3月17日(月) バーゼル→スペイン(バルセロナ→マドリッド) <車中泊>

  1. 2008/03/18(火) 04:43:05 
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さすがに夜遅くまで飲んでいたこともあり、
寝起きが悪い。




◆これがバーゼル滞在中の1週間で飲み干したビールの缶…。
 すごい…すごすごる…缶を潰してあるのに、このボリューム。



とはいえ、9時頃起きて、
出勤するOさんの旦那さんと、お別れの挨拶を。

本当にお世話になりました!!
また日本でお会いしましょう…。


そして、急いでシャワーを浴びて、
今度は、外出することに。

というのも、先日、中田浩二選手との食事の席に誘って頂いたSさん宅に、
今日はちょっとお邪魔することになったのだった。

Sさん宅までは歩いて10分ほど。

で、家の前に着いたのだが、インターホンを押しても、
携帯電話にかけても、反応なし。

あれれ??ということで、
しばらく待ってみたが、どうもおかしいので、
一度、Oさん宅に戻ることにした。

と思ったら、戻っている最中に携帯電話に着信があり、
どうやら、家にはちゃんといるとのこと。
(ちなみに携帯電話を、一時的にOさんからお借りしているのです)

おかしいなぁ、と思ってまたSさん宅に戻ると、
インターホンが会話中の状態になっていたようで、
それによって、僕が押したインターホンが、室内に鳴り響かなかったらしい。

いや、それならそれでOK!ということで、
無事、家の中に入ることが出来たのだった。

が、既に時間は11時近く。残り時間2時間程度。

この日は、Sさんの友人の方もいて、
また、息子さんとその友達もいて、みんなで食事をすることに。

いやはや、ひょんなことに、こうした機会を頂けたのだが、
これまた楽しい時間になった。

途中で、息子さん達は自分達の部屋に戻っていったのだが、
その後、Sさんと友人の方と僕の3人で話を。

やっぱり話を聞いていると、それだけ楽しいもので、
なぜか、恋愛における駆け引きの話しに展開。

なるほどな〜!と、女心というものをいろいろ教わったようだが、
まぁ、僕はそんなに器用ではないので、いい男になるには
まだ修行が必要だなぁ、何て思ってみたり(笑)

でも、恋愛間一つとっても、
女性一人一人違うわけで、結局のところ、
その人それぞれに対して、接し方は違っていくものだろうと感じた。

とはいえ、自分の価値観というものも大切になるわけで、
そうなると、やっぱり恋愛って、出会いというか、相性になるんだろうな。

後は、相手に対する、理屈抜きの愛情、想い。
これだろうね。


…なんて、話を聞きながらも考えつつ、
気付けば、予定を大幅に過ぎて、13時30分頃に。

急いで帰ることに。
最後に、息子さん達も呼んで、みんなで記念撮影を。
(写真は勝手に掲載して良いのか分からなかったので、念のため控えておきます〜)

バーゼル滞在の最後に、良い思い出のページが出来たのだった。


家の前までSさんにお見送り頂き、
「またスイス、もしくは日本でお会いしましょう!」と別れの挨拶を交わして、
家を後にすることに。

バーゼル滞在時に、Sさんに出会えたことで、
様々な思い出を作ることが出来たし、いろいろとお世話になった。
本当に出会えて良かったと思える素敵な方だった。
これからもよろしくお願いします…!



さて、その後、ダッシュでOさん宅に戻り、猛スピードで荷物の整理をして、
借りていたカメラのデータをパソコンに落として、
完了後、家を出ることに。

最後に慌しくて申し訳なかったのだが、
奥さんは、トラム乗り場まで見送りに来てくれた。


1回目の滞在も含めると、こうしてトラム乗り場に見送りに来てもらったのは、
3度目(?)になる。

3度目の正直、さすがに、4度目は無いだろう…
いや、サンパウロからチューリッヒまでの直行便があるようで、
もしサンパウロで何かトラブルに遭ったら、もう一度帰って来ようかな…(笑)


トラムに乗り込んで、発車すると、
「また旅が再開するんだ」と自分に言い聞かせるのだった。

そして、バーゼル駅前からバスに乗って、空港へ。
昨日のビールが残っているのか、バスに乗っているとなぜか酔ってしまったのだが、
空港に着いて、ひとまずチェックインを済ませ、搭乗口ゲートへ。

時間もギリギリだったので、
既に飛行機への搭乗も出来る状態で、
そのまま飛行機に乗り込んだ。


飛行機に乗ると、眠気もあって、離陸前に既に熟睡。

…気付いたらバルセロナに着いていた(笑)

バルセロナ・ジローナ空港に飛行機が降り立つと、
早速、バス乗り場へ移動して、バルセロナ市内へ向かうことに。

バスで1時間ほどで、バルセロナ南ターミナルへ到着。

そこからは歩いて、先日まで泊まっていた宿に戻った。

宿に戻ると、不安ではあったのだが、
無事、預けていた荷物が置かれていたのだった。

良かった…。

とはいえ、スタッフルーム内に保管してくれと依頼しておいたのに、
思いっきり共有スペースに置かれていたので、
危なかったのだった。

おいおい、ちゃんとしてくれよ…。

2時間ほど、時間に余裕があったので、
荷物の整理をして、
その後、Oさん夫妻から渡してもらった果物などを夕食として食べることに。

また、無料インターネットを使わせてもらい、
バーゼル滞在中の画像をアップすることに。

僕のお気に入りの宿のスタッフ「HUGO」にも再会を果たしつつ、
20時30分頃になり、宿を出て、バルセロナ・サンツ駅まで地下鉄で向かうことに。

駅に到着すると、早速、マドリッド行きの夜行列車のチケットを買うことに。

ここで、ちょっとショックだったのだが、
スペイン国鉄のホームページ上で事前にチケット購入しておけば、
38ユーロで買えるところを、直接購入だと50.8ユーロとのことだった。

なにー!?でも確かに先日、ホームページを見たときは、
38ユーロだったなぁ…なんてこった…。

切なさに打ちひしがれながらも、とりあえずチケットを購入し、
列車の出発まで、ベンチに座って待つことにした。

暇だったので、かなり久々にipodを聞くことにしたのだが、
ここで、ふと聞いた、コブクロの「轍」という曲に
はまってしまったのだった。

何や、この曲ええやんか!と思いつつ、
1時間ぐらい、何度も聞きまくってしまった。

まさに僕の旅にぴったり(?)の曲。
いいねぇ。カラオケで思い切り歌ってみたい曲だ。


さてさて、そうしていると、列車出発の時間(22:20)に。
ホーム行って待っていると、無事列車が到着。

久々の夜行列車なので、気合を入れなければ…と思っていたら、
「日本人の方ですか…」と、日本人旅行者のIさんに話しかけられたのだった。

どうやら、1ヶ月のヨーロッパの旅をしている最中のようで、
旅先で日本人を見つけては、積極的に話しかけて、仲良くなっているとのこと。

この先、スペインとポルトガルを回るということで、
僕は不要で使わなくなっていた、ポルトガルのガイドブックのコピーをあげることに。

その後、席に座って、ヨーロッパの旅話を少々。

旅先でこうして積極的に話しかけては、
仲間を作って旅をする人もいるのだなと、関心した。

「今回は1人旅だったけれど、
 次やるなら、絶対に友達と一緒に回りたい!」という話がIさんからあったのだが、
その理由は、感動を共有できるから、というもの。

うんうん、確かに。

何とも元気パワー溢れるIさんだったのだが、
しばらく話をした後は、お互い自分の席に戻って寝ることに。

「マルセイユの盗難の二の舞は絶対にやられへんで!」と、
僕はバックと自分の身を、グルグル巻き状態でロープで
体に巻きつけて寝ることに。

…ただ、この列車、妙に暑くて、席もリクライニングがほとんど倒れず、
全然寝付けない。

最悪。

結局、眠りにつけたのは、夜中3時頃。
いやー、久々の夜行列車、きつい。

3月16日(日) バーゼル滞在 <バーゼル泊>

  1. 2008/03/18(火) 04:41:31 
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今日はバーゼルで過ごす最終日。明日はバルセロナに旅立ちだ…

とはいえ、何とか日記の執筆を先に進めて、
南米に到着するまでに、リアルタイムに追いつかせたい…

というわけで、11時頃起床して、
昼食後も、日記の執筆を続けた…。

気付けば夕方頃に。


と、ここで、ご近所のSさんが登場。
毎週日曜になると、こうしてSさんもやってきて、
夕食を共にしているとのこと。

もちろん今日は僕の最後のバーゼル滞在の日ということで、
宴は避けられない(笑)

Sさんは僕にとって癒し系キャラで、
何とも大好きなのだが(ちなみに男性です)、
やはり、うっかり誘いにのってしまったのだった。

最初は、Sさんも夕食の料理をしていたで、
僕も部屋で日記を書いていたのだが、
ここで、Sさんから、「何か、ちょっと喉が渇かない?」という一声が。

これは…ビールを飲み始めようという合図だ…。

そう、直感でわかってしまったのだが、
理性よりも直感で、気付いた時には
「そうなんです、だいぶ喉が渇いてるんですよ〜!」と答えてしまっていたのだった。

こうして、南米までに日記をリアルタイムに追いつかせるという作戦は、
失敗に終わったのだった…(笑)


さて、ビールを飲み始めつつ(といっても、まだ夕方5時ぐらい)、
楽しく会話を。

途中、食材の買い物に行っていた旦那さんも加わり、
今日も最強料理人の手による、豪華料理が作られていったのだった。

料理に全く無頓着な僕は、
今日の夕食に加えてほしいと希望した「おから」の剥き方を見つつ、
「へー!この部分を剥くんですねぇ。」なんて言いながら関心しつつ、
結局、ビールを飲んで、全く手伝わないという最悪の状態(笑)

こうして、夕食の準備が進んでいきながらも、
都度、完成していく食事を食べながら、ビールを飲んで…
そして、メイン料理のマーボウ豆腐(漢字がわからん)も完成して、
それを食べつつも、満腹になったのだった。


そういえば、以前からSさんと話を交わしていた、
Sさんの旅(今年6月頃から出発予定だった)の件は、
何と、ひょんなことに旅が出来ないとの話しが(笑)

これまでのアドバイスは何だったのだろうか…(笑)なんて思いながらも、
改めてSさんの細かい背景などを聞いてみると、
これが何とも興味深い。

いやはや、また日本でお会いする機会を作って、
お互いの人生の経過を、ビールを交わしながら話してみたい。

さて、こんな感じで、バカ騒ぎ(?)でもないが、
楽しく時間を過ごしていると、ビールがどんどん無くなっていく。

そんな最中、みんなで記念撮影を。





◆Oさん夫妻、そしてSさん。何とも楽しい時間をありがとうございました!



夜11時頃になって、奥さんは寝床に向かったのだが、
時を同じくして、これまた同じ料理店でご近所のRさんが家に来るという話しに。


1回目のバーゼル滞在時に、助けてもらった方で、面識はあっただが、
やっぱり予想通り、面白すぎる方。

話し方が癒し系。テンポがいい。単純に楽しい。

以前、このRさんが家に来て、
大声を出して騒ぎすぎて奥さんから出入り禁止令が出たこともあるようだが(笑)


とりあえず、みんなで記念撮影を。





そんなわけで、細かい話題は覚えていないのだが(たいした話はしてない?笑)
ビールをどんどん飲んで、騒いで、気付けば夜中の3時頃に。

そして、記念撮影を…。





◆Take1
 向かって左のRさんは、既に天国に昇られているようです…。





◆Take2
  向かって左のRさんは、どうやら神様になったようです…。
  神様に出会えたことで、周りにいる人間達も幸せそう…(笑)



ここで、Rさんが帰るということで、
握手を交わして別れることに。

いやはや、この写真のメンバーが、こうしてバーゼルで集合できるのは、
この瞬間が最後になるだろう。

次に合流できるのは、何年後?そして世界のどこで?
この幸せな時間も、一期一会。


そして、さらに残ったメンバーで、飲み進めること約2時間。
5時前になり、Sさんも帰るということに。
そこで、今回の会は終了したのだった。

いやはや、遅くまでお付き合い頂きありがとうございました…。

最後は、僕も酔いに任せて自分の勝手な価値観によって話しすぎたことと、
振り返ってみると反省をしているのだが、
とにもかくにも、楽しい時間を過ごさせてもらえた。

で、この日は、ビールを飲みまくったわけだが、
その数、一人当たり約8本(500ml缶)=4リットル。
すごい…。

よく胃が壊れなかったものだ…。

楽しい時間もこれで終わり、明日の夜には、
また1人のさすらいの旅が始まる…。

3月15日(土) バーゼル滞在(断髪式) <バーゼル泊>

  1. 2008/03/18(火) 04:39:28 
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今日も…いつもと同じ展開の一日。

10時頃起きて、部屋でもくもくと日記を書き始める。
起きて10秒後には、ノートパソコンの起動ボタンを押す…
この生活サイクル、何だか自然になってきた(笑)

でもこれって、日本で仕事していた時も、
ある意味同じだったような…?(笑)

いや、それは違うか、
通勤や移動時の電車に乗ると、10秒後にノートパソコンの起動ボタンを押す…か。
あまり変わらないけれどね。


さてさて、そのまま約2時間ほど経って、昼食の時間に。
今日の昼食は、特製パスタでした。

いやー、こんな美味しい食事を頂ける日々もあとわずか。悲しい限り。

昼食中に、日記の進み具合を問われたのだが、
何とか2月末まではこぎつけて、残りは3月に入ってからの分との報告を。

とはいえ、まだ2週間分ほどあるわけで、
単純計算で、14日×2時間=21時間…
あらら…ギリギリやんけ…。


ところで、先日話に出ていた、旦那さんに髪を切ってもらう件なのだが、
急遽、今日切ってしまおうという話しになった。

「ばっさり切ってしまおう」という考えは僕の中にあったのだが、
旦那さんからは「日本代表で言うところの誰のイメージ?」という質問があったので、
早速、インターネットで調べてみることに。

そこで調べた結果、出てきたモデルは、
元・日本代表の中田英寿選手だった…。

かなり短めなのだが、どうせならがらっとイメージを変えたかったので、
「よし!これで行こう!」と、瞬時に決定して、
早速、ベランダに出て、旦那さんに切り始めてもらうことに。

こうして、旅を開始してから延ばし続けた髪に別れを告げるべく、
「断髪式」が執り行われたのだった。


旦那さんは、さすが料理人ということもあってか、手先が器用。
見る間に髪が短く切られていったのだが、おお、思いのほか、いい感じではないか!

約1時間ほどで、ばっさりと髪が短くなり、
まさしくイメージ通りの「中田英寿選手ヘア」が完成したのだった!(笑)

いやー、さっぱり。
自分でもびっくりだ。

これまで、長い髪のほうが似合うのでは?と周りからは言われることが多かったのだが、
何と、切ってみたら、結構短いほうがいいんじゃないか、という気がしてきた。


ところで、ネットで探した画像によると、
中田英寿選手は、髪を染めていたのだが、
それに近づくべく、一気にブリーチなどで明るく色を変えてしまおうという案も出たのだが、
奥さんより「チャラ男になるから止めな!今の黒髪のほうが誠実なイメージでいいよ!」という
一喝を受けて、中止することに(笑)


こうして、断髪式は無事終了し、
むさくるしい伸び放題ヘアから開放されたのだった…
ありがとうございます!





◆Before





◆After




さすがに切った量が半端ではなく、
ベランダは、髪の毛だらけ。
犬の毛みたい(笑)

早速、シャワーを借りて浴びることに。

旦那さんは、断髪式後、間もなく
慌しく、半日出勤のために、仕事へと出ていかれたのだった。


さて…髪もさっぱりしたところで、再びパソコンへ向かって、
日記を書き進めることに。

それにしても、いきなり短くなったことで、
頭がスースーして、寒い。

それもあってか、急に、くしゃみが出るようになってしまった(笑)


日記を書き進めること数時間、気付けば夕食の時間に。

何と!悲しいことに、この日の夕食の献立のメモが無くなってしまった…
というわけで、何を頂いたか覚えていないのだが、
とにもかくにも、いつもながら美味しい食事を頂いたことは確か。

何といっても、髪が短いので、
奥さんからも、「別人がいるみたいだね!(笑)」と言われたのだった。

でも、「絶対に髪が短いほうがいいよ。」とのコメントもあり、
これまたうれしい限り。

今後は、短髪をキープして生きていこうかと、思ったのだった。


食後も再び日記執筆に集中。
奥さんからも、日記に関して「ここまで来たら頑張れ!」と激励をもらった。

バーゼルに来て、日記に何時間投下しているのだろうか。

まさに受験生(浪人生活)状態。
もやしっ子になる寸前だ。

そして…また0時頃になり、
旦那さんが仕事から帰宅。


「飲むかい?」という旦那さんの一言により
ビールを頂きながら、書き溜めた分の日記をネットでどんどんアップしていく。

うーん、何とかラストの明日で、追いつくような、追いつかないような。

ところで、ついに今回のバーゼル滞在中まで日記が追いついて来たのだが、
あまりにも日記ばかり書いている毎日のため、
この数日間の詳細な記憶が全く思い出せず。

まずい…

このままだと、「今日も起きて、日記を書いて、夜になって寝ました。」みたいな、
小学生の感想文みたいな日記になってしまうこと間違いなしだったので、
旦那さんと奥さんがいる場で、一緒にこの数日間の出来事を思い出すことに。

それにより、だいぶ鮮明に出来事を思い出すことが出来、
視聴しまくった情熱大陸やプロフィッショナルの各回の人名まで探り出したのだった。

旦那さん、奥さん、ご協力ありがとうございました(笑)


ところで…
旦那さんとホット一息、話をしていると、
またまた、なにやらゴソゴソと動き出した旦那さん。

これはもしや…と思いきや、
やはり!今日も怒涛の情熱大陸&プロフィッショナルの視聴会が始まったのだった。
とはいえ、これも全て僕を考えてのこと。

この旅の最中において、これでもか!というぐらい、
いろいろな人の生き方を見て、思いを巡らせること、
そんな想いを込めての、視聴会なのだ。

というわけで、今日見たのは以下の方々。
それに、僕の感じたことも添えて。


<情熱大陸>

「国連職員 忍足謙朗」

アフリカを対象に、活動されている方。
番組無いでは、エジプトの南に位置する、
スーダンにおける活動が取り上げられていたのだが、
それがまた、凄まじいものであった。

本当にこれがエジプトと隣り合わせの国…?と思えてしまうような
とんでも無い環境。

もちろん、スーダンの中でも、
中心都市と地方都市に別れているのだろうが、
地方都市といっても、そこからさらに内陸に入ったところでは、
まさに砂漠の中に、木で囲いが組まれたような、
おおよそ家と言えないような場所で、家族が寄り添って暮らしている。

そうした町に赴き、現状を確認し、救援物資の予算をすり合わせて行くという
まさに命をつなぐ役割を、この国連職員の方は行っているのだ。

ここまで来ると、責任感というよりは、使命感。
ある意味で、この現状に対して、怒りを感じながらも、
何か自分に出来ることはないかと、飛び込んでいくサムライとも言える。

でも、こうして国連職員になったのも、ちょっとしたきっかけからだったと思う。
最初は、「スーダンってどこにあるの?」何ていうことから始まったらしい。

ただ、そうした誘いの話があって、
すぐに意思決定できること、そして、その任務を使命感を持って遂行していること、
その魂には、脱帽してしまうほどだ。

…番組の最後は、衝撃的な形で締めくくられるのだが、
何と、せっかく話がまとまり、救援物資を届けた村が、
数日後、盗賊グループによって襲撃に合い、
救援物資の全てが奪われてしまったとのことだった。

そして、民族間の紛争も再び勃発し、多数の死者が出たという。

まさに取材の数日後の出来事だったわけだが、
そこには、おそらく銃撃に遭ってしまったと思われる、村人の死体の姿が…。

何というか、人間の命というのは、こうもあっけなく奪われてしまうものかと、
今起きている現実の希薄さのようなものさえ感じられる映像であった。

僕が浪人時代に予備校で教わっていた政治経済の先生が、
「国連などからの救援物資は、それが現地に到着(または飛行機から投下)されても、
すぐに盗賊グループに奪われてしまい、
現実的には機能しないケースが多々ある。」と聞いたことがあったのだが、
これがまさにその現実。

この現実には、どう立ち向かえばいいのだろうか。
民族間の軋轢…貧富の差から生まれる略奪…
人間が平等に、かつ生きる上で十分な環境が整った生活が出来る世界…地球…
そうした状態に、一体何年後になったらなるのだろうか。

例えば、僕らのような経済的に先進国と呼ばれる国の人達が、
自らの資金のうち、多くの割合の資金(最低限生活できるレベルを残して)を
こうした発展途上国に回せば、
食べるものが無い、といった状況の人々はぐっと減るだろう。

でも、それを先進国の人たちは、嫌うだろう。
欲求水準とは恐いもので、当たり前のように全てのものが整って
自らの趣味や嗜好品をも楽しめる状態にある先進国の人たちは、
それを抑えることは、今からでは無理だろう。

本当は、そんな当たり前にあるものの中でも、
生きていく上では必要の無い(余計な)ものがたくさんあるというのに。

分かりやすい例えだとすれば、ブランド品などがそうだろうか。
数十万、数百万と、そうしたブランド品にお金を使っていく人達、
それを生きがいにしている人達もいるのだろう。

僕はブランド品には全く興味が無いので、理解に苦しむのだが…。

そのわずかなお金を、恵まれない国々の人達に回せば、
改善スピードは高まっていくだろうが…。

一方で、民族間の紛争に関しては、
島国にいて、かつ知識、見識の浅い僕には、
現時点ではコメントのしようが無い。

ただ一つ言えることは、
「どこかで憎しみ合う心を、尊重し合う心に切り替えなければ、
 この殺し合いのループは抜け出せない。」ということだ。

誰もが、殺し合うことは望んでいないはずなのだが…。



「車椅子テニスプレーヤー 国枝慎吾」

何と言っても、この本人の思考が明るい。

車椅子のテニスにおいて、世界ランキング1位に位置する、
とんでもない若者なのだ。

でも、そうしたハンディキャップなんて何のその。
この人は、生まれながらにしてではなく、
幼少時代に、病気が発症し、車椅子生活になった。

でも、本人は、
「ハンディキャップを背負ったからこそ、
今、こうして世界で戦って、
普通に生きていたら得られないような生きがいを感じて毎日を生きている。」と
自信を持って答えている。

素晴らしい。

世界1位を守りきるということは、これだけ大変なものかと思えるような
ハードなトレーニングを積んでいるのだが、
それも、どこか楽しんで、生き生きと毎日を送っているように見受けられた。

シンプルに、このまま突き進んでほしいと思えるような、
どこか共感すら覚える、さわやかな人だった。



「陸上監督 川本和久」

長年の研究により、独自の理論を生み出して、
多くのアスリート達を育てている凄腕の監督。

何というか、自分の理論をより極めたいという情熱から
自然と行動が生まれているような方。

それにより、監督には自然に人が集まってくる。

うーん、物事を極めるとは、こういうことなのだろうか。
もう人生をかけて、やりきったる、という境地。

そうした対象物が見つかって、それに没頭している姿は、
ある意味で少年のように目が輝いている。

こういう生き方が見つかったら、毎日が楽しいだろうな…と、
当たり前のようなことだが、そう、感じさせられた。


「緩和ケア 林章敏」

緩和ケア、という流域は、あまり知られていないかもしれないが、
この表現が正しいかどうか分からないが、
難病などで、死が近い方に対し、少しでも痛みを和らげたりして、
出来るだけ残された命を、楽に、生きていられるようにサポートする、というもの。

出来るだけ命を延命させることが医療の役目、と素人目には考えがちであるが、
一方で、病気と闘っている患者の方々にとっては、
状況は様々であり、その耐え難い苦痛に、どうしても耐えられない方もいるだろう。

もちろん、症状だけでなく、
資金的にも、本人の余力では、治療費が払えないケースもあるだろう。

それを支える家族や親戚、友人がいない方もいるだろう。

そうした現実の中で…延命するのではなく、
気持ちよく「死を迎える」というのは、ある意味で、人間に与えられた尊厳であり
選択肢の一つと捉えても良いのかもしれない。

詳細の状況は異なるが、マンガ「ブラックジャックによろしく」にも、
多くのケースが描かれて、命と死、そこにかかわる医療の役割について
様々なものが書かれていたが、この問題に関しては、
簡単に答えは出せない。

が、個人的な意見としては、
最後は「患者の方の、本人次第である」と、思う。

自らの命の終わり方を、どうするのか、
それは、その本人に与えられた選択の権利である。

ただし、前提としては、
命を最大限大切にして、精一杯生き抜いた上での選択肢、ということ。
無下に、命を放棄しても良い、ということとは異なる。

僕は、医者にはなれないと思う。
あれだけ生と死に直面しながらも、戦い抜く人達のような、
強い精神力を持ちえていないからだ。
たぶん、毎日に耐えられないだろう。

だからこそ、医療に携わる方々は、
本当に凄い人達で、神のような存在であると、僕は思っている。

命というものについて、
僕は、未だに答えを出せないし、
そんなものは、死んでからも、分からないものだろう。

ただ、今僕はこうして五体満足に生かされて、
旅をさせてもらえていることに、感謝しながら、
毎日を生きていくことしかできない。



「報道カメラマン 宮嶋茂樹」

この方は、とんでもなく個性的な方。
「我が道を行く」とは、まさにこのこと。

ロマンチックで、独創的で、ドラマチックな人生を。
いや、写真を。

生き方全てでそれを体現している方。

この方を細かく解説しても、それは意味を持たないし、そんなことは出来ない。

でも、「こういう生き方も、ありかもしれない。」
ふと、そんな発想をもらえたのだった。



「パティシエ ※名前のメモが無くなったことで思い出せず…女性の方です」

女性パティシエとして、
ミシュランからも星をもらって高く評価されている海外のレストランで
活躍する方。

海外における組織の中で活躍するとは、
こういうことなのかな、と、一つのケースを見せてもらえた気がした。

でも、海外で活躍する、といったって、
極端に言えば、言葉の問題だけであって、
それ以外は、同じ人間なのだから、チャレンジすることは誰にでも出来る。

今はまっすぐに、パティシエという道を極めるべく、
毎日を歩んでいるこの方。

いつまでも勉強、でも、自分の味を出すことも忘れない。

この方は、きっと将来、
パティシエ界を動かすような、とんでもない人物になるだろう。


<プロフィッショナル>
「宮大工 菊池恭二」

宮大工とは、何とも渋い世界。
もちろんその世界を詳しく知るわけではないが、
こうした方がいるからこそ、日本の伝統的な建物が守られている。

デジタルなもので溢れている現代において、
何ともアナログな世界。

でも、それがこの宮大工の世界において守られるべきものであって、
いつまでも残ってほしいとも思える。

僕が今世界を回りながら見ている遺跡や建築物も、
こうした人たちの存在によって残されているものであって、
この宮大工の人たちの仕事は、きっと何百年後、何千年後に、
今の僕のような旅人に、
多くの感動とインスピレーションを与えることになるだろう。

そういう、スケールの大きい仕事が、宮大工。
でも、そういった視点を持って仕事に臨めるって、素晴らしいことだと思う。

つい、一企業の経営となると、
目の前の利益を出して存続していくことが全てになりがちだから。



・・・こんなわけで、結局、ビデオ鑑賞を終えると、
また早朝6時前になっていたのだった。

もうお腹一杯の状態なのだが、
本当にたくさんの刺激をもらえた。

さーて、僕は日本に帰ったら何をしようか…。

それは、まずは寝てから考えることにしよう…(笑)
ということで、6時過ぎに、倒れこむように眠りについたのだった…。

3月14日(金) バーゼル滞在 <バーゼル泊>

  1. 2008/03/18(火) 04:37:24 
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10時頃起きて…
パソコンを開いて日記を書き進める。

まだまだ日記をリアルタイムに追いつかせるためには
時間が足りない。まずい。

昼食の時間になると、
今日はパスタ。

いやはや、毎日多彩な食事内容で、うれしい限り。
ほんま、どうやって恩返ししようか。

日本に帰って、ジャンボ宝くじでも買って、
当たったら、その一部を贈呈とか…だめだ、発想が小さい。


パスタを頂いた後は、
今日も日記の執筆活動にいそしむ。

ひたすら書いて書いて書きまくる…
本来であれば、今頃、スペインを旅していた予定が、
今はバーゼルで落ち着いて日記の執筆。

それもまた良い。

何だか、旅の当初にあったような、
各国を回ることへの執着が、
良い意味で、だんだん無くなってきたかも。

今回は1年の予定で世界一周の旅をしているのだけれど、
はっきり言って、1年じゃ全然足りない。

主要国の主要都市を駆け足で回るので精一杯。

世界は広い。

つまるところ、1年で全部回る!と意気込んだところで、
それは世界の一部を回るに過ぎない。

本当は、もっともっと回りたいところがある。

だから、世界の全部を見ようと思ったら、
世界2周目の旅をいつかしなければ無理だ。

世界2周目…そうだなぁ、たぶん最低でも3年、出来れば5年ほしいかも。

そうすれば、陸路や海路でつなぎながら、
世界の全てをゆっくりと回ることが出来る。

…そう考えると、たとえ今回、
思わぬ盗難事件によって、南フランスやスペイン南部、ポルトガルを回れなくなったとしても、
別にそれは大きなことではないと思える。

たまたま、今回の旅で回れなかっただけ。
また、カンボジアの盗難事件によって、
中途半端に終わってしまったカンボジアのアンコールワットやベンメリアだってそう。

発想を変えれば、楽しみを今後の人生に残せたことになる。


だから、こうして今、ご縁あって、バーゼルで素晴らしい環境を頂き、
じっくり日記を書くことで、この旅の足跡を鮮明に書き残せることは、
それはそれで、幸せな旅の1ページなのだ。


そんなことを思いながら、もくもくと日記を書き進めること、約8時間…。


いや、途中で(夕方頃)、ちょっと銀行に両替に出かけたのだった。

バーゼル駅近くの銀行を数件回りながらレートを聞いていき、
「BANCA BANQUE MIGROS BANK」というところで、
150ドル→149.05スイスフランで、両替を完了。

どこもレートはほとんど同じだったのだが、
この銀行の窓口のおばさんが、英語は話せないけど、
何だか気さくだったので、ここで両替することに。

お金をカウントしているときも、
10、20…と最初は英語なのに、
途中からドイツ語に切り替わってしまうほど(笑)

そんなおばさんに、僕も発したドイツ語は、
「ダンケシェーン(ありがとうございます)。」だけ(笑)


さて、家に戻り、再び日記を。

気付けば20時頃になっており、夕食の時間だ。
何と、今夜の夕食はお好み焼き、いいねぇ!

滞在中に何度もお目にかかっている、電熱プレート君が今日も登場。

お好み焼きは、ソース風味と、スイスならではの、チーズ風味。
これはまだチャレンジ段階とのことだが、味は美味しかった。

チーズのとろけ具合が難しく、どうしても熱で乾燥してしまい、硬くなりがちで、
これは次回、再挑戦を試みると、奥さんはリベンジを誓っていたのだった(笑)

ちなみに、食事中はビールを少々頂くことに。
本来であれば、ビールを飲むと眠くなって思考停止するので、
この先の日記執筆を考えると控える必要があるのだが、
まぁ、ちょっとぐらい…ね(笑)

そんなわけで、おいしく夕食を頂いた後は、
少しテレビを見つつ休憩を。
今日も日本の番組の録画ビデオを鑑賞。
いやー、やっぱり「さんま」の司会トークはすごいね。うますぎる。

しばし休憩した後は、再び部屋に戻って日記を。
ここまで来ると意地。

そして、日記を書くこと3時間…
旦那さんが帰宅。

帰宅第一声、「執筆活動に精が出るねぇ!」と声をかけてもらったのだが、
そのままさらに部屋で日記を書き続けること2時間…

既に時は夜中の2時頃だったのだが、
さすがに疲れたので、今日書き進めた分をネットでアップすべく、
旦那さんがいる居間へ移動。

そして、ちょっとビールを頂くことに。

また、ついでに、ペルー滞在の初日の宿をネットで予約することにした。
リマへは、3月25日の夜11時35分到着というフライトで、
危険な時間帯のため、
ここも事前に予約しておかないと大変なことになる。

やっぱり今回も、旦那さんのクレジットカードで代行の決済をしてもらうことに。

また、ネットにつなぎつつ、メールチェックも。

そんなこんなで、夜中4時頃に旦那さんは先に寝るということで、
最後に、気合を入れ直すためのドリンク剤をもらい、元気復活!

…と思いきや、さらに2時間ほど日記を書いたところで、
体力の限界で思考停止。
ちょっと気持ち悪いぐらい。

そして、既に空が明るくなっている6時頃、布団に倒れこむように寝たのだった。

いやはや、日記を書くのも大変だなぁ、本当に…。

3月13日(木) バーゼル滞在 <バーゼル泊>

  1. 2008/03/18(火) 04:37:03 
  2. カテゴリー:スイス Switzerland   
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朝、10時頃に起床。
さすがに眠い。

旦那さんは、昨夜あれだけ遅くまで起きていたのに、
今日は休日返上で、仕事関係の予定があり、外出していった。
すごい、タフすぎる。

さて、今日は旦那さんと同じ料理店で働く、近所のSさんと一緒に
共に買い物に行く日。

バーゼルの町はドイツとフランスの国境が近いのだが、
例えば、ドイツ側で買い物をすると、関税が免除になったりと、
お買い得なこともあるので、たまに買い物に行くのだ。

そこで、荷物持ち係として、僕も参加させてもらうことにした。

昼過ぎになり、Sさん宅に立ち寄った後、
奥さんも含めて3人で買い物へ。

トラムとバスを乗り継ぎ、さらに歩いて、
約30分ほどで、ドイツの国境を越えた。

その付近の川には、3国国境と呼ばれる場所があり、
そこが、スイス、ドイツ、フランスの国境が交わっている場所になっているのだ。

ついでに、近くにはバーゼルカラーに塗られたクレーンもあった。
さすがホームタウン。

さて、国境といっても、ゲートがあるだけなのだが、
そこをスタスタと歩いて越えると、すぐに大きなショッピングセンターが。

中に入ると、まずは昼ご飯として、
フードコートで、ケバブ(3.5ユーロ)を食べることに。

ケバブといえば、トルコで食べまくったが、
このドイツで食べるケバブというのは、ちょっと肉が違った。
うーん、何というか、肉を切ったというよりも、
ひき肉を切り取った?みたいな触感。
まぁ、美味しかったので良しとするか。


食後は、買い物に繰り出すことに。
食材であったり、生活用品であったり…
ついでに、僕もサラミを購入。お勧めのサラミを、
スーパー料理人のSさんに教わって(笑)

こうして、カートをごろごろ押しながら、無事買い物が終了。
なかなか大量な買い物になったのだが、
手で引くカート2つ+リュックサック1つに分けて物を入れて、
3人で持ち帰ることに。

いやー、買い物、楽しいね。
国境を越えて買い物に、こういった体験をさせてもらえるのも、
貴重な時間。

また、ゆっくりと時間を過ごせているという充実感もある。
ありがたや。


またトラムとバスを乗り継いで、家に帰ることに。
Sさんは、今夜は所属するサッカーチームで試合があるとのことで、
家に戻った後、ここで解散することに。

その後は、ちょっと眠いので、
みんな昼寝の時間となったのだった。

いや、眠い時に寝られるって、本当に幸せだ…。


気付くと、夕食の時間に。
今夜は、おくらと、バンバンジー風サラダ。
今日も最高です。

いや、何と言っても、おくらと対面するのが久々。
僕は大のおくら好き。

しかも、梅干と和えてあるから、
超おいしい。

おくらを食べ始めたら、止まらなくなってしまった(笑)


そして…大満足で食事を終えた後は、
今日もまた、日記を書き進めるのだった。

そして3時間ほど日記を書いて…
0時頃になり、旦那さんが帰宅。

今日はチューリッヒのほうへ出かけていたとのことだが、
電車に1本乗り遅れたら、遅くなってしまったとのこと。


さて…ここからは、
定番の、ビール飲み交わしタイム。

そして、僕はネットを使って、書き溜めた日記をブログにアップ。

ついでに、今夜は、ブラジルのサンパウロの宿をネット予約をすることにした。
治安が悪いとされているサンパウロ、
さすがに初日から宿探しにウロウロしたくないので…。

ただ、悲しいかな、ネット予約をするといっても、
クレジットカードを盗難で失っている僕は、
また、旦那さんに代行で決済してもらったのだった。
(昨日の、バーゼル→バルセロナのフライトも同様に…)


今夜はビールを飲み交わしつつ、
店舗の新規出店に関する話題となった。

僕は、過去の仕事上で、
新規事業立ち上げや出店に関して携わっていたこともあるので、
いろいろと思い出しつつも、話を交えることに。

いや、誰しも新しい事業や店舗を展開する時は、
大変な思い入れとプレッシャーであろう。

そんな重要な立場に携わらせてもらえていた前職は、
本当に貴重な経験をさせてもらえたものだと、改めて振り返れた瞬間だった。

外食業界には携わっていなかったので、未知の領域だけれど、
店舗運営でマネージメントしていく上でのポイントは、どんな店舗ビジネスにおいても、
共通項があると思う。

旦那さんも、今後、そうした立場に立ってお店を導いていく存在になっていくわけだが、
僕が前職を通して学ばせてもらった内容を、出来る限りお伝えできればと思い、
いろいろと意見交換させてもらった。

そうはいっても、やっぱり最後にやるのは、その本人。
僕はあくまでアドバイザー。本人が一番大変。

またいつか、もっと有益なアドバイスが出来るような存在になって、
改めて何かお伝え出来るようになりたい。

その時は、もちろんこのバーゼル滞在のお礼ということで、
無料コンサルティング!(笑)


さすがに今日は旦那さんもお疲れの様子、ということもあり、
早めに寝ることに。

とはいえ、深夜4時頃だったのだけれど…(笑)

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