2月22日(金) スイス(バーゼル)→ドイツ(ケルン→ボーフム)サッカー・ブンデスリーガ(ボーフム VS ハノーバー)観戦 <車中泊>

  1. 2008/02/25(月) 13:40:56 
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9時頃に起床し、シャワーを浴びて目を覚ます…
そして、朝食として、またいろいろと食事を頂き、充電完了!

昨日のスケジュール計画によって、
今日は、バーゼルから電車に乗って、ドイツへ移動して、
サッカーのブンデスリーガ(ボーフムVSハノーバー)戦を見にいくことになったのだ。

ボーフムには、日本人の小野伸二選手が先日移籍したようで、
これまた、海外で活躍する日本人選手を現地で見られるというのは、楽しみだ。


10時過ぎに家を出発し、
トラムで、ドイツ側の駅まで行って、そこから電車に乗って
まずはケルンへ移動。

ケルンまでは、4時間ほどだったのだが、
何といっても、ユーレイルグローバルパスがあるので、無料で乗れるのが強い。

まさか、またドイツに行くとは思ってもいなかったのだが、
ゴトゴトと電車に揺られて…
意外と、あっという間に、ケルンに到着した気がした。
(電車に乗りすぎて、長時間の電車が苦にならなくなっている…)


さて、ケルンに到着すると、
ボーフム行きの電車の乗り換えまでは、
45分程度あったので、また、2ヶ月前のに来た時のように急ぎではあるが、
ケルン大聖堂の周りを、グルっと歩いて回ることにした。

一昨年のワールドカップ、昨年末、そして今日と、
ケルンに訪れるのは3回目になってしまった。すごい訪問回数(笑)


昼ということもあり、また、駅前から、
ケルン大聖堂をバッチリ写真に収めつつも、
歩いて大聖堂前を抜けて、裏側を歩いて回った。

ケルン大聖堂は、何度見ても、素晴らしい。
少しではあるが、中にも入って、見学をした。

そういえば、一昨年のワールドカップの時は、
この大聖堂の中で、韓国人のおじさんに話しかけられて
お互いのチームの状況を励ましあったことを覚えている。


大聖堂の裏手を抜けていったのが、
完全に裏側を歩いたのは初めてで、ここも通れるのかと、
驚いてしまった。





◆ケルン大聖堂を裏側から見た図。
 正面からとは、また違う見え方をするので、面白い。



そして、駅に戻ると、
16時頃のボーフム行きの電車へ乗り込み、
電車は1時間ほどで、ボーフムへ到着。

ボーフムといっても、イメージが無く、
静かな田舎町なのかな…と思っていたら、
駅周辺は結構栄えていて、立派な一都市だった。

駅に到着すると、
スタジアムまでの行き方を鉄道のチケット窓口の人に聞いて、
併設されている地下鉄の駅へ。

そして、地下鉄で2駅ほどで、あっという間に、
スタジアムに到着。





◆これが、ボーフムのホームスタジアム。
 文字盤の照明がかっこいい。



そのまま、チケット売り場(ファンショップ)に行くと、
あっさりと、ゴール裏の立ち見席が11ユーロで購入できた。

11ユーロとは、驚くほど安い。


まだ、試合開始までは2時間ほどあったので、
そのファンショップで、グッズを見てみることに。

既に、小野伸二のグッズが売られていて、
ファンの人気も獲得しているようだ。

そして、グッズを買いに来ている人からも、
僕が日本人と分かると、
「オーノー!(小野)」と言って、肩を叩かれた(笑)





◆ポスター等の表紙にも、小野伸二が。
 いいねぇ、日本のサムライがここでも頑張っている。



ファンショップの隣には、
ラウンジのような場所があり、
皆、ビールを飲んで楽しんでいるのだが、
そこに入って、椅子に座って待つことに。

ビール、めちゃくちゃ飲みたかったのだが、
1杯3.3ユーロという値段の壁は乗り越えられず、
我慢することに…(悲)





◆ファンショップなどが入っているビル。
 サポーターで大賑わい。



試合1時間前になって、
スタジアムの中に入ることにした。

既にお客さんで賑わっていたのだが、
今日は、最初からサポーターの中心辺りに位置取りすることにした。

そして、試合開始45分前頃より、
両チームの選手がグランドに出てきて、アップを開始した。

そこには、もちろん小野伸二選手の姿が。

…熱い、熱すぎる!

そして、試合開始前には、チーム選手の紹介がされたのだが、
これがまた、めちゃめちゃかっこいい。

電光掲示板に、1人ずつ、選手が表示されるのだが、
苗字(だと思う)が、アナウンスされると、次に名前の部分を
サポーター全員で叫ぶのだ。

つまり…

場内アナウンス 「…ミッドフィルダー 背番号23… シンジ…!」
サポーター全員 「オーノー!!!!」

という具合。
かっこいい、かっこよすぎる、この応援。

昨日のFCバーゼルも同様なチームメンバー紹介をしていたのだが、
これって、そういえば日本代表とかの試合だと見たことが無いように思う。

そして、試合前には、FCバーゼルでもあったように、
チームの応援歌を歌っていた。

それにしても、
毎日、サッカーの試合が見れるなんて、幸せだなぁ…本当に…。





◆応援歌を歌う時は、
 チームタオルなどを掲げて歌う。
 ドイツらしいというか、恐ろしいほどの一体感のある声。
 チーム、というよりも、国家、といったほうが、
 イメージにぴったり来るかのような応援の迫力。





◆試合前には、サポーターもびっしり。



さて、試合は20時30分よりスタート。

小野伸二選手は、トップ下の真ん中の位置。
ゲームをコントロールする重要なポジションだ。

試合内容は、ボーフムがやや押している展開。

小野伸二選手は、この試合が、移籍4試合目にして
初のスタメン、フル出場の試合だったようだが、
既にチームとも馴染んでいて、どんどん指示を出していた。

コーナーキックや、フリーキックも全て蹴っていたし、
事実上、ゲームをコントロールしていた。すごい。


そして、先取点は、彼のスルーパスから生まれたのだった。
先取点が入ると、サポーターは大盛り上がり!

「やっぱり小野伸二はすげぇ!!」みたいなことを
サポーター同士が語っている。
確かに、どう見ても今日のMVPは彼のように思う。



そのまま前半が終了。

僕は、後半終了間際に、駅に向かって帰らなければいけなかったので、
ちょっと場所を変えて、出口付近に位置取ることにした。

そして、後半開始。





◆後半開始の瞬間。
 小さくてわかりずらいが、背番号23が、小野伸二選手。





◆試合会場の電光掲示板。
 自分の名前がこんなところに表示されたら、
 もう感動だろうなぁ。



後半も、大きく崩されることもなく、安定した試合運びで進み、
あっという間に、後半30分を過ぎた。

最後まで見たかったのだが、僕は、後半40分前辺りで、
電車に間に合わせるために、ちょっと早めにスタジアムを出ることにした。


スタジアムから駅までのトラムは、すぐに出ていたので、
むしろ、ちょっと早めに着き過ぎてしまったのだが、
その時間を使って、駅の売店で、1ユーロで瓶ビールを購入し、飲むことにした。

ホームで電車を待っていると、試合を最後まで見たと思われる
ボーフムのサポーターが続々と上がっていたのだが、
顔を見るとニコニコしているので、どうやら、そのまま勝利したようだ。


電車は、22時50分発のに乗ったのだが、
夜行列車で、ボーフムから、またバーゼルに戻り、
早朝、バーゼルから、フランスに向かって移動する…という方法を取ることにした。

直線距離で考えると、やや遠回りなのだが、
追加料金が低めに抑えられて、かつ、乗り換えもスムーズなので、そうすることにした。

といっても、これをトーマスクックの時刻表で調べるのは大変。
ネットで一発で検索するのとは訳が違う。
本で一つ一つのルートを調べていくのは、地道な作業だった…。


夜は、ビールのおかげもあってか、自然に寝ることが出来た。

1月6日(日) ドイツ(ベルリン)観光→デンマーク(コペンハーゲン) <コペンハーゲン泊>

  1. 2008/01/12(土) 06:21:08 
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電車は、朝8時頃に、ドイツのベルリン中央駅に到着。

体調は回復せず。

駅に到着後、コペンハーゲン行きの電車を予約するために、
チケット売り場へ。

時間帯によって、3パターンの候補を挙げて、
それぞれの料金を聞いたのだが、
15時22分発の電車が、予約料金も5ユーロということで、
それがベストという意見をもらい、その電車を予約することに。

そして、荷物を預けるために、荷物預け所に行ったのだが、
なぜかロッカーが無く、窓口預かりしか無いため、
3つで12ユーロという料金がかかってしまった。

数時間預けるだけで、12ユーロ。
なんてこった…。


さて、ベルリンの市内観光に出かけるために、
外に出ようとしたのだが、何と外は小雨が降っているではないか。

傘は、もう預けてしまった荷物に入っているから、既に時遅く…。

仕方なく、小雨の中、歩いてベルリン市内へ行くことに。


外に出てみると驚いたのが、夜中降った小雨が、凍ってしまっていて、
道路全体がツルツル滑ることだ。

みんな、滑って転びそうになりながら、歩いている。

ヨチヨチ歩き状態で、転ばないようにして、歩くことに。


そして、歩いて20分ほどで、
ドイツの連邦州議会(正確な名前は覚えていない)の建物に到着。





◆これがその建物。
 国会議事堂、といった感じの建物だ。



ここは、午後になると行列が出来るほど混むらしい。

入場料は無料なので、手荷物検査を経て、
中に入ってみたのだが…

エレベーターで上がると、
過去の歴史的な場面のパネルが10枚ほどあり、
後は、円形のスロープがあって、ガラス越しに町が見渡せるだけだった。

しかも、ガラスは凍ってしまって外が全く見えず、意味なし。

これだけ(?)と思わざるを得ない建物だったのだが、
すぐに、外に出ることに。



その後、歩いて南方向へ進み、
ソニーセンターと呼ばれる場所に行ってみることに。

途中、歴史的な門(ガイドブック紛失のため、名前分からず)を通過。





◆ここは、ベルリンの壁があった時代には、
 自由に門をくぐることが出来なかったのだが、
 今は、壁もなく、自由に通過で出来る。



その後、公園の中を通過して、道をショートカットで進み、
ソニーセンターへ到着。

この頃、小雨が雪に変わってきて、
かなりふぶき始めた。
冬、真っ只中、といった感じだ。

今日は日曜日ということもあってか、
ソニーセンター周辺の施設や店も閉まっていて、
全く人の気配が無い。


仕方ないので、今度はそこから、東へ3分ほど歩き、
ポツダム広場へ。

ここには、記念として、ベルリンの壁の一部がそのまま残されていて、
それに触れられたのは、良かった。

ただの壁、しかし、その壁はとても大きく感じ、
また、触れてみると、重みを感じた。

同じ国、同じ民族が、1枚の壁によって数十年間遮断される…
考えただけでも、ゾッとしてしまうようなことが、
1889年という、最近まで起こっていたというのが、信じられない。





◆ベルリンの壁。
 壁には、過去の歴史などを解説するパネルが貼ってあった。



ちなみに、現在は、
町中にベルリンの壁は残っていない。
全て壊されて、今ではその面影も無く、道路になっている。



ポツダム広場を後にして、そのまま東に歩き続け、
今度は、ベルリンで一番美しいと言われる広場に行ってみた。

といっても、いくつか教会やドームがあるだけなのだが、
さすがに、東欧の世界遺産級の町並みを見続けてきたこともあり、
とてもおとなしく見えてしまった。

それに加え、誰も通っていないので、何とも寂しい印象だ。



その後は、さらに東に歩き続け、教会を通りすぎ、
ベルリンの一番の見所と思える、
ベルリン大聖堂に到着。





◆ベルリン大聖堂。
 かなりの大きさがあったのだが…何といっても、
 このタイミングで、雪は最高潮に。
 大雪が吹雪状態で、大変なことに。
 写真だとそれがわかりづらいのだが…。



ベルリン大聖堂の写真を撮った後は、
あまりの雪の激しさに、足早に、駅まで戻り始めることに。

帰りは、メイン通りを抜けていったのだが、
やはり、人の気配がほとんど無い。

ヨーロッパは、日曜日は完全休養なのかな…。



そのまま歩いて30分ほどで、駅の近くに戻ってきた。

朝一番で行った、ドイツの連邦州議会の建物の前には、
長蛇の列が出来ていた。

朝一番の空いている時間帯に行って良かったのだが…
そもそも、何で長蛇の列が出来るほど人気なのかが、良く分からない。





◆ベルリンの中央駅を遠くから撮影。
 ご覧の通り、一面の雪…寒いです…。



ベルリン中央駅付近の道路も、
雪が降ったおかげで、地面の氷が解けて、
歩きやすくなっていたのは助かった。

駅に戻ると、まだ12時過ぎだったので、
何をしようかと思ったのだが、ベルリン中央駅構内は、
良く見てみると、多くの店がテナントに入っていることに気付いた。


ベルリンの町中には、マクドナルドすら無いので、
どうなっているんだ、この町は!?と思って歩いていたのだが、
何てことはない、駅構内にはマクドナルドや、
たくさんのファーストフード店が。


ここで気付いたのだが、ベルリンの町で、
一番賑やかなのは、ベルリン中央駅構内ということだ(笑)

飲食店以外にも、ショッピングが出来る店がたくさん入っている。

ベルリンの観光は…ベルリンの壁に触れて、
後は中央駅構内を歩けば、終了、といった感じのようにも思える…。


とりあえず、昼食として、バーガーキングに入ることに。

そこで、セットを頼み、お腹を満たすことに。
お店は狭く、長時間、滞在することが難しかったので、
すぐ脇にある、インターネットカフェを使うことに。

このインターネットカフェは、
ヨーロッパ中に見かける「Sidewalk Express」という所。

料金は、1時間2ユーロなのだが、
お金を入れると、パスワードが印刷されたレシートが出てきて、
それでログイン出来るのだが、
何と、ログインしてみたら…日本語が使えないでは無いか!

しかも、読むだけでもと思ったら、
全く日本語のフォントに対応しておらず、
文字化けしてしまう。

どうにもこうにも、全く役にたたないので、
どうしようかと思ったのだが、仕方なく、
英字で見れる「hostelworld」を開いて、
コペンハーゲンの宿を調べてみることに。

すると、今夜空きがあって安いのは、
最低でも1泊55ユーロするホテルしか無いという検索結果が。

「えええ!?そんなに混んでるのか??」と落胆してしまった。

ほんとかいな…と思ったのだが、
さすがに、55ユーロは高すぎると思い、予約せず…。


その後、英字で見れる、
サッカーのUEFAチャンピオンズリーグのホームページを見て
試合日程を調べることに。

もしかしたら、3月4日に、
バルセロナVSセルティック戦が見れるかも(?)という期待が膨らんだ。

それでも、時間が余ったので…
そういえば、動画中心のホームページだったっけ、と思い出して、
意味も無く、Mr.Childrenのホームページを開いて、
ビデオクリップを見て、1時間を終えることに。

それにしても、Mr.Childrenのコンサート、行きたいなぁ…
結局、何だかんだ行って、1回しか見たこと無いし…。
(今も覚えている、高校2年生の12月20日。
 横浜アリーナ、ツアー「深海」を見に行ったのだ…笑)


インターネットカフェ利用後は、
駅構内をウロウロと歩いて、カメラ屋を発見し、
そこで、SDカード(2GB)を購入。

昨日から、一時的に、
T中君が所有していた32メガのSDカードを使っていたのだが、
これでやっと、安心して写真撮影が出来る。

それにしても、時代の流れは早いもので、
今となっては、32メガの記録媒体など、容量が少なすぎて、
全くもって使い物にならなくなってしまった…。



その後、荷物を受け取って、無事、15時22分発の電車に乗車。

体調は相変わらずだったのだが、
何とこの電車、1等に乗る人は、
無料でお茶とスナックがもらえる券をプレゼントされるのだ。

少し特別感を感じつつも、体調が悪いので、
別にお茶とスナックはいらないのだが…と思ったが、
とりあえず食堂車に行って、もらうことに。


そして、座席に戻った後は、しばらく寝ることに。

しかし、18時頃になって起きた後は、
電車内にある電源を使ってパソコンを開き、
日記を書き進めることに。

で、日記を集中して書いていたら、
「ガクン」と電車が揺れて止まったのだが、
窓の外を見てみると、あれ!?、
電車がフェリーの中に停まっているではないか。

外を見てなかったので全く気付かなかったが、
前の席に座っていた韓国人の女の人が教えてくれたのだが、
どうやら、コペンハーゲンに行く手前で、
約1時間弱、フェリーに乗って移動するらしいのだ。

何とも、面白いというか、不思議な移動だ。


そして、外に出てみると…確かに、
列車がすっぽりと、フェリーの中に入ってるではないか。





◆この通り、列車がフェリーの中に格納されている!
 こんな光景、初めて見た。



そして、フェリーの階段を上がっていくと…そこには、
レストランやら、スーパーまであり、乗客がくつろいでいた。





◆これがフェリーの船内。
 電車からいきなりフェリーに移り変わるとは、夢にも思わなかった。



ひとまず、フェリー内にあったスーパーに入って、
ミネラルウォーター(0,65ユーロ)を購入。

風邪で、喉が痛くてしかたない。


その後は、フェリーの中を歩き回り、
外の甲板にも出てみたのだが、確かに、海の上をフェリーで移動している。

すごいな…まさかこんなところでフェリーに乗れるとは…。


しばらくフェリーで過ごしていると、
「そろそろ到着するので、各自、電車や車に戻って下さい。」という
アナウンスが流れ、電車に戻ることに。

そして、再出発の瞬間を見るために、窓の外を見ていたのだが、
実にスムーズに、線路に連結していった。

振動があるわけでもなく、普通に電車が走り始めたので、
本当に気付かないほどだ。

なかなかやるなぁ、ドイツ→コペンハーゲン間の鉄道は。


その後、1時間ほどで、コペンハーゲンの駅に到着。

既に時間は22時過ぎだったのだが、
そこから、宿探しが始まった。

ベルリンのネットカフェでは、
「hostelworld」で検索しても、
安い宿が全く出てこなかったので、不安だったのだが、
先日、T中君に買って来てもらっていた、
「ヨーロッパ2000円の宿」という本を見ると、
駅から歩いていける距離に、ユースホステルがあるので、
そこにダメもとで行ってみることに。


ユースホステルは、駅から1.5kmほどの位置にあるのだが、
地図とコンパスを頼りに歩き始めると、しばらくして、
謎の男が話しかけてきた。

「荷物重そうだね…どこから来たの?」と、
全くもって怪しい話しかけ方だ。

とりあえず、まともに「日本から来た」返答したのだが、
「おお…いいね、日本はいい国だ。」と、
どうってことのない返事が返ってきた。

顔つきを見ると、どうやら、中東系に見えるなぁ…と思い、
「ところで、あなたはどこの人なの?」と聞いてみたら、
「イランだ。」という返答が。

おいおいおい…イランって…と心の中で思ったのだが、
無視して歩いていると、
「どこに行くの?」と言われたので、
「コペンハーゲンシティ・ユースホステル!」と答えると、
「こっちはユースホステルの方向じゃないよ。こっちだよ。」と言って、
別の方向を指し示された。


確かに、さっき一度見た時は、
コンパスが不調だったようで、
今、改めて見ると、方向が違うようだ。

そこで、進路を取り直して、再び歩くことに。

それでも、まだイラン人はついてくる。


で、そこから5分ほど歩いたところで、イラン人が、
「今日は遅いから、僕の家に泊まりに来るといい。
 近くの僕の車があるから、それに乗って行こう。」と言い始めた。

どういう展開でそういう話になるのか分からないのだが、
「別に僕はあなたの助けはいらないよ。
 ユースホステルに行けばいいだけだから。」と返答したら、
その男は、去っていった。


まさか、コペンハーゲンで怪しいイラン人に出会うとは思わなかったのだが…
どういう経緯で、彼はこのコペンハーゲンに来たのだろうか…。


それはさておき、駅前から歩くこと、約15分、
やっとのことで、ユースホステルに到着。

高層ビルになっている巨大なユースホステルなので、
部屋に空きはあるだろう…と思い、フロントで聞いてみたら、
空きがあるとのこと。

良かった…ここで空きがなかったら、
もう23時近いこの時間に、他の宿を探すことになっていた。

さすがに、深夜になってから、
ヨーロッパで宿を探すのは辛いから…。


それにしても、今回の一件で分かったのが、
これまで最高と思っていた「hostelworld」も、万能では無いということだ。

これだけ大規模のユースホステルが、
検索に引っかかって来ないぐらいだから。

フィンランドのイナリ湖の宿でもそうだったが、
まだまだ水面下には、いくらでも宿泊施設があるようだ。


チェックイン語は、ユースホステル内のネットカフェなどを見てみたのだが、
1時間、約1000円程度と、恐ろしい値段設定。
北欧に来ると、さらに値段が上がっている。

また、荷物預かりにも、結構お金がかかるようなので、
明日、チェックアウト後は、駅のロッカーに荷物を預けることにした。


ちなみに、ホテルの中をうろうろしていたら、
さっき、コペンハーゲン行きの電車で会った、韓国人の女の子達と遭遇。

どうやら、エレベーターの乗り方が分からないといった感じだったので、
聞いてみたら、やっぱり。

このユースホステルは、エレベーターに部屋の鍵のカードを差し込んで、
さらに同時押して行きたい階を押さないと、
エレベーターが動かないのだ。

しかも、フロントではその説明が全くないから、
みんな最初、エレベーターが使えず、困るのだ。

というわけで、乗り方を教えてあげておいた。



そんな感じで、しばらく施設を見て回った後は、
体調も悪いので、シャワーを浴びて、その後、おとなしく部屋で寝ることに。

12月28日(金) ドイツ(ミュンヘン)観光→オーストリア(ウィーン) <ウィーン泊>

  1. 2007/12/29(土) 09:32:23 
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朝、7時頃起きて、パソコンを取り出して、
少し日記を書き進めることに。

ドミトリーの部屋だったので、周りにも気を使わなければいけないのだが、
そうもいってられない、本当に日記が溜まってしまっている。

2時間ほど書き進めた後、
ホテルの1階に下りていって、
朝食を食べることに。

朝食は、パンと紅茶のみ。
まぁ、安い宿だから、朝食が付いているだけでありがたいと思うことにしよう。


朝食を終えて、早速、市内観光に出かけることに。

とはいえ、去年訪れた時に、主要箇所は回っているので、
ロンドン、パリと同様に、同じ場所をもう一度訪れてみることにした。


まずは、宿を出て、東に向かって、
メイン通り(Neuhauser通り)を歩いて抜けていくことに。
夜とはまた違う印象を受けるのだが、
昼訪れると、町全体が見渡せて、雰囲気が掴みやすい。

そういえば、このメイン通り、
全体的に中央部に向かって坂になっている(水はけを良くするため)のだが、
これには、去年悩まされた。

車椅子で通っていると、車輪が取られて、
だんだんと中央部に寄ってしまうのだ。

誰も、こんなことには気付かないだろうが、
道のちょっとした斜面にも、車椅子というのは影響を受けるのだ。


それはさておき…、メイン通りから少し入ったところにある、
フラウエン教会へ行くことに。





◆フラウエン教会。
 去年訪れた時は、この教会に入ろうとした時に、
 車椅子では階段が上がれず、
 ドイツ人に助けてもらった思い出がある。
 ちょっと上ろうとしたら、すぐに手助けに来てくれたのだが、
 福祉に対する意識というか、そういった点は、ドイツ人はさすがだ。



懐かしさに浸りながらも、教会を後にして、さらに歩いてみることに。

今度は、レジデンツ博物館まで歩いてみることに。

歩いて10分ほどで、レジデンツまで到着したのだが、
これまた、何とも懐かしい。

そして面白かったのが、去年とは違い、建物が修復中で、
カバーに覆われていたことだ。





◆これが、今年訪れたレジデンツ博物館。
 カバーに覆われている。





◆これが、去年訪れたレジデンツ博物館。
 今年被されているカバーと、実際とは、
 ちょっと印象が違うのが分かる(笑)



このレジデンツ博物館には、母親と一緒に中に入り、
車椅子を受付に置いて、松葉杖で頑張って見て回ったことを覚えている。

あの時は、階段一つ上がるのが本当に大変で、
松葉杖ってこんなにきついものなのかと、嘆いたものだ。


また、辺りの広場には、トラムの線路が敷かれているのだが、
この線路の溝がまた、車椅子には厄介なのだ。
すぐに、溝に車輪がはまってしまう。

これまた、誰も気付かない、トラムの落とし穴なのだ。

町中には、不便なところがたくさんある。


そんなことを思い出しながらも…
レジデンツ博物館の脇を抜けて、少し奥まで歩いてみることに。

そこには、教会があったのだが、
中から、仮装大会?なのか分からないが、
天使やら、何やら、仮装した子供達が大量に出てきて、
見ていて楽しかった。

楽しそうに仮装して、騒いでいる子供達を見ると、
自分にもこういう時期があったのかなぁ?何て思ってしまった。

僕は、仮装というのは、かなり嫌がるほうだったような記憶があるが…(笑)


さて、レジデンツ博物館の前の広場に戻って、
去年、ドイツで初めて入ったレストランなどを見て、
コーヒーを頼んだら、甘いクリームカフェが出てきたことを思い出したり…
そんなことをしつつ、新市庁舎前の広場まで歩くことに。

この時、11時前だったのだが、
そういえば、11時からは、新市庁舎の鐘が一定時間鳴り響くという、
ちょっとした見所があることを思い出し、急いで戻ることに。

ちょうど、11時前に到着したのだが、
既に、すごい人だかりになっていて、みんな新市庁舎の建物を見ていた。





◆これが、新市庁舎の建物。
 左手の高い塔の中腹にある、人形が、
 11時になると、音と共にクルクル回り出すのが、見所。



とはいえ…実は、去年も同じものを見たのだが、
特に見た目はそれほどのインパクトが無いことを知っていたので、
とりあえず、といった感じで見ていたのだが、
やはり今年も、何とも地味な印象の11時からの鐘のショーであった(笑)

それを見た後は、さらに南のほうへ向けて歩いてみることに。


去年とは少し進路を変えて、西のほうへ5分ほど歩いてみると、
そこには、ビクトリアンマーケットという広場がった。

どうやら、通年開かれているマーケットのようであるが、
チーズであったり、クリスマス用品、ワイン、果物など、
何でもありで、たくさんのお店が出ていて、にぎわっていた。




◆ビクトリアンマーケットで、クリスマス用品を売っていた店。
 もう時期は過ぎたけれど…来年に備えて買うのかな?(笑)



マーケットを抜けて、今度は、さらに南方向へ行くことに。

すると、去年確かにくぐった、イザール門が見えてきて、
そこで、ドイツ人のおじさんが、丁寧に道を教えてくれたことを思い出した。

あのおじさん、元気にしてるのだろうか。
とにかく楽しく、明るく親切に教えてくれ、
これがドイツ人の気質かと、とても印象に残っているのを覚えている。


そこを過ぎて、さらに歩いていくと…イザール川にぶつかった。

そういえば、この川の西側から来たっけ…と記憶を辿りながら、
川沿いを歩いてみることに。

すると、記憶と共に、だんだんと思い出してきた。

確かに、去年、ここを車椅子を押してもらいながら、
歩いた記憶がある。


今回、自分の足で歩いてみて気付いたのだが、
この道順、結構な距離がある。

去年は、車椅子を押してもらうことで行けたのだが、
実際に、後ろから押してもらった家族は、かなり大変だったと思う。

今更ながら、自分の足で歩いてみて、その大変さと共に、
感謝の念がこみ上げてきた。


そんなことを感じながら、ゆっくりと川沿いを西へと進んでいった。




◆川沿いの並木道。
 砂利に車椅子の車輪が取られて、思うように進まなかったっけ。



10分ほど進むと、大きな橋がある交差点に出た。

そうそう、ここは覚えている…確かこの先に泊まったホテルが…と、
また記憶を辿りながら歩いていくと、あったあった、去年泊まったホテルだ。




◆ここが、去年訪れた時に泊まったホテル。
 オーストラリア人も多数泊まっていて、ロビーですれ違うと、
 妙なライバル心に火がついたのを覚えている。
 でも、クロアチア戦で日本が引き分けて、
 決勝トーナメント進出が絶望的になった日は、
 さすがにオーストラリア人も、気を遣って何も言って来なかったな…(笑)



ホテルを後にして、再び、町の中心に戻り始めることにした。

新市庁舎の辺りに向かって、斜めに道が延びているので、
ここを通るとショートカットになって近いのだが、
去年は、石畳の道で、車椅子では通れなかった。

そこを、今度は歩いて通ってみることに。

途中、ゲルトナー広場前にスーパーがあったので、
そこで、バナナとビールという、変な組み合わせで、朝食を買うことに。
ビールは、333mlで、0.3ユーロという安さ。

ドイツでは、ミネラルウォーターより、ビールが安いことがある。
さすがだ。

ゲルトナー広場のベンチに座り、休憩を取った後、再び歩いて行くことに。


すると、あっという間に、
先ほど訪れたマーケットに到着した。

そのまま、通り過ぎて町中を歩きながら、
ペーター教会の横を通り、新市庁舎前の広場に戻って、
メイン通りを歩きながら、ホテルに戻ることに。





◆ここは、メイン通りから少し中に入った、軽食レストラン。
 車椅子でも、ここなら簡単に入れるということで、
 去年、食事をしたのを覚えている。



去年と、本当に同じ道をもう一度歩いてみたのだが、
これは良い思い出になった。

いろんなことが走馬灯のように駆け巡り、また、思い出されて、
良い時間が過ごせた。


14時頃宿に戻り、荷物をロッカーから受け取り、
その後、ロビーでしばらく電源を借りて、日記を書き進めることに。

15時頃、宿を出て、ミュンヘン駅から、
15時30分頃発の電車に乗って、
オーストリアのウィーンに向かって出発。


同じコンパートメント(個室)では、
横を、オーストラリア人の老夫婦に挟まれてしまったのだが、
その環境の中で、1人、ノートパソコンを開いて、
日記を書き進める姿は、ちょっと異様だった(笑)

それにしても、今日気付いたのは、
電車の中でも、結構、電源があるということだ。

こうした機会を利用して、日記を書き進められればと思う。


電車は、4時間ほどで、ウィーンに到着。

明日、訪れる予定の、ザルツブルクを通り過ぎてウィーンに到着したのが、
何とも切なかったのだが、T中君と合流するため、仕方ない。


ウィーンの駅に到着後は、ガイドブックを開いて、
地下鉄の乗り方と、路線を調べて、ホテルに向かうことに。

最近、次々と新しい国を移動するので、
だんだん、事前に調べるのが面倒になり、新しい国に到着してから、
初めてその国のガイドブックを開くことが多くなってきた。


さて、地下鉄に乗りこもうとしたら、
なぜか一度駅から外に出なければならず、分かりづらかったのだが、
無事、乗り換えながら、最寄り駅まで到着。

最寄り駅からは、かなり暗い道を歩くことになったのだが、
ここまで来ると、背後から襲われてもどうしようもない。
ひたすら歩くのみ。


15分ほど歩くと、やっと、ホテルに到着。
無事、チェックインを果たすことが出来た。


ちなみに、宿の予約は、全てT中君にお願いしておいたのだが、
今回泊まったホテルは3つ星ホテル。

別に、3つ星というのは、エコノミーホテル程度なのだが、
僕にとっては、痛い出費だ。(ちなみに、ここは1泊47.5ユーロ)

ちょっと、僕とは金銭感覚が違い、
結構、豪勢にお金を使うT中君に、ホテル手配を任せたのは
間違いだったのではないかと、今更ながら思ってしまったのだが…
まぁ、今更仕方ないし、手配をしてくれたことに感謝して、割り切ろう…。

でも高いな…。


とはいえ、部屋に入ってみると、ありがたいことに、
無料でインターネットが使える宿のようで、
ノートパソコンを開いて、早速、ネットにつなぐことに。

そうこうしていると、気付くと23時過ぎになり…
部屋のドアをノックする音が。

「うぃーっす!」と声を掛け合い、ドアを開けてみると、
T中君が登場!

ウィーンの空港に、予定通り飛行機が到着して、
今ホテルに到着したというわけだ。

こうして、約一ヶ月弱、メールやらチャットやらで、
水面下で動いてきた、奇跡の合流プロジェクトが、
実際に実現したのだった。





◆T中君と合流時に、記念撮影を。
 T中君は、前職で同じ会社で、同期だった友人。
 今回、正月休みが長く取れるということで、
 東欧を一緒に旅行することになった。



合流後は、いろいろ話もあったのだが、
何はともあれ、明日も朝から移動して観光ということもあり、
早速、寝る準備をすることに。

ちなみに、事前のメールのやり取りによって、
国内で買ってきてもらった、
「トーマスクックの時刻表 2008年春版」
「ヨーロッパ2000円の宿」
「地球の歩き方(チェコ ポーランド スロバキア)」
さらには、
2008年の手帳リフィールを受けとることに。

これによって、今後、充実した旅が続けられること間違いなし。
ありがとう!T中君。





◆到着間も無く、「俺は風邪気味だ」といって、
 マスクをして、ベットに倒れ込んだT中君…大丈夫かいな…。





◆…と思ったら、
 「これ、スポーツ選手とかも使っている、
 上下12000円のタイツなんだよー!」と言って
 タイツを着始めて、勝手にテンションが上がってしまったT中君。
 この先の約1週間の旅、どうなることやら…。



結局、T中君は、1時過ぎには寝始めたのだが、
僕は、このネット環境を活かすべく、
さっき撮った写真をアップしたり、フィンランドの宿と連絡を取ったり、
メールをしたりと…結局、朝6時までネットで作業をすることに。

いやー、本当に、大変ですわ…。

睡眠時間は、30分だけの仮眠で終わってしまった…。

12月27日(木) ドイツ・フュッセン(ノイシュバンシュタイン城)観光 <ミュンヘン泊>

  1. 2007/12/29(土) 09:23:25 
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夜行列車は、とにかく暖房が熱くて、
上着も長袖Tシャツのみ、靴下も脱いで過ごしたのだが、
何とか朝になり、8時頃に、ドイツのミュンヘンに到着。


これまた、昨年、ドイツのワールドカップに訪れた時に、
滞在した都市だ。

今回は、1泊滞在するということで、
ネットで予約を押さえて来たので安心だ。

駅を出て、少し歩いたところに、
「Jaegar's hostel」というところへ行って、チェックインを。

約12ユーロで泊まれたので、値段は安かった。

チェックイン出来るのは、15時以降ということで、
ひとまず、宿の奥にあるロッカーに荷物を入れて、
少し駅前を歩くことに。

久々のミュンヘンも懐かしかった。

しばらくして、8時52分発のフュッセン行きの電車に乗るために、
駅に戻ることに。

今日は、ミュンヘンから日帰りで、
フュッセンのノイシュバンシュタイン城を観光するのだ。





◆ミュンヘン駅。
 このスロープを、車椅子で下ったことまで覚えている。



そして、電車に乗り込むと、無事、出発。

ドイツの普通列車の作りが何とも懐かしかったのだが、
去年と同様、1等の鉄道パスを使えるので、
広々と使えて良かった。
(地元の人は、みんな2等に乗るので)

電車が発進すると、しばらくして、車窓は、雪景色になってしまった。

あらら…もしかして、フュッセンって寒いのか?と不安が過ぎる。

結局、電車に乗っている2時間の間、ひたすら雪景色で、
フュッセン駅に到着すると、ホームも雪に覆われていた。

大丈夫かいな…と思いつつ、駅を出ると、
城行きのバスが待機していたので、それに乗ることに(片道1.6ユーロ)

歩いて40分ほどで着くという話も聞いたことがあったので、
歩こうかと思っていたのだが、この雪を見てしまうと、
とても歩く気にはなれない。


また、バスが発進して気付いたのだが、
とても40分では歩けない距離。

これ、駅からノイシュバンシュタイン城前のバス停まで、
5kmぐらいあるから、歩いたら1時間以上はかかる。

この雪道を歩いたら、確実に死ぬだろうな…良かった、バスに乗って。


バスは、20分ほどで、ノイシュバンシュタイン城近くのバス停へ到着。

そこから歩いて5分ほど行くと、
チケット売り場を発見。

そういえば、先日、ネット上で予約を入れて、
ホームページの画面では「as soon as possible」で、
返答メールが来るという表示になったのが、
その後、全く返答メールが来なかった。

クレジットカードの番号も入力してしまっているし、
あれは一体、どうなったんだろうか。

その後、追加でメール送っても全く返答ないし…。


というわけで、チケット売り場に着くと、予約済みの窓口に言って、
「先日予約したけど、全く返答が無い。
 どうなっているのか?」と聞くと、
名前を調べてくれて、「ちゃんと予約できています。」とのこと。

何なんだ…曖昧な予約システムだなぁ。


で、ノイシュバンシュタイン城は、
予約の時間の1時間前にチケットを受け取らなければいけないのだが、
まだ、11時25分。予約は1時30分で取ってしまっていた。

あまりに時間が空きすぎるので、
「時間変更は出来ますか?」と聞いたら、
最速の、12時25分に時間を変更してくれて、チケットをもらえることに。

聞いてみるもんだ。


そして、予約無しのチケット売り場の長蛇の列を横目に、
ノイシュバンシュタイン城へ歩いて行くことに。

予約料金は、確か1.8ユーロだったから、
絶対に予約していったほうが楽で良い。

あんなに長蛇の列に並んでいたら、いつ入れるのか分からない。
また、ノイシュバンシュタイン城は、入場時間が指定されるから、
本当に混んでいたら、
かなり遅い入場時間を指定される可能性もあり危険。


チケット売り場から、坂を上っていくと、
約30分ほどで、丘の上にある、ノイシュバンシュタイン城へ到着。





◆坂を上っている途中から見た、ノイシュバンシュタイン城。
 豪華、といった印象ではないが、城が新しいためか、
 白い壁面が綺麗に残っていて、美しい。



写真を撮っていたら、
ちょうど、入場開始時間の12時25分になったので、
中に入ることに。

中に入ると、オーディオのガイド機械を渡されて、
それを元に動くことに。

オーディオの指示に従いながら、中を観光していると、
30分ほどで、中の見学が終わってしまった。

意外と、城の中はコンパクトなのだ。
確かに、これでは入場制限しないと、大混雑になりそうだ。


城の中は、何とも豪華というか、独特のこだわりが施されていた。
これが、1人の男によって、また、1人の女性に対する愛情もあって、
こうした城が出来上がったというのは、
現代に残るおとぎ話のようにも思える。

それが、約200年前に、
実際にあった話だというから、不思議だ。





◆ノイシュバンシュタイン城から見た、外の風景。
 フュッセンの町は、雪一面に覆われていた。



城の外に出ると、確か、近くにマリエン橋という橋があり、
そこからの風景が一番綺麗と聞いていたので、
どこなのかなーと探していたら、
何やら「立ち入り禁止」の看板を発見。

どうやら、この看板の奥にある雪道を行くとありそうだ。


しばらく見ていると、結構、看板を乗り越えていく人が多くいたので、
僕も迷わず看板を乗り越えていくことに。

雪道は、別に危険でも何でも無く、
(まぁ、確かに不特定多数の人が歩いたら、ちょっと危ないが)
10分ほど歩くと、また、分かれ道があり、
そこにも立ち入り禁止の看板が。

またまた、それを無視して突破して、3分ほど歩くと…
ついにマリエン橋に到着!


結構、他に多くの人がここまで来ていたのだが、
何と言っても、ここからのノンシュバンシュタイン城の景色は最高!

というか、ここから城を見なかったら、
全く城の美しさがわからないままに終わってしまうだろう。





◆マリエン橋から見た、ノイシュバンシュタイン城。
 崖にそびえ建つ、白く輝く城は、日陰によって独特の青みを帯びていた。
 雪とのコントラストも最高で、幻想的な風景だった。



しばらく、城を眺めた後、戻ることに。

再び、立ち入り禁止の道を戻って、城の出口まで戻って、
そこから坂を下って、バス停まで戻ることに。


余談であるが…、
坂を下る途中、とある日本人家族を見て心が痛んだ。

お母さんが、足が悪いようで、杖を付きながら歩いていた。
その横を、娘さんと思われる人が、付き添っていたのだが…。
「まだ、お城までは結構あるねぇ…。」と言いながら、
ゆっくりと坂を上っていく姿は、何とも切なかった。

たぶん、「この距離なら歩ける」といって、
お母さんがちょっと無理をして歩き始めたのだろうが、
実際、坂は結構長くて大変だ。

何か手を貸してあげられることはないのだろうか…と思いながら、
手段も無く、ただその横を通り過ぎて降りていくことに、胸が痛んだ。

別に、これは想像の世界だから、
本人達は、全然そんな深刻な状況ではないのかもしれないが、
どうも、ハンディキャップのある人を見ると、
自然と気になってしまうのは、自分が去年、
同じような体験をしたからだろう。




◆これは、ノイシュバンシュタイン城近くにある、
 もう一つの城(名前は忘れた…)
 陽射しが当たって、壁面が綺麗な色だった。



さて、坂を下り終え、バス停まで戻ると、
30分ほど、時間があったので、観光案内所の中に入って、
温まりながら時間を潰すことに。

バスが来ると、乗り込んで、駅まで戻ることに。


そして、15時発の電車を駅で待っていると…
「15時発の電車はストライキのため、走りません。
 駅の外にあるバスに乗って下さい。」というアナウンスが。

おいおい!なんでやねん?と思いながら、
外に出てみたら、バスが既に待機していた。

よく分からず、バスに乗り込むことに。

どうやら、次の駅までバスで行って、そこから電車に乗るらしいのだが…
バスが発車すると、何と、1時間近く、走り続けた。

バスでは、席に座れなかった人もいたので、
とんだ迷惑だ。


そして、バスは「kaufbeuren」という駅に到着。
ここがどこなのかも良く分からないが、時刻表を見ると、
どうやら、ミュンヘンとの途中にある駅に着いたようだ。

そこで、しばらく電車を待っていると、電車が来たので乗り込むことに。

さらに、途中で一度乗り換えて、やっとのことで、ミュンヘン駅に到着。

あー、しんどかった…。


一度、宿に戻って、改めてチェックインを済ませた後は、
少し、町歩きをすることに。


クリスマスは終わったものの、
イルミネーションなどは、そのまま残っており、
未だにクリスマスムード。





◆ミュンヘンのメイン通りに入るところにある、大きな門。





◆まだ、イルミネーションも残っていて、
 町全体が綺麗だった。



大勢の人で賑わう中を、歩いて見た。

15分ほど歩くと、新市庁舎前の広場へ。
ここが、ミュンヘンではメインとなる大広場なのだが、
なかなかの混雑。

そして、僕自身、昨年のワールドカップ以来、訪問したので、
何とも懐かしかった。

前と同じ位置に、未だに野菜を売っている露店もあったし、
風景は、去年と変わっていなかった。

しばらく町歩きをした後に、
今日は遅くなったので、宿に戻ることに。

また、明日改めて観光することにした。


宿に戻ると、シャワーを浴びるなどして、
寝る準備を整えることに。

それにしても、8ベットぐらいある、
ドミトリー部屋だったのだが、
ベットがごちゃごちゃした置き方で、どうも落ち着かなかった。

もうちょっと、何とかならないものだろうか…。

夜は疲れて、少し早めに寝ることに…。

12月26日(水) ベルギー(ブリュッセル)→ドイツ(ケルン)→ミュンヘン

  1. 2007/12/29(土) 09:14:12 
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朝9時頃起きて、行動開始。

早いもので、もう今日はT林さん宅を離れ、
夜行列車でドイツのミュンヘンへ向かう日だ。

昨日、アムステルダム帰りに、夜行列車の予約は押さえ済み。
予約料金は、ブリュッセル→ミュンヘンで、15ユーロだった。


午前中は、まずは溜まった洗濯物をランドリーで洗うべく、
外に出てランドリーを探すことに。

しかし、T林さんから教わった場所を探しても、どうも見つからない。

結局、T林さんが住むアパートの隣にある、
アパートの大家さんが経営しているクリーニング屋にいって、
そこで、ランドリーの機械だけを借りることに。

選択とドライで、5kgが5ユーロ。
まぁ、これであれば仕方のない出費なので、別に気にならない。


冬物になると、特にフリースとかは、手洗いではとても洗いきれないので、
モロッコ旅行から約3週間着続けた服達を、一気に洗うことに。

洗濯にかけている間は、部屋に戻り、荷物の準備を。


そういえば、先日買った野菜と果物が全くそのまま残ってしまっているので、
急いで食べることに。

果物は、オレンジだから、切れば食べられたが、
問題は、ニンジンだ。

切ってみたものの、生では硬くて食べずづらい。

そこで、とりあえず切り刻んで鍋に入れて、
ゆでてみることにした。

これが、意外と成功。
とりあえずゆでただけなのだが、生で食べるよりも柔らかく食べられるし、
手間がかからないので便利。

野菜はゆでてしまうことに限る、と学んだのだった。



ランドリーの洗濯物が完了したので、受け取りに行って、部屋に持ち帰り、
部屋の暖房を使って、とりあえず今日着る服を乾かすことに。

他にも、数日間観光して取りまくった写真の中から、
ブログにアップするものを選んで、ブログにアップ。
また、フィンランドのオーロラ鑑賞の宿であったり、
年末年始に合流する、T中君とメールをしたり…かなり慌しい状況に。

そうこうしていると、夕方16時頃になり、T林さんが帰宅。
何だか、あっという間に過ぎてしまった数日間であったが、
泊めてもらえたのは、本当にありがたかった。


荷物の整理をしていると、T林さんがアドバイスをくれ、
何やら、通販で見たことのある、圧縮袋を取り出した。

使ってみると、衣服が圧縮できて、めちゃめちゃ便利!

これを使わずしてこれまで旅をしてきたのは、
相当面倒なことをしてきたのだと、今更気付く。

この袋、意外と高いのだが、
T林さんが家にある2枚ほどの在庫をくれることになり、
さっそく、それを使って衣服を圧縮。だいぶ荷物が小さくなった。


また、不要なものもどんどん整理していったら、
結構、荷物がコンパクトになった。

ちなみに、先日、パリでT.Aさんにもらった簡易電気ヒーターは、
便利であるものの、重さと大きさが入りきらず、
T林さん宅で使ってもらうことになった。
T.Aさん、すみません…。でも、捨てることなく、再利用が決定しましたよ!


バタバタと慌しく準備をしていたら、出発の時間が。





◆出発前に、T林さんと、記念撮影を。
 お元気そうでした!
 


T林さんと、別れを告げて、旅立つことに。
短期間であったが、再会できたことは本当に良かった。

次会うのは、何年後…?そしてどこで会うのだろうか…?
人生は一期一会、次のことは誰にも分からない。
今回、元気に会えたことだけを、まずは喜ぶことにしよう。

それでは、T林さん、お元気で!
僕も無事旅を成功させますよ〜。


最寄のメロード駅から地下鉄に乗り、駅へ。

ここで、チケットを取り出して気付いたのだが、
電車は、ブリュッセル南駅から出発ではないか!
間違って中央駅に行っていたら、間に合わなかった…良かった…。

とはいえ、地下鉄で南駅へ行くのは初めてだったので、
電車内で一応、周りの人にこれで合っているのかと聞きながら行くことに。

結果、無事、電車に間に合って、
19時40分頃発の、ドイツ行きの電車に乗ることが出来た。


電車は、約2時間ほどで、ドイツのケルン駅に到着。
ここで、約1時間30分ほど、時間が空くのだが、
何と言っても、ドイツのケルンは、
昨年のワールドカップを見に来た時に滞在した都市。


懐かしくなって、重い荷物を背負ったままであったが、
駅の外に出てみることにした。





◆ケルン駅のホーム。懐かしい…。
 ワールドカップの時期は、
 駅構内に有名選手の巨大ポスターが貼ってあったことを覚えている。





◆駅前にある、ケルン大聖堂。
 約1年半ぶりに見たが、やはりデカイ。
 


駅の外に出てみると、さすがに1年半前と近いこともあり、
鮮明に覚えている。

昨年来た時は、僕はアキレス腱断裂の手術後で、ギプスをしていたから、
簡易、車椅子に乗って、家族に押してもらいながら、
この駅前を動いたのだった。

ここで、こういう大変な想いをしたな…とか、
こんな出来事があったっけ…と、懐かしさに思いふけってしまった。





◆ケルン大聖堂を少し抜けた先にある、ショッピング街。
 確かここで、応援グッズとして、各国の旗を買おうとしたのだが、
 はっきり行って、車椅子で買い物をするのは大変。
 入り口は狭いし、段差はあるし、前を見ていない人はぶつかってくるし…。
 ただ、買い物するだけで、ハンディキャップのある人は大変であることを
 身を持って体験した。





◆ここが、昨年訪れた時に泊まったホテルの近く。
 左手に見える「M」という文字が、そうだ。
 大変モダンでかっこいいホテルだったのだが、
 いかんせん、車椅子のハンディがあると利用しづらかった。
 部屋で、車椅子が反転出来ないのだ。
 設計の時には、そうしたことを全く考慮しなかったのだろう。
 実際に使ってみると、いろいろと問題点に気付ける。
 僕が何か店を作るとしたら、
 絶対に、こうしたハンディキャップのある人の視点を
 欠かさない店作りをしたい。



あまりに懐かしくて、いろいろ歩き回ってしまった。

また、昨年は、ホテルの前の広場に、
特設の大画面があり、そこで、ワールドカップの試合が放映されていて、
試合をそこで見たことも、思い出した。

まさか去年訪れた時に、約1年半後に、
自分が再びこの場所に訪れるなど、想像もしなかった。


同じ場所を、前回は車椅子、として、今回は徒歩で歩くということも、
何とも感慨深かった。

五体満足に、自分の足で、自由に歩けること、
この、当たり前にも思えることが、どれだけありがたいことか、
去年と今を対比させることによって、それを身を持って感じることが出来た。

本当にありがたい。

そうとしか、言葉が出てこない。


しばらく町を歩き回って、駅に戻ることに。

駅構内に入ったところには、大きな天井があるのだが、
ここも去年とは変化していて、面白かった。





◆これが、今の天井。白くて何もない。





◆これは、去年、ワールドカップの時期に訪れた時の天井。
 各国の有名選手が、壁画として描かれていた。
 中村俊輔が大きく描かれているのが、熱い。



駅構内に戻ると、構内も懐かしくなったので、歩き回ることに。

去年、食事場所を見つけるのも大変で、
結局、駅構内の「NORD SEA」というファーストフード店で食事をしたことも、思い出した。

その時、日本の寿司が、冷凍で売られていたのが面白かったのだが、
やっぱり、今も売られていたのは笑えた。


また、ドイツに来たときに、何とも印象に残っていたのが、
絶妙の塩が降りかかっている、パンだったのだが、これを発見!

真っ先に、買ってしまった。

「塩パン」と勝手に命名して、食べていたのだが、
まさかここで再会できるとは…そして、懐かしの美味しい味に浸って、
満足してしまった。





◆塩パンが売られていた。
 ケルンだけでなく、ドイツ各地で売られている。名物なのだろう。



いろいろと楽しみながら過ごしていたら、あっという間に時間が流れ、
23時15分頃発の電車で、再びドイツのミュンヘンに向かって移動開始。

短い間の滞在であったが、ケルンに来れて良かった。

また、次に訪れるのは何年後だろう…
その時はどんな環境にあるのだろう…
そして、何を想うのだろう…

未来は、誰にも分からない。

ただ、今を生きることしか、僕には出来ない。

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