1月27日(日) ハンガリー(ブタペスト)→ルーマニア(ブカレスト)観光→ブルガリア(ソフィア) <車中泊>

  1. 2008/01/31(木) 20:52:28 
  2. カテゴリー:ルーマニア Rumania  
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昨夜から乗った電車は、延々と走り続けた。

途中、ルーマニアの国境に差し掛かったようで、
パスポートチェックがされたのだが、何とうれしいことに、
入国のスタンプが押されたのだった(笑)

スペイン以降、一度も押されることのなかったパスポートに、
ついにスタンプが追加され、コレクションが増えたのだった。


それにしても、車内には電源が無いので、
パソコンを開くことも出来ず。

フランス、ベルギー、ドイツ辺りでは、
列車に電源があることが多かったが、
それ以外の国では、全く目にすることが無くなった。

これは結構きつい。


とりあえず、朝食として、買いためていた食料を食べることに。
何と言っても、朝のフルーツとヨーグルトはありがたい。


窓の車窓からは、ルーマニアの自然風景が見られた。
途中は、山脈の間を抜けていったのだが、
相当寒いと思えるような、雪景色が一面に広がっていた。

そのまま列車は走り続け、
やっとのことで14時にルーマニアの首都ブカレストに到着。


駅周辺は治安が悪いと書いてあったのだが、
確かに、電車を降りると、どうも雰囲気は良くないように感じた。

とりあえず、宿を決めるために
いつも通り、「ヨーロッパ2000円の宿」を見て
「Hostel Casa」という宿に行ってみることに。


宿は、駅から歩いて10分ほどと書いてあったので、
駅を出て、地下鉄で一駅のBasarab駅というところまで歩くことに。

道沿いはかなり汚れていて、治安の悪さ満点。
でも、昼間で人はそこそこいるので、大丈夫な様子。


10分ほど歩くと、目的地周辺に到着したので、
そこで、宿の場所を聞いてみることに。
(本には詳しい地図が載っていないため)

すると、どうも場所がわかりづらいのか、みんな的を得ない回答。

そこで、タクシーの運転手に聞くと、だいたいの場所が分かった。

そして、細い路地を入って歩いてみたのだが、
全然、目的の通り名が見当たらない。


どこやねん…と思いながらも、荷物が重すぎて限界が来たので、
また歩いている人を捕まえて聞いてみた。

すると、このおじさんが何とも良い人。

見た目は、K-1のマイクベルナルドの体格を細くして、
顔をもうちょっと優しくさせた感じの人。


休日だったのか、
ちょうど、奥さんを連れて出かけるタイミングのように見えたのだが、
何とか僕の助けになってあげようとしてくれる姿勢を見せてくれて、
さっそく、手持ちの携帯電話で、どこかに電話をかけ始めてくれた。

しかし、場所はどうやらわかりづらいようで、
その後、走ってタクシーの運転手に聞きに行ってくれた。

僕は、荷物があるので、待っててOKだよと言ってくれ、
しばらく待ってみることに。
(ちなみに英語はほとんど話せない人だったので、
 ジェスチャーでの会話)

その間、奥さんも一緒に立ち止まって待ってもらうことになってしまって、
大変申し訳ない感じだったのだが、
笑って和ませてくれた。


しばらくすると、走って戻ってきてくれたのだが、
やはり、ちょっと分かりづらいらしい。

そこで車から地図を出して来てくれて、
それで調べてみることに。

そうこうしていると、立ち止まっていたマンションの上から、
住人のおじさんが声をかけてくれて、
そのおじさんは通りの場所を知っているようで、
だいたいの方向を指し示してくれた。


何とも温かい人たちが多い地域だ。

そして、その場所に向かって歩き始めることに。

おじさんも、宿が見つかるまでは案内するよ、といった感じで、
一緒に歩いて来てくれることに。

しかも、遠慮はしたのだが、
荷物も1つ持ってくれた。


歩くこと5分ほど、ついに宿がある通りを発見!
そして、宿の住所の番地に着いたのだが…
何と、宿が潰れているようで、全く営業している気配がない。

鍵もかかっている。

本を見て、宿の電話番号を調べ、
またおじさんの携帯電話でかけてもらったのだが、
どうやら現在は使われていないらしい。

何てこった…。

ここまでお世話になったのに、最悪の展開。


しかし、どうしようもないので、とりあえず他の宿を探すことに。

おじさんも、この展開に同情してくれ、
「うーん…、ブカレスト駅前に、1泊20〜30ユーロの宿もあるから、
 もし見つからないなら、そういったところでも良いかもね。」とアドバイスをくれ、
そこで、おじさんと別れることに。


いやー、それにしても、まいった。

駅に向かって、歩いて戻り始めると、
近くにいた若い人達が、この状況を見ていたようで声をかけてきて、
「安い宿を探しているのなら、ユースホステルがいいんでないかな。
でも、その重い荷物を持ってだと遠いから大変だな…。
そうだ、すぐそこに小さなホテルがあるから、値段を聞いてみたら?」と
アドバイスをくれた。

宿はほんの30m先にあったので、行ってみたのだが、
ごく小さな普通のホテルだったのだが、1泊50ユーロ。

無理です…。


結局、また再び歩いて駅に戻ることに。

駅に戻ると、もう体力の限界という状態。
クラクフに続いて、ブカレストでも宿探しに無駄に時間を使ってしまっている。

どうも不調。

既に時間は16時頃になっていたのだが、
ここで、トーマスクックの時刻表を調べて、予定を変更することにした。


19時53分に、ブルガリアのブカレスト行きの夜行列車があるので、
それに乗ることにして、それまでの約4時間で、
町を観光することにした。

3〜4時間あれば、何とか中心部は歩いて回れるので、
何とかなるだろうと判断。


早速、駅構内にある2件の両替屋のうち、
レートの良いほうを調べて、そこで、30ユーロ→106.5レイを両替。

そして、夜行列車のチケット(2ndクラス)を購入。
値段は、125レイだが、ブルガリア国内はユーレイルパスが使えるので、
104レイで購入することが出来た。


その後、ロッカーを探したのだが、どうもブカレスト駅には無いらしく、
荷物預け所に大きなバックパックだけ預けて、町歩きを開始。
(それ以外の、リュックと手提げ袋は、費用節約のため
 持って歩くことにした)


ブルガリアは、正直、あまりイメージが持てていなかったので、
どんなものかと思った。

20世紀初頭には、「バルカンの小パリ」と称されるほど美しい町並みを誇っていたようだが、
独裁を続けた共産党によって、歴史的な建築物は、
ほとんど破壊されてしまったようだ。

残っているのは、故チャウシェスク大統領の独裁によって作られた、
旧共産党本部や、国民の館といった、巨大な建物らしい。


とりあえず、駅を出て、町の中心である、東に向かって歩いてみることに。

すると、何とも暗いというか、
重々しいような、町並みが続いていた。

これは、僕の勝手なイメージなのかもしれないが、
まだ、過去の影響が残っているように思えた。

そのまま1.5kmほど歩くと、
中心部の北端辺りになる、ロマーナ広場へと到着。

そこから南に向かって、
マゲル通りという、メイン通りが走っていた。





◆ブカレストのメイン通りである、マゲル通り。
 店舗は通り沿いにそこそこあるが、
 華やかさといった言葉は当てはまらない、何とも地味な通り。



そのまま、マゲル通りを南に向かって歩いて、
10分ほどで、革命広場に到着。

ここは、1989年民主革命の銃撃戦の舞台となった広場。
当時、僕は記憶が残ってはいないのだが、
テレビ映像でも、全世界に報じられたようだ。

広場には、共和国宮殿、旧ルーマニア共産党本部、
また、大学図書館やアテネ音楽堂など、様々な建物が揃っている。


何と言っても、旧共産党本部の建物が興味深い。





◆旧共産党本部。
 権力を具現化したような、
 妙な力強さを感じる建物。



1989年12月22日に、故チャウシェスク大統領は、
この建物のテラスで大群衆を前に最後の演説を行ったらしいが、
その頃は、国民からは全く支持されていなかったようで、
大ブーイングが起こり、その直後、屋上からヘリコプターで脱出したらしい。

しかし、その後すぐに捉えられ、この大統領は処刑された。

何とも、信じられないような革命劇が、
このルーマニアでも、近年にあったということだ。

まだ、革命後、十数年しか経っていないということになる。

今回、歴史的な場所に訪れることで、わずかながらも、
その息吹を感じ取ることが出来たように思う。


その後は、さらに南へと歩いていくことにした。

途中には、ところどころ、昔の歴史的な建物の名残だろうか、
綺麗な建築物も見られ、ライトアップもされていて、
バルカンの小パリと呼ばれた時代を垣間見ることが出来た。





◆歩いている途中にあった建物。
 昔は、さぞ綺麗な町並みだったのだろう。



そのままさらに歩いていくと、
日も暮れていき、気付くと空は真っ暗になっていた。

町中を流れるディンボビツア川まで到着すると、
遠くに、統一広場と呼ばれる、町の中心部が見られた。





◆ディンボビツア川から統一広場を見た風景。
 広場には、大きなショッピングセンターが見られ、
 革命後、力強く発展に向けて頑張っている
 ルーマニアの一面を見るかのようだった。



そこから、南西に10分ほど歩くと、
国民の館という、故チャウシェスク大統領が、
約1500億円を投じて作らせた巨大な宮殿に到着した。

国民の館というのは名ばかりで、
情勢を全く無視した、私欲を満たすための建物だった。
内装は、相当な豪華なものらしい。





◆国民の館。
 世界中の官庁、宮殿などの建物のなかでは、
 ワシントンの国防総省ペンタゴンに次ぐ規模らしい。
 確かに、おそろしく巨大で、威圧感のある建物だった。



国民の館の前には、
統一大通りという約4kmの通りがあるのだが、
これは、当時、故チャウシェスク大統領が、
パリのシャンゼリゼ通りと寸分違わない幅と長さを実現しようとして、
作られたらしい。

しかし、現実派6mも幅が広くなってしまったとのこと。





◆統一大通り。
 今では、町の中心とはとても言えない、
 薄暗い大通りとなっていた。



駆け足ではあったが、見学を終えたので、
駅に向かって戻ることに。

あたりは真っ暗なので、治安は悪そうであったが、
周りを注意して歩きながら、地図に沿って最短距離で戻ることに。


後半で、道がわかりづらかったので、
道行く年寄りのおばあさんに尋ねてみたら、
「ブカレスト・ノルド駅?わかった、着いて来な。」と言って、
100mほど歩いて、道の方向を示してくれた。

腰の曲がったおばあさんだから、歩くのも大変だというのに…。

この、ジブリ映画に出てきそうな、何とも味のあるおばあさん、
ぶっきらぼうだけど、とても優しさが感じられ、ありがたかった。


先程の、宿を一緒に探してくれたおじさんと言い、
このおばあさんと言い、ルーマニアの人は、
根が温かい人が多いのだろうか。

そうした人に触れられただけでも、
ブカレストを訪れて良かったと思えた。


その後、無事、19時過ぎに駅に到着し、
預けていた荷物を受け取ることに。

この荷物預かり所の受付のおばさんは、
やたらとノリが良く、ルーマニア語で、何だかごちゃごちゃ話しかけてくる。

僕の、寒さ対策のために、
2重に被ったニットを見て、「2重に被るとはすごいねー!」と大笑いしていた(笑)


そして、電車がホームに到着したので、
無事、乗り込んで、短時間のルーマニアに別れを告げることになった。

冬ではなく、温かい季節に、もっと時間をゆっくりととって、
ブカレスト以外の町にも行ってみたら、もっと魅力を感じられそうな国だった。


それにしても、リュックサックと手提げ袋を持ったままの町歩きは、
やはり長時間になるときつかった。

荷物の預け賃を節約するのも大変だ。


電車のコンパートメントでは、
韓国人の旅行者の女の子と一緒になったのだが、
どうやら英語があまり得意ではないので、会話は盛り上がらず…(苦笑)

それにしても、この女の子が
(おそらく夕食用として)パンとヨーグルトを食べている姿を見ると、
「ああ…やっぱりヨーロッパの旅は、節約しようとすると、こうなるんだなぁ。」と思い、
また一方で、長旅をする女の子はたくましいなぁと感じたのだった(笑)


ちなみに、この電車も電源が無かったので、
結局、座席を使って横になって寝ることにした。


夜中、ブルガリアの国境を越える際、
また、何度もチケットのチェックがあり、
その度に起こされて、かなり不快な夜になってしまった。

せめて、鉄道チケットのチェックは一回にしてほしいのだが…。

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