。






◆わかりづらい写真だが…
 宿の屋上のトタンには、5mm程度の雹が降っている。



それにしても、バラバラとすごい勢いで雹が降っている。

ちょっとこれはきついので、少しばかり待機していたのだが、
止む気配も無いので、外に出てしまうことにした。


すぐにレストランが見つかるだろうと思い、
傘も持たずに外に出たわけだが、やはり雹の勢いがすごく、
結構きつい。

宿を出て左に曲がって坂を上っていきながら店を探したのだが、
これが全然見つからない。

100mほど上がったが、店が見つからないので一度引き返すことに。

宿に戻った時には、かなり濡れてしまった。
たかが、中華料理屋を探すのに、何でずぶ濡れになって
頑張らなければいけないのか分からないのだが、
ここまで来ると意地。

今一度、しっかりTさんに道順を聞いて、再び出発。


坂を上って、一つ目の交差点を左に曲がって、30mほど…
やっとのことで、中華料理屋を発見!

中に入った時には、雨に打たれて濡れまくり。
疲れた…。


そして、注文はということになったのだが、
壁に貼ってある写真を見て、海鮮ワンタン麺みたいなものを頼むことにした。

久々に、麺が食べたいので。


すると、待つこと10分ほど、出てきたのは…
海鮮ワンタン麺はおろか、貝の山盛り。

まさかと思ったのだが…貝を掘ってみても、
麺が見当たらない。

全て、貝。


メニューの写真の両側には、麺類の料理が並んでいるので、
これも麺料理と思ったら、大間違いだった。

明らかに料理の表記の配列がおかしいのだが、
今更どうしようもない。


黒い貝だけが盛られた、見た目が不気味すぎる食べ物。
こんなの食べたことなかったのだが、いくしかない…。


2人して、同じ料理を頼んだので、とにかく貝尽くし。
腹を壊す可能性が極めて高い、恐怖の貝盛りを、必死に食べたのだった…。

これで2.2ドル…雨の中、何のためにこの中華料理屋へ来たのだろう。
完全に、ネタとして終わってしまった、夕食だった。


食後、宿に戻ると、寒いのでシャワーを浴びることにした。


そして、その後は、先程、CD焼きを頼まれた人のために、
作業を開始することにした。

僕のパソコンは1枚のCDを焼くのに30分、
その前には、データを取り込まなくてはいけないし、結構な時間がかかる。

それをやってあげること自体、ボランティア以外の何者でも無いのだが、
自分で言うのも何だが、優しいなぁ…と、しみじみ思ってしまう。


で、CDを焼く前段階として、その人のカメラを借りてデータをパソコンに取り込もうとしたのだが、
これがかなりの時間がかかった。

データの転送速度のせいもあるのだが、
1GBのデータを取り込むのに、30分程度かかってしまった…。


この間、パソコンで他の作業は出来ないし、
かといって、パソコンを離れることも出来ない(盗難の危険があるため)

だめだ…これは完全にミス。
部屋で作業出来るなら、部屋に鍵をかけてパソコンを放置出来るのだが、
そうもいかない。

安易に依頼を請け負ってしまった…。


あまりに暇なので、結局、僕が座っていたソファの周りに座って話し始めた
日本人宿泊客の人達と話しながら、作業を進めることに。

こんな調子で、のらりくらりと作業を進めていき、
トータル2時間ほどかけて、やっと2枚のCDを焼き終えたのだが、
さらにここでトラブル発生。


僕のパソコンに接続していたカメラの中に入っていた
SDカードが不調になってしまったのだ。

依頼主の女性は、明日からガラパゴス諸島に行く予定らしく、
ここでSDカードが使えなくなったらえらいこっちゃ。

1GBのカード2枚なのだが、
なぜか、この女性のカメラでは、撮影データが見られなくなってしまったのだ。

原因不明なのだが…ただ、僕のパソコンも調子が悪く、
USBで外部機器を接続すると、変なファイルが出来てしまったりする現象は前からあったので
その影響の可能性もあり、見過ごすことも出来ない。


試しに、同じSDカードを僕のカメラに差し込んで撮影してみたら、
僕のカメラでは、今撮った写真のデータが見られることを発見。

どうもおかしい…ということで、お互いのカメラで写真を撮ったり、
パソコンにつないでみたりと、さらに1時間ほど試行錯誤を繰り返したのだった。


そして、ついに結論に至った。

この女性が持っているカメラの不調?が原因のようで、
このカメラにSDカードを差し込んで撮影を開始すると、撮った写真データを見られないのだが、
僕のカメラ(または他の人のカメラ?)で撮影を開始し(=SDカード内にフォルダが出来る)
そのSDカードを、この女性のカメラに差し替えて撮影を続けると、写真データが見られるのだ。

ややこしい話しで、文章を見ているだけでは何が何だか分からないが、
とりあえず、解決したのだった。

また、カード内のデータがいっぱいになってしまったら、
ネットカフェにいったり、誰かのパソコンを借りてCDに焼いて、
その後は、1枚だけ、別の人のカメラを借りて撮影して(=SDカード内にフォルダを作って)もらい
その後、自分のカメラにSDカードを挿し直して撮影を続ければ
きっと大丈夫だろう、という話しに。

いや…疲れました…さすがに…。


結局、19時30分頃から作業開始して、終わったのは11時前。

約3時間、無償で人のために尽くした僕は偉い…
というか、給料下さい…。


その後は、しばらく自分の作業を手元で進めつつ、
1時間ほど、同じソファに座っていた人達と会話を。

そして、今日はもう寝ることにしたのだった。


結局、何をしたんだか良く分からない1日だった。

6月9日(月) キト観光 <キト泊>

  1. 2008/06/25(水) 11:04:23 
  2. カテゴリー:エクアドル Ecuador  
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  4.  【コメントの閲覧・作成
昨日は18時過ぎに寝たというのに、起きたのは朝5時30分。

この時点で既に11時間30分も寝ているのだが、
まだ眠いので、さらに2時間ほど寝ることに…。

本当に寝すぎ。

8時に起きて、やっと8時30分から行動開始。


まず、何をしようかと思ったのだが、
インターネットで、写真のブログアップと、
写真アップ中に、同時にニュースのチェックを。

日本の最近の動きを、断片的であるが把握できる。

パソコンの回線の調子が悪く、思うように写真アップが出来ずに、
結局1時間30分かかって、終了。


その後は、何となく、キトの旧市街を歩いてみることにした。

まだ時間は早いが、食事をしようと考えて
安い食堂が無いかと歩いていたのだが、
泊まっている宿「スクレ」を出て右の坂道を
約100m下ったところに店を発見。

異なるメニューが店のいたるところに貼られているので
何が何だかわかりづらかったのだが、
とりあえず、1.4ドルで朝食セットが食べられるということでそれにすることに。

このセット、注文してみたらその内容に驚いたのだが、
プレート(チキン+サラダ+ライス)+ジュースに、
さらに、サンドイッチ+コーヒーが出てくるのだ。

これで1.4ドルとは安い…!

いきなり満腹になってしまった。






◆写真中央が食堂。この店に何度も通った。



食後は、再び町歩きをしてみることに。

ガラパゴスに行く前日に、一通り歩いたのだが、
改めて見ても、やはり町並みは綺麗と言える。

ただ、人通りが少ないところもあり、治安面では、やや不安を感じる面も。
キトは、新市街は問題ないが、旧市街は場所によっては強盗も出るので、注意が必要だ。

まずは、歩いて、独立広場まで。


何度、独立広場を通っているのかと思ってしまうのだが、
やはり、地元の人達が一番多く集っているのが、この場所だ。

その先、どこまで歩いて行こうかと思ったのだが…
歩いたことのない通りを歩いてみることに。


といっても、旧市街の中心部は半径500mぐらいなものだから、
ちょっと隣の通りを歩いてみる程度の話しなんだけれど。

「LA MALIN」のバスターミナルまで、
雰囲気の良い坂道を下っていき、
そこからは、太い道沿いに右手(長距離バスターミナルの方向)へ歩いてみることに。






◆多くの人が通りを行き交い、活気がある。



バスが激しく行き交う通り沿いには、小さな商店がたくさんあって、
生活感が満載。

物価が安い割りには、比較的質の高い物が売られているように思え、
その不思議なバランスが面白かった。







◆「LA MARIN」のバスターミナル近くの商店街。
 ごちゃごちゃ感がたまらない。



歩いて5分ほどすると、だんだんと長距離バスターミナルに近づいて来たのだが、
大きな交差点に差し掛かったところで、治安の悪さを察知。

キトの旧市街でも、治安が悪いとされる長距離バスターミナルなのだが、
確かに、そこへ続く道は、人通りが急に少なくなり
貧民街のような雰囲気が見かけられる。

「この道をカメラをぶら下げて歩いたら強盗に遭うぞー!」と思いつつ、
道を引き返すことにした。






◆長距離バスターミナル付近の風景。
 この辺りは治安が悪く強盗がよく出るらしいが
 確かに、これ以上先に踏み入ったら危ない雰囲気。
 キトは旧市街の中心を一歩出ると危険だ。






◆キトを走る路線バス。
 フロントガラスに行き先が書いてあり、
 それを一瞬で見て乗るかどうか判断するわけだが…
 こんなにバラバラと大量に書かれても
 観光客である僕らに判断出来るわけが無い。 
 キトのバスは本当に分かりづらい。



その後は、同じ道を通りながら、独立広場の脇を抜けて、
一本裏の道を歩いて、宿まで戻ることにした。






◆旧市街のVenezuela通りから教会を望む。
 旧市街は、緩やかな坂が連続している。



裏の通りには、先日、フルーツパフェのようなものを買った小さな店があるのだが、
今日もそこを覗いて見ると、やはり売っている。

気になる、気になってしまう…。

物価の安さに、つい何でも食べたくなってしまうのが、
エクアドルの魔力(笑)

店の透明なケース内に置いてある商品を眺めていると
そのタイミングで、現地の人が買いに来て、
大きいサイズのフルーツパフェを買っていったのだった。

ほほう…それを見たら、僕だって買わずにはいられない。


で、同じものの値段を聞いてみたら、何と「1ドル」
「これが1ドル?」と驚いてしまったのだが、迷わず購入。

お腹はまだ空腹ではなかったが、こういう贅沢が出来るのも、
この旅で最後の国だろうから(この先は、チリ、ニュージーランド、オーストラリアだからね)
ここで贅沢しておかないと!


それを食べながら、歩いて5分ほどで、宿に戻ったのだった。

まだ時間は13時頃だったが、何をしようか…。
天気は良いのだが、なにぶん、やることがない(笑)

というか、やっぱりちょっと疲れている。
部屋に戻ってベットに横になって休憩していたら、だんだん眠くなってきたので、
昼寝してしまうことにした。


せっかく海外にいて、天気も良くて、時間の余裕もある。

何でも出来るこの状態において、何もしない(=昼寝してしまう、)という
この時間の過ごし方が、最近、幸せに感じる。

「いいじゃん、寝ちゃえー!」っていう、グダグダな過ごし方が何とも良い。
日本で忙しく働いていたら、絶対に出来ないからね、昼寝なんて…。

というわけで、眠りについてしまったのだが…



起きたのは、4時過ぎ…。良く寝た…。

でも、まだ空は明るい。

昼寝によって、眠気は無くなったので、
さて、何をしようか…と考えたのだが、
「ボールを蹴ろう」と思い立ち、サッカーボールに空気を入れることにした。

ちなみに、先日、プエルトアヨラで出会ったブラジル人が
リフティング中にボールに乗っかったことによって壊れたのだと思うが、
サッカーボールの空気穴の調子が悪く、
空気は入るのだが、
空気を抜けなくなってしまった…。

というわけで、この先の残りの旅の期間は、
ボールが膨らんだ状態で、持ち歩かなくてはいけないという、面倒なことになってしまった。



ボールを持って外に出ると、
目の前にあるサンフランシスコ教会前の石畳の場所で
リフティングを始めた。

石畳だから、一度ボールが地面に落ちると変な方向にバウンドするので、
足を使ったリフティングの練習には不向きだったので、
上半身を使う技…ということで、胸(肩?)付近でボールをトラップするように止める技の練習を。

これ、今となっては、どこでも見かける技だし、
フリースタイル好きのほとんどの人が出来るのだろうけど、
僕はどうも出来ない。

どこで止めるのかな…と手でボールを持ちながら
止める場所を探しつつ、何度か止める練習をしていると、数回だけ止めることが出来た。

それはいいんだけど、この技、体を反らなければいけないので、
ことのほか体の硬い僕にとっては、ちょっと辛い(笑)

結局、45分ほど練習して、今日は終えることにした。


それにしても、リフティング中に現地の人が、
「ボールを貸してくれ!」といった感じで、声をかけてくるかなと思っていたのだが
全くその気配なし。

エクアドルは、南米の中ではサッカーは弱い国の部類に入るだろうが、
そういったことも、こうしたちょっとしたことでも感じる。

道端でも、サッカーをしている人を全然見かけないし。

やっぱり、スポーツの強さ決めるのは、
文化になっているかどうかの違いなんだなと改めて感じる。


宿に戻る前に、夕食を済ませてしまうことにしたので、
今朝、食事をした食堂に再び立ち寄った。

1.5ドルで、コーラとプレート(チキン+ライス+サラダ)のセットを。

この食堂、朝食セットはお得な内容だったが、
それ以外になると、ちょっとお買い得が減ってしまうという、
不思議なメニューの構成。


食後、宿に戻ると、シャワーを浴びることにした。
しかし、シャワーを使っている人が先にいたので、少々待つことに。

時間は18時過ぎだったのだが、
シャワー室の近くのキッチンでは、自炊する人がたくさん。

このエクアドルで自炊をするというのは、何とも偉い。

僕は面倒くさがりやだから、
物価の安い国で自炊する気にはとてもならない。

時間もかかるしね。


でも、これ、あとになって振り返ってみたのだけれど、
数日間程度の滞在で次の都市へ動き回る人は、ほとんど自炊してなかった。

つまり、自炊している人は、最低でも1週間以上、
中には数ヶ月滞在している人もいたのだけれど、
そういう人達は、食材を買って、毎日自炊しているわけだ。

このスクレという宿は、宿泊費がシングルで1泊3ドルという驚異的な安さということもあり、
沈没者(=先の予定が未定の、長期滞在者)が多数いると思われる。

何となくキッチンや共有スペースを眺めているだけでも、そんな人ばっかり(笑)


シャワーが空くと、さっそく浴びることに。
お湯の量がチョロチョロといったレベルで、結構きつい。

さすが安宿といった感じ。

キトの町の夜は結構冷えるので、
温かいシャワーは重要な要素なのだが、残念。


シャワーの後は、パソコンで日記を書こうと思い、
部屋に電源が無いので、仕方なく荷物を持って
テレビのある共有スペースへ。

最初は、写真の整理をしていたのだが、
途中で宿泊者に「ここって、無線LAN使えますか?」と話しかけられたのだが、
見てみると、ガラパゴス諸島で出会った若夫婦の奥さんだった。

世間は狭いもので、
日本人はみんな同じようなルートで南米を回っているものだなぁと、実感(笑)

そういえば、無線LAN、僕は全然使ってない。というか使えない。
この旅で無線LANを使ったのは、モンゴルのウランバートルの宿「あづさや」と、
フランスのマルセイユでお世話になったアニックさんの家ぐらいだ。



ところで、この若夫婦は、話しをしてみると、旅する前は、
オーストラリアのケアンズの安宿で働いていたこともあるとのこと。

もちろん、ダイビングのインストラクターとしても。

僕はケアンズに7月に行くので、
いろいろと情報を教えてもらったのだった。

ちなみに、ケアンズにビーチというのは存在しないらしい。
で、僕が行くのは冬。しかもダイビングはしないつもり。

となると、正直…見所は少ないらしい(笑)
お金を出せば、いろいろなアクティビティが楽しめるらしいが…。

ちょっと、ケアンズに行くというのは、選択を誤ったかもしれない(笑)



その後は、共有スペースにだんだんと人が集まってきて、
結局、日記を書ける状況ではなくなったので、話しに加わることにした。

日本人が集まって語るという、日本人宿特有のこの時間の過ごし方が、
何とも久しぶり。

話したメンバーは、
若夫婦+カンボジアで一度会っているTさん+おそらく超長旅をしているMさんという構成。


で、ふとしたきっかけで、話題は「人は何に感動するのか」というもの。

なぜこんな話題になったかというと、
これだけ長旅を続けているメンバーなので、
さすがに長旅に疲れる、または飽きてきてしまい、
観光をしていても、全てが当たり前に思えてきて、感動しなくなってくる。

そこで、「みんな何に感動して、旅を続けられるのか?」という話しになったのだ。

確かに、これは分かる。

海外旅行というのは、通常、非日常であるもので、
日常とは違うものが得られるから、みんなそれに惹かれるのだろう。


しかし、長い間海外旅行をしていると、
非日常であるはずのものが、いつしか日常になってしまう。

旅の当初では新鮮に感じていたものが、だんだんそう感じられなくなり、
いつしか、違いすら捉えられなくなる。


というわけで、みんなそれぞれ旅をしていて、
感動した瞬間を言い合うという展開になったのだが、
ここで面白かったのが、超長旅中のMさんの話し。

Mさんは、年齢は45歳。

話を聞いていると、
さすがに、もう世界では回ったことの無い場所はないのではないかと思えるほど。


感動した場所や瞬間の話を聞いていると、これが面白い。

例えば、バングラディッシュとミャンマーの国境付近?の村でのお祭りで
火を囲んで地元の人が踊るそうだが、
その異様な雰囲気の中において、
現地のおばさんが、泡を吹いて倒れた瞬間とか。

他には、ネパールのチベットに近いヒマラヤ辺りで、
飛行機でしかいけない場所らしいが、地球上とは思えないような地形の場所があるらしく、
しかも、そこでは罪を犯した人間は、その死体を岩の隙間に挟んだまま放置して
見せしめのようにするらしいが、何十体もミイラ化した人間が放置され手入る光景を見た瞬間。

ネパールのチトワン国立公園のインドサイも、見るとなかなか感動するらしい。

他にもいろいろありすぎて、覚えていないのだが、
とにかく面白い。

でも、話を聞いていると、確かにその光景自体もすごいものがあるのだが、
何より、Mさんの感受性が豊かであることが印象に残ったのだった。

意外と?動物好きで、
象の赤ちゃんが生まれた瞬間を見たときも感動したとか、何だか微笑ましくなる。


そんな話をしつつ、みんなが共通していた点と言えば、
やはり、「自然と動物が一番感動する」というもの。

遺跡とか、建築物とか、人間が作ったものは、どうも限界がある。
おそらく、想像の域を超えないからだろう。

例えば、僕はアンコールワットが一番感動した建築物だが、
それと、ロライマ山の山頂の風景を見た時の感動を比べたら、
圧倒的にロライマ山のほうが感動した。

もちろん、歴史的な背景などに興味があり、
とにかく遺跡が好きという人は別なのかもしれないが…。


みんな、長旅をしていると、遺跡とか建築物を見ても
だんだん同じに見えて来てしまうのもある(笑)

マチュピチュも、日本でテレビを通して見ていると、
想像が膨らんでいくのだが、実際に見ると、うーん…まぁまぁ、といった感じ。

じゃあ、イグアスの滝と、どちらが感動したかと問われれば、
間違いなくイグアスの滝。


そんな話をしつつも、
「感動できる事柄というのは、いくらでも探せばあるもので、
感動するためには、自分の感受性が豊かであることも大切な要素」なんだなと、
気付かされたのだった。

せっかく生きているのだから、たくさん感動して生きていきたい。

そういった意味でも、今回の話題のテーマ「感動」というのは、
非常に面白い内容だった。


ずっと話し続けて、気付けば1時近くになっていた。
そろそろ…ということで、みんな今日は寝ることに。

いやー、日本人宿、たまには面白いね。
やっぱり、お互い同じ文化を持つ人達だし、日本語で会話出来るから深く話せるし。

6月8日(日) ガラパゴス諸島(バルトラ島)→キト <キト泊>

  1. 2008/06/16(月) 01:31:31 
  2. カテゴリー:エクアドル Ecuador  
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早朝、4時30分に目が覚める。
予定通りだ。

早寝早起きすることで、寝坊のリスクを避けられるので
最近はこの方法を取っている。


外はまだ真っ暗だったが、
起きてパソコンを開いて写真のバックアップ作業を進めながら、
荷物の整理を開始した。

6時になると、水シャワーを浴びることに。
寒いけど、気温が温かいから何とかなった。

その後は、室内にロープで干していた洗濯物を取り込んで
他の荷物も含めて、超スピードでバックに荷物を詰め込んでいった。


そして6時45分になり、宿を出発。
フロントは閉まっていたので、部屋に鍵を置いておいた。

さて、宿の外に出たものの、この時間にタクシーはいるのかな…と思いつつ、
そういえば、滞在中にタクシーらしきものを見かけたことが無いことを思い出した。


道でボーっと立ち尽くしていると、
一台の白い軽トラックみたいな車が寄ってきて「タクシー?」と言われたので乗ることに。
バスターミナルまで1ドル。

他にも、同じ形の車に乗っている客を多く見かけたから、
どうやらこの島ではこれがタクシーらしい(表示は一切無いけれど)


バスターミナルの位置は、海に対して垂直に走っている町のメイン通りを
陸の方向に約2kmほど進んだ先の、右手にあった。

歩けなくも無いが、緩やかな上り坂になっているので、
タクシーを使ったほうが良い。


ターミナルに到着すると、早速チケットを購入(1.8ドル)して、
7時発のバスに乗り込んだ。

チケットには、一応、座席番号が書いてあるのだが、僕のは「32」番。

で、座席は、「31」番までしか無い…。
32番って、屋根の上ということなんだろうか(笑)

良く分からないので、適当に他の席に座っておいた。


バスが出発すると、約1時間で、
空港があるバルトラ島へボートで渡るための場所へ到着。

そして、ボートに乗り込んで100m対岸へ、
(行きは0.8ドルだったのに、帰りはなぜか0.5ドルだった)


対岸に到着すると、15分ほど待って、
タメ航空のバスが迎えに来たので、それに乗って空港へ(これは無料)

空港到着後は、チェックインを済ませて、
10時45分のフライトを待つことに。

とはいえ、まだ8時40分。暇だ。


とりあえず、空港でもらえるというガラパゴスの記念スタンプをもらいに
到着ゲートにいるおじさんに声をかけたら、スタンプを押してもらえた。
パスポートと、手帳に1つずつ。

その後は、お土産屋をざっと見渡したが
これといって特徴的なものは無かった。


そして、ベンチに座ってパソコンを開いて、
1時間、日記を書き進めた。

10時になると、搭乗ゲートへ。
さすがに小さい空港だけあって、既にほとんどの客が搭乗を済ませている状態で、
10時45分の離陸予定が、何と10時20分に離陸。

まぁ、早い分には越したこと無いけれど。






◆タメ航空に乗って、エクアドルのキトへ戻る。
 比較的まともな航空会社だった。
 


離陸後は、楽しみな機内食が。
飲み物はいつも通りビールを。

食後はウトウト寝ていたのだが、1時間30分ほどで
あっという間にグアヤキルの空港に着陸。

行きと同様に、このままキトに行く人は飛行機に乗り続けるということで、
約40分ほど待っていると、再び飛行機は離陸…。


グアヤキル→キト間は、飲み物の提供のみ…ビールも選べないし…ちょっと切ない。

1時間で、キトの空港へ無事着陸したのだった。
途中、雲に突入してかなり揺れたので、まさかの墜落を想像してしまい焦った…。


キトの空港に到着すると、早速、荷物を受け取ってから外に出て
歩いて3分ほどのバス停「Aero Puert」へ。

ここから青い色のバスに乗る(0.25ドル)


キトのバスは未だに良く分からないのだが、
路線バスがどこまで走っているのか、把握出来ない。

観光案内所でもらった地図と、
バス停に表示されている路線図が微妙に違う。

バス停の名前も、違ったりする。


このバスにそのまま乗っていれば
旧市街に行くのかどうか分からなかったので、
安全策を取って、「Saminario Mayor」で一度下車して
歩いて300mほどのバス停「Colon」まで行って、
緑色のバスに乗り換えることに(また0.25ドル)

そしてバスは旧市街の、サント・ドミンゴへ到着したのでそこで下車することに。


先日、一度訪れた旧市街だったが、また訪れることになるとは…。
ガラパゴスからの帰りを3日間早めたので、その分、キトで滞在出来ることになったのだ。

ところで、この数日を過ごす宿をどうするか、迷った。

シウダーボリバルで出会ったオーストラリア人夫婦にお勧めされた宿(1泊8ドル)か、
ガラパゴスで出会った日本人が泊まったという宿(1泊3ドルらしい)にするか…。


うーん…。

やっぱり、節約ということで、安いほうにするか(笑)

ということで、バス停を降りて、歩いて10分弱のところにある
「スクレ」という宿に行ったのだった。


「シングル1泊3ドルって、アジアを越えるほどの安さだけれど、大丈夫か?」と思っていたのだが、
思ったよりもマシな感じ。

しかも、共有スペースも広い。

インターネットもあり、有料(1時間0.7ドル)だけれど
なぜかOSは「Windows Vista」だし、ネットスピードもまぁまぁ早いし、
日本語も打てるし、わざわざ外のネットカフェに行く必要が無い。

シャワーもホットシャワー(水量はかなり弱いけど)
キッチンや冷蔵庫もある。
屋上に洗濯物も干せる。

部屋も比較的清潔。

ちなみに日本宿定番の大量のマンガは無い(笑)


唯一、僕にとって痛かったのは、部屋に電源が無いということ…
静かに音楽を聴きながらゆっくり時間を過ごしたかったので…。
(ipodが故障している今、音楽を聴けるのはPCからしかないので)



それにしても、何だ、この過ごし易い宿は??
ちなみにこの宿は、ほぼ、日本人宿(たまに韓国人も見かけた)

というわけで、滅多に日本人宿に泊まらない僕としては
妙に緊張(笑)

外国人バックパッカーが集まって、
日本人が1人もいない宿のほうが気が楽。






◆今回止まった宿「スクレ」
 シングル(トイレ・シャワー別)、1泊3ドルという格安料金の割りに
 バックパッカーにとって過ごし易い環境が整っている。



さて、チェックインを済ませると、
妙にフレンドリーな宿のスタッフの人の笑顔がなかなか。

そして共有スペースには、いるぞいるぞ、日本人が(笑)

さすが南米、長期旅行者風の人ばっかり。
髪がのびまくって、髪を縛っている人や、
髪を頭の上でゴムで止めて、パイナップルみたいな髪型の人も。

出た、これぞ日本人宿!という感じ(笑)

旅の始まりの頃は良かったのだが、
何だか最近は、こういう旅の猛者みたいな人達と絡むのがちょっとおっくう。

何だろうね、たぶん、心のどこかで、
旅の終わりが近づいていることを感じているのかもしれない。


「もう、僕の旅は終わる」

そう思うと、長期旅行者の人と絡んで、旅の話をしたり、
見所を聞いたり、隠れ情報を聞いたり…そういったことに
あまり関心が無くなっているのかもしれない。


部屋に荷物を置くと、時間は16時になっていたのだが、
とりあえずインターネットを1時間使うことに。

ここのところ、メールがぱったり来ていないので(そろそろ、日本の友人からも放置状態・笑)
メールチェックは一瞬で終了。

というわけで、書き溜めているブログを
一気に更新開始。

しかし、画像のアップ数が過去最高と言える日記が続くので
なかなか大変。

とりあえず画像だけアップして、そのデータ(HTMLというのかな)をWordに保存して、
自分のノートPC上で文章と画像を合わせた後に
またそれをアップするという…ほんと面倒な作業。


ネットを使った後は、17時過ぎになっていたが、
夕暮れ時でだいぶ空が暗くなってきていた。

キトの旧市街は、夜になると治安が悪くなるようなので
あまりうろつきたくない。

というわけで、どこか食堂を探して早めの夕食を食べてしまうことにした。






◆サン・フランシスコ教会前の広場。
 先日のイベントの時はすごい人だったが、
 今日は人も少なくとても静か。



先日は、キトがお祭りだったのですごい人だかりだったが、
普段の町を歩いていると、人の数も少ない。

先日とは、別の町に見えてしまう。


そして歩いていると、小さな食堂があったので
そこでいつも通り、チキンとライス、
サラダ、そしてジュースのセットを(1.75ドル)

それにしても、やっぱりエクアドルは食事が安い。


その後は、独立広場を回るようにして宿のほうへ戻っていったのだが、
途中のファーストフードショップで、
ついうっかり、アイスが売られている表示が目に入ってしまい、食べてしまった。

しかも、アイス3つ+バナナが添えられている、1.5ドルの高価なものを(笑)

ガラパゴス以降、完全に、アイス病にかかっている(笑)






◆独立広場には、すごい人だかりが出来ていた。
 何かと思い見ていると、人だかりの中央には、熱く語っている人が1人。
 弁論大会みたいなものだろうか。






◆こちらも独立広場の風景。
 ところどころに人だかりが。






◆ラ・メルセー教会。
 こうした建物が歩いていると、ふと見かけられてしまうのが 
 キトのすごいところ。南米とは思えない。



満足して宿に戻ると、18時過ぎだった。
本来であれば、ここからシャワーを浴びて、ネットでもして…何て思ったんだけれど、
何だかそれら全てが面倒に感じてしまい、
服を着替えて、今日は寝てしまうことにした。

こんな時間に寝たら、夜中起きてしまうのでは?何て思ったのだけれど、
そんなことを気にすることも、面倒。

ええやん、寝たい時に寝る、それだけで。






◆宿の屋上から、夕暮れの空、
 そしてパネシージョの丘を眺める。
 どこか寂しげな風景だ。 



何だろう、エクアドルに入ってから、本当に何かに疲れているというか
何も考えたくない、という気持ちが湧いてきている。

今後の旅の行程自体は、意図的にかなり余裕を持たせて組んでいる。


ちなみに今後のフライト予定は…。


エクアドル(キト)

コロンビア(ボゴタ)

ベネズエラ(カラカス)

チリ(サンティアゴ)

イースター島

サンティアゴ

ニュージーランド(オークランド)

オーストラリア(シドニー)

ケアンズ

エアーズロック

パース

成田


…という予定になっている。
残りの約2ヶ月弱でこれらを回り、7月31日のフライトで、日本に戻る予定。

最後の2カ国、ニュージーランドとオーストラリアは、
英語圏だし、別に何かサプライズがある国でもないし、
静かに過ごそうと考えている。


見たことのない世界に飛び込む旅の時間から、
見たことのない世界を体験した旅を振り返る時間へと
移り変わっていっているのかもしれない。

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